混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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お嬢様にスカウトがきたそうですよ?

 貴賓室にて〝主催者(ホスト)〟と〝参加者(プレイヤー)〟たちによる審議決議が行われている頃、飛鳥は個室で一人眠っていた。

 

 シンによる眠りの術(ドルミナー)は解かれているが、心身共に疲労した為にそのまま深い眠りについている。しかし悪夢でも見ているのか冷や汗を流し、その眉間には皺が寄っていた。

 

 息を荒げ、何度も寝返りをうちながら、悪夢から逃れようともがいている。

 

「コダマ君……」

 

 その唇からぽつりと、寝言が漏れた。しかしこの部屋にいるのは飛鳥一人。故に返答は──

 

 

『──呼んだ? おねえちゃん』

 

 

──あった。

 

 飛鳥の頭上付近、寝顔を覗き込むように浮かんでいたのは、紛れもなく死亡したはずの地霊コダマだった。ケタケタと笑いながら、飛鳥の上でくるくると宙を泳いでいる。

 

 そして、飛鳥から赤い靄がじわじわと吸い出され、コダマに引き寄せられていく。

 

『ああ~おいしいな~! アスカおねえちゃんのマガツヒおいし~!』

 

──コダマは、飛鳥のマガツヒを貪っていた。

 

 己のせいでコダマが死んだことによる深い後悔、無念、自己嫌悪などが多くのマガツヒを生み出し、コダマはそれを吸い上げる。まるで大好きなお菓子を食べる子供のように、慕っていた筈の飛鳥のマガツヒを無邪気に啜っている。

 

 負の感情が吸われたことで、飛鳥の表情は和らいでいた。だが、一時的なものでしかない。目覚めたのちに再び思い悩めば元の木阿弥であろう。とはいえ、立ち直る為の切っ掛けにはなりうる。飛鳥程の精神力の持ち主ならば、きっと立ち直れる筈だった。

 

『あ~、おいしかった! あんまり吸うと怒られるし、これくらいにしようっと』

 

 十分にマガツヒを吸ったコダマは、やがて吸うのをやめて飛鳥から離れる。飛鳥の寝顔を眺めながら、くすくす笑いながら部屋を出ていく。

 

『じゃあね~、おねえちゃん。もっと強くなったらまた会おうね~』

 

 そうして、興味を失ったかのように去って行った。

 

 後に残されたのは、静かに寝息を立てる飛鳥のみ。ギフトゲームは交渉によってルールが変更され、参加者たちは余命八日間が宣告される。しかし今はただ、飛鳥は何も知らぬまま心身を休ませる。

 

──その姿を、青白い三つの影が窓から覗いていた。

 

 

    *

 

 

 ギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟は一週間の休止期間に入った。

 

 ゲーム再開から二十四時間以内にゲームがクリアされない限り、自動的に魔王陣営の勝利となる。参加者はそれまでにゲームの謎を解くために頭を悩ませ、そしてじわじわと発症していく黒死病めいた呪いに怯えていた。

 

 そして斑模様の少女──魔王ペストとその一行は無人となった街を進み、境界壁の展示場を目指していた。彼女らはゲーム再開まですることはない。一週間という空いた時間を、美術品を愛でて過ごそうというのだ。

 

 冷めたような表情で歩を進めるペスト、その後ろにヴェーザーが付き、最後尾を暗い表情を見せるラッテンがふらふらとついてきていた。

 

「……おい、ラッテン。結局〝ラッテンフェンガー〟の偽物は見つかったのか?」

 

 ヴェーザーが声を掛けるも、ラッテンは俯いて返事をしない。舌打ちをし、苛立ったように声を荒げるヴェーザー。

 

「おい、ラッテン!」

 

「……あ、え? な、何?」

 

 そこで初めて気が付いたように、ラッテンは顔を上げた。ヴェーザーは再び舌打ちをすると、先程の質問を繰り返す。ラッテンは慌てて頷き、答えた。

 

「う、ううん、全然。ネズミ共が何か見つけたみたいだったけど、取り逃がしたみたい──」

 

「──どういうつもりだテメエ。さっきから様子がおかしいぞ」

 

