混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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それぞれの後始末だそうですよ?

 境界壁・舞台区画。〝火龍誕生祭〟運営本陣営。

 

 ゲーム開始より十時間が経過した。偽りのステンドグラスは全て砕かれ、真実のステンドグラスが一斉に掲げられる。

 

──〝偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ〟

 

 クリア条件の一つであるそれが満たされると、ハーメルンの街はステンドグラスの如く砕け散る。パステル調の街並みが消えると、ペンダントランプの灯火が照らす黄昏色の街並みが戻ってきた。

 

「詫びと、礼を告げなければならんの──」

 

 封じられていた白夜叉が、霞の如く現れた。

 

 偉そうにふんぞり返っておきながら、終始封印されたままだったと、白夜叉は申し訳なさそうに恥じ入る。しかし、批難の声はない。魔王が最初から白夜叉を封じるために策を弄してきていたことは皆承知しているし、何より最強の〝階層支配者〟に対する信頼は、その程度で揺らぐものではなかった。

 

「──本当に皆、よく戦ってくれた」

 

 白夜叉の謝礼が終わると、サンドラが前に出てきて両手を広げ、高らかに宣言する。

 

「──魔王のゲームは終わりました。我々の勝利です!」

 

 マスターたちの言葉を受けて、ようやく勝利の実感が湧いた参加者たち──いや、勝利者たちは、歓声を上げる。呪いから解放され、同士の命が救われ、魔王の脅威が去ったことで、喜びと安堵から涙するものもいた。

 

 

ギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟──プレイヤー側の勝利。

 

 

    *

 

 

 境界壁・舞台区画・暁の麓。美術展、出展会場。

 

 魔王によって荒らされたその場所はまだ片付けられておらず、ひとまず今は祝勝会のために参加者たちは駆り出されていた。故に今は無人である。

 

 その奥、コミュニティ〝ヤタガラス〟の展示品があった空洞に足を運んだ飛鳥は、何も無い(・・・・)その場所を見て、溜め息を付く。何かが展示されていた痕跡すら残されていない。誰も居らず、ただ静寂がその場を満たすのみ。

 

 飛鳥は踵を返し、戻ろうとするが、

 

「──何か用ですか?」

 

 その背に向かって掛けられた問いに、立ち止まる。

 

「……お陰様で勝つ事ができたわ。なので、礼を言いに来たのだけれど」

 

 振り向くと、相変わらず不審な格好をしたフェイスレスが居た。直前まで何の気配もなかったのに、いつの間にか空洞の中央に立っている。

 

「それならば不要です。我々〝ヤタガラス〟が掲げるのは〝人類史の守護〟。貴女に力を与えたのもその一環なのですから」

 

「……それなのだけれど」

 

 飛鳥は一瞬視線を落とす。しかし視線を上げ、改めてフェイスレスを見つめると、問い掛ける。

 

「本当に、貴女たちのコミュニティへ移籍などはしなくていいの?」

 

 それくらい要求されるのは覚悟していたのだけれど、と飛鳥は呟く。

 

 悪魔召喚士(デビルサマナー)(わざ)は本来外部の者に伝えるべきものではない。一族の内で血と共に伝承されるものであったり、組織内で戦力を強化するために秘密裏に伝えられるようなものであったりする。あるいはフリーのサマナーが金銭を受け取って教えたり、弟子入りさせ後継者として鍛える場合もある。

 

 それを、フェイスレスは首を振って否定する。

 

「必要ありませんよ。まあ、こちらから何らかの依頼をする場合はありますが、コミュニティとしての正式な依頼ですので、力を与えたことを理由に押し付けるようなことはいたしません。我々にも考えがあってのことですので、貴女が気に病むことはありません。安心してください」

 

 そう、と飛鳥は安堵する。覚悟していたとはいえ、黒ウサギとの約束を守るために断固として断るつもりでいたのである。

 

「でも、これだけは言わせて──」

 

 飛鳥は姿勢を正すと、フェイスレスに深々と一礼した。

 

「──ありがとう。貴女のお陰で魔王に勝つことができました。力を授けていただいたことに深く感謝いたします」

 

 その感謝を、フェイスレスは何も言わず微笑むのみで受け取った。

 

 礼を言い終えた飛鳥は顔を上げると、そうだわ、と思い出したように言った。

 

「群体精霊のあの子たちにもお礼を言わないと。悪いのだけれど、召喚していただける?」

 

「ああ、彼女たちなら、もう元の時間軸に帰還しました」

 

 はい? と飛鳥は首を傾げる。

 

