混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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妖精は修羅と対峙するそうですよ?

「飛鳥さん! 無事でした──か?」

 

 飛鳥がラッテンの遺品である笛を拾い上げていると、ジンがやってきた。しかしその声は戸惑うように途切れ、こちらの様子を伺っている。どうしたのかと一瞬疑問に思うも、そういえば今はセタンタを連れていたのだと気が付いた。

 

「紹介するわ。彼は私の仲魔──妖精のセタンタよ」

 

『よう、ボウズ。よろしくな!』

 

 セタンタはラッテンを仕留めたままにしていた槍を肩に掛けると、爽やかに挨拶した。ジンは戸惑いながらも挨拶を返す。

 

「飛鳥さんの所属する〝ノーネーム〟のリーダー、ジン=ラッセルです。この度はご協力に感謝します」

 

『なーに、これからはオレたちは同士なんだ。そんな硬くならずに気軽に行こうぜッ』

 

「は、はぁ……」

 

 馴れ馴れしく肩を組み、哄笑するセタンタにたじろぐジンだった。飛鳥はその光景を苦笑しながら眺めていたが、ふと気が付くと後ろを振り返る。

 

「そうそう、ここに真実のステンドグラスがあるわ。ジン君はそれを確保して──」

 

 ところで、飛鳥とセタンタのコンビとラッテンが激突したのは何処だっただろうか? 答えはマルクト教会その場所である。そこでセタンタは幾つもの竜巻を反射し、そこでシュトロムと大暴れをした上、飛鳥が避けた瓦礫の弾丸は建物へ命中していたのだ。

 

 要するに、飛鳥の視線の先にあったのは──瓦礫に埋れ、廃墟と化したマルクト教会の姿であった。

 

「…………」

 

『…………』

 

 呆然とそれを眺める飛鳥に、気まずそうに頭を掻くセタンタ。ジンは信じたくない事実に両手で頭を抱える。

 

『……あー、なんだ、一つくらい足りなくたって──』

 

「──大丈夫なわけないでしょう!? ど、どうするのよこんなにしてしまって……!」

 

 適当な事を言うセタンタへ、動揺した飛鳥の怒声が響き渡った。セタンタは首を竦め、呆れたように首を振る。

 

『おいおい、確かに周りを気にせず暴れたオレも悪いけど、一番被害がでかかったのはアスカがノリノリで避けた敵の攻撃だぜ。とっとと場所を移してればこんなことにはならなかったんだ』

 

 ぐぅ、と飛鳥は己の失態を突っ込まれて押し黙る。箱庭に召喚されて以来幾つかのゲームを経験しているが、矢面に立って戦う経験はまだ浅く、状況判断にまだ慣れていなかったための失敗だった。反省する飛鳥だったが、問題はステンドグラスである。

 

 ジンはよろよろと廃墟に歩み寄る。

 

「ま、まだ壊れていない可能性があります。なんとか掘り出してみましょう」

 

『いや……これは望み薄だと思うけどな』

 

 人の手で掘り返すのは難しいし、何より危険だ。飛鳥は慌ててジンを抑える。

 

「ま、待って。危ないから、ここはセタンタにやらせて──」

 

 

『──いやー、間一髪だったホー!』

 

 

 慌てる一同の背後へ、気の抜けるような声が響いた。振り返るとそこにいたのは、何か板状の物を抱えた、青い帽子を被った雪だるまのような存在だった。

 

『あん……? 何でジャックフロストがここにいるんだ?』

 

「そ、そのステンドグラスはまさか……?」

 

 訝しむセタンタだったが、ジンはジャックフロストが持つ板──真実のステンドグラスに顔色を変える。マルクト教会に飾られていたはずのそれが、ここにあった。

 

『ヒーホー! オイラたち、シンに頼まれてステンドグラスを集めて回ってるホー! ついさっき持ち出した瞬間に教会が崩れて、焦ったホー』

 

 汗を拭うように額を擦るジャックフロスト。ジンは心底安堵し、はぁぁ、と長い溜め息を付いた。

 

「よ、よかった……助かりました……。良ければ、そのステンドグラスを預けていただけますか?」

 

 ジンは提案するが、ジャックフロストはええー、と嫌がる様子を見せる。

 

『このままシンに持っていけばゴホウビ貰えるホ! だから渡すわけにはいかないホー!』

 

「え、ええと……クリアに必要なものなので……。シンさんに伝えますからここは渡して頂けないでしょうか」

 

 慌てて説得するジンに、うーん、と考え込むジャックフロスト。セタンタは面倒そうに頭を掻くと、飛鳥に振り向いた。

 

