混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

29 / 40
人修羅は何かを企んでいるそうですよ?

 ラッテンは地べたに這い蹲る飛鳥を蹴飛ばそうと近寄り──己に忍び寄る死の気配を感じ取る。

 

「────ッ!?」

 

 全力で引き下がり──そのすぐ目の前を眩い光弾が過ぎ去った。その光弾は真っ直ぐ突き進んで、拍子抜けするほど軽い音を立てながら宮殿に風穴を開ける。その穴に破壊の余波は無く、触れたもの全てを消し飛ばす恐ろしいほどの威力が込められていたことを物語っていた。

 

 一歩間違えれば頭が無くなっていた。ラッテンは血の気が引き、光弾が飛んできた方を振り返る。

 

 そこには──片手を広げ、掌を向けたシンの姿があった。

 

 身体中に黒の刺青と翠のラインが光り、ラッテンを紅い瞳が見つめている。その身に宿るおぞましい死の気配に、ラッテンは直感的に目の前の者が〝人修羅〟だと悟る。

 

「あらぁ……遅かったじゃないの。つい先程一匹楽にしてあげた所だけど……貴方も楽しんでみる?」

 

 答えは無く、無表情な視線が貫くのみ。それを不気味に思うも、ラッテンは先手必勝とばかりに笛に口付ける。

 

「そう釣れない態度じゃなくて……もっと楽しくいきましょうよ──」

 

 魔笛が再び甘美なる音色を響かせる。その音はシンの鼓膜に響き──当然、何の効果も齎さなかった。事前情報通り、そう簡単に行かない存在だと確かめる。

 

「……そう、やっぱり効かないわけね。全く、この〝ノーネーム〟は一体どうなっ──ガ、」

 

 首を竦めるラッテンの顔面を、いつの間にか目に前にいたシンが鷲掴みにする。つまらないものを見るような表情で、そのままラッテンを吊り上げる。

 

「ぐ──や、やめ……あああああぁぁぁっ!?」

 

 メキメキと、その手に力を込めて行く。頭蓋の軋む音を聞きながら、ラッテンは己の頭が歪んでいくのをじわじわと畏怖とともに感じ取る。ラッテンは必死にシンを蹴りつけるが、揺るぎもせずシンは力を込め続ける。

 

 ぼんやりと悲鳴を聞き流していたシンは、ポツリと呟く。

 

「お前は……どれ(・・)だったかな? 少なくとも魔王ではないな」

 

 その疑問に、一筋の光明を見たラッテンは苦痛に悶えながらも必死に答える。

 

「うう……そ、そうよ! まだゲームのクリア条件は整っていない! あぐっ……! ここで私を殺せば、そのヒントも失われて、」

 

「そうか。じゃあヒントを言え」

 

「…………っ!」

 

 そうあっさりと問われ、流石に言い淀むラッテン。だがそれは悪手だった。躊躇なくシンは廊下にラッテンの頭を叩き込む。後頭部が廊下の壁を砕き、その頭をめり込ませる。

 

「────ガッ!?」

 

「言え」

 

 そのまま、がつんがつんと何度も繰り返し、壁に叩きつける。しかしラッテンも悪魔故に、その程度では対したダメージにならない。それでも、全く温度の感じられないシンの言動にじわじわと恐怖に蝕まれていく。

 

 あまり効果がないことに気が付いたシンは叩きつけるのを止め、その掌に魔力を込め始める。ラッテンは攻撃が止んだことに安堵する間も無く、顔面を焼く高熱に絶叫を上げる。

 

「ぎ……ぎゃあああああぁぁぁぁっ!?」

 

「言え」

 

 シンの腕を掻き毟り、その体に必死に蹴りを入れるが全くダメージが通らず、微動だにしない。ただ情報を求めて掌の魔力を強めるのみ。マグマを超える熱量がラッテンの顔面を焼き、気が狂いそうな程の激痛を与える。

 

 ラッテンの顔からはぶすぶすとドス黒い煙が上がり、暴れていた手足は徐々に痙攣し始める。悲鳴は徐々に力を失い呻き声になっていき、意識を薄れさせていく。

 

「……やり過ぎたか」

 

