混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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虎男に決闘を挑むそうですよ?

「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか」

 

 思いがけない箱庭の闇を垣間見て、気分が沈んでいた一行の元に、空気の読めない上品ぶった声が割って入る。2mを超える巨体を、ピチピチのタキシードで包む奇妙な男だった。ジンの知人なのか、顔を顰めてぶっきらぼうに返事をする。

 

「僕らのコミュニティは〝ノーネーム〟です。〝フォレス・ガロ〟のガルド=ガスパー」

 

「黙れ、この名無しめ──」

 

 一見してすぐに、ジンとこの男ガルドの仲が悪いことは知れた。一行が座るテーブルの席に勢い良く座り込み、ジン以外の三人に愛想笑いを浮かべる。飛鳥と耀は相手の慇懃無礼ぶりに冷ややかな態度で返し、シンは小物に興味はないと無視を決め込んでいた。

 

 ガルドはそんな態度にも構うことなく、いかに自分のコミュニティが強大なのか、いかにジンのコミュニティが風前の灯なのか語り出す。更に箱庭におけるコミュニティの重要性、そしてジンのコミュニティが落ちぶれるに至った理由──〝魔王〟について説明を始めた。

 

「箱庭で唯一最大にして最悪の天災──俗に〝魔王〟と呼ばれるものたちによって、たった一夜で滅ぼされたのです」

 

 嬉しそうに、皮肉そうにガルドは雄弁に語る。語り続ける。名も旗印も人材も何もかも失い、黒ウサギに縋って僅かな路銀で細々と惨めに生きる〝ノーネーム〟の実情を。ジンは事実を言われているだけに、召喚した彼らに黙っていた後ろめたさがあるだけに、何も言い返せなかった。顔を真っ赤にして拳を握り締めるのみ。

 

「……そう、事情は分かったわ。それでガルドさんは、どうして私たちにそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」

 

「単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」

 

 本当に単刀直入に、ガルドは言い切った。ジンが怒りのあまり抗議するが、己のコミュニティの現状を黙っていた不実を突かれ、押し黙る。

 

「で、どうですか皆様。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも貴女たちには箱庭で30日間の自由が約束され──」

 

「──結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」

 

 

    *

 

 

 勝ち誇り、言葉を連ねていたガルドをばっさりと飛鳥は断じた。は? とジンとガルドが飛鳥の顔を窺う。

 

「けれど、そうね。春日部さんは今の話をどう思う?」

 

 飛鳥は何事もなく紅茶を飲み干すと、耀に話を振った。

 

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

 

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補して良いかしら?」

 

 気恥ずかしげに提案した飛鳥を、耀は小さく笑って受け入れた。ここに新たな友情が育まれ、三毛猫がホロリと感動の涙を零す。ふと、もう一人にも聞かなくてはならないことを思い出し、飛鳥はシンに話しかける。

 

「そうそう、間薙君はどうなのかしら」

 

「小物に興味はない」

 

 ぴしゃりと、取りつく島も無い言い様だった。紅茶を楽しんでいる所を邪魔するなと言わんばかりの態度である。事実、久々の人間による紅茶を楽しんでいるのだけれども、それは本人以外にはわからなかった。その様子を見て、飛鳥と耀は顔を見合わせて笑う。

 

 ガルドは全く相手にされず、それどころか小物扱いされたことに顔を引き攣らせ、それでもギリギリ理性を保ち問い掛ける。

 

「失礼ですが、理由を教えてもらっても?」

 

「だから、間に合ってるのよ。春日部さんは聞いての通りコミュニティはどちらでもいいし、間薙君は貴方に一切興味が無い。そして私、久遠飛鳥は──」

 

 久遠飛鳥は、人として望みうる最高に恵まれた人生を蹴ってこの世界にやって来た。そんな彼女を、所詮小さな地域を支配しているだけの組織の末端に誘うなど、正しい意味で役不足も良い所だった。

 

 そんな言葉を言い切られ、怒りに震えながらなお紳士的に振舞おうと言葉を選ぶガルド。やっと見つかったのか、声を震わせながら発言しようとする。

 

「お……お言葉ですがレデ──」

 

「──黙りなさい(・・・・・)

 

 ガチン、と発言しようとした所で自ら勢い良く口を閉じてしまう。それは、見ているものにとってあまりにも不自然な動作だった。その口を閉じた本人は混乱したように口を開こうともがくが、全く声が出ない。

 

「……! ……!?」

 

「私の話はまだ終わってはいないわ。貴方からはまだまだ聞き出さなければいけないことがあるのだもの」

 

