混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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吸血鬼のお客様が来るそうですよ?

 元〝フォレス・ガロ〟の居住区画。その門前には多くの人々が集まっていた。彼らの顔には解放された喜びよりも、真実を知らされた悲しみと、近隣で最大手だったコミュニティが突如無くなることへの不安が浮かんでいる。

 

 更に〝ノーネーム〟が勝利したことで、自分たちもそこに所属することになるのかという隠し切れない失意に表情を暗くさせている。それを真正面から受けたジンは言葉を無くしていた。

 

 しかし、そんなジンの肩を後ろから抱き寄せた十六夜は、ざわめく彼らに対して高らかに宣告する。

 

「今より〝フォレス・ガロ〟に奪われた誇りをジン=ラッセルが返還する! 代表者は前へ!」

 

 一斉に周囲の的となり固まるジンを、十六夜はその背を叩いて前に押しやる。そしてらしくない尊大な物言いで衆人を扇動し、威圧し、ジンに手自ら〝名〟と〝旗印〟を返還させていく。

 

 十六夜は戻ってきたシンに気が付くと『後で説明しろよ』とだけ返し、名と旗印を返還されて三者三様の様子を見せる衆人を眺めていた。

 

 全て返還し終わると、ジンと十六夜は全員の前に立ち、ジン=ラッセルの名を覚えていてもらいたいこと、そして〝打倒魔王〟を掲げるコミュニティであることも告げる。驚愕し、ざわめく衆人。ざわざわと波紋が広がるが、十六夜は続ける。

 

「知っているだろうが、俺たちのコミュニティは〝ノーネーム〟だ──」

 

 そうして、奪われた名と旗印を取り戻すため今後も魔王とその傘下と戦うこと、組織として周囲に認めてもらうため、自分たちが〝ジン=ラッセルの率いるノーネーム〟だと覚えていて欲しいこと、そしてジンを応援して欲しいことを饒舌に語る。

 

 どうやら名も旗印も無い〝ノーネーム〟を、〝ジン=ラッセルの率いるノーネーム〟として売り込んでいく方針のようだ。公的には何の保証も後ろ盾も無いコミュニティだが、救われた彼らの心の内に残るはず。不確かだが繋がりの切れにくい、恩や義理といったコネクションを作り上げていた。

 

 口先で他者を扇動し、着実に仲間を増やしていく十六夜は、多くを語らず圧倒的カリスマで仲魔を率いるシンとは対照的だった。特別なスキルではないし、ましてやギフトでもないが、非常に重要な能力だとシンは認識している。その身体能力だけに注目していた十六夜の評価を、シンは大幅に上方修正した。

 

 十六夜に再び背を叩かれ、我に返ったジンは胸を張って告げる。

 

「ジン=ラッセルです。今日を境に聞くことも多くなると思いますが、よろしくお願いします」

 

 歓声が上がる。衆人から数々の激励を受け、〝ノーネーム〟はその新たなる一歩を踏み出すのだった。

 

 

    *

 

 

 その後、本拠に戻った一同は戦いの疲れを癒していた。

 

 シンは飛鳥たちを退かせた後のことを問い詰められたが、一歩の所で逃げられたと平然と嘘を告げた。十六夜だけは訝しげに睨んでいたものの、シンの様子から嘘だと悟れなかったらしく、渋々引き下がった。

 

 三階にある談話室のソファーで寛いでいた十六夜は、やってきた側から気落ちした黒ウサギに訳を尋ねていた。問い詰められた後そのまま居座ったシンは、興味なさそうにソファに座り込んでいる。

 

 どうやら十六夜が参加する予定だった昔の仲間を取り戻すためのゲームが延期になり、それどころか中止になるかもしれないと言う。十六夜は肩透かしを食らったように寝そべる。しかも中止になる理由が、景品に巨額の買い手が付いたために取り下げるということを聞くと、その表情を不快そうに歪め、盛大に舌打ちする。

 

「チッ。所詮は売買組織ってことかよ──」

 

 人の売買に対する不快感ではなく、ホストの都合に振り回される事実が気に入らないようだった。

 

 黒ウサギは努めて冷静に、今回の主催が〝サウザンドアイズ〟の傘下コミュニティの幹部〝ペルセウス〟であること、莫大な金銭やギフトのためなら看板に傷が付くことも厭わないだろうと説明する。

 

 だがシンは、黒ウサギの握りしめた拳とマガツヒの流れから、相当に悔しがっていることを察した。箱庭に生きるものとしてギフトゲームは絶対であり、この事態を諦めるしかないこともわかっている。だが完全に割り切れる筈もないのが実情だった。