 シンはラッテンが気絶しかけていることを悟ると、別種の力を掌に込める。シンの手とラッテンの顔の間から眩い光が漏れ──シンがその手を退けると、そこには傷一つ無いラッテンの顔があった。

 

「ハァ……ハァ……え? ……え?」

 

 顔に手を当て、何の異常も無いことに混乱するラッテン。だが再び伸ばされたシンの手に怯え、慌てて引き下がる。

 

「ひぃっ……! い、いや……!」

 

「……やはり拷問は難しいな」

 

 溜息をつき、逃げるラッテンをゆっくりと追うシン。その瞳には依然として何の感情も浮かんでおらず、まるでゴミ掃除でもしているかのように淡々とした表情を浮かべている。

 

 ラッテンを追う途中、シンは地面に座り込む飛鳥の側を通り掛かり、

 

「……どうして?」

 

 その言葉に足を止めた。

 

 ゆらりと視線を向けると、飛鳥は滔々とシンに疑問を投げ掛ける。

 

「どうして……もっと早く来てくれなかったの?」

 

「…………」

 

 シンは沈黙で返すが、飛鳥は構わず続けて問い掛ける。

 

「……コダマ君が死んだわ」

 

「……だからどうした。あの程度の悪魔ならまだ代わりはいる」

 

 そう無感情に返すと、飛鳥は怒りに表情を歪めてシンに掴みかかってきた。

 

「何よその言い方……! そもそも貴方が……貴方がもっと早く来てくれたら……!」

 

 仲魔が死んだというのに、その非情な態度に飛鳥は激昂する。シンのパーカーの裾を握り締め、怒りに身を震わせている。しかしシンは全く動じず、ある事実を告げる。

 

「……コダマはある契約をしていた。お前を守るという契約をな」

 

「──え?」

 

 思いも寄らない事実を告げられ、目を丸くした飛鳥の思考は一瞬止まる。シンは淡々と言葉を続ける。

 

「〝命に代えても久遠飛鳥を守護する〟──そう俺と契約したからこそ、あの程度の悪魔をわざわざ召喚したままにしていた」

 

「何、よ。それ──」

 

 何でそんなことを、と呆然と呟く飛鳥。シンは首を竦めた。

 

「さあな。悪魔は気紛れだ。気紛れに人を襲い、気紛れに人を守り、気紛れに命を奪い、気紛れに命を犠牲にする。今回は、たまたまそれがお前を守ることだったんだろう」

 

 それならば、飛鳥のギフトが通用しなかったのは──

 

「悪魔にとって契約は絶対だ。それを覆すのは容易ではないし、それに反する命令は聞かない。当然、お前程度の言霊では叶うはずもない」

 

 それはつまり、

 

「……身の程を弁えていれば、コダマが死ぬこともなかった。あいつが死んだのは、お前が自ら死ぬ可能性のある状況に身を置いたからだ」

 

「──そん、な」

 

 コダマが死んだのは、飛鳥のせいに他ならなかった。

 

 その事を、シンは一切の躊躇なく突きつける。飛鳥は崩れ落ち、まるで寒さに凍えるように己を抱き締めて震える。顔色を蒼白に染めて唇を震わせながら、ごめんなさい、とうわ言のように呟いた。

 

「……何にせよ、あいつは契約を果たした。それだけだ」

 

 己の罪に震える飛鳥を残し、シンはバルコニーに出た。既にラッテンは居らず、代わりに辺り一帯を魔笛が響き渡っている。参加者たちは暴徒と化して同士討ちや破壊活動を始めている。しかし、シンはそんな光景に目もくれず、獲物を探して辺りを見渡す。

 

 魔笛はその発生源を特定させないように奇妙に響いているが、シンはその位置をすぐに特定した。腕を曲げ、その身を屈めて魔力を滾らせると黄金に輝き始め、漏れ出た破壊エネルギーが火花を伴って迸る。

 

「……面倒になってきたな。この(・・)程度で死んでくれるなよ」

 

 愚痴を吐きながら、無数の魔弾を放とうといざ力を解放し──

 

 

「──そこまでですッ!!」

 

 

 激しい雷鳴が鳴り響き、魔笛の旋律を掻き消した。

 

