混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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悪魔は見境なく暴れ回るそうですよ?

「……何の声だ?」

 

 ゲーム開始時刻が近付き、主催者側は再開前の確認を行っていた。しかし、そこへ響き渡る獣の咆哮。配下のネズミが恐怖で取り乱し、ラッテンは魔力を強めて統制しようとする。そうして白装束を揺らしながら、ペストに声を掛けた。

 

「獣のギフトでも使った奴がいるのかしらね……それよりマスター、どうやら連中、私たちの謎を解いちゃったようですよ?」

 

「構わないわ。私たちは時間を稼ぐだけで勝利できる。──〝人修羅〟に気を付けてさえいればね」

 

 斑模様のワンピースを揺らし、ペストは宮殿の方角を見つめた。軍服のヴェーザーは厳しい声音で警告する。

 

「それだけじゃねえ。参加者側には〝箱庭の貴族〟もいる。〝人修羅〟だけに気を取られていると簡単に足元を救われるだろうな」

 

「……やっぱりすごいの? 〝月の兎〟って」

 

 あれは正真正銘の最強種の眷属だと、ヴェーザーは重々しく頷く。授けられているギフトの数も質も、並大抵の代物ではない。ヴェーザーやラッテンではとても抑えられないような、箱庭でも突出した存在なのである。

 

 二人は重々しく沈黙するが、ペストは微かに笑いかける。

 

「謎が解かれた以上、ハーメルンの魔書は起動して……後はヴェーザー、貴方に神格を与えるわ」

 

 その白魚のような指先を伸ばし、ヴェーザーの額に向ける。ヴェーザーは苦笑し、恭しく傅いた。

 

「……後は俺次第か。俺は坊主を仕留めに行くが──ラッテン、くれぐれも気を付けろよ」

 

「……ええ、言われるまでもないわ」

 

 悲壮な覚悟を決めて、二人は出陣する。ペストも、まだ未知なる〝人修羅〟の力を見極めようと警戒を強める。

 

──しかし、魔王との戦いは、誰も予想していなかった事態に発展していくのだった。

 

 

    *

 

 

 ギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟──再開。

 

 その開始の合図は、激しい地鳴りとともに起きた。強烈な閃光とプリズムが参加者たち諸共宮殿を包み込み、それが開けると──そこには、見たことのない別の街並みが宮殿の外に広がっていたのだ。

 

 尖塔群のアーチは木造の街並みに姿を変え、ペンダントランプの煌めきは失せてパステルカラーの建築物が立ち並んでいる。

 

 全く別の街に姿を変えた境界壁の麓を見て、ジンは蒼白になって叫ぶ。

 

「これはまさか──〝ハーメルンの街〟……!?」

 

 見覚えのないその舞台に、ジンはハーメルンの魔道書が起動されたことを察した。意気揚々と飛び出した参加者たちは出鼻を挫かれ、動揺のままに足を止めてしまう。

 

「まさか魔王の仕掛けた罠か──」

 

「これではステンドグラスが何処に飾られているか──」

 

 ザワザワと混乱が伝染する中、マンドラは混乱を鎮めるため一喝しようと進み出て、

 

「──まずは教会を探してください!」

 

 先んじたジンの一喝に、驚きの表情で足を止める。

 

「ハーメルンの街を舞台にしたゲーム盤なら、縁のある場所にステンドグラスが隠されている筈です! 〝偽りの伝承〟か〝真実の伝承〟かは、発見した後に指示を仰いでください!」

 

 ジン自身、ハーメルンの街そのものに詳しいわけではない。しかし詳しく知っている十六夜はここにはおらず、参加者が頼れるのは僅かながらでも知識を持っているジンしかいないのだ。故に、ジンは覚悟を決めて彼らを先導する。

 

「──僕たちは僕たちにできることで、ゲームクリアを目指しましょう!」

 

 明確な指示を与えられたことで、捜索隊は混乱から立ち直り、動き始めた。ジンも彼らについて行くため、必死に駆けていく。

 

 マンドラはその後ろ姿を見て──心底恥じ入ったように、苦悶の表情を見せるのだった。

 

 

    *

 

 

 再び街全体を揺り動かすような地震が響く。しかしそれは最初のものとは違い、大地を強引に掻き回すような荒々しい衝撃だった。

 

 ハーメルンの街に流れるヴェーザー河。その岸に十六夜が水浸しで叩きつけられていた。血反吐を吐き捨て、立ち上がって口を拭う。

 