『おい、アスカ。オマエからも言ってやれよ。妖精ってのは独自の価値観で動いてるからいろいろめんど……?』

 

 振り向いたセタンタが見たのは、宝物を見つけた子供のように、キラキラと瞳を輝かせてジャックフロストを見つめる飛鳥の姿だった。冷や汗をたらりと流し、ジト目で己の主を伺うセタンタ。

 

『……おーい?』

 

「──はっ、い、いえ、別に……すごい可愛いから仲魔にしたいとかそんな気は……!」

 

『…………』

 

 語るに落ちていた。

 

 それに気が付いて頬を赤らめた飛鳥はコホン、と咳払いをすると、ジャックフロストへ優しく声を掛ける。

 

「では間薙君に、貴方が危機一髪のところを助けてくれたと伝えるわ。きっと素敵なご褒美を貰えるはずよ。それなら良いでしょう?」

 

 飛鳥の提案に、一瞬首を傾げたジャックフロストだが、一転してヒーホー! と歓喜の声を上げる。

 

『それでいいホ! 必ずオイラが大活躍したと伝えてくれホ!』

 

 喜びながらそのステンドグラスをジンに手渡した。ジンはそれをしっかりと抱えて、礼を言う。しかし、はしゃぐジャックフロストはもう聞いていない。そこへ、飛鳥は何でもないように装って一声かける。

 

「……そうそう、よければなんだけれど貴方、私の仲魔に──」

 

『えー? オマエ弱っちそうだからイヤだホ』

 

 がは、と今回のゲームで最大のダメージを受けた飛鳥はたじろぐ。しかしジャックフロストは攻撃の手をを休めない。

 

『それに、既に誰かと契約した悪魔を勧誘するなんて、サマナー(・・・)の癖にマナー(・・・)がなってないホ! はしたないホ!』

 

 ぐふ、と箱庭に召喚されて以来最大のダメージを受けた飛鳥はその場に崩れ落ちる。後、ついでに寒いダジャレとジャックフロストの冷気でその身がやや凍える。

 

『って、こんなヤツどうでもいいホ。それじゃーオイラ、もっとステンドグラスを見つけて、いっぱいゴホウビ貰ってくるホー! バイバイホー!』

 

 そうして、トテトテと走り去って行くジャックフロスト。その姿を溜め息と共に見送ったセタンタは、失意体前屈(orz)で項垂れる飛鳥の肩をポンと叩いた。

 

『……ま、手痛い授業料を払ったということで、そろそろ行こうぜ』

 

「……そうね、まだすることは残っているもの」

 

 飛鳥はゆっくりと身を起こし、立ち直ったかのように不敵な笑みを浮かべる。ダメージが残っているのか、ややフラついているのを隠し切れていないが。

 

 そこでジンはハッ、と思い出したかのように表情を変え、二人に焦ったように告げる。

 

「そ、そうでした! 急いでレティシアさんの所へ向かってください! 今彼女は危険な状態にあります!」

 

「誰かに襲われているの?」

 

 飛鳥は表情を引き締め、ジンへ問いかける。魔王の配下の一体を倒したとはいえ、まだ敵は残っているのだ。参加者たちの作戦を知らない飛鳥がそう推測するのは無理なかった。しかし、首を振って訂正したジンの言葉に、飛鳥はその表情を驚愕に染めた。

 

「──暴走した耀さんが、レティシアさんを襲っているんです!」

 

 

    *

 

 

「GEEEEEEYAAAAAAAAaaaaaa!!」

 

 耀が爪を大きく振るい、レティシアに襲い掛かる。しかしレティシアはそれを軽く避けると、隙だらけの胴体に蹴りを叩き込んだ。カウンターは見事に決まり、それほど体重が無い耀は軽く吹き飛ばされる。

 

「GeYa……!」

 

 建物の外壁に叩きつけられて怯むも、すぐさま立ち上がりレティシアに向かってくる。先程から幾度となく繰り返される戦況だが、耀は構わず目の前も敵を襲い続ける。何の理性も無く、ただの獣と化したかのように牙を剥き、爪を振るい続ける。

 

 幸い、歴戦のプレイヤーであるレティシアに取っては大きな脅威ではなかった。理性がない故に攻撃は直線的で、酷く読みやすい。ギフトを使うまでもなく相手取ることができる。全力の攻撃を避けられ続け、何度もカウンターを受けた耀はかなり消耗している。

 

──しかし、レティシアもまた徐々に消耗していた。

 

 一撃でも受ければ、霊格を落とした今のレティシアでは大怪我は免れない。その一撃を決して受けないように、細心の注意を払って受け流し続けているのだ。

 

 更に、周囲には気絶した火蜥蜴たちの姿があった。場所を移したかったが、退けば彼らを襲うかもしれない。彼らに攻撃の余波が及ばぬよう、耀の攻撃すらコントロールする必要があった。

 

 そして、最も恐るべきは──

 

「GEEEEYAAAAAAaaaaa……!」

 

「しまっ──ぐうぅっ……!」

 

 レティシアの隙を突き、距離を取った耀が雄叫びを上げると、レティシアの身から赤い靄が大量に漏れ出し、耀はそれを吸い込んで行く。レティシアの力は抜け、体力も削られて行く。逆に消耗していたはずの耀は元気を取り戻し、力も速度も元に戻ってしまった。

 

──形はやや異なるが……やはりこれは、吸血(・・)……!