 審議決議のために集合してから、ラッテンはずっと態度が怪しかった。何かに怯えるようにそわそわと辺りを見回し、参加者一同が大広間に入って来た時はびくりと震える始末。ヴェーザーは訝しむようにラッテンを睨み付ける。

 

「審議決議の時も再開日をやけに一ヶ月先に拘っていたが、怖気付いたのか?」

 

「…………」

 

 ラッテンは答えない。俯き、暫し黙り込む。ヴェーザーはそれを睨み、ペストは歩を止めて彼らを無表情に眺めていた。

 

 十分な時間が経過して、ようやくラッテンは重い口を開く。

 

「……〝人修羅〟に会ったわ」

 

 それを聞いたヴェーザーは、納得したとばかりに溜息を着く。

 

「成る程、痛い目でも見たか。ならお前はゲームが始まったら後方に──」

 

「──あれは、無理よ」

 

 ラッテンは弱々しく、しかし確実な意思を持って断言する。ヴェーザーは長年連れ添った相方の珍しい姿に、目を丸くする。

 

「次元が違うのよ。私のことを虫ケラか何かとしか思っていなかった。必死に殺されないように誘導したけど、それでも一歩間違えてたらそのまま殺されていたような拷問を受けたわ」

 

 その身を捩るような激痛を、思い出すかのように片手で顔を覆う。身体を震わせながら、ラッテンは続ける。

 

「まるで確かめるように私を甚振って──死にかけたら回復するのよ。それで私が逃げても、いつでも殺せると言わんばかりに見逃す。……もし黒ウサギがゲームを中断していなかったら、私はここに居たかしらね」

 

 ラッテンの話を聞き、ヴェーザーは静かに冷や汗を流す。直接戦闘向きではないとはいえ、魔王陣営の悪魔がここまで追い詰められようとは思ってもいなかったのだ。

 

「……そこまでの存在か?」

 

「少なくとも私じゃ無理。次に遭遇したら全力で逃げるわ」

 

 軽口を叩くように首を竦めるが、その手は震えていた。ヴェーザーは表情を険しくすると、ペストへ顔を向ける。

 

「……再開日を短縮するのは悪手だったかもな。いや、どのみち奴は悪魔だから呪いは効かねえか。もし他の連中が全滅しようと、全力で俺たちを殺しにかかってくるだけだろうよ」

 

 そう、絶望的な予測を主に告げる。しかしペストは少し眉を顰めたのみだった。

 

「落ち着きなさい。逆に言えば、そいつをどうにかすれば私たちの勝ちは揺るぎないということでしょう」

 

 〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟は傲慢に──しかし毅然として言い放つ。

 

「まだ手札はあるわ。よしんばそれが敵わなかったとしても、最悪時間まで逃げ切れば私たちの勝ちよ。……逃げに回るのは癪だけどね」

 

 しかしそうなれば、コミュニティは〝人修羅〟を手に入れることができる。もし他の人材が全滅したとしても、それを補って余りある程の最強にして最高の人材だろう。

 

 ペストは振り返ると、二人を促す。

 

「残り時間、美術品でも眺めながら〝人修羅〟対策を考えましょう。お勧めの美術品があるんでしょう?」

 

 そう言って歩き出すペスト。その背を眺め、ヴェーザーとラッテンは顔を見合わせると不敵に笑った。今の主もなかなかの逸材だと、忠誠心を密かに燃え上がらせる。

 

「そーなんですよーマスター♪ 特にある空洞に飾られた刀剣の数々がこれまた素晴らしい出来でして!」

 

 表情を一転させ、白装束の尾ひれを揺らしながら嬉々としてペストに話しかけるラッテン。それにヴェーザーは苦笑すると、二人の後についていく。

 

 展示場に入り、道中の美術品を物色しながら三人は進む。ラッテンは先行し、目をつけていた美術品を探し求めて歩き回り──見つからないまま、時間が過ぎていく。

 

「あ、あらあら……おかしいわねえ、確かにこの展示場だと思ったのだけれど」

 

 ペストとヴェーザーは疑わしいものを見るように、ラッテンをジト目で睨みつけている。冷や汗をダラダラと流し、ラッテンは慌てて言い訳を始める。

 