「ハッ、随分と俺好みなバージョンアップをしてきたじゃねえか──」

 

 十六夜はヴェーザーに奇襲され、その身に棍に似た巨大な笛の一撃を受けたのだ。ヴェーザーは神格を得ており、神格を得た悪魔の力を堂々と見せ付ける。星の地殻変動に匹敵するその衝撃は、ヴェーザー河を叩き割って氾濫させた挙句に河の流れを逆流させ、近場の建築物を軒並み砕いてしまった。

 

「──だが、もう謎は解けたぜ、本物の(・・・)ハーメルンの笛吹き(・・・・・・・・・)〟。そして、魔王の正体もな」

 

 そう言って、十六夜は指を突きつけて謎解きの解を示す。

 

 1284年に記されたハーメルンの本来の伝承と碑文には、元々ネズミも、ネズミを操る道化師(ラッテンフェンガー)も登場しない。何故ならそれらは、黒死病が流行した1500年代以降の童話に後付けされた存在だからである。故に、ラッテンとペストは偽物と断定できる。

 

 そして笛型の巨人──〝シュトロム〟は碑文に記された〝丘〟を思わせる存在だが、その丘とはヴェーザー河に繋がる丘を指し、天災で子供達が亡くなった象徴でもある。故に、シュトロムもまたヴェーザー河を指す。十六夜は、彼らがミスリードのために子飼いにしている、ハーメルンとは無関係の怪物と推測した。

 

 以上のことから、ヴェーザーだけが本来のハーメルンの笛吹きの碑文に沿った悪魔だったということになる。更に、そのヴェーザーが神格を得たことでペストの正体の大きな候補が浮上する。

 

 ハーメルンの伝承にある道化師、そして黒死病の伝染元のネズミその二つに共通した異名は〝死神〟──神霊・〝黒死班の死神〟こそが、ペストの真のギフトネームだと十六夜は推測した。

 

「……お前、魔王(こっち)側の方が余程舞台映えするぜ?」

 

 珍獣を見るような視線で、ヴェーザーがまじまじと十六夜を見つめた。その半ば本気の勧誘を、十六夜は蹴り飛ばす。

 

「──御断りだ。魔王は面白そうだが、今はやることがあるからな」

 

「…………?」

 

 ヴェーザーは言い知れない違和感に首を傾げる。十六夜を暫し観察し──その余裕のない表情に気が付いた。

 

「神格を手に入れた俺に恐れ慄いてる──ってわけじゃなさそうだな。それとも黒死病でくたばりかけてる奴でもいるのか?」

 

「──それだったら、どんなにマシだったろうな」

 

 その焦りさえ感じられる言葉に訝しむヴェーザーだが、所詮は他人事である。表情を一転させ、鬼気迫る闘志を滾らせる。

 

「ま、俺には関係ないか──なら、とっとと死んどけ坊主ッ!!」

 

「こっちの台詞だ木っ端悪魔ッ!!」

 

 ヴェーザーの地殻変動に比する力と、十六夜の天地を砕く力が激突する。その衝撃は街だけに留まらず、一帯の土地全体を揺り動かす。更に、巨大な魔笛が風切り音を響かせ、それに命ずられるまま大地と河川が十六夜の足場を崩し、打ち上げる。

 

 空中高く放り上げられた十六夜は焦燥の表情を噛み殺し、なんとか目の前の悪魔に集中しようとする。だが、どうしても苦悶の言葉が漏れる。

 

「──春日部が参加者を襲う前に、なんとか取り押さえねえと……!」

 

 交渉により、このゲームのルールは一部変更されていた。そのルールは幾つかあるが、今重要なのは新たに加えられた禁止事項〝自決及び同士討ちによる討ち死に〟である。

 

 ジャックを一方的に行動不能にする程に強化された耀の力では、捜索隊の面子では抵抗も碌に出来ないだろう。耀がどこまで己を見失っているのかは定かではない。殺人を犯すまでに暴走しているとは信じたくないが、ジャックの傷に全く手加減の跡が見られないことから、最悪の事態もありうる。一刻も早く取り押さえる必要があった。

 

 しかしヴェーザーは十六夜を持ってしても強敵である。容易に倒せるとも思えない。だとすれば、残る望みは黒ウサギかレティシア、あるいは──

 

「早く来いよ、お嬢様……〝ノーネーム〟のピンチだぜ?」

 

──未だ姿を見せない飛鳥のみだった。

 

 

    *

 

 