「ハーメルンの魔道書(グリモア)が消えた以上、元の時代に戻るのは当然のことでしょう。ましてや、この箱庭に強制的に呼び出されていた御霊。下手に留まればどのような影響があったかは定かではありません。故に、私が帰還の手助けをいたしました」

 

「そ、そう……それならいいの。ありがとう」

 

 飛鳥は面を喰らいつつも、納得したように返答する。しかしやや俯き、暗い表情を見せる。それを見たフェイスレスは、出来の悪い生徒に言い聞かせるように、しかしやや面白がっているように窘める。

 

「何を暗い顔をしているのです。笑って、彼らの門出を祝えないのですか?」

 

「だ、だってあの子たちは──って、門出?」

 

 きょとん、と目を丸くする飛鳥に、フェイスレスは笑って答える。

 

「確かに彼らは〝ハーメルンの笛吹き〟の伝承に謳われる、姿を消した百三十人の子供たちの御霊です。しかし〝姿を消した〟というのは死を直接意味するものではありません」

 

 幾世紀にも渡る調査においても、その伝承の歴史的真実について明確な証拠は見つかっていない。本当に子供たちが死んだのか、そもそも連れ出されたのかさえ定かではないのだ。

 

「貴女は優しい人のようですから、彼女たちがやってきた時間軸……即ち、〝ハーメルンの笛吹き〟のもう一つの解釈について教えましょう──」

 

──1284年 ヨハネとパウロの日 6月26日

 

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した──

 

「──それは、〝130人の子供たちが自分たちの(コミュニティ)を作るために、自らハーメルンを旅立った〟という説です」

 

 笛吹き男というリーダーを先頭に、親元を離れ、ヴェーザー河を下り、歌いながら未踏の地を目指した子供たち。

 

 そして、その説はかなり可能性が高い解釈として現代のハーメルン市においても広く認知されている。東ヨーロッパの遠く離れた土地に、対応した村の名前やハーメルンと同じ姓が度々見つかっているのである。

 

「……そう、そういうことだったのね」

 

 飛鳥は心底安堵したかのように。胸を押さえて溜め息を付いた。彼らは長い間箱庭に囚われていた。それがようやく解放され、元の時代で希望を胸に新たな土地へ歩み出すのだ。飛鳥は、彼らの街作りがうまくいくように、箱庭から願うことにした。

 

「──それと、彼らから貴方への贈り物を預かっています」

 

 え? という言葉は翠色の輝きと、激しい風と共に掻き消された。光の中から現れたのは、飛鳥と出会い、懐いていたとんがり帽子の精霊だった。幼い少女は丸まった姿勢のまま、ふわふわと飛鳥の手の平に落ちてくる。

 

〝我々が後世に授かる、開拓の霊格(功績)をその子に授けました。私たちが箱庭に残せる、最後の生きた証。貴方に託します──〟

 

「その者は、彼らが残した百三十一人目の同士。あなたが名前を呼べば、目を覚ますでしょう」

 

 飛鳥は手の平の上でスヤスヤと眠る精霊を見つめた。

 

 彼らが飛鳥にこの精霊を託してくれた意味を噛み締め、暫し目を閉じる。

 

 たっぷりと時間をかけ、やがてゆっくりと目を開いた飛鳥は、精霊に優しく呼びかけた。

 

「────メルン」

 

 ぴくり、と精霊──メルンは目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。眠たそうに目を擦り、ユラユラと頭を揺らすと、飛鳥の顔を見つめる。

 

『……めるん?』

 

「そう、貴女は〝ハーメルンの笛吹き〟の正当な功績を継いだ者──そして、私たちの新たな仲魔よ」

 

 その言葉にメルンは小首を傾げ、きょろきょろと辺りを見回す。やがてフェイスレスと一瞬視線が交錯し、彼女が優しく微笑むのを見た。するとメルンは頷き、飛鳥へ再び向き直る。

 

『うん、わたしは──地霊メルン。こんごともよろしくね、あすか!』

 

 そう言って、にっこりと笑ったのだった。

 

 

    *

 

 

 ゲーム終幕より四十八時間が経過した。外では祝勝会を兼ねた誕生祭が再開され、終日宴の席が設けられている。

 

 参加者たちからは魔王に勝利した〝サラマンドラ〟と〝ノーネーム〟の功績が讃えられ、惜しみない称賛の声が上がった。魔王のゲームに巻き込まれながらも、その知恵と力を持ってゲームをクリアした彼らを、軽んじる者はいる筈もない。

 

 魔王を打倒し、名を上げた〝ノーネーム〟は復興に向けてまた一歩、歩を進めたのだった。

 