「確かにこの展示場だったのよ! 奥の方に和風の飾り付けがされてあって、壁に刀剣類が並んでいて……そ、そうだわ、確か〝ラッテンフェンガー〟の偽物が出展していた筈──」

 

 前半を首を竦めながら聞き流していたヴェーザーだったが、後半の話を聞いてピクリと反応する。ペストもその出展物には警戒していたのだ。

 

「……聞くが、その刀剣類を展示していたのはどこのコミュニティだ?」

 

「ええと、確か──」

 

 ラッテンは口元に指を寄せ、その名を思い出す。コミュニティ〝ラッテンフェンガー〟が共同でギフトを制作し、出展していたそのコミュニティ。

 

 その名を静かに二人に告げた。

 

 

「──コミュニティ〝ヤタガラス(・・・・・)〟……だったかしら」

 

 

    *

 

 

「──私は、後方支援に回れですって?」

 

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、飛鳥が居た部屋。

 

 既に目覚めていた飛鳥は、訪ねてきたジンと十六夜の言葉に表情を歪ませる。二人は魔王とその側近は十六夜やレティシア、サンドラに黒ウサギが対応することとし、飛鳥はジンと他の参加者と共に謎解きに回るよう告げたのだ。

 

「その理由は、お嬢様が一番よくわかってると思うけどな」

 

 十六夜は一切茶化さず、真剣な表情で飛鳥と向かい合う。その言葉と視線に飛鳥はぐっと言葉をつぐみ、やや俯く。ラッテンに全く敵わず、コダマを死なせてしまった己に何が言えるのかと、表情を暗くした。

 

 その様子に十六夜は苦笑する。

 

「おいおい、何も責めてるわけじゃない。今回の相手はお嬢様には相性が悪いって話だ。それに御チビたちを守る役目が必要だからな。その役目をお嬢様に頼みたいのさ」

 

 嘘は言っていない。しかし、飛鳥を危険から遠ざけたいという意図が入っていないわけではない。それを読み取る飛鳥だが、確かにジンたちを守る役目も重要だ。その提案に、頷くしかない。

 

「……分かったわ。今回は貴方達に譲るわよ」

 

「悪いな」

 

「ありがとうございます、飛鳥さん」

 

 口惜しそうに答える飛鳥に、十六夜とジンは礼を言った。二人は立ち上がり、ゲームの謎を解くための資料探しに向かう。部屋を出る途中に十六夜は振り返り、穏やかな口調で声をかけた。

 

「……あまり思い詰めるなよ。間薙も気にしてない、って言ってただろ」

 

「……間薙君たちは、根っからの悪魔だもの。そういう情とかは無いみたい」

 

 悲しそうに、飛鳥は呟く。シンも、ピクシーも、コダマが死んだことに何も思わないようだった。ちょっとドライ過ぎるな、と十六夜は呟く。

 

「だからって、あいつらの分まで悲しむなんて考えなくていいんだぜ?」

 

「流石に、そこまでロマンチストではないわね。一旦寝たら結構楽になったし……」

 

 安心させるように、飛鳥は苦笑した。まだ完全とまでは行かないが、空元気でも笑えるだけの気力があるなら大丈夫だろう、と十六夜は判断する。

 

「それじゃあまあ、もう少し寝とけ。これから嫌でも扱き使われるだろうからな」

 

 ヤハハ、と十六夜は笑うと、部屋を出て行った。足音が離れて行ったのを確認すると、はぁ、と長い溜息をつく飛鳥。脱力してベッドに寝転ぶと、己の不甲斐なさに再び自己嫌悪がじわじわと飛鳥の心を蝕む。

 

「私は──弱い。身も心も、まだまだ弱過ぎる」

 

 天井を見上げながら、飛鳥はぼんやりと自覚していながらも、肝心なところでは目を背けてきたその事実を、己に言い聞かせるように呟く。

 

 〝ペルセウス〟との戦いからいくつものゲームを経験していたと言うのに、飛鳥は殆ど力をつけていなかった。それもこれも相手が弱すぎる故だったが、ゲームをすること自体が楽しくて、相手を選んでいなかったという側面もある。