 細かく分隊された捜索隊は街中を駆け巡り、ステンドグラスを探し求める。その内の一隊が〝ネズミを操る道化〟が描かれたステンドグラスを発見し、破壊した。

 

 ジンは地図を広げ、ステンドグラスがあった場所をマーキングして行きながら思考する。

 

 敵は自分が倒されないようにしつつも街中にあるステンドグラスを守らなくてはならない。よって自然にバラけて行動することとなる。ペストは黒ウサギとサンドラが、ヴェーザーは十六夜が相手をしている。

 

 そして、まだ姿を見せぬ一人。恐らくはそろそろ──

 

 と、ジンが警戒し始めたその瞬間、高く低く疾走するようなハイテンポの笛の音が響き渡る。まるで何かを目覚めさせるようなその曲調は、やがて大地を迫り上げて陶器でできた笛のような巨兵──シュトロムを何体も造り上げていく。

 

『BRUUUUUUUUUUM!!!』

 

 嵐の如く、全身の風穴から大気を吸い上げて咆哮と共に放出する。まさかここまでの戦力を投入してくるとは思っていなかったジンは、戦慄と共に敵の正体を確信する。

 

「──やはり、あの悪魔は〝ハーメルンの笛吹き〟とは無関係……!」

 

「──はい、正解! よくできましたー♪」

 

 からかうような声に、ジンは慌てて先頭のシュトロムを見上げる。その頭の傍にはラッテンが悪戯っぽい笑顔を見せながら立っていた。巨兵の足元には魔笛で従えた何十匹もの火蜥蜴──〝サラマンドラ〟の同士たちがゾロゾロと現れ、戦闘体制を取っている。

 

 捜索隊からは無数の巨兵の姿に悲鳴の声が上がり、ルール違反による失格を恐れて同士を討てず、ただ右往左往するばかり。

 

「ブンゲローゼン通りへようこそ皆様! 神隠しの名所に訪れた皆様には、素敵な同士討ちを──」

 

 その様を嘲笑するラッテンが、魔笛を掲げて火蜥蜴を嗾けようとしたその時、上空からの冷徹な一声が一同の注意を惹きつける。

 

「──見つけたぞ、ネズミ使い」

 

「──来たわね、吸血鬼」

 

 射殺すような爛々としたレティシアの視線を受けながら、ラッテンは不敵に笑う。そして、敢えてキョロキョロと視線を彷徨わせると、首を竦めて安堵する。

 

「……〝人修羅〟は居ないようね。折角こいつらをぶつけて失格にさせようと思ったのに」

 

 火蜥蜴たちを見下ろしながら、くすくすと笑う。レティシアはそれを聞かずにギフトカードから取り出した槍を投擲するが、ひらりと躱された。しかしそれには構わず、ジンたちを守るために着地し、捜索隊を背後にラッテンへ立ち塞がる。

 

「まあ怖い。〝箱庭の騎士〟様はお怒りみたいね──それなら、歓迎しておやりなさい」

 

 軽い調子の言葉だが、油断はしていない。レティシアの周囲をシュトルムの三体と、火蜥蜴たちが取り囲んだ。レティシアはその陰からジンに向かって叫ぶ。

 

「ここは私に任せて、ステンドグラスの捜索を急げ!」

 

 残りのシュトロムが暴れ出せば、それどころではなくなってしまう。ジンと捜索隊は頷いてその場を後にした。ラッテンはニヤつきながらそれを見逃す。〝箱庭の騎士〟を相手取るのに雑魚に手を割けないのもあるし、箱庭随一の美貌を手に入れられるチャンスに集中したいということもあった。

 

 己を取り囲む敵群に、しかしレティシアは威圧的に睨みつける。

 

「既に魔王を返上したメイドに、大層なことだな」

 

「ええ。悪いけれど、こちらに遊んでいる余裕は無いわ──蜥蜴共、私を守りながら奴に跳びかかりなさい!」

 

「くっ──!」

 

 魔王の霊格を失ったレティシアが残している、唯一戦力になりそうなギフト〝遺影〟は、ラッテンを滅ぼして余りある──逆に言えば常人など、容易に命を奪うことのできる破壊力を持つ。

 

 そのため、跳び掛かってくる火蜥蜴──〝サラマンドラ〟の同士を下手に攻撃すれば、同士討ちとなり失格の恐れがある。故にレティシアはその攻撃を掻い潜らざるを得ず、その隙をシュトロムが襲い来る。だからといってラッテンを直接狙おうとすれば、火蜥蜴が立ち塞がってしまう。

