「──遊び過ぎだ」
少女の正体に驚愕する一同に、横から冷めた言葉が浴びせられた。その方向に振り返ると、いつの間にかシンが謁見の間の扉の前に立っている。その姿を見つけたピクシーはふわりと宙へ飛ぶと、シンの隣へ移動する。
「シンさん……説明をお願い出来ますか?」
ジンが問い掛けるが、シンは一同を見渡すのみである。他のコミュニティが居る以上、説明したくないのかもしれない。その様子にはぁ、とため息を着くと後で説明してもらいますからね、とだけ呟いた。
「次から次へと……〝ノーネーム〟の分際で好き勝手してくれる……!」
議論の場を先程から掻き乱されて、マンドラは我慢の限界に来ているようだった。サンドラがなんとか宥めようとしているが難航している。
白夜叉も頭を抱える。ピクシーとシンの言動は〝サラマンドラ〟の手前、いくらなんでも無礼が過ぎた。〝魔王襲来〟を目前としたこの状況で、あまり状況を混乱させるような好き勝手をして欲しくないのだ。
「せめてノックぐらいせんか。どの道伝える内容だったからよいものの……」
「緊急事態だったからな。それにこいつが騒がせていた」
そう言ってこつん、とピクシーを叩いた。大袈裟に痛がり、ぶーぶーと不平を言うピクシーを他所に、シンは言葉を続ける。
「──飛鳥が行方不明になった」
「な、何ですって!? レティシア様が側に居た筈では!?」
「詳しい経緯は聞いていない。こちらで召喚した二体の悪魔と共に捜索中だ」
黒ウサギは驚愕し、慌て始める。だが十六夜はヤハハと笑い、
「大袈裟だなオイ。お嬢様のことだ、ちょっと展示品に夢中になってるだけだろ」
そう言うも、ジンはいえ、とそれを否定する。
「その、北側の夜は鬼種や悪魔たちが活性化するので、女性の一人歩きには危ないんです。特に名や旗印を持たない〝ノーネーム〟の場合、身分の証明ができませんから、もしなんらかの事件に巻き込まれると……」
〝サラマンドラ〟の手前、ジンはオブラートに包んで伝えようとするも、十六夜はその裏の意味を察する。
「……そうか、だとするとお嬢様一人は少し危険か?」
「はい。ですから十六夜さんは飛鳥さんを探しに──」
「──いや、どうやら見つかったらしい」
シンが告げる。こめかみに手を当てて目を瞑っており、召喚した悪魔から情報を受け取っているであろうことが窺える。それを聞いて黒ウサギとジンはほぅ、と安堵する。
「よかった……」
「直に帰ってくるだろう。耀にもこちらで伝えておく。後の事は任せた」
「はい! ありがとうございます! ──ソレト、アトデソノ妖精サンノコトデ、オハナシガアリマスカラネ?」
嬉しそうな声から一転、表情を伏せてドスの効いた声で
「──騒がせたな。邪魔をした」
十六夜たちはシンの珍しい謝罪の言葉を聞いて、目を丸くする。マンドラはその後ろ姿を睨みつけ、サンドラと白夜叉は顔を見合わせ、ため息を付くのだった。
その後、一同は魔王が現れた時の段取りを話し合った。不機嫌になったマンドラが冷静さを欠いて、何度か〝ノーネーム〟に突っかかったものの、サンドラと白夜叉が宥めることで何とか段取りは決まったのだった。
そして、ピクシーを伴って宿へ歩を進めるシンは──
『……よかったの?』
悪戯っぽく笑うピクシーに、シンは首を振るのみで答えた。飛鳥が見つかったのは事実だが、
しかし、あの場でそれを明かせば明日の段取りどころではなかっただろう。話の邪魔をした自覚があったシンは、話を円滑に進めるため敢えてその情報を一時隠匿したのである。
『ま、あなたがそれでいいなら、いいけどね。でもあのウサギの女の子、絶対後で怒るわよ?』
それも承知の上だ、とため息をつくシンであった。
*
時は黄昏時まで遡る。
レティシアから離れ、精霊を追いかけていた飛鳥は赤窓の歩廊を抜けて、境界壁の真下で息を整えていた。その肩には追いかけていた小人の女の子が大の字で寝そべり、走り回った疲れにひゃ~、と声を上げている。
「別に取って食おう、というわけじゃないのよ──」
飛鳥は苦笑し、麓の売店で買ったクッキーを分け与えた。するとあっという間に警戒心を解いた精霊は、クッキーをしゃくしゃくと平らげると飛鳥の頭の上まで登り、きゃっきゃっ! と声を上げてはしゃいだ。
──餌付けは成功したようね。
企てが成功したことに内心ニヤリと笑うと、自己紹介しましょうか、と更に分かち合おうと歩み寄る。
「私は久遠飛鳥よ。言える?」