 

 話は変わり、取り戻すつもりだった仲間のことに移っていく。嬉々として説明する黒ウサギを他所に、シンは外から忍び寄る悪魔の気配を感じていた。ゲーム中のガルドに似た気配、ゲームが終わった後に感じた気配──恐らく黒幕の登場だろうと当たりをつける。

 

 そうして窓に、金髪の少女が現れた。シンと目が合うが、しぃ、と静かにして欲しいというジェスチャーをする。別段知らせるつもりもなかったシンは視線を逸らし、話に夢中になっていた十六夜たちが少女に話しかけられ、驚くのをただ眺めていた。

 

「レ、レティシア様!?」

 

 黒ウサギは慌てて窓に駆け寄り、錠を開けてレティシアと呼んだ少女を迎え入れた。

 

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分──」

 

 苦笑しながら談話室に入るレティシア。久しぶりに仲間に会えた嬉しさから、小躍りするようなステップで茶室にお茶を淹れにいく黒ウサギ。

 

 その間十六夜は前評判通りの美しさのレティシアを存分に鑑賞し、シンは戦力を測るために観察していた。その行為を十六夜は正直に答え、レティシアを笑わせていた。

 

「ふふ、なるほど。君が十六夜か。そして──君が間薙シン、だね」

 

 微笑ましそうな視線から一転、笑顔だが笑っていない目でシンを見つめるレティシア。思い当たる節があるシンはそれを真正面から受け取り、見つめ返す。

 

「君のことは知っているよ。〝フォレス・ガロ〟に潜ませておいた〝目〟を一つ潰されたからね」

 

 言われることを予測していたシンはさておき、十六夜はその言葉で気が付いたように反応する。

 

「ああ、ゲームの後に間薙が気が付いたやつか。つまり、オマエは──」

 

「そうだ。ガルドを鬼種に変え、舞台を用意したのは、純血の吸血鬼であるこの私さ。新生コミュニティがどの程度の力を持っているか試してみたくてね」

 

 きっぱりと、悪びれる様子もなくレティシアは答えた。そんな彼女に面白そうに十六夜は軽薄な笑みを浮かべ、いつの間にか戻ってきていた黒ウサギは真剣な表情を作る。シンから視線を外したレティシアは一同を見回し、この場に現れた理由を語り始めた。

 

「実は黒ウサギたちが〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似を……と憤っていた──」

 

 箱庭において、コミュニティが名と旗印を失う事は全く無いわけではない。だが、そうなれば一旦コミュニティは解散し、他のコミュニティに身を寄せるか、名と旗印を改めて再出発するのが通例だ。箱庭に長く生きる者たちほど、全てを失った〝ノーネーム〟のままコミュニティの再建を目指すのがどれほど愚かしく、またどれだけ困難な道なのかよく知っている。

 

「コミュニティを解散するよう説得するため、ようやくお前たちと接触するチャンスを得た時……看破できぬ話を耳にした。神格級のギフト保持者が、黒ウサギたちの同士としてコミュニティに参加したと」

 

 黒ウサギは反射的に十六夜に視線を向けた。また、ちらりとシンも眺める。黒ウサギはレティシアがここに訪れることができた理由として、背後に白夜叉の助けがあったことを察した。

 

「そこで私は一つ試してみたくなった──」

 

 それが、新人たちに対してガルドを当て馬に使った理由だった。しかしガルドは実際には当て馬にもならず、飛鳥たちによって大して苦戦することもなく葬り去られてしまった。判断に困り、こうして直接足を運んできてしまいつつも、かける言葉が見つからぬ己を嘲笑うレティシア。

 

 それを、十六夜は真っ向から否定する。

 

「違うね──アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見て、安心したかっただけだろ?」

 

「……ああ、そうかもしれないな」

 

 十六夜の言葉に首肯するレティシア。だが、その目的は果たされず終わった。飛鳥と耀はずば抜けた才能を持つものの、まだまだ未熟。シンは得体が知れず、それどころか力を隠しているようだった。仲間の将来を安心して託すには至らない。かといって解散するように諭す段階はとうに過ぎ、コミュニティは〝打倒魔王〟に向けて動き出してしまっている。

 

 危険を冒してまで、そして黒ウサギはまだ気が付いていないが、掛け替えのないものを失ってまで古巣に来た目的は何もかも中途半端になってしまい、自嘲を拭えぬレティシア。

 

