混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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魔王の力を目の当たりにするそうですよ?

 相対するシンと白夜叉。片や〝白き夜の魔王〟、片や召喚されたばかりの新人。戦いの結果は一目瞭然である筈なのに、衆目からは容易に断ずることのできない壮絶な空気がその場を支配する。

 

 白夜叉は構えず、シンは構えたまま、両者はその場を動かずただ空気だけが張り詰めて行く。観客と化した十六夜たちは声を出すことすらままならず、ただこの雰囲気に耐えているばかりだった。

 

──この状況でも一歩も引かぬか。まさか星霊ということはあるまいが……。

 

 シンに対峙しながらもその正体について考察する白夜叉。本気ではないとはいえ、魔王の闘気を浴びてのこの姿勢は、単なる命知らずでは片付けられない何かがある。上手く隠しているが、本来は名のある修羅神仏の化身やも知れぬと、当たりをつけていた。

 

 対するシンは、ここで全力を出すことになっても止むを得ないと考えていた。少々早いが、ここで魔王を一体下僕にするのも悪くないと思い始めている。しかし、そうなれば十六夜や黒ウサギたちは巻き添えで死ぬだろう。彼らにやや興味を覚え始めているため、そうなるのは若干惜しい。

 

 シンがちらりと、顔色を悪くする彼らの顔を伺う。それに目敏く気が付いた白夜叉は、ここらが頃合いかと闘気を収める。白夜叉の方が引いたので、シンもそれに合わせて構えを解いた。

 

 両者が落ち着いたのを見て、十六夜と黒ウサギたちがはぁ、とため息をついた。

 

「……参った、降参だ。今回は黙って試されてやるさ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で十六夜が負けを認め、飛鳥と耀がそれに続く。黒ウサギは憔悴したような声で弱々しく抗議する。

 

「お互いにもう少し相手を選んでください……〝階層支配者〟に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う〝階層支配者〟なんて、冗談じゃありませんですよ!」

 

「くく……すまんな、こやつが一歩も引かないのでつい興に乗ってしまった」

 

 ニヤニヤ笑う白夜叉に、とうとうガクリと崩れ落ちる黒ウサギ。口からは白夜叉が魔王だったのは過去のことだと呟き漏らし、十六夜はそれを聞いて騙されたと文句を言う。

 

 その時、山脈の方角から甲高く、しかし雄々しい叫び声が聞こえてきた。獣とも鳥ともつかないその奇妙な鳴き声に、耀がぴくりと反応する。

 

「今の鳴き声は……」

 

「ふむ……そういえばおんしらが選んだのは試練であったな。それならばアレは打って付けかもしれん」

 

 

    *

 

 

 その後、白夜叉が呼び寄せたグリフォン相手に一行のギフトゲームが始まった。ギフトゲーム名は〝鷲獅子の手綱〟。グリフォンに力、知恵、勇気の何れかを認められ、その背に跨り湖畔を駆けることでクリアとなる。

 

 それらが記された〝契約書類(ギアスロール)〟を読み終わるや否や、瞳を輝かせた耀が勢い良く立候補し、異論は無かった為に十六夜たちは先手を譲った。

 

 そして、ゲームは耀の勝利で決まる。耀は誇りと命を賭けてグリフォンに真っ向から勝負を挑み、本気で山脈の空を駆けるグリフォンの手綱を最後まで離さなかった。更にはクリアしたと同時に落下したものの、グリフォンが持っていたギフトを操って空を舞い、着地して見せたのだった。

 

「いやはや大したものだ──」

 

 パチパチと拍手を送りながら勝者を讃える白夜叉。得体の知れないシンに目が行っていたものの、他の新人たちもまた、興味深い力の持ち主なのだと認めることになった。

 

 話は耀のギフトに移り、それが父からの贈り物によって発現したことが判明する。白夜叉はその贈り物の学術性と芸術性の高さ、そして人間がギフトを作り出したその天才性に驚愕し、買い取りたいとまで言い出す。当然耀は許さなかった。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

 十六夜は尋ねるも、白夜叉はあっさりと、

 

「分からん」

 

 と回答を放棄した。難解なギフトを調査するには、それ相応のギフトが必要なようだ。店の鑑定士、それも上層の者に頼まなければならないと分かり、白夜叉に頼むつもりだった黒ウサギは気落ちした。それを見て白夜叉は気まずそうにする。

 

「専門外どころか無関係もいいところなのだがの……ふむふむ」

 

 それでもできるだけのことはしようと思っているのか、片手で輪を作り、そこから新人たちの顔を覗き込んで何やら頷いている。

 

「……四人とも素養が高いのは分かる。しかしこれでは何とも言えんな」

 

 困ったように白髪を掻き上げ、暫し考え込む白夜叉。やがて、突如名案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「そうだな、何にせよ私が与えた試練をクリアしたおんしらには〝恩恵(ギフト)〟を与えねばならん」

 

 白夜叉が柏手を打つと、新人たちそれぞれの眼前に光り輝くカードが現れる。

 

「ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いだ──受け取るがよい」

 

 恐る恐る彼らが受け取ると、それらのカードにはそれぞれの名前と、体に宿るギフトの名前が記されていた。

 

 コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム〝正体不明(コード・アンノウン)

 

 ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム〝威光〟

 

 パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟、〝ノーフォーマー〟

 

──そして、カーボンブラックとエメラルドの幾何学模様の入ったカードに間薙シン・ギフトネーム〝人修羅(ノクターン)

 

「──ギフトカード!」

 

 黒ウサギは、彼らに与えられたのが大変高価で極めて便利な、ギフトカードであることに驚愕した。しかし十六夜を始めとする三人はその希少さを理解せず、適当に聞き流すばかり。