「……でも、私は何もできなかった」

 

 宮殿内のとある個室。宴に騒ぐ外の喧騒を聞きながら、耀はぽつりと呟いた。

 

 ベッドに入り、耀はぼんやりと天井を眺めている。その表情は罪悪感に歪み、後悔に揺れる瞳を隠すように、手の甲を額に当てている。

 

「それどころか、皆に襲いかかって──」

 

「──だが、そうしなければ死んでいた」

 

 耀の自虐へ口を挟んだのは、窓から外を眺めているシンだった。窓に映るその表情は相変わらず温度が無く、魔王のゲームをクリアしたことなどどうでもいいと言わんばかりの様子である。

 

 シンは振り向き、実験動物を見るような無機質な瞳で、耀を見つめる。

 

「お前が力に呑まれ、暴走したのは、お前と悪魔の力の相性が異常に良過ぎた(・・・・・・・)からだ。その力は魂と強く結び付き合い、誕生したばかりの悪魔でありながらそれなりの霊格を宿していた」

 

 無論、死に掛けていた故の反動もあっただろうがな、とシンは結ぶ。しかし、耀にとってそのような理屈はどうでもいいのだ。己が力を求め、力に溺れ、力を同士や友に振るったことが、どうしても許せなかった。

 

「……私はどうなるの? これから先、悪魔として生きていかなくてはならない?」

 

 怯えるように言う耀だが、実の所一切の不安が無かった。悪魔として生きるのが当然とでも言うように、何故か耀の心はそれを受け入れている。そう考えるようになっている事こそが、悪魔になってしまった証拠ではないかと思い悩む。

 

 だが、シンはそれに答えず、耀に歩み寄ると、その顔を睨みつける。

 

「……シン?」

 

 耀は訝しみ、その瞳を見つめる。

 

 翠色に輝く瞳──耀の身体を、心を、魂すらも見透かすようなその禍々しい輝きに、耀は吸い込まれるような感覚を覚える。まるで彼に付いて行きたい、彼に全てを委ねたいという甘美な誘惑に、その瞳が揺れ──

 

「──お前は人間(・・)だ。身も心も、魂さえもな」

 

 そう言って、シンが再び窓へ視線を移したことで、耀は我に返る。

 

「……え?」

 

「お前は確かに、あの時悪魔と化していた。心は兎も角、身体はマガタマに食い尽くされ、魂は悪魔に変質していた。その筈だった」

 

 暴走する耀は確かに悪魔──人修羅と化していた。刺青やその色が微妙に異なったのは作り手の違いか、それとも使用したマガタマの違いかは不明だが、少なくとも人間を止めたことは確かだった。

 

 それが、気絶して宮殿に担ぎ込まれた時には人間に戻っていた。今シンが行なっているように人間に擬態しているのではなく、間違いなく今の耀は人間だった。

 

「それってつまり……どういうこと?」

 

「分からない。むしろ、お前の方が分かっているんじゃないのか?」

 

 え? という疑問の声は、肩越しに振り返るシンの視線の前に、途切れた。

 

「悪魔と化した人間が元に戻るという現象は、奇跡に等しい。俺はお前のギフト──〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟か〝ノーフォーマー〟の力が働いたのではないかと見ている」

 

 その言葉を受けて、耀は無意識の内に父から譲り受けたギフトを握り締めた。何がどうなってそうなったのかは全く分からないが、父が守ってくれたのだろうか。そう思う耀だったが、シンは不満そうに首を振る。

 

「……お前にも分からないか。だが、研究の価値はありそうだ」

 

 そう言って、再び窓の外を眺めた。

 

 耀はその姿を見つめながら、思う。

 

 分かっていたことではあったが、シンは誰にも感情を抱いていない。利用価値や興味の対象とすることはあっても、同士だとか──ましてや友人だとは一欠片も思っていないだろう。それこそが悪魔なのかと、耀はやや寂しく思う。

 

『こらこら、もっと女の子は優しく扱いなさいよー。特に傷心の女の子はね!』

 

 そんな中、ピクシーの悪戯っぽい声が響き渡った。ぽん、と軽いエフェクトを立てて現れたピクシーは、とても楽しそうな表情でニヤニヤ笑っている。それを見て耀は不吉な感覚を覚えたが、シンは振り返って問い掛ける。

 

「──それで、どうだったんだ」

 

『もー、アドバイスくらい聞きなさいよ。まぁいいけど──クロよクロ。あの万年激おこ男……というより、〝サラマンドラ〟全体がクロね』

 

