混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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皆を月までご招待するそうですよ?

 街を引き裂くような極大の閃光は捜索隊の所にも届き、衆人は大きくどよめいた。敵の新たな攻撃か、と身構えるも特に何も起こらず、怪訝そうにお互いの顔を見合わせるばかり。

 

 やがて、こうしている場合ではないと我に返り、参加者たちはステンドグラスを探しに再び動き出す。偽りのステンドグラス(ネズミ捕りの男、黒死病に倒れる者たち)はあらかた破壊され、真実のステンドグラス(ヴェーザー河)も幾つか回収が進んでいる。

 

 だが、まだ全てのステンドグラスを見つけ出したわけではない。魔王やその側近との戦いに巻き込まれることを恐れて、そちらは後回しになっていた。しかしそうも言っていられない。命を賭さなければ命を取りこぼすことになるだろう。

 

 マンドラは捜索隊を指示しながら、危険な場所を探索するための人員を選別しようとする。この状況は、いろんな意味で〝サラマンドラ〟が乗り越えなければならぬもの。故に死しても良い人材を、己も含めて選び──

 

「──マンドラさん!」

 

 同士を放っておけないと、一旦その場を離れていたジンの声が、思慮に耽っていたマンドラの耳に届いた。軟弱だとは思うが、その気持ちはよく分かる。しかしこの状況がそれを許さぬと、あえて厳しい表情を作り、振り向く。

 

「ジン殿、この状況下で単独行動は謹んでいただきたい。貴方はこの捜索隊の──?」

 

 その言葉は途切れ、ぎょっと目を見開いたマンドラは目の前の巨体(・・)を見つめる。

 

 ずんぐりむっくりとした巨体は、足が短く手が長い。真っ青な肌をしており、赤みがかったもさもさの蓑を着込み、黄色のキャップを被っている。その身に似合わぬつぶらな瞳と、歯並びの悪い口を歪めて、ニヤニヤと笑っていた。

 

『なんだぁ? 妖精が珍しいのか?』

 

 巨体の妖精はそう笑いかける。馬鹿にされたと感じたマンドラは表情を歪めて怒声をあげようとするが、その片手に耀が抱かれ、もう片手にステンドグラスを持っているのを見つけると、今度こそ度肝を抜かれる。

 

「──お、お前は一体……!?」

 

 狼狽えるマンドラに、慌てて進み出たジンが声をかける。巨体の妖精の陰にいたので見えなかったのだ。

 

「大丈夫です。彼らは我らの同士が召喚した存在ですから、危害を加えることはありません」

 

「それより朗報だ。ゲームクリアが早まるかもしれんぞ?」

 

 ジンに肩を貸されて立っているレティシアが、面白そうに告げた。眉を顰め、マンドラは怪訝そうに問い返す。

 

「それは一体──」

 

 しかし、そこへ緊張感のない声が響き渡った。

 

『──ヒーホー! 二枚目ゲットだホー! ゴホウビ、ゴホウビー!』

 

 一同は声のした方を振り向くと、青い帽子を被った雪だるまのような存在──ジャックフロストが、ステンドグラスを掲げて走ってきた所だった。その姿を、そしてステンドグラスを見て、捜索隊は戸惑いの声を上げている。

 

 そこへ、また別の方向から女性の艶やかな声が掛かる。

 

『──あら、貴方は二枚目なの? わたくしも、もう少しがんばった方が良かったかしら』

 

 透き通るような白い肌に、きらきら輝くブロンドヘア。煌びやかな金色の刺繍が施された緑色のドレスを纏い、その背には妖精のような二組の羽根が生えており、それを優雅にはためかせながら、ふわふわと浮かんでいる。

 

 赤い果実のような瞳には妖しい表情が浮かび、開いた掌の上でふわふわとステンドグラスが宙に浮いていた。

 

 理解不能な事態に、マンドラを始めとする捜索隊の面々は混乱する。それを見て、ジンは申し訳なさそうに状況の説明をする。

 

「つまりその、〝先発隊(・・・)〟が出ていたんです。それも戦場になりそうな場所を優先的に探すよう命令されていたそうで……」

 

 そう言っている間にも、次々と悪魔たちが現れる。ステンドグラスは真実か偽りかを問わず持ってきていたようで、知らない所で壊されている心配がないのは幸いである。

 