 

 レティシアの顔色は蒼白になっていた。これまでに何度も耀の吸血を受けたために血が足りなくなっているのだ。攻撃を受ける力は萎えて、足元も覚束なくなってきた。

 

──吸血鬼が血を吸われるなど、笑い話にもならんな……。

 

 苦笑するレティシアだが、絶体絶命だった。もはやここまで消耗すると、耀の攻撃を受け流すことは難しい。かと言って避けることも難しい。耀は弱った獲物を前に笑みを浮かべ、一旦下がって距離を取ると、片手に渾身の力を込め始める。

 

「GEEEEEEEEEEeeeeeeeeee……!!」

 

 耀の全身の刺青が発光する。それに合わせて片手はメキメキと筋肉が盛り上がり、爪は鋭利に伸びて鋼鉄の如く硬質化していく。レティシアを確実に仕留めるために、必殺の一撃を繰り出そうとしているのだ。その脅威を前に、レティシアは悲しげに微笑む。

 

「……もはやこれまでか……すまない、皆……耀……」

 

 勝機が無いわけではない。その身に宿るギフトを振るえば、容易に耀を八つ裂きにすることができるだろう。そして、それは当然耀の死を意味する。だが、座していればレティシアの死を意味する。

 

 レティシアが死ぬよりは、耀が死ぬ方がコミュニティの損失としては小さい。だがレティシアはとある過去から、決して同士を手に掛けぬと誓っている。故に反撃することもできず、ただ立ち塞がることしかできなかった。

 

「──GEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!」

 

 耀が駆ける。

 

 目の前の存在を殺すため、全力で駆ける。何のために戦っているのか、一体誰と戦っているのか、全く分からないまま、力に呑まれた哀れな修羅は駆け抜ける。

 

 目の前のレティシアを八つ裂きにしようと剛腕を振り上げて──

 

 

『──止めなさい(・・・・・)ッ!!』

 

 

──告げられた言霊に、その身は一瞬縛られた。

 

「GeYaa……!?」

 

 そして、一瞬で振り払われる。剛腕はそのまま振り下ろされる。爪は目の前のもの全てを引き裂いて──

 

『あぶねーあぶねー、危うくオレも八つ裂きにされる所だったぜ……!』

 

──いない。

 

 既にセタンタがレティシアを抱えて引き下がっていた。そのまま跳躍し、飛鳥とジンがいる場所まで引き下がる。セタンタは手を離し、そのまま脱力して倒れこむレティシアをジンが支えた。

 

「ジン……飛鳥……それに君は……?」

 

『オレは妖精セタンタ。……ま、詳しい話は後回しにしようぜ』

 

 セタンタは獰猛な笑みを浮かべて、槍の穂先を耀に突き付ける。耀は獲物狩りの邪魔をした存在を憎々しげに睨み付けた。その視線を受け、飛鳥は信じ難いものを見たように目を見開き、青褪める。

 

「一体、何がどうなってるの……? 春日部さんが何故こんな……!?」

 

『さあな。唯一つ分かることは──アイツはオレたちを許すつもりはない、ってことだぜッ!』

 

 耀が飛び掛かり、セタンタは槍を振るってそれを受け流す。隙をついて柄を叩きつけると耀は衝撃に合わせて後ろに飛び、ダメージを軽減した。セタンタは舌打ちすると、再び槍を構える。

 

『理性のねー獣かと思ったが、それなりに戦い方はなってるようだな』

 

 愚痴を吐くと、耀から目を逸らさぬまま飛鳥へ問い掛ける。

 

『で、どうすんだよアスカ? 殺っちまっていいなら本気を出していくぜッ』

 

「駄目よ! お願いだから、出来るだけ傷付けずに取り押さえて……!」

 

『おいおい、この状況で難しい注文するな……』

 

 飛鳥の悲壮な願いに、セタンタは首を竦めると、

 

『まっ、サマナーの頼みとあっちゃ仕方ねえか──!』

 

 苦笑と共に、耀に向かって行くのだった。


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