 それを聞いてそうか、と確信を得たように頷くシンだったが、耀は意味が分からないとばかりに眉を顰める。

 

「〝サラマンドラ〟がクロ(・・)……それって?」

 

『あら、あなたも聞く? 聞いちゃう? 人間にはあまり面白くないかもよ?』

 

 バタバタと両足をバタつかせ、口元を押さえてうくくと笑うピクシーの姿は、完全に喋りたがりのそれだった。そもそも、目の前で話しておいて聞きたいか、もなかったが。

 

 耀が頷くと、ピクシーは笑い話でも話すかのように、軽い調子で喋り始めた。

 

『──つまりさあ、今回の魔王襲来は、〝サラマンドラ〟が仕組んでたってことよ』

 

「──なっ、」

 

 絶句する耀を他所に、ピクシーは話し続ける。

 

『まあ、普通に考えれば分かるけどね。百三十枚もの笛吹き道化のステンドグラスを出展させるなんて、主催者側がわざと見落としてない限りありえないでしょ。マスターになったあの子娘(・・・・)は知らなかったみたいだけどさ』

 

「……それはつまり、サンドラを始末して、マンドラに跡目を継がせようと?」

 

 幼いフロアマスターの誕生に不満を抱いている勢力──サンドラの兄であるマンドラがその勢力であるのが自然だろう。だとすれば、今回のゲームはとんだ茶番劇になる。耀は義憤に表情を歪ませて──

 

『ああ、違う違う。……これがまたケッサクなんだけどさ、今回の件はルーキー〝階層支配者〟が周囲のコミュニティから認められるための通過儀礼みたいなモノなんだって』

 

「……はい?」

 

『だからさ、〝階層支配者〟って魔王の防波堤としての役割があるじゃない? つまり魔王とのゲームを乗り越えて、始めて一人前と認められるわけよ。それなら手っ取り早くルーキー魔王を招き入れて(・・・・・)、それを倒しちゃえばすぐに一人前扱いになるわよね?』

 

 本末転倒よね、とピクシーはケタケタ笑い転げるが、耀は笑い事ではないと青褪める。

 

 秩序の守護者であるフロアマスターが、コミュニティの格を高めるために魔王を招き入れるなど、茶番劇以前に最悪のスキャンダルもいいところだった。箱庭に来て日も浅い耀だが、白夜叉やジンなどの話からそれがどれほどの事かをなんとなく理解している。

 

『なんか色々事情はあるらしいし、コミュニティの名や旗を守るためとか言ってたけど、興味なかったから聞き流したわ。そりゃ、あたしたちは箱庭の外から来たからそういう意識は薄いけど、巻き込まれた参加者たちには関係ないわけだしね』

 

 ピクシーはそう言うが、耀は確かに部外者である自分たちには、到底分からぬ事情なのだろうと察した。

 

 幸い、今回は参加者側にも、〝サラマンドラ〟側にも死者は出なかった。しかし万が一〝ノーネーム〟から死者が出れば、十六夜かシンが〝サラマンドラ〟を滅ぼしていただろう。また、参加者に死者が出れば北のコミュニティが崩壊する火種となっていただろう。

 

 どのような状況になっても、自分たちは決してそのようなことはしまい、と耀は決意する。

 

『──それで、「バラされたくなかったら、有事の際は〝ノーネーム〟の元へ駆けつけろ」って脅しておいたけど……あんな連中必要なの?』

 

「使える駒は多い方がいい。盾にはなるだろう」

 

 エゲツない悪魔たちの遣り取りに冷や汗を流す耀。この事は十六夜たちに言わないでおこう、と心の内に秘めることにした。

 

 

    *

 

 

 重い話が終わり、ピクシーは話を変えて、宴の様子を楽しそうに語る。それを耀とシンがぼんやりと聞いていると、そこへノックの音が響き渡った。

 

 耀が返事をすると、黒ウサギを始めとする〝ノーネーム〟一同が部屋に入ってくる。幸い部屋は広めなので全員入ることができた。

 

 十六夜と飛鳥はやや顔を顰めてシンを睨んでいる。黒ウサギとジンは少し辛そうな表情でシンを見ている。レティシアは憂鬱げな表情だったが、一同を心配そうに見つめている。

 

 耀は困惑して彼らを見回すが、それを他所に黒ウサギが硬い声で話を始める。

 

「──シンさん、聞きたいことがあります」

 

 シンは一同の視線を受け止めると、面倒そうに頷いた。

 

 質問とは名ばかりの、詰問が始まろうとしていたのだった。


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