『……あすかー?』
「もう少し最後をメリハリ付けて」
『……あすかっ?』
「もう少しよ、がんばって──」
幼い口調のとんがり帽子の精霊へ飛鳥は根気良く教え、なんとか名前を正しく発音してもらえるようになった。
『……あすか!』
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、貴女の名前は?」
精霊は立ち上がり、元気よく答えた。
『らってんふぇんがー!』
「ラッテン……?」
飛鳥は精霊の容姿から想像も付かない、厳つい名前にやや驚く。精霊をつまみ上げて両手に乗せ、再び問う。
「それ、貴女の名前?」
『んー、こみゅ!』
コミュニティの事だと推測した飛鳥は更に名前を問うも、精霊は意味が分からない、というように首を傾げてしまう。レティシアから聞いた〝群体精霊〟という名前を思い出し、個別の名前を持っていないのかと思い至る。
折角だから名前を付けましょうか、と提案するも〝まきえ〟という謎の言葉を返すばかりで要領を得ない。飛鳥は名前のことは一旦諦め、近場の展覧会を見て回ることにしたのだった。
巨大なペンダントランプがシンボルの街だけあって、出展物には様々なキャンドルグラスやランタン、それに大小様々なステンドグラスなどが飾られていた。
「凄い数……こんなに多くのコミュニティが出展しているのね」
『きれー!』
出展物の前にはそれぞれのコミュニティが持つ名前・旗印がぶら下がっており、中にはその細工自体に旗印をモチーフとした紋様を組み込んでいるものもあった。飛鳥は、このような芸術の祭典ではコミュニティの名と旗印は大きな力になることを察する。
──是が非でも旗印を取り戻さないと。
小さく握り拳を作り、決意を新たにするのであった。
そうして、二人は数多の展示品を見て回って行く。展示会場は境界壁を洞穴のように掘り進めた回廊にあり、外の光が届かず薄暗くなっていた。しかしそれも展示品であるランプやランタン、ステンドグラスなどを映えさせるための演出なのだ。
そうして進んで行くと、やや大きな空洞に出た。急に開けた場所に出た二人は戸惑い、きょろきょろと辺りを見回す。困惑しているその理由は、その場所が今までとは趣を異にする演出がされていたためだった。
周囲にはペンダントランプではなく神社で見るような大きめの提灯が飾られ、全体的に和風の演出が施されていた。そして何より、この場の出展物の殆どが刀剣類なのである。空洞の周囲にずらりと並べられたそれらは、見るものを圧倒させるような迫力があった。
そして、ふと気がつく。周囲に飾られている提灯を始めとするあちこちに記されているシンボルは、全て同一のものだ。つまり、これは──
「これら全て、一つのコミュニティの出展物ってこと!?」
『すごー!』
全ての出展物に記されているコミュニティの名は、飛鳥でも知っているような神獣であり、展覧会の一部を貸し切って独自の演出を施せるような力あるコミュニティなのだと察せられた。
提灯のぼんやりとした明かりに照らされた刀剣類はそれぞれ独自の存在感を持って主張し、ある物は神聖なオーラを発して見る者の心を清め、ある物は禍々しく近寄るのを躊躇わせるような危険な雰囲気を発していた。しかしこのような物に詳しくない飛鳥でさえ、これら一つ一つが相当の業物だということが分かる。
「どれも、うちの宝物庫の品々に匹敵する業物ね……あら?」
飛鳥がふと気が付いたように、
「これは……何かしら」
空洞の一番奥に、まるで奉るように展示された奇妙な物体があった。万年筆のような、鈍色の細長い品である。蓋のような箇所には網目状の紋が刻まれており、その先端には金属製の輪が付いている。用途は不明だが、素人目にも分かる巧緻で見事な細工だった。
『あすか! らってんふぇんがー!』
「えっ?」
突如精霊は瞳を輝かせ、肩から飛び降りる。彼女が示す先には、製作したコミュニティの名が記されていた。
『製作:〝 〟と〝ラッテンフェンガー〟の共同』
「あら、貴女のコミュニティとの共同作品なの?」
えっへん! と精霊は胸を張る。それを見て感心したように頷く飛鳥。確かにこの小ささなら、細工は得意な物だろうと。実情はやや異なるのだが、精霊に説明できるわけでもなく特に否定はしなかった。
「それで……何なのかしら? 貴女は知ってる?」
『んー?』
