〝ノーネーム〟の面々が去り、店仕舞いした〝サウザンドアイズ〟。白夜叉の私室にて、部屋の主は上座に座り込み、扇子を弄びながら思慮を巡らせていた。
考えていたのは、彼らのギフトの事。一番気になるのは十六夜の〝
それらに比べれば飛鳥のギフトは分かりやすい。〝威光〟の名の通り、従わせる力を持つのだろう。まだまだ原石のようだが、飛鳥自身の霊格が人間にしてはかなり高いこともあり、方向性を絞れば驚異的な成長を見せることであろう。最も可能性を感じるギフトの持ち主であった。
──そして、シンの〝
修羅とは仏教の八部衆の一、阿修羅の略称であり、インド神話やヒンドゥー教におけるアスラ神族が仏教に取り入れられた存在である。元々はゾロアスター教における善神アフラ・マズダーに対応する存在だったのだが、時代が下るに連れて暗黒的・呪術的な側面が強調され、魔神と扱われるようになる。帝釈天と常に争う存在で、帝釈天の眷属である黒ウサギとはある意味仇敵のようなものかもしれない。仏教に取り入れられた際には仏法の守護者として扱われているが、その闘争の鬼神としての性格は変わらず、六道の一つ修羅道では終始戦い、争うと言われ、転じて常に闘争心を持ち、戦う荒ぶる存在を修羅と呼ぶこともある。
成る程、あの戦いを避けようともしない姿勢は修羅と呼ぶに相応しいだろう。とはいえ、単純に修羅とするには腑に落ちない存在でもある。白夜叉はシンに対峙した時、その身から何らかの力が漏れ出るのを感じた。ギフトの発動の予兆だったのだろうが、些か闇の気配が
──あれは言うなれば、悪というより
白夜叉はそこに至るものの、それ以上の考察はできないでいた。どのみちシンが語らず、すぐに鑑定もできない以上、材料がない状態であれこれ考えても無駄ではある。だが、白夜叉は勘であるが確信もしていた。今思いついたそれは、真実の一端であると。
「……あの時、潰してしまった方がよかったかの?」
ば、と扇子を広げ、表情を隠しながら呟く。
しかし、そこから覗く視線は──ぞっとするほど冷たい眼差しだった。
*
コミュニティの屋敷、その屋根の上でシンは寝転がっていた。
一行は黒ウサギに魔王による傷跡を見せられた後、居住区を通り過ぎて貯水池へ向かった。そこでは子供たちの年長組が掃除をしていて、新たな仲間を待ち構えていた。黒ウサギによって十六夜たちは紹介され、箱庭における弱者の役割とその姿勢を垣間見る。そして、十六夜が手に入れた水樹を植えることで、〝ノーネーム〟の水源問題は解決したのだった。
屋敷に着いた頃には夜も更けて、一行の強い要望もあり黒ウサギは湯殿の準備をすることになった。人修羅の肉体は老廃物は疎か、汚れなどとは無縁だが、入らない理由も特に無い。現在女性陣が入浴しているが、気が向いたら久々に入るのも良いかと考えている。
星を眺めながらシンが考えるのはこのコミュニティの事だった。まず、子供たちのことはどうでもいい。精々役に立ってもらおうと考えている。荒廃した土地は、これからギフトを手に入れて行けば復興は進むだろうと考えている。マガツヒが枯渇したイケブクロも、新たな首領が現れることですぐ復興したのだから。ギフトによって崩壊したのであればギフトによって蘇らせることも可能だろう。
そして黒ウサギ。〝箱庭の貴族〟と呼ばれ、優れた身体能力を持ち、恐らくは数々のギフトを持つであろう彼女。〝ノーネーム〟に居ることが不思議なくらいの人材だが、元々は東側最大手のコミュニティだったそうなので、その頃の名残というものか。シンが一見したところ、かなりの力を秘めているようである。いずれ見定める必要があるだろう。
また、十六夜たちは成長性と可能性を秘めた人間であるだけに、ある意味最も興味深い存在でもある。蛇神を打ち倒したという十六夜のパワー、他人を強制的に従えさせた飛鳥の言霊、獣のギフトを手に入れる耀の能力。特に耀のギフトは悪魔相手にも有効なのかどうか確かめたいとすら考えている。グリフォンが可能ならば、生物に近い悪魔も可能であろう。折を見て実験しようと考えていた。
