混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

16 / 40
問題児たちがゲームを攻略するそうですよ?

 飛鳥が目を覚ますと、どこか薄暗い場所にいた。

 

 甘ったるい香が鼻につき、思考を鈍らせる。目蓋を開くのも億劫で、体も思うように動かない。手先は痺れたように固まり、力が入らない。自分の両手が組まれ、胸の上に置かれていることに気が付いて、ようやく自分が地面に横になっていることに気が付いた。

 

──どうして、私はこうしているのだっけ。

 

 朦朧とした意識が直前のことを思い出そうとするのを拒み、視線が天井を彷徨う。ゴツゴツした岩肌が淡い明かりに照らされ、陰影をちらちらと揺らしている。周囲に音は無く、己の心臓の音が静かに聞こえてくる。そのリズムに飛鳥はまた微睡みかけるが、

 

「──飛鳥っ!」

 

 泣きそうな声で名を呼ばれ、飛鳥の意識はようやく完全に覚醒した。

 

「……春日部さん?」

 

 苦労して身を起こすと、駆け寄って来た耀に抱き締められる。驚いた飛鳥は目を白黒させるが、己を抱き締める耀がその身を震わせていることに気が付いた。

 

「飛鳥っ……! よかった……!」

 

 目尻に涙を浮かべ、ただよかったとひたすら言葉を漏らす。普段無表情な耀のその有様に、なぜこうなっているのだろう、と疑問が頭に浮かぶが、意識を失う直前に強烈な痛みを感じたことを思い出す。

 

「……私、怪我でもしたのかしら」

 

「覚えてないの? あの時飛鳥は──」

 

 そこで言い淀む耀。首を傾げた飛鳥が先を促そうとすると、そこへ軽薄な声が響く。

 

「──よう、お目覚めか? お嬢様。体の調子はどうだ?」

 

 十六夜がゆっくりと歩きながらやって来た。しかし声とは裏腹に、真剣な表情である。それを見て、飛鳥は彼が心底安堵しているような気がした。

 

「特に痛みは無いわね。なんだか、体が重いけれど」

 

「ま、無理もない。呼吸も心臓も止まってた(・・・・・・・・・・・)からな。体の方もようやくエネルギーを回してもらって、ようやくお目覚めなんだろ」

 

「──え?」

 

 ヤハハ、と冗談ぶって笑う十六夜だが、その目は笑っていない。その視線と、耀の取り乱し様を見て、彼が一切冗談を言っていないということがわかった。

 

「……つまりそれって」

 

「〝死亡状態(DEAD)〟って奴だな。だが、通常テレビゲーム上では〝死〟は取り返しの付くペナルティだ。このゲームでも何らかの救済措置があると推測したが、当たっていたらしい。町に戻ったらすぐに蘇生施設が見つかったぜ」

 

 飛鳥はまやかしとはいえ、己が死亡したことにややショックを受けた。思い返せば、あの時自分は危険な迷宮内で、警戒を解いてしまっていた。そのせいで耀を泣かし、十六夜に心配をかけてしまったのだ。飛鳥は反省し、項垂れる。

 

「……そう、迷惑をかけてしまったみたいね」

 

「おいおい、〝ヒーロー〟は俺だぜ? 仲間を死なせた責任はリーダーが取るもんだ」

 

「〝ヒーロー〟は譲ったけど、リーダーは別に譲っていなくてよ?」

 

「……それだけ言えるなら大丈夫だな。まあ、今回のことは全員油断していたって事にしておこうぜ」

 

 そう言って、十六夜は首を竦めた。飛鳥は抱きついている耀の頭を撫でると、肩を借りながらようやく立ち上がる。そこで、メンバーが一人足りないことに気が付いた。

 

「そういえば、黒ウサギは?」

 

「ああ、アイツなら──」

 

 

    *

 

 

「……何しているの、貴女」

 

「飛鳥さん! ご無事でしたか……見ての通り、猛省