関係者なら知っているかもしれないと飛鳥はこの物体の正体を聞いてみるも、精霊は首を捻るばかりだった。飛鳥は苦笑し、もう一度作品名を眺めてみる。
「聞き覚えのない言葉だわ……でも、もしかしたら──」
──直後、周囲を異変が襲う。
「きゃっ……!?」
突如、空洞に一陣の風が吹いた。その風は辺り一帯のランプの灯火を吹き消し、周囲を暗闇が包む。飛鳥が居た場所の灯りは、灯火を囲う提灯であったためにいくつかは無事だが、不自然に揺れた提灯が落下して潰れてしまう。
飛鳥は勿論、他の客人たちも同様に声を上げ、急に視界を奪われたことに混乱する者が現れ始める。
「どうした!? 急に灯りが消えたぞ!」
「気を付けろ! 悪鬼の類かもしれない!」
暗闇に叫び声が木霊する。飛鳥は咄嗟に、まだ灯りがついている小さめの提灯を拾って掲げる。その瞬間、空洞の最奥に不気味な赤い光が瞬いた。
『ミツケタ……ヨウヤクミツケタ……!』
怨嗟と妄執を交えた怪異的な声が、空洞に反響する。飛鳥は周囲を探るもそれらしい影は見当たらない。そうしていると、五感を刺激するような笛の音色と、更なる怪異的な声が響き渡る。
『嗚呼、見ツケタ──〝ラッテンフェンガー〟の名ヲ騙ル不埒者ッ!!』
直後、洞穴の細部から何千何万という無数のネズミの群れが、襲いかかってきたのだ。空洞の一面を覆い尽くす蠢く影に誰かが絶叫し、飛鳥もまた背筋に悪寒が走る。その場に居た誰もが誰からともなく、その大群から背を向け一目散に逃げ出した。細い洞穴を混乱した人々が走り回り、このままでは大惨事になると悟る飛鳥。
踵を返して一人、ネズミの波に立ち向かうと一喝する。
「じ──
しかしネズミの群れは止まる気配を見せず、焦る飛鳥。咄嗟にギフトカードを取り出し、〝フォレス・ガロ〟との一戦で手に入れた、白銀の十字剣を一閃する。
「こ、このっ……!」
破邪の力を秘めた銀の剣も、ただのネズミが相手では意味がない。そもそも飛鳥は武器の扱いには全く慣れておらず、近場の数匹を切り裂いたのみだった。仮に周囲に展示された刀剣類を借りたとしても、むしろ怪我をするだけだろう。
構わず進もうとするが、飛鳥の身体能力は年相応の少女の物である。すぐさま追いつかれ、ネズミが頭上から襲い掛かってきた。
『ひゃ!』
「──危ない!」
精霊を庇い、闇雲に手と剣を振り回す。しかしネズミは恐れることはなく、次から次へと頭上から襲ってくる。その奇妙な襲撃方法から、飛鳥はネズミたちの狙いが己や人々ではなく、その肩で怯える精霊だということに気が付く。
「…………っ!」
──肩からその精霊を振り落とせば、飛鳥は難を逃れることができるだろう。
しかし泣きそうな顔で怯え、震えるその幼い姿を振り落とそうなど、飛鳥の誇りが許さない。飛鳥は一瞬でもそう思考したことを恥じ、服の胸元を大胆に開いてそこへ精霊を押し込む。
「むぎゅ!?」
「服の中に入っていなさい。落ちては駄目よ!」
──そうして、飛鳥は覚悟を決めた。
出口を見据え、駆け出そうとする。己を省みず、どれほどネズミに傷つけられようとも精霊だけは守るつもりなのだ。どれだけ距離が残っているか分からない。それでも、この精霊だけは渡さぬと、指一本触れさせないと決意を固める。そして──
『あ~! やっとみつけたよ~!』
気の抜けるような、幼い声が響く。
その声に気概を削がれ、慌てて辺りを見回す飛鳥の近くで、ひゅるると旋風が発生する。
「きゃっ!?」
風に目が眩み、一瞬目を閉じたその瞬間に、飛鳥の前に奇妙な存在が現れていた。
『やっほ~』
それは、まるで紙のように薄っぺらかった。例えるなら、緑色の紙を人を極限までデフォルメした形に切り抜き、顔と胸のところに適当な渦巻きをいくつか描いただけの紙人形。それが宙でくるくると泳いでいる。
『赤いドレスのおねえちゃん……おねえちゃんが、アスカってヒトだよね?』
「そ、そうだけど、貴方は一体……?」
飛鳥は突然の闖入者が自分の名前を呼んだことに困惑し、問い掛けた。するとそれはバンザイをするように手を上げてひらひらとはためき、少年のような笑い声を上げる。
『ボク、地霊コダマ! アスカおねえちゃんを探しにきたんだ! 今後ともヨロシクね!』
そう言って、また宙をふわりと舞った。
ディーン「DEEEeeeEEEN!!(お嬢様の力になる筈だったのに、物語からリストラされた……これは夢……だったのか……悪い夢……いや……良い夢……だった……)」