 

 シンはカードを眺め、封印しているとはいえ己の数々の能力が〝人修羅(ノクターン)〟という一つのギフトに収まっている理由を考察していた。暫し考え込むものの、十六夜が水樹をギフトカードに収め、その名がカードに現れるのを見て思い至る。

 

──恐らく、このカードにはギフトが持つギフト(・・・・・・・・・)の名前までは現れないのだろう。

 

 〝人修羅(ノクターン)〟はこの分霊が人修羅という種であることを表すギフトであると同時に、混沌王直々に生成したマガタマである。このマガタマには多くの能力が宿っているが、シンはそれを引き出して使っているに過ぎない為、カードにそれらの能力は現れないのだ。

 

 そう結論付けて頷くシンを他所に、白夜叉の説明は続く。

 

「そのギフトカードは正式名称を〝ラプラスの紙片〟、即ち全知の一端だ──」

 

 鑑定はできずとも、魂の繋がった〝恩恵(ギフト)〟の名称を見れば大体のギフトの正体は分かる。そう豪語する白夜叉に、十六夜は面白そうに己のカードを見せる。

 

「じゃあ、俺のはレアケースなわけだな」

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

 白夜叉は顔色を変えてカードを取り上げ、尋常ならざる表情でカードを見つめる。数千年以上を生きた魔王が驚愕する、それほどの事態。だが十六夜はそれに構わずカードを奪い返し、値札を貼られるのは趣味じゃねえから丁度良い、とヤハハと笑った。

 

 シンは十六夜の力を直接見ていない為に何とも言えないが、彼もまた興味深い人間なのだと評価を改めていた。それどころか〝ノーネーム〟の面々は皆興味深い存在だと、このコミュニティにしばらく身を置くつもりでいる。それは黒ウサギたちにとって幸運とも言えるし、不運とも言えた。

 

──そして、いつか後悔する日がきっと来るだろう。

 

 

    *

 

 

 一行は白夜叉に店前まで見送られ、一礼する。十六夜たちは今度は対等の条件で挑むと豪語し、白夜叉を喜ばせた。

 

 しかし、コミュニティの現状を知り、本気で魔王を打倒をするのかと、その上でコミュニティに加入するのかと、彼らに真摯に問う。当然と答える十六夜たちに呆れるも、飛鳥と耀は確実に死ぬと断言する。二人は言い返そうと言葉を探すも、白夜叉の真剣な表情がそれを許さない。

 

「魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けておけ。小僧二人はともかく、おんしら二人の力では魔王のゲームを生き残れん」

 

 力無き者の末路を哀れむように、過去の悲劇を思い返すかのように、憂いの表情で忠告した。

 

「……ご忠告ありがと。肝に命じておくわ」

 

 一行は別れを告げ、〝サウザンドアイズ〟を後にした。

 

 そのまま噴水広場を越えて半刻ほど歩くと、一行は〝ノーネーム〟の居住区画の門前に到着した。黒ウサギが紹介する。

 

「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入り口から更に歩かねばならないのでご容赦ください。この近辺はまだ戦いの名残がありますので──」

 

「──戦いの名残、ね。魔王との戦いのことかしら」

 

 飛鳥が不機嫌そうに言う。先の一件で、はっきりと弱者だと断じられたことが気に食わないのだろう。しかし、それを咎めずに黒ウサギは続ける。

 

「はい、この先を見れば魔王の恐ろしさを感じていただけると思います……」

 

 黒ウサギは躊躇いつつ門を開けた。すると門の向こうから乾き切った風が吹き抜け、一行を砂塵が包む。やがて彼らの開けた視界に、一面の廃墟が広がっていた。

 

 石造のものは崩れ、木造のものは腐り落ち、鉄製のものは錆び切って、植物は枯れ果てている。その街並みはまるで何百年も経過したかのように風化していた。しかしベランダにティーセットが置かれているままで、この光景が一瞬によって引き起こされたものなのだと物語っている。

 

「……間薙君」

 

 冷や汗を流す飛鳥に声をかけられ、シンは彼女が言わんとする所を察して、答える。

 

「……霊など一切居ない。いや、この場には存在できない。ここは霊的にも死んでいる(・・・・・・・・・)

 

 空気が乾き切っているように、この場にはマガツヒすら枯渇していた。人修羅であるシンに影響は無いが、ここにいれば悪魔ですら息苦しいであろう。まさしくここは生者も死者も寄り付かぬ、不毛の大地だった。

 

 コミュニティのこの有様は、シンにボルテクス界を思い起こさせていた。東京が死に、文明は朽ち果て、多くが砂に埋れた様は目の前の光景に酷似していた。また、ナイトメア・システムによってマガツヒを根こそぎ奪われた、イケブクロのことも想起させる。

 

 だが、どちらもカグツチという創世の光と、創世の巫女を据えたオベリスクという超巨大な装置があってこその惨状である。目の前の光景を齎した魔王は単体でそれを成し遂げたのだと思われた。だとすれば〝ノーネーム〟を襲った魔王は、最低でもカグツチ以上──恐らくはそれを超える力を持っているのだろう。

 

「魔王──か。いいぜいいぜいいなオイ! 想像以上に面白そうじゃねえか……!」

 

 十六夜が不敵に笑って呟く。飛鳥と耀がこの光景に慄き、黒ウサギが目を逸らしながら先導する中、一歩下がったシンもまた──笑っていた。

 

──その力、必ず手に入れてやろう。

 

 混沌王に至ってから久しく感じていなかった、己を危ぶむ程の脅威に──シンは静かに狂喜していた。


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