「うん、これなら命を顧みず戦場に忍び込む必要もないだろう……とはいえ、どうやら残っているのは魔王のみのようだが」

 

 レティシアは視線を町の中心部へ向けた。周囲一帯を照らした光が収まってから、その方角から言い知れない不吉な気配を感じ続けているのだ。恐らくは側近が倒されたことで、本気を出すつもりなのだろう。

 

「……ジン、マンドラ殿。一旦皆を避難させた方がいいかもしれない。魔王がいよいよ動き出しそうだ」

 

 声を掛けられた二人は頷き、捜索隊に指示を出し始めた。戸惑っていた彼らはそれを受けて動き出し、建物へ避難していく。魔王の攻撃に黒い風があったことは判明しているため、なるべく風の入らない頑丈な建物を選び、窓を封鎖していく。

 

「しかし……ステンドグラスはまだ残っている。隠れていてはそれらも回収出来ん」

 

 悪魔たちによって回収が進んでいるとはいえ、まだ全てが回収されたわけではない。その懸念点を挙げるマンドラだが、ジンとレティシアは顔を見合わせると、不敵な笑みを浮かべてマンドラに答える。

 

「大丈夫です。そろそろ僕たちの反撃が始まりますから、その間に回収しましょう」

 

 訝しげに眉を顰めるマンドラだが、ジンは答えぬまま街の中心部へ視線を向けて、祈るように呟いた。

 

「──頼んだよ、黒ウサギ」

 

 

    *

 

 

「……止めた」

 

 一切の熱を失くし、ペストは残酷に告げる。

 

「時間稼ぎは終わり。白夜叉と人修羅だけ手に入れて──皆殺しよ(・・・・)

 

 その瞬間、魔王から黒い風が吹き荒れて天を衝く。雲海を引き裂いてハーメルンの街の上空へ霧散して、そのまま地上へ降り注いでいく。

 

──ありとあらゆるものに、死が与えられていく(・・・・・・・・・)

 

 虫や小動物は死に絶えて、その死骸すら腐り落ち、木々や材木も朽ちていき、ついには空気すら腐敗していく。万物の区別なく、触れただけでその命に死を運ぶ風だった。

 

 黒ウサギたちはなんとか尖塔の陰に隠れて、吹き荒ぶ風をやり過ごす。しかし上空からも降り注ぐそれを防ぐことは叶わず、慌てて飛び出して避けに徹する。

 

「いけない、このままじゃ参加者たちが……!」

 

 戦慄き、街中を見下ろすサンドラだったが、いつの間にか避難していた彼らは既に建物の中に立て籠もっていた。安堵するサンドラだが、このままでは残りのステンドグラスを捜索出来ないのは確かである。焦燥の表情を浮かべるサンドラは、黒ウサギに叫ぶように問う。

 

「──まだなのですか!? このままでは私たちが先にやられてしまいます!」

 

「──くッ……!」

 

 十六夜が戦っていたヴェーザー河の方角から光が発せられ、その直後ペストが本気を出したことから、ヴェーザーは撃破されたのだと推測する。だが十六夜がいまだに来ないのは予想外だった。

 

──まさか、相打ちになってしまったのでは……!

 

 最悪の想像が脳裏を過るが、それを振り払って目の前の事に集中する。この死の風は触れただけで黒ウサギもサンドラも例外なく死するだろう。このまま避け続けていればいずれ追い詰められてしまう。その前に、勝負を仕掛けるしかなかった。

 

 しかし黒ウサギがカードを取り出した瞬間、サンドラは体勢を崩し、隙を見せてしまう。ペストがその隙を逃すわけもなく、黒い風を殺到させる。

 

──サンドラ様ッ!?