 

 なんとかシュトロムから破壊しようと、レティシアが粘るのを油断なく見据えるラッテン。その視線はレティシアを捉えながら頭の隅で〝人修羅〟について考える。

 

──何故出てこないの? もしかしてマスターの方に……。

 

 ラッテンはそれ以外の参加者を問題視していなかった。二人の少女は好みだったとはいえ、脅威度も含めて目の前の吸血鬼には劣る。今は吸血鬼を仕留めることに専念しようと魔笛を掲げ──

 

 

「──GEEEEEEEEYAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!」

 

 

──その、おぞましい咆哮に身を竦ませる。

 

「な、何……!?」

 

 身も凍るような死の気配が辺り一帯を覆い、殺意が大気をビリビリと震わせる。空気は生温い液体のように淀み、呼吸を妨げる。ラッテンは悪魔でありながら、震えの収まらない己の手に戦慄する。

 

「まさか、〝人修羅〟が──」

 

 慌てて周囲を伺うラッテンだったが──もう遅い。

 

 既にそれ(・・)は、戦場に入り込んでいた。

 

 レティシアを襲っていた三体が、一瞬にして粉砕される。無数の爪痕をその身に刻み、ガラガラと崩れ落ちていく。驚愕に目を見開くラッテンの表情がそのまま苦悶に変わり、腹部にめり込む少女の足を呆然と見つめた。

 

「ガハァ────!?」

 

 その衝撃はラッテンをくの字に折らせ、そのまますぐ近くの建築物に叩き込む。その一撃によって建物は崩壊し、ラッテン諸共崩れ落ちていく。

 

「よ、耀……なのか……!?」

 

 レティシアが愕然と、己の前に降り立った少女を見つめる。その変わり果てた姿に、言葉を失っていた。

 

──全身に黒の刺青が施され、その縁を白色のラインが彩り、爛々と光っている。うなじには黒色の角が生えており、襟元から覗いている。上着は無く、下に着ていたシャツはドス黒い血を吸って赤黒く染まっていた。パンツもブーツも同じく血が飛び散って斑に染まり、おぞましい色合いを見せている。

 

 そして、その瞳は真っ赤に染まっていた。耀は獲物を前にした猛獣のように牙を剥き、ラッテンが姿を消した瓦礫の山を睨みつけている。

 

 その姿は、まるで──

 

「ひ、〝人修羅〟……!?」

 

 ガラ、と瓦礫を押しのけ、ラッテンが腹部を抑えながら呆然と言葉を漏らす。ラッテンの言う通り、耀のその姿はまるでシンと同じ〝人修羅〟のようだった。ラッテンは血反吐を吐きながら、慌てて撤退する。

 

「ゲホッ……! 冗談じゃないわ……! 〝人修羅〟が二人も居るなんて聞いてないわよ……! 早くマスターに知らせないと──」

 

「GEEEEYAAAAAAaaaaaaa!!」

 

 獲物は逃がさぬとばかりに、その後ろ姿へ耀が襲い掛かる。しかし、その前に命令されたままの火蜥蜴たちが立ち塞がり──

 

「──駄目だッ! 耀ッ!!」

 

 レティシアが一瞬で移動し、火蜥蜴たちを蹴飛ばした。吸血鬼の力で薙ぎ払われた彼らはそこらの建物に叩きつけられ、決して軽くない怪我を負うが、今の耀の爪を受けるよりはマシだった。その鋭い一閃を受ければ、胴体は軽く真っ二つになっていただろう。

 

「RRRRRrrrrrrr……!」

 

 邪魔をされた耀はレティシアを仇の如く睨み付け、唸り声を上げる。その姿に、沈痛そうに表情を歪めるレティシア。

 

「一体何が起きているのか分からないが……そこまで己を見失ってしまっているのか……!」

 

 普段は無表情ながら、心優しかった少女がここまで変貌してしまった事に、心を痛める。どうしてこんなことになってしまったのかは分からない。だが、その手を汚させるようなことをすれば、彼女自身の心に大きな傷を負わせることになる。

 

 まだ火蜥蜴が残っているが、彼らを死なせないためには、逆に死なせない程度に叩きのめす必要がある。そして耀に誰も殺させず、そして己を殺させるわけにもいかない。

 

「──来い、耀。その力、私が全て受け止めてやる……!」

 

「──GEEEEEEEYAAAAAAAAaaaaaaa!!」

 

 覚悟を決めたレティシアへ、暴走する耀は襲い掛かるのだった。


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