 シンはその力を滾らせたまま、空を見上げる。幾度となく発せられる雷の根元には〝擬似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)〟を掲げた黒ウサギがいた。その輝く三叉の金剛杵を突き付けるように、黒ウサギは高らかに宣言する。

 

「〝審判権限(ジャッジマスター)〟の発動が受理されました! これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください──」

 

 それを聞いて、シンはゆっくりと力を収める。宮殿側を見渡すと、黒い球体に身を包まれながらもシンを睨めつける白夜叉に、廊下の隅で蹲っている飛鳥の姿が見えた。

 

 溜め息を付くと、飛鳥を回収するために歩き出したのだった。

 

 

    *

 

 

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、その大広間。〝ノーネーム〟を始めとする参加者たちが集められ、負傷者もいる中、同士の無事を確認した黒ウサギとジンは安堵の息を漏らす。

 

「十六夜さん、ご無事でしたか!?」

 

「こっちは問題ない。……他はどうだ?」

 

「耀さんとレティシアさんは満身創痍です……それに、飛鳥さんは……」

 

 ジンは苦悶の表情で背後へ振り返る。十六夜が視線を向けると、飛鳥を荷物のように担いだシンが歩いてくる所だった。ぞんざいに扱われている飛鳥を見て、十六夜は目を丸くする。

 

「おいおい、お嬢様はもっと優しくだな……」

 

 シンはその声を無視し、端的に被害状況を告げる。

 

「──コダマが死んだ。そいつはブツブツと泣き言が五月蝿かったから眠らせておいた(ドルミナーを掛けた)。怪我は無い」

 

「……っ! ……そうか」

 

 十六夜自身はあまり関わりが無かったが、それでも同士に変わりはない。一瞬驚愕し、やがて目を伏せる。だが、シンの表情に何の感情も浮かんでいないのを見て、首を竦めた。

 

「仲魔をみすみす死なせたことを怒っている……訳じゃなさそうだな。何か心配事か?」

 

「この強制中断だが……下手をすれば、このまま敗北するぞ」

 

「──なんだと?」

 

 十六夜たちが驚愕に目を見開く。狼狽した黒ウサギが慌てて口を挟む。

 

「し、しかしジン坊ちゃんから受け取った伝言では、ルールに不備がある可能性があるとのことでした。真偽はともかく、ゲームマスターに指定された白夜叉様に異議申し立てがある以上、〝主催者(ホスト)〟と〝参加者(プレイヤー)〟でルールに不備が無いかを考察せねばなりません──」

 

 一度始まったゲームを強制中断出来るため、奇襲を仕掛けて来ることが常套手段である魔王への対抗手段として、この権限が存在する側面もある。そう説明する黒ウサギだが、シンは首を振る。

 

「無条件でゲームの仕切り直しができる、強力な権限だ。だからこそ、もし逆にこちらの分が悪ければ最悪のペナルティが発生しうる」

 

「シンさんは──このゲームに不備は無いと?」

 

「〝審判権限(ジャッジマスター)〟を持つ黒ウサギの参加は前日決まったものだ。そして新興の可能性がある魔王のコミュニティ。故にルールの不備を潰している可能性は低いが──していないとも限らない」

 

 半ば確信したように言うシンに、十六夜は眉を顰めた。

 

「……まだそうと決まったわけじゃねえだろ」

 

「だが相手が舌戦や謀り事の得意な魔王ならば、ゲームはここで終わりかもしれない──だからこそ、」

 

 そう言って、シンは呆然とするジンをギロリと睨みつける。睨まれたジンはビクリと震えるが、シンの言わんとする所を察して真摯に見つめ返す。

 

「……ゲームの勝敗は交渉にかかっている。上手くやってみせろ」

 

 その言葉に、ジンはゆっくりと頷いた。

 

 その直後、大広間の扉が開く。入ってきたのはサンドラとマンドラの二人だった。サンドラは緊張した面持ちのまま、参加者に告げる。

 

「これより魔王との審議決議に向かいます。同行者は四名──」

 

 まずは〝箱庭の貴族〟黒ウサギ。もう一人は、〝サラマンドラ〟からマンドラ。その他に、〝ハーメルンの笛吹き〟に詳しい者がいれば名乗り出て欲しいと要請する。

 

