混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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暗躍した悪魔と暗躍する召喚士ですよ?

 〝ノーネーム〟農園跡地。

 

 あれから一週間が経過し、境界壁から帰ってきた一同は新たな仲魔──妖精セタンタと地霊メルンを迎え入れた。セタンタが幻魔クー・フーリンに姿を変えたのは一時的なものだったらしく、飛鳥は少し残念そうだった。

 

 地霊メルンが得た功績は〝開拓〟。流石に完全に死んだ土地を復活させるほどの力は無いが、土壌の肥やしがあればその助けになる可能性はある。飛鳥に命令されたセタンタと、年長組の子供たちは黒ウサギに先導され、廃材置き場へ向かっていった。

 

『やれやれ、なんでオレがこんな事を……』

 

「文句を言わず働きなさい。私も手伝うから」

 

 ボヤくセタンタは隣に並ぶ飛鳥にぎょっと驚くと、怪訝そうに見つめる。

 

『……意外だな。こういう肉体労働は任せるものだと思っていたが』

 

 それは飛鳥が怠惰だと言うつもりではない。適材適所を弁え、己に向いた仕事に集中するタイプだとセタンタは思っていたからだ。事実、もし今回の一件がある前の飛鳥ならそうしただろう。しかし飛鳥は少し恥ずかしそうに答える。

 

「今回のことで、自分の力不足を痛感したもの。こういう機会を使って体を動かすことに慣れておこうと思ってね」

 

 とはいえ、すぐに慣れるわけでもない。これは己がフォローしてやらなくてはいけないな、とセタンタは苦笑する。

 

 そんな主従の後ろ姿を眺めながら、耀はポツリと呟いた。

 

「……飛鳥は、凄いね」

 

 それは、眩しいものを見るような口調だった。新たな力に驕らず、その力に見合うよう己を高めようとする飛鳥のその姿勢に、耀は尊敬の意を抱いていた。

 

 耀が悪魔化した影響は、今のところ見られなかった。服が血で駄目になったのは痛いが、元の服と似たものを揃えることで妥協している。特に血を吸いたくなることもなく、その代わり無頼の怪力や鉄のように鋭い爪は出すことはできないでいる。

 

 結局、今回のゲームで耀は特に活躍することもなく、迷惑をかけることのみで終わってしまっていた。そう言う耀に、十六夜は苦笑する。

 

「まあ、そんなこともあるだろ。春日部のせいばかりでも無いからな。どちらかというと──間薙のせいだろうし」

 

 軽い口調で、しかし後半は硬い口調で言う十六夜に、耀は寂しい表情で答える。

 

「……まだ、シンを許せないの?」

 

まだ(・・)、じゃないな。俺たちがアイツと分かりあうなんてことは一生無いだろうよ」

 

 有無を言わさぬその口調に耀は俯き、申し訳なさそうに呟く。

 

「……私のことなら、気にしなくていい。何度も言ったけど、私自らが望んだ結果だから」

 

「別に、それだけじゃねえよ。前々から考えていたが、俺たちとアイツの思考回路は違い過ぎる。見た目通りの存在じゃないと思っていたが、もしかしたら百年とか千年は生きてる大悪魔かもしれん、と俺は見てる」

 

 十六夜のその推測に、パチクリと耀は目を瞬かせる。その様子に表情を緩めた十六夜は、耀に笑いかけた。

 

「……ま、俺が勝手に思っていることだ。春日部がそれに倣う必要はないが、間薙には精々気を付けとけ」

 

 そう言うと、十六夜は自分も手伝うことにしたのか、飛鳥の後を追った。ヴェーザーに痛め付けられ、最後の戦いに参戦できなかった負い目がそうさせているのだが、対人の経験値が少ない耀はそこまで察することはできなかった。

 

 自分も手伝おうか、と視線を上げると、本拠の屋根の上で寝転がっているシンの姿を見つける。鷹の目で見つめると、ピクシーと何やら話しているところだった。その視線に気が付いたのか、手を振るピクシーに耀も手を振り返すと、十六夜を追って歩き出す。

 

 その心の内で、ふと疑問が思い浮かぶ。

 

 気のせいだろうと、次の瞬間には忘れてしまう淡い疑問。

 

 

──どうして最近、悪魔を見るとお腹が空くんだろう。

 

 

 その疑問への答えを、まだ耀は見つけていない。

 

 今は、まだ。

 

 

    *

 

 

──シンさん、どうして貴方は……!