「──その不安、払う方法が一つだけあるぜ」

 

 視線を向けるレティシアを他所に、十六夜が軽薄な声で続ける。

 

「実に簡単な話だ。〝ノーネーム〟は魔王相手に戦えるのか、アンタがその力で試せばいい。どうだい、元・魔王様……俺の力はまだ見てないだろ」

 

 その言葉を聞き唖然となるレティシアだったが、すぐに哄笑することになった。談話室を弾けるような笑いが包む。十六夜は立ち上がり、レティシアの言葉を待っている。

 

「──なるほど、実にわかりやすい。下手な策を弄さず初めからそうしていればよかったなあ」

 

 笑い過ぎて零れた涙を拭い、壮絶な笑みを浮かべるレティシア。対する十六夜も獰猛な笑みを浮かべて外へ促すと、二人は窓から同時に中庭へ飛び出した。

 

「ちょ、ちょっとお二人様!?」

 

 黒ウサギは慌てて窓際に駆け寄り、二人に呼び掛ける。だが二人とも満月の時の悪魔のように、既にやる気だ。レティシアは飛行して空を制し、十六夜は地上でそれを迎え撃つ。ルールを確認し、一撃ずつ撃ち合うゲームを始めようとしていた。

 

 シンはあまり興味が無かったが、気になることがあったので黒ウサギの隣に並び、共に二人を眺める。珍しく能動的に動いたシンに驚く黒ウサギだが、それどころでは無いとシンに懇願する。

 

「シンさん! 貴方からも言ってやってください! 元とはいえこんな所で魔王との決闘を始めようなんて──」

 

「──そのことだが」

 

 叫ぶ黒ウサギを制し、シンは気になったことを問い掛ける。

 

「あの女の力は魔王と呼ぶには弱過ぎる。白夜叉程の存在感も圧力も無い。魔王は他人に所有されると、その力を封印でもされるのか?」

 

「そ、それは場合によりますが──まさか!?」

 

 シンの言葉に戸惑う黒ウサギだったが、レティシアが武器を使用するために取り出したギフトカードを見て、何かに思い至る。蒼白になりレティシアに叫ぶも、一蹴される。

 

 レティシアはギフトカードから巨大なランスを取り出すと、十六夜に向かって宣戦布告し、何の気負いもなしに十六夜がそれを受ける。それを見てレティシアは翼を大きく広げ、全身をしならせた反動で打ち出し、空気を切り裂く。

 

「──ハァッ!!」

 

 怒号とともに放たれた槍は摩擦熱で一瞬で光り輝き、まるで流星の如く十六夜に向かって落ちていく。大気を震わせ、膨大な熱量を持って落ちてくる槍の先端を、十六夜はただ殴りつけた(・・・・・)

 

『──は……!?』

 

 素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。目の前の現実に追いつけず、レティシアは哀れ、砕け散った槍の散弾を受けるかと思われた時──黒ウサギが動いていた。第三宇宙速度で迫っていた凶弾に割り込み、一瞬で全て叩き落とすその力量を見て、シンがやや目を見開く。

 

 黒ウサギはレティシアのギフトカードを奪い、そのギフトネームから彼女が神格を失っていることに気が付く。鬼種の純血と神格から魔王と並び評されていたのが、その比翼を失えば大幅に力を落とすのも必然だった。そしてギフトとは異なり、〝恩恵〟は本人の同意無しに奪うことはできない。自らそれを差し出したレティシアを問い詰めるも、本人は何も言えず口を閉ざしてしまった。

 

「道理で手応えがないわけだ──」

 

 白けたように呆れた表情を見せ、隠す素振りもなく舌打ちする十六夜。

 

 シンは興味を無くし、部屋に戻ろうとする。だが、コミュニティの区画に侵入した無数の有象無象の存在に気がつく。それも不自然に気配が薄く、その方角に視線を向けても肉眼で視認することができない。隠密のギフトを使われている可能性があった。シンは窓から飛び出し、三人の元へ歩き始めた。

 

「……どうかしましたか? シンさん」

 

 不思議そうに黒ウサギは問うが、シンはそれを無視して何者かが近付いてくる方へ歩いていく。十六夜も訝しげにそれを眺めるが、俯いていたレティシアは何かに気が付いたかのようにハッとして頭を上げる。

 

──その瞬間、遠方より褐色の光が差し込んだ。

 

「あの光……ゴーゴンの威光!? まずい、見つかった!」

 