シンがそんなことをつらつら思考していると、何やら別館の方が騒がしくなる。木々に潜んでいた有象無象が襲撃を掛けてきたのかとシンは思ったが、その前に十六夜が蹴散らしたらしい。彼らの話を盗み聞くに、ガルドを倒しうる者たちが現れたと聞いて、〝フォレス・ガロ〟を叩き潰すよう頼みに来たようだ。一蹴する十六夜だったが、悪知恵を思いついたのか先程とは一転して、何やら演説していた。興味を無くし、星々に視線を戻すシン。だが──
「おやまあ、あの人間はどうやら腕だけではなく口も達者なようですよ、坊ちゃま」
「…………」
──いつからそこにいたのか、それともたった今出現したのか。
シンと同じく屋根の上に喪服を着た老婆と、その手に繋がれた金髪の子供が現れ、十六夜の方に視線を向けていた。シンはそれに驚くこともなく、やや胡乱げな視線を二人に向けたのみだった。老婆はそれに構わず一礼し、シンに話しかける。
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下。余計なお世話かとは思われますが、この婆めも微力ながらお手伝いに参りました」
間を開けたが、シンはゆっくりと頷く。老紳士にここでの事は一任すると言われているが、小細工は己の得意とするところではない。特に指示を出さなくてもシンが望むことを彼らが先んじて手配してくれるだろう。これもまた、彼らにとってただの一興なのだろうとは思われるが。
少年は老婆にひそひそと話しかけると、老婆はその言葉を代弁する。
「坊ちゃまは早めのうちに己の力を誇示し、上下関係を作っておくようにと仰られております。ただ、夕方に出会った少女のような超越者に悟られぬよう慎重に、とも申しております」
それは、言われなくても考えていた行動だった。だが、少年がわざわざ言い含めに来たということは、白夜叉はやはり油断ならない存在らしい。
「婆も、あの小娘はまだ何らかの力を隠していると見ます。この箱庭は魔界並みに遥か広大ですもの。下層とはいえその東側最強を謳うならば、あの程度の力量の筈がございません」
あの時白夜叉が本気だったならば、この分霊は破壊されていたかもしれない。ただで負けるつもりは無いが、下手に分霊を失うのは得策ではない。穏便に箱庭に侵入する方法は限られるのだから。素直に反省するシン。
「貴方様が真の実力を発揮すればこのような箱庭は脆いものでございますが、我々の目的は破壊でも闘争でもございません。全ては強き霊を見出すこと。ゆめゆめお忘れなきよう……」
シンはその言葉を受け取り、ゆるゆると目を閉じる。そして目を見開くと、老婆と少年は痕跡も残さずその姿を消していた。
シンが視線を感じて下を見ると、十六夜が此方を見ている。悪魔の気配を感じたのか、単に一連の流れを外野から眺めていたことが気になったのかは定かでは無いが、油断ならないのは彼もまた同じだと、認識を改めていた。
夜は更けて行く。女性陣は明日のゲームの準備を進め、十六夜とジンはコミュニティの方針を固めて行く。
そしてシンは、そのまま屋根の上でこれからのことについて思考に耽っていた。
*
夜は明けて、場所は昨日様々なゴタゴタがあった噴水広場。一行は〝フォレス・ガロ〟の舞台区画へ向かう途中、例のカフェテラスにて声をかけられた。
「みなさーん!」
ガルドとのいざこざの場に居合わせた、猫耳の店員だった。一行に近寄ってきて一礼する。
「うちのボスからもエールを頼まれました! 連中、ここいらではやりたい放題でしたから、二度と不義理な真似ができないようにしてやってください!」
ブンブンと両手を振り応援する店員。苦笑しながらもそれを受け取る十六夜たち。しかし、店員はその目がシンに止まると両手で頬を抑え、顔を赤らめてもじもじし始めた。
「あ、そ、その……頑張ってくださいね! 応援してますから!」
このような態度を取られる覚えが無いシンは首を捻る。十六夜はニヤニヤと面白そうにそれを眺め、飛鳥と耀は顔を見合わせる。ジンと黒ウサギはきょとんとした顔でそれを見守っていた。シンはよく分からないが応援されているのは確かだろうと頷き、返事をする。