 

──間薙君、私はどうしても貴方の事を……。

 

──人間様を、あんまり馬鹿にしてるんじゃねえ……!

 

 シンは、境界壁で黒ウサギたちにされた詰問を思い返していた。

 

 今までの態度、企み、耀へ行った所業、ありとあらゆる事を問い掛けられた。だがシンは結局、殆どの質問に答えなかった。耀の悪魔化は死にかけていたという理由があったものの、当然命を救おうと思っていたわけではなかった。

 

──失うには惜しい存在だ。まだ利用価値がある故に、実験も兼ねて力を与えたまでだ。

 

 その言葉は十六夜たちの失望を大いに買い、あわやその場で私闘とまで行きかけたが、黒ウサギと耀がなんとか取り成した。ここで決定的に拗れてコミュニティ追放など起こせない。コミュニティ復興の大きな力になるシンを手放すわけにはいかないし、下手に野放しにすれば敵として、あるいは魔王として、立ちはだかって来かねない。

 

 それに、耀は己の暴走がこの事態の引き金になったことを気に病んでいる。己が望むままに力を与えてくれたシンを、彼は悪くないと擁護すらした。事実、ステンドグラス捜索に悪魔を派遣したり、その身を持って魔王の撃破の一助になるなど、シンは今回のゲームにしっかりと貢献している。無論、何の説明もなく勝手にやったことだが。

 

 その結果、シンへの処分は保留にはなった。

 

 だが、コミュニティ内に大きな溝が出来てしまったのだった。

 

『──ヨウ以外の連中には、随分嫌われちゃったわね?』

 

 ピクシーは耀から視線を移すと、屋根の上で目を瞑り、寝転がっているシンへ声をかけた。

 

「どうでもいい」

 

 興味の無さそうな口調で、シンは返す。事実、シンは同士にどう思われようが気にしていない。己の邪魔さえしなければそれでいいと、そう考えていた。

 

 だが、ピクシーは首を竦めて呟く。

 

『でもね、あいつらの出身とか、前の世界の話とか聞いておけば、対策も立てられると思わない? ヨウなんてあんなことになるなんて想定外だったじゃない。特にあのイザヨイってヤツ──』

 

 視線の先、歩いている十六夜をチラリと見る。

 

『──絶対、以前に悪魔に出会ってるわよ。悪魔に対する心構えが出来てるもの』

 

 それは、シンも思っていたことだった。今回の一件までは口先では歩み寄ろうとはしていたものの、ある一線だけは引いていたように感じていた。そして、それは悪魔に対して正しい対応だ。

 

──表面上仲良くすることはあっても、決して心から馴れ合ってはいけない。

 

 人と悪魔は絶対に分かりあうことはできない。仮に絆を結んだとしても、一線だけは超えてはならない。それは不幸な結果しか産まないのだから。

 

『前の世界で悪魔やサマナーに会っていたのかしらね? ま、聞いても答えてくれないだろうけどさ──』

 

「……いや、お前ならまだ飛鳥が気を許すだろう。出来る限り情報収集をしておけ」

 

 うぇ、とピクシーは面倒臭そうに声を漏らす。しかしそれには構わず、シンは片目を開くと、ピクシーを見つめて再度命ずる。

 

「頼んだ」

 

『……はいはい、やっておくわよ。あたしも興味が無いわけじゃないからね』

 

 ピクシーは首を竦め、仕方ないとばかりに頷いた。シンは再び目を瞑り、考え事に没頭する。そのつれなさが不満だったのか、ピクシーはむくれてシンの周りを飛び回る。

 

 暫しぶー垂れていたピクシーだったが、ふと何かを思い付いたのか、ニンマリと笑い、シンに縋り寄る。

 

『ねーねー、今回あたし結構活躍したと思わない? それに、これからめんどくさそーな事やらされるわけだし、ご褒美ほしいかなーって』

 

 ツンツン頬をつついてくるピクシーを、シンは面倒そうに見つめる。しかしその期待するような視線に、やがて諦めたように溜め息を付いた。

 

「──好きなだけ吸え。だが程々にしろ」

 

『きゃっほー! 話がわかるー! それじゃあ、いただきまーす!』

 