 そう言いながら、飛鳥が座って質問に応えるよう命令すると、ガルドの頭はパニックに陥りながらも、体は飛鳥の命令に忠実に従い座り込んでいた。揉め事の気配を感じた店員が咎めようとするも、それを制して飛鳥は言葉を続ける。

 

 黒ウサギに聞いたギフトゲームの内容との差異。ガルド自身に聞いた〝魔王〟によって振るわれる〝主催者権限〟の恐ろしさ。そして、その魔王のコミュニティの傘下とはいえ、強制的にコミュニティの存続を賭けさせるような大勝負をなぜ続けることができたのか──飛鳥はガルドに問い掛け、ガルドは全く抵抗できずに真実を吐いてしまう。

 

「き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供(・・・)を攫って脅迫すること──」

 

 そう言って、ガルドは自分のコミュニティが栄えてきた裏の理由を、そうして傘下にしたコミュニティを従わせてきた人質の存在を訥々と語り続ける。

 

 それを聞いているうちに、徐々に飛鳥の顔色は蒼白に染まって行く。拳を握り締め、怒りに狂う自らを必死に押さえつけている。

 

 飛鳥は思い至ってしまった。気が付いてしまった。シンが言った女子供の霊がいる建物は、全て〝フォレス・ガロ〟の旗印を掲げていたことに。そして、霊たちが必死に呼びかけていたのは、己の死を認められないからではなく──

 

「──貴方、人質を殺したわね」

 

「──そうだ、もう殺した」

 

 その場の空気が瞬時に凍りつく。ジンも、店員も、耀も、一瞬耳を疑って思考を停止させた。ガルドだけが唯一、命令されたまま言葉を紡ぎ続ける。

 

 そして、ジンと耀もまた、先程の霊たちの真実に辿り着いてしまう。

 

 霊たちは伝えようとしていたのだ──己の、人質の死を。

 

 そして止めようとしていたのだ──人質を案じ、悪事を重ねる肉親を。

 

 成仏できようはずもない。生者は愛するものたちが死んでいることを知らず、死者は己が生きていると信じて悪事を重ねている生者を目の当たりにしている。お互いがお互いを想いで雁字搦めに繋ぎ止めてしまい、抜け出せなくなっていた。

 

「──黙れ(・・)

 

 ガチン! と、言葉を続けていたガルドの口が、先程以上の勢いで閉じた。飛鳥の声は先程以上に凄みを増し、そして憤怒のあまり凍りついていた。

 

 ただ人質が殺されたと聞いただけならば、義憤で怒りこそすれども我を失うようなことは無かっただろう。しかし先程のシンの話で、いまだにこの世を彷徨っている人質の霊たちの存在を知ってしまった。その痛ましさに同情してしまった。そんな彼らの命を五月蝿いと、それだけの理由で奪った目の前の男に対する怒りが溢れて止まらなかった。

 

 ジンも、耀も、怒りからガルドを睨みつけている。飛鳥がどんな仕打ちをした所ですぐに止めはしないだろう。この男をどうしてやろうかと、様々な考えが頭を駆け巡る。命令すればこの男はどんなことでも従う。例えそれが自傷(・・)自殺(・・)だったとしても。

 

 飛鳥は生まれて初めて、人を殺傷するために力を振るうという事を考えていた。ありとあらゆる人間を支配し、従えてきた飛鳥だ。力を振るい、結果的に誰かを傷つけたこともある。だが、力を使って直接的に誰かを傷付けようなど考えもしなかった。それこそが飛鳥が超常的な力を持ちながら人間でいられた理由なのだが、彼女自身は知る由もない。

 

 そして、自らの意思で力を振るい、人を殺せば──人から外れるだろう。

 

 恐らく、後悔するはずだ。己の力を疎んでいた飛鳥だ。その力で、外道とはいえ人の命を奪ったことに対して己を一生許さないだろう。しかし、それを止められるほど彼女を案ずることのできる、そして冷静さを保ったものは、この場には──

 

「おかわり」

 

──一人……いや、一体の悪魔がいた。

 

 

    *

 

 

 場の空気に凍りついていた店員はその一言で解凍され、混乱しつつも慌てて店内に戻る。一人の外道の処遇を決めかねていたところで呑気におかわりをされ、飛鳥は素知らぬ顔で紅茶を待つシンを睨み付ける。

 

「……貴方はこの男に何とも思わない訳?」

 

「なら、殺すか?」

 

 そう、なんでもないように問われて飛鳥は一瞬硬直するが、己の思考が物騒な方向に行っていたことに気が付き、頭を冷やした。

 

「そうね……ちょっと頭に血が上っていたみたい。ごめんなさい」

 