 

 もう少し難易度の高いゲームで力を付けていれば、コダマも死ぬことは無かったのだろうか。

 

「──馬鹿ね。今更そんなこと考えたって仕方ないのに」

 

 もしものことを考えても何の意味もない。飛鳥は己を嘲笑し、ゆっくりと目を閉じた。

 

──私は、〝ノーネーム〟をこのギフトで救うために箱庭に呼ばれた。そのギフトを活用できなければ、呼ばれた意味を失うわ。

 

 己のギフトをどう伸ばすかは後回しでいい。大事なのは、如何に役立てるか。そして焦らないこと。無い物強請りしても不毛なばかり。確実に、かつ効果的に己のギフトを成長させる。それこそが近道なのだ。

 

 しかし、そうと分かってはいても──

 

「力が、欲しいわね……」

 

 

『──チカラがほしいの?』

 

『──それならちょうどよかった!』

 

『──そんなおねえちゃんにローホーで~す!』

 

 

「だ……誰!?」

 

 聞き慣れぬ子供のような声に、飛鳥は飛び起きて警戒する。ギフトカードを構えて辺りを見回すも、姿は見えない。

 

 隠れているのかと見定めようとするが、突如ベッドを始めとする部屋の家具や調度品が、ガタガタと一斉に揺れ始める。

 

「これは──!?」

 

『アハハハハ! おどろいてるおどろいてる~!』

 

『もっとおどかしてやれ~!』

 

 その声は笑いながら言葉を張り上げると、家具類が浮き上がり、部屋を飛び回り始めた。慌てて避け、部屋の隅へ避難する飛鳥。

 

『いいぞいいぞ~! それ~っ、トドメ──』

 

止めなさいっ(・・・・・・)!」

 

『──あれっ!?』

 

 飛鳥が命令した瞬間、飛び回っていた家具はピタリと静止する。己のギフトが通じる相手だと悟った飛鳥は、続けて告げる。

 

元の位置に戻しなさい(・・・・・・・・・・)!」

 

『うわわ~! なんでかってに~!?』

 

『に、にいちゃ~ん!』

 

 ゴトンゴトン、と宙に浮いていた品々は元の場所に収まり、部屋の中は先程と変わりない光景に戻った。勿論飛鳥は言葉を続ける。

 

姿を現しなさい(・・・・・・・)!」

 

『ひえ~っ! なんでさからえないんだよ~っ!』

 

 飛鳥の言霊を受けた侵入者たちは、ぽぽぽん、と立て続けにその姿を露わにした。その姿に飛鳥は一瞬ドキリ、と心臓を跳ね上げる。

 

 それは、まるで人を極限までデフォルメしたようなシルエットだった。コダマに似ていたが、その形はふっくらとした立体である。その体は青白く透き通って輝き、目と口に当たるであろう昏い孔が三つ空いている。ふわふわと浮かぶそれは、まるで幽霊のようだった。

 

 飛鳥は腕を組み、目を吊り上げるとその三体の奇妙な存在を睨み付ける。

 

「……貴方たち、何故私を襲ったのかしら?」

 

『おそってないよ~!』

 

『ちょっとおどろかせようとしただけなのに~!』

 

『どうしていうコトきいちゃうんだろ~?』

 

 そう、惚けたように言う。飛鳥は訝しむが、その気の抜けるような言動に、嘘をついていないと直感的に見抜いた。溜息をつき、疲れたように頭を振る。

 

「……そう、お願いだからもうやめてちょうだい。ところで、貴方たちは一体何なの?」

 

 そう問われた幽霊たちは、待ってましたとばかりに飛び跳ねて、くるくると踊り出す。冗談ぶって、しかし誇り高く自己紹介を始める。

 

『ボクたちは、コミュニティ〝ヤタガラス(・・・・・)〟からきた~』

 

『悪霊ポルターガイストで~す!』

 

『おねえちゃんに〝ヤタガラス〟からデンゴンをもってきました~!』

 

 そう言って、ポルターガイスト三兄弟はビシッとポーズを決めるのだった。


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