 はしゃぐように飛び回ると、やがてふわふわとシンの胸元に降りてくる。そして胸元にのし掛かると、シンの口元にゆっくりと顔を近づけて──

 

 

──屋根の上で、人修羅と妖精の影が重なるのだった。

 

 

    *

 

 

 境界壁・居住区画。

 

 何処とも知れぬ洋室で、男女が向かい合っていた。

 

 一人は、飛鳥に悪魔召喚士(デビルサマナー)の力を与えたフェイスレス。一切の表情を消し、姿勢正しく立っている。その視線は目の前の男を油断なく見つめている。

 

 もう一人は、金髪の青年だった。柔らかなアルカイックスマイルを浮かべ、仕事机に座っている。顎の下で両手を組み、何処となく嬉しげな雰囲気だった。

 

「──ご協力、感謝いたします。お陰で滞りなく任務を進めることが出来ました」

 

「いえいえ。我々も、新参とはいえコミュニティ〝ヤタガラス〟の同士。微力ながら助けになれて光栄だとも」

 

 義務的に礼を言うフェイスレスに、胡散臭い程に心からの謙遜を言う男。彼は〝ヤタガラス〟傘下のコミュニティのリーダーなのだが、フェイスレスは、この男をどうしても信用できなかった。

 

──このコミュニティのリーダーが挿げ替わったという報告は受けていない……それに何故、他の同士を見かけない(・・・・・・・・・・)

 

 誕生祭の開催前からこのコミュニティの本拠に出入りしていたが、この男ともう一人──メイドの少女以外に、誰も見かけることはなかった。

 

 その少女は、行儀良く金髪の男の背後に下がり、微動だにせず背景に徹している。その腰まで届く長い黒髪は、一見すると夜更けに月明かりで照らされる清流のようにも、はたまた嵐で氾濫する濁流のようにも見える。露出度の高い黒色のメイド服は、所々に髑髏の意匠があしらわれており、しかし奇妙なことに首元のスカーフだけは虎柄をしていた。

 

 血のように紅いその瞳を薄く伏せていたメイドだったが、ぷぅん、と蝿が寄ってくると、ふわりと右手を差し出し、その指に止まらせる。そしてゆるりと微笑むと、その蝿を手の甲に這わせて、弄び始めた。

 

「──うちのメイドが気になるかね?」

 

 ハッ、とフェイスレスが気が付くと、どうやら己が短くない時間、メイドを見つめていたらしいことに気が付いた。姿勢を正し、いえ、と否定するフェイスレスを見ると、男は微笑みメイドを横目で見つめた。

 

「同性すらも魅了してしまうとは、つくづくうちのメイドは罪深いらしい」

 

「──恐縮ですわ」

 

 初めて聞くメイドの声は、寝床から聞こえる風の音のようにささやかで、しかし嵐の夜の雷鳴の如く耳にしっかりと届いた。先程からメイドに感じる矛盾する感覚に、フェイスレスは警戒心を抱く。

 

「これは失礼。うちを尋ねる客人は少なくてね……ついつい自慢をしてしまった」

 

「……謝罪は不要です」

 

 始まろうとしていた世間話を強制的に打ち切り、フェイスレスは事務的に男と書類のやりとりを始めた。それらを全て鞄に収めると、機械的に一礼する。

 

「それでは、私たち(・・・)はこれで」

 

 フェイスレスが踵を返すと、その足元を一匹の黒猫(・・・・・)が追従する。飾り気の無い首輪をしたその猫は、一瞬だけ男とメイドを見やると、フェイスレスと共にそのまま歩き去って行った。

 

 金髪の男とメイドの少女は閉じられた扉を見つめながら、興味深そうに目を細めるのだった。

 

 

    *

 

 

『──あやつら、人間ではあるまい』

 

 人気の無い歩廊で、ゆっくりと歩を進めるフェイスレスに、低く渋い声が掛けられる。しかし周囲にフェイスレス以外に人影は無く、あるのはただ一匹──隣を歩く黒猫のみ。その猫が人語を発したというのだろうか。

 

「わかっています。恐らく成り変わられたのでしょう」

 

『〝ヤタガラス〟に報告する必要はあるが……その程度、あやつらは見越しているだろうな』

 