 童話について詳しい者は少なく、参加者たちにはどよめきが広がる。そんな中、ジンは自ら進み出て厳かに挙手をする。

 

「──〝ハーメルンの笛吹き〟の童話についてなら、この〝ノーネーム〟のジン=ラッセルが立候補させていただきます」

 

 ジンが立候補するとは思わなかったのか、十六夜は目を丸くした。しかし嬉しそうにニヤリと笑い、その背中をバシリと叩くと自らも立候補する。

 

「同じく、〝ノーネーム〟の逆廻十六夜が立候補する! この件で〝サラマンドラ〟に貢献できるのは、俺たち〝ノーネーム〟を措いて他にいないぜ!」

 

 きょとん、とした表情を向けるサンドラだが、すぐに頭を振って真剣な表情に戻す。

 

「他に申し出がなければ、〝ノーネーム〟の二名にお願いしますが、よろしいか?」

 

 サンドラの決定に再びどよめく参加者たち。〝ノーネーム〟が自分たちの命運を決める交渉テーブルに着くのが不安なのか、ざわめきが広がるが立候補者は現れない。ジンは少し不安そうに俯くが、奥歯を噛み締めてキッ、と前を見据える。

 

 そうして一歩踏み出そうとすると、十六夜がここぞとばかりにジンを担ぎ上げた。途端に周囲の視線が集まってやや驚くが、十六夜は不敵な笑みでジンを賞賛する。

 

「滅茶苦茶カッコよかったぜ、リーダー(・・・・)。この調子で名を挙げてやろうじゃねえか!」

 

「は、はい……!」

 

 そうして歩き去ろうとする二人に、シンは後ろから声を掛ける。

 

「──俺ができるのは破壊と殺戮のみだ。交渉はお前たちに頼んだぞ(・・・・)

 

 そう言って、シンは飛鳥を担いだまま歩き去って行った。その言葉を聞いて、ジンと十六夜は前を見据えたまま不敵に笑う。──まるで、兄弟のように。

 

「──『頼んだぞ』、だとよ」

 

「──頼まれたからには、仕方ありませんね」

 

 シンから送られた初めての言葉に、嬉しさを隠そうともせず歩みを進める二人だった。

 

 

    *

 

 

『あらあら、なかなかいいセリフを言うじゃない。……本当は、そんなこと思ってもいないくせに』

 

 飛鳥を放り込む部屋を探し歩くシンの隣に、ピクシーがどこからともなく現れた。ピクシーは心底おかしそうに笑いながら、先程のシンの言葉を揶揄する。

 

「嘘は言っていない。このゲームが奴ら次第なのは確かだ」

 

『でも肝心の魔王は交渉能力ダメダメなんでしょ? なら別に、適当にやったって勝てるわよ』

 

「可能性は出来るだけ排除する。それに、その程度交渉を始めればすぐ見抜けるだろう」

 

 シンはこのゲームに関する全ての情報を得ている。当然、こちらの動きに関しては未知数だが、魔王が交渉を苦手としていることくらいは把握している。それでも万が一に備え、二人に発破をかけたのだ。

 

『ふーん。ま、いいけど……ああそうそう、ヨウは予定通りもう感染(・・)してるわよ。アスカの霊格なら多分大丈夫だと思うけど、感染させたくないならあっちの部屋にしてよ』

 

 シンはゆっくりと頷くと、ピクシーが指し示す方向へ歩を進める。それについて行きながら、ピクシーはくすくす笑って口を挟む。

 

『ねえねえ、本当にやるつもり? もしかしたらヨウ、死んじゃうかもよ?』

 

「可能性は低いはずだ。何か不都合があるのか?」

 

『まさか。サポート役はもう終わってるし、むしろ楽しみなくらいよ。あたし、見たことないからね』

 

 敢えて明言を避け、何事かを相談する二人。しかしピクシーは楽しそうに、対照的にシンは無表情に、言葉を交わしていた。

 

 廊下の奥へ消えていく悪魔たち。

 

 魔王との交渉へ挑む参加者たちの裏で、〝ノーネーム〟の運命は──今宵より捻じ曲がろうとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。