「お前を案じてのことじゃない。こいつがどれほどの屑だろうと、ここで殺せば違法になるだろう」

 

 そう言われたジンは我に返り、慌てて答えた。

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういませんが……確かに、だからと言って殺せば僕たちが罪に問われます。直接僕たちが殺されそうになったわけではありませんし、僕たちには彼を裁く権限はありません」

 

 ましてやジンたちは〝ノーネーム〟であり、そこに所属すると決めた飛鳥たちが問題を起こせば、ジンたちに迷惑がかかるのである。多少のことなら迷惑をかけるつもりではいたが、法的な問題を起こすのは不本意であった飛鳥は、密かに安堵する。

 

「そう、残念ね。ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるかしら?」

 

「厳しいです。彼の行為は勿論違法ですが……裁かれるまでに彼が箱庭の外へ逃げ出してしまえば、それまでです」

 

 全てを失う。それもある意味で裁きと言えるだろうが、そのような甘い決断を飛鳥が下すはずもない。

 

「そう、なら仕方がないわ」

 

 パチン、と苛立たしげに指が鳴らされたのを合図に、ガルドは体の自由を取り戻す。激昂し、雄叫びを上げながら体を虎の獣人へと変貌させたガルドは、その勢いのままテーブルを砕こうと腕を振り上げ──

 

「喧しい。紅茶が零れる」

 

──シンによって一瞬で顎を打たれ、膝から崩れ落ちた。意識がはっきりしているというのに、五感が濁り体の自由が効かない。先程とは違い、このような状況に覚えがあったために原因に察しがついたが、動体視力に優れたワータイガーである己が、攻撃に全く気がつかなかったことに驚愕する。

 

「己と相手の力量差も分からないほど野生を失ったか。虫の方がまだ危険察知に優れているぞ」

 

 そう言って、シンは紅茶を飲みながらガルドを見下す。ガルドの視覚は白濁し、聴覚は耳鳴りが続いており、その表情も声もよく知覚できていないが、その言葉の冷たさに臓腑が震える。

 

「……血の気が多い」

 

 耀が冷や汗を流しながら呟く。ガルドが動き出した時に腰を上げていたが、シンが迅速に片付けたので手持ち無沙汰になっていた。

 

 飛鳥も耀も、この少年が只者ではないことに気が付きつつある。まるで獣のような、虫のような、非情な立ち振る舞いに警戒心が育っていく。だが、今は味方なのだとそれを胸の内に沈めていった。

 

「……さて、ガルドさん。このまま貴方を叩きのめして司法組織に突き出すことも、箱庭の外へ放り出すこともできる。勿論、尻尾巻いて貴方自ら外に逃げ出す手段もあるわね」

 

 やや余裕を取り戻したのか、足先で転がっているガルドの顎を持ち上げると、悪戯っぽい笑顔で話を切り出す飛鳥。

 

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度のことでは満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ」

 

 ジンや耀、そして店員たちが頷き、そして飛鳥が言わんとするところを察する。

 

「──そこで、皆に提案なのだけれど」

 

 飛鳥はガルドを指差し、見下し、突きつけるように告げる。

 

「箱庭の法に則り、ギフトゲームをしましょう。貴方の〝フォレス・ガロ〟存続と〝ノーネーム〟の誇りと魂を賭けて、ね」

 

 

    *

 

 

 その後、動けるまで回復したガルドは逃げ帰り、話を聞いていた周囲から歓声を浴びる一行。周囲一帯で傍若無人に振舞っていた〝フォレス・ガロ〟の不正を暴き、ギフトゲームを突き付けたのだから盛り上がらないはずがない。

 

 ジンと飛鳥は恥ずかしがって場所を移したがっていたが、お腹を空かせた耀と動く気が無かったシンによって阻止された。幸い、前祝いとして食事代がタダになったため、金銭事情も崖っぷちなジンとしては助かったのだった。

 

 そのまましばらく寛ぎ、黒ウサギが戻って来るまでにもう少しかかりそうだったので、都市を少し案内してもらおうとようやく移動を始めた。

 

「──紅茶、美味かった。また来よう」

 

 去り際に、シンが呟く。それは単なる小さな独り言だったのだが、最初に注文を取りに来た猫耳の店員が偶然聞いていった。ぴくりと反応し、その背を見送る。

 

──最初から只者では無い雰囲気があった。ここら一帯を仕切るコミュニティのリーダー相手にも全く動じず、激昂しても軽くあしらうカリスマ振り。それでいてさり気なく紅茶を褒めていく男前振り(勘違いだが)。

 

 店員はそんなシンに心奪われてしまい──その遠くなった背中に向かって、感極まって叫んだ。

 

「ニャー、ステキ!」




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