 今度は間違いなく、フェイスレスと黒猫が言葉を交わしていた。黒猫の目には知的な碧色の光が宿り、フェイスレスを見上げている。フェイスレスもまたその瞳を一瞬見つめると、再び前を見据えた。

 

「何者だか分かりますか?」

 

『……目星は着いている。だが、あやつらがこんなところにいるとは考え辛い』

 

 言葉を濁す黒猫に、フェイスレスは涼しい顔で答える。

 

「成る程、過去のサマナーが従えていた、といったところですか」

 

『……お前は出来が良過ぎて、少々つまらんところがあるな』

 

「性分ですから」

 

 フェイスレスは苦笑し、黒猫はふん、と鼻で笑う。そこには、長い間連れ添った相棒の如き信頼関係が伺えた。フェイスレスは周囲に人が居ないことを確認すると、やや声を潜めて言う。

 

「久遠飛鳥に接触し、力を与える所まで行きました。少々出来が良過ぎる(・・・・・・・)のが懸念点ですが、誤差の範囲でしょう」

 

『……血筋の成せる業か。本来ならばサマナーなど目でもない存在(・・・・・・・・・・・・)に大成するはずであったが、なんともやり切れんな』

 

 黒猫は頭を振る。そこに情に流されるような柔な感情は見られなかったが、何処となく哀れみを感じる口調でもあった。フェイスレスは敢えてそれを無視すると、口調をやや強めて言う。

 

「緊急の事態故、仕方ありません」

 

『分かっている。お前こそ、あの娘に情を移してなどおらぬだろうな?』

 

 黒猫が睨みつけたフェイスレスの顔には──刃物のように冷たい表情が浮かんでいた。それを見た猫は頷く。

 

『──一つ問おう。汝、如何に任務を遂行する?』

 

「個を捨て、人々を守らんとする強い意志──」

 

 フェイスレスは冷徹な声で告げ、自らの肩を掴む。

 

「──只一振り、研ぎ澄まされた刃となる」

 

 そうして、その身を包む漆黒の衣装を剥ぎ取ると──

 

『よかろう。ライドウ(・・・・)、引き続き任務を遂行せよ』

 

 

──そこには、書生姿の男装の麗人の姿があった。

 

 

「はい、ゴウト(・・・)。我が任務は〝帝都の守護〟──」

 

 黒い学生服に身を包み、外套を羽織っている。何処の学校の紋章が刻まれた学帽からは黒絹のような黒髪が流れ出て、しかしその顔の上半分は仮面に覆われていた。まるで学生のような出で立ちだが、その腰には鞘に入った刀をぶら下げており、更に女性である。だが黒猫──ゴウトはその姿を見ても溜め息を付くのみだった。

 

「帝都の未来のため、久遠飛鳥には──元の時間軸に帰ってもらいます(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 デビルサマナー葛葉ライドウとその従者〝業斗童子(ゴウト)〟は、決意を新たに箱庭の地を歩むのだった。

 

 

    *

 

 

 箱庭を征く者たち。

 

 ある者は、自由の代償に同士の信頼を失った。

 

 ある者は、任務のために少女を魔なる道へ導いた。

 

 ある者は、全てを微笑みながら眺めている。

 

 多くの意志と宿命が絡み合い、いよいよ運命は混沌の模様を見せ始めた。

 

 それらが行き着く果てを知るのは、暗黒の天使のみか、あるいは──




第二章「あら、妖精襲来のお知らせ?」はここで完結となります。
多くのご感想とご愛読、誠にありがとうございました。
難産ではありましたが、原作とは徐々に変わりゆく物語を書いたつもりです。
お楽しみ頂けたのならそれ以上のことはございません。

第三章ですが、実は今回書き溜め切れずにギリギリの完成となってしまったために、まだ一文字も書き始めておりません。
ストーリーは既に決まっておりますが、流石に毎日投稿と執筆を行うのは心身に多大な負担がかかると痛感しましたので、ほぼ完全に書き溜め終わるまで再開しないつもりです。
ここからは更に原作と変えていきますので、より面白くなるよう努力いたします。
それまでは、不定期更新予定の外伝をお楽しみください。

第三章「そう……巨人召喚(仮)」は八月半ば、あるいは九月までには開始する予定です。
お待ちの間、悪魔に肉体を乗っ取られぬよう、お気を付けて……。

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