 

 間に合わない。今からサンドラを庇えば、代わりに黒ウサギが死ぬこととなる。そしてそれは、ゲームをクリアするための切り札を失うことと同義だった。

 

 サンドラを死の風が襲い──

 

 

『──あらよっとォッ!!』

 

 

 建物の陰から現れたセタンタが一瞬でサンドラを攫い、風の中から助け出して見せた。その腕に抱かれ、目を白黒させるサンドラ。黒ウサギは見覚えのない目の前の少年に目を丸くするが、とにかくサンドラが助かったことに安堵する。

 

「──黒ウサギ! 前見て前!」

 

 そこへ、飛鳥の叱咤の声が響く。それに従い慌てて前を見ると、黒ウサギへ放たれた黒い風がすぐそこまで迫っていた。ギフトを使う間もない。そのまま黒ウサギの眼前へ死がその手を伸ばし──

 

「──余所見をするな」

 

 空から降ってきたシンが衝撃と共に黒ウサギの前に着地し、すかさず腕を振るうと死の風を容易く吹き飛ばす。

 

「シ、シンさん……!? 今まで一体どこに──」

 

「話は後だ」

 

 仁王立ちするシンは、そのままペストを睨み付ける。全身の刺青を発光させ、紅い瞳をギラつかせるシンに、ペストは〝死神〟を冠する魔王でありながら、死そのものが己を睨んでいるような錯覚に陥った。

 

「……そう、貴方が〝人修羅〟ね」

 

 こうして対峙することで、何故ラッテンが確実な勝利に拘ったのかペストは理解した。己が真っ向から敗北し得る、強大なる悪魔。その威圧感にペストは冷や汗を流し、油断なく睨み返す。

 

 黒ウサギはその裏で、無事に飛鳥と合流出来たことを喜ぶ。セタンタも傍に戻って来て、抱えていたサンドラを下ろした。

 

「あ、ありがとう……貴方は?」

 

「紹介するわ、彼は私の新しい仲魔のセタンタよ」

 

 飛鳥による軽い紹介に、セタンタはおう、と返事をしながらもペストを警戒して槍を構えている。その名を聞いて、黒ウサギははて、と首を傾げる。

 

「……セタンタ? 確か、その名は──」

 

「細かい話は後にしましょう。ジン君の話では、黒ウサギのギフトが魔王に唯一対抗し得る代物と聞いているけれど、本当なの?」

 

 信用していないわけではないが、具体的な話を聞いていないのでどうしても不安が残る。黒ウサギは安心させるように不適に笑うと、どん、と己の胸を叩いた。

 

「はい、確実に魔王を打ち取れる、黒ウサギ最大の切り札です! ……本当は、十六夜さんと合流してから作戦を開始するつもりだったのですが……」

 

 へにょり、とウサ耳を萎れさせ、心配そうに遠くを見つめる。十六夜は今だに姿を見せない。飛鳥も状況を把握していないため、何も言うことは出来ない。

 

「きっと大丈夫よ。十六夜君程の人が、そう簡単にやられるはずが──」

 

『──ま、結構やられてたけどね。辛うじて生きてたって感じかしら』

 

 くすくす笑う少女の声に一同が空を見上げると、ピクシーがふわふわと降りて来たところだった。悪戯っぽい表情を見せる妖精に、黒ウサギは慌てて問い返す。

 

「つ、つまり十六夜さんは無事だったのですね!?」

 

『軽く治療しておいたから、死にはしない筈よ。気絶はしてたけどね』

 

 適当なその言葉に長い溜息をついて、黒ウサギは安堵する。飛鳥は何が起きていたのか気になったが、そのような状況ではないと耀の安否についても伝えておくことにする。

 

「そうそう、春日部さんも大丈夫よ。回収して、ジン君とレティシアが傍についているから」

 

「よかった……! 気になることは多々ありますが、それなら後は、魔王を倒すだけですね──」

 

 黒ウサギは白黒のギフトカードを取り出して、微笑んだ。睨み合うペストとシンの方へ振り向くと、今までの疑問はさておき、ゲームをクリアするために声を張り上げ指示を出す。

 

「皆さん──これから、魔王を討ち取ります!」

 

 そう力強く宣言する黒ウサギに、ペストは薄く微笑み問い掛ける。

 

「そう簡単にいくかしら……死の風はじきにこの街を包み込む。建物に逃げ込んだって無駄よ。参加者が全滅するまでに、神霊である私を討ち取れるというの?」

 

 依然、死の風は街中に吹き荒れて、その濃度を濃くしていく。このままでは命を落とす者も現れるかもしれない。しかし黒ウサギはそれに怯むことなく不敵に笑うと、ギフトカードを掲げて見せた。

 