 焦燥の混じった声と共に、レティシアは咄嗟に翼を広げ黒ウサギと十六夜を光から庇った。シンは距離があり、守ることができない。光をその身に浴びたレティシアは小さくすまない、とだけ呟いて瞬く間に石化し、無残に横たわった。

 

「レ、レティシア様……!? それにシンさんも──!」

 

 やがて光が収まる。そして光が射し込んできた方角から、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男たちが旗印を掲げ大挙して押し寄せてくる。

 

「いたぞ! 吸血鬼は石化させた──だが、我らに気が付いていた男が石化していないぞ!?」

 

「何らかのギフトかもしれん! 邪魔をするようなら切り捨てろ!」

 

 それに対峙するのは、先ほど光を浴びた筈のシンだった。何事も無く、空中の男たちを睨んでいる。

 

「あ、あれ? なんで無事なんでしょう──って、それよりゴーゴンの首を掲げた旗印!? とりあえずお二人様は本拠に逃げてください!」

 

 シンが何ともないことに一瞬混乱するも、慌てて二人を引っ張って撤退する黒ウサギ。レティシアは〝ペルセウス〟の所有物でありながら無断でこの場にやってきたのだから庇いようがなく、むしろこちらの立場が危うい。何より〝ペルセウス〟は〝サウザンドアイズ〟傘下のコミュニティであり、万が一揉め事を起こせばただでは済まない。

 

 幸いにも二人は素直に引き下がり、それどころか十六夜は相手に無礼な立ち振る舞いをされ、激昂した黒ウサギを止めることまでした。その際放たれた黒ウサギのギフトは雷鳴を響かせながら天高く飛んで行き、天蓋にぶつかって盛大に稲妻と熱量を解放した。シンはその間何も語らず、ただ連中を睨みつけているだけだった。

 

 黒ウサギの力に恐れ慄き、シンの得体の知れなさに警戒心を抱いた男たちは素早く撤退し、その姿を消していた。いまだ冷静になれずにいた黒ウサギだったが、十六夜の言葉に落ち着きを取り戻す。

 

「気持ちは分かるが今はやめとけ。詳しい話を聞きたいなら、よっぽど事情に詳しそうな奴が他にいるだろ?」

 

 黒ウサギはハッと思い出し、レティシアが白夜叉によって連れ出されたならば、詳しい事情を知っている筈だった。十六夜は黒ウサギを促し、その場でゲームになるかもしれないと、飛鳥たちを呼ぶように言い付ける。

 

 黒ウサギが皆を呼びに戻っている間、十六夜はシンを真剣な眼差しで見つめる。

 

「……俺自身、自分のギフトがなんなのかイマイチわかっちゃいないが、お前のそれも大概だな」

 

 シンはその眼差しを受けるが、何の感情も浮かばぬ瞳で十六夜を見つめ返す。

 

「我ながら結構な知識を溜め込んでるもんだと自負するが──人修羅って単語に聞き覚えがねえ。修羅ならともかく、お前はそういう存在じゃないような気もする」

 

 十六夜はシンをただ睨み付ける。その正体を探るように、その真意を探るように。

 

「ま、問い詰めたって言わないだろうけどな……短い付き合いだが、それくらいは分かる」

 

 ふ、と肩を竦め呆れたように笑う。だが再び表情を変え、獰猛な笑顔でシンに迫る。

 

「──けどよ、そろそろ本気を出そうぜ」

 

 十六夜は確信している。この男は、自分の足元どころか同格──いや、それ以上の存在の可能性があると。目の前の同年代の男が、自分に並び立つ力を持っているかもしれないと思うと、十六夜は面白くて仕方がないのだ。

 

「何で出し惜しみしてるのかは知らないが……いい加減オマエの力が見たくなってきたぜ」

 

 近いうちに大舞台の予感がしていた。今回の件はどうもキナ臭い。実際それは事実なのだが、その舞台がシンの力を垣間見るチャンスだと思っていた。

 

 しかしシンは何も答えない。瞳には何も映さず、無言のまま佇んでいる。十六夜はため息をつき、本拠の方を振り返った。

 

「──いいだろう。次のギフトゲーム、本気を出す」

 

 そこへ、シンが呟いた。

 

「……ああ、楽しみにしてるぜ」

 

 振り向いたまま、心底楽しみで仕方ないという壮絶な笑みで、十六夜は答えた。

 

 やがて黒ウサギが飛鳥と耀、そしてジンを連れて戻ってきた。一同は顔を見合わせて頷き、〝サウザンドアイズ〟2105380外門支店を目指すのだった。


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