「帰りに寄らせてもらおう。美味い紅茶を用意して待っていろ」
そう言うと、店員は尻尾をピーンと立たせ、花咲くような笑顔で答える。
「は──はい! お待ちしてます!」
暫し幸せそうに笑う店員だったが、何やら思い出したかのようにふと我に返ると、十六夜たちに〝フォレス・ガロ〟のゲームが舞台区画ではなく居住区画で行われることを伝える。更に傘下のコミュニティや同士を締め出し、ガルド一人で臨むという。
訝しむ十六夜たちだったが、ここに居ても疑問は解決しない。店員に見送られ、一行は〝フォレス・ガロ〟の居住区画を目指して移動することになった。
その途中、素知らぬ顔で歩くシンの脇腹を小突く十六夜。心底面白そうな顔だった。
「いやー、モテるねえ間薙クン! 見たかあの顔、オマエにメロメロじゃねーか!」
「どうでもいい」
「照れるな照れるな! ヤハハハハ!」
本気でどうでもよかったのだが、照れと取った十六夜が突っつきながらからかう。黒ウサギもそれを見ながらニヤニヤ笑っていた。飛鳥と耀とジンは、昨日のことを思い返すも店員がシンに惚れるような展開が見つからなかったので首を捻っている。
しつこくからかってくる十六夜を、シンがこいつウザいな殺すかと思い始めた頃、一行は〝フォレス・ガロ〟の居住区画に辿り着く……が、そこには一行が予想だにしない光景が広がっていた。
──ジャングルである。
ちらほらと家屋が見えるが、完全に鬱葱と生い茂る木々に飲み込まれていた。虎の住むコミュニティだからかと新人たちは納得しかけるも、元々通常の居住区画であったことを知るジンは異変を指摘する。また、門に絡む蔦はまるで生き物のように脈を打ち、胎動のようなものすら感じられた。
シンはこの木々が悪魔化──植物の域から逸脱していることを感じ取る。そしてジャングルの奥地、恐らくガルドがいるであろう方角に、昨日よりも遥かに力量を上げ悪魔に近づいたガルドの気配も。
──何者かと盟約を交わし、力を得たか。
ガルドの正体は虎の獣人であったはずだが、この気配はむしろ夜魔に近い。一夜にして夜魔に変わったならば、恐らくヴァンパイアに吸血され、同族に変えられたのではないだろうか。
一応考察してみるが、シンはどうでもよかった。たかが獣人がヴァンパイアに変わったところで、シンの敵にすらなれないからだ。だが、今回は基本的に飛鳥たちに戦わせるつもりである。初陣には厳しいかもしれないと考える。
そんなシンの考えを他所に、飛鳥は門柱に貼られた〝
ギフトゲームの内容は
黒ウサギとジンは事前にルールを確認しなかった落ち度を嘆くが、飛鳥が憤慨しているのはそこではなかった。
「……何? 要するに、ゲームにクリアするにはガルドを殺さないといけないわけ? 法で裁かれることも、ズタボロになって後悔する間もないということ?」
ゲームのクリアがガルドの死を意味する以上、そういうことだった。このゲームを行う理由の一部が無下にされ、飛鳥は機嫌を悪くする。
「討伐と書いてある以上、そういうことだろうな。命懸けで五分に持ち込んだこの展開は、観客に取って面白くていいけどよ」
「気軽に言ってくれるわね……」
しかも、指定武具が何なのか記されておらず、状況次第では厳しい戦いになるかもしれない。ゲームを提案した者としてその事に責任を感じる飛鳥だが、黒ウサギと耀がその手を握り、励ますと、やや余裕を取り戻した。
十六夜とジンが何かしら内緒話をしているのを他所に、シンはギフトゲームの厄介さに目を細める。直接傷付けられないだけならいくらでもやりようはあるが、今後更に厄介なルールに行き当たる可能性はある。いくら強大な力を秘めているとはいえ、この箱庭では新人なのである。謙虚な姿勢で臨まなければならないと、シンは兜の緒を締めた。
参加者四人はそれぞれの思いを胸に門を潜る。生い茂る森が退路を塞ぎ、合図となった。
──ギフトゲーム〝ハンティング〟、開始。
修羅についての考察はストーリーにあまり関係ないので、軽く調べたのみです。