「ご安心を! 今から魔王とここにいる皆様方を──纏めて、月までご案内します♪」

 

 疑問の声は、ギフトカードから発せられる輝きと共に掻き消された。魔王諸共輝きに呑まれて、一同の視界を激しい力の奔流と共に真っ白に染める。

 

 

──そしてそれらが収まると、そこは宇宙だった。

 

 

 大気が凍りつくほどの過酷な環境に、一面見渡す限りの灰色の荒野。白い石碑のような彫像が数多に散乱し、神殿のような建物がある。天には星空が広がり、視界を埋め尽くすのは逆さまになった箱庭の世界。

 

──〝月界神殿(チャンドラ・マハール)

 

 これこそが、黒ウサギたち〝月の兎〟が招かれ、帝釈天と月神より譲り受けた、月神(チャンドラ)の神格を持つギフトだった。その上、現在月はハーメルンの街の真上に移動している。故に、ゲーム盤から出るという禁止事項には抵触しない。

 

「これで参加者の方々の心配は無くなりました! サンドラ様とシンさんは暫し魔王を押さえつけてください! 飛鳥さんは此方へ!」

 

 ペストは想像を絶する黒ウサギのギフトにその表情を蒼白に染めるが、ここで諦めるようならば最初から魔王になどならない。

 

「──何を企もうと、構わないわ。全てのステンドグラスが破壊される前に、貴方たちを皆殺しにすればいいだけよ!」

 

 幾千万の怨嗟の声が、衝撃と共にサンドラとシンを襲う。シンはそれに構わず突っ込んで行き、衝撃は何のダメージも与えることなく霧散する。サンドラはそれに目を丸くするも、シンによって引き裂かれた衝撃波の間を縫い、炎を放とうと力を込める。

 

「援護します! 火を放ちますので、一旦引いて──」

 

 シンは肩越しにサンドラを見るだけで、そのまま突貫する。ペストは〝人修羅〟の力が如何程のものかと、黒い風を纏って全力で防御を固め──

 

「──カハッ……!?」

 

 その全てを貫通(・・)して己の胸にめり込む拳を受け、ペストは血反吐を撒き散らしながら荒野に叩きつけられ、勢いをそのままに無様に転げ回る。サンドラはその小さな口をあんぐりと開けて、唖然としてシンを見る。

 

 ペストはよろよろと立ち上がり、その胸に刻まれた拳大の痕を再生させるが、確実に己の霊格──八千万の群体神霊の霊格がすり減っていることに愕然とする。それはつまり、シンは単騎で星を砕くに値する力を持つことに他ならない。

 

「お……お前は一体何なの……どうしてこれほどの存在が下層なんかに……!」

 

 死神であるはずの己を、遥かに超える強大な悪魔への畏怖と、そのような存在が己の前に立ち塞がってきた理不尽への憤怒を込めて、怨嗟と衝撃の渦を撒き散らす。シンは視界を覆う砂煙を鬱陶しそうに払おうとしている。サンドラはその隙間を縫い轟炎を放つも、一撃で倒すには火力が足りず、再生を許してしまう。

 

『──あたしも混ぜろー!』

 

 はしゃぐような声をあげて、ピクシーが戦場へ飛び込んだ。たかが妖精に構っている暇は無いと、見逃そうとするペスト。しかし、黒ウサギの〝擬似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)〟に匹敵する、極大の雷の力がピクシーに収束していることに気が付くと、顔色を変えた。

 

痺れちゃえ(マハジオダイン)──!』

 

 大気を激震させる轟きと雷鳴がピクシーから放たれ、周囲一帯に無数の轟雷が降り注ぐ。その幾つかがペストを貫き、雷光を放ちながらその身を焼き焦がす。しかし一点集中の攻撃でなかったことが幸いし、ペストはなんとか持ちこたえると再生した。

 

「こんな……こんなことが……だけど、私は……!」

 

 髪を振り乱し、頭を抱えながら、ペストはブツブツと呟く。死の風と幾千万の怨嗟を無差別に撒き散らし、最期まで足掻こうと戦い続ける。

 

 シンはそれを虫を観察するような目で眺め、ピクシーはケラケラと嘲笑し、サンドラは油断なく睨み付ける。

 

──そうして魔王とのゲームは、最終局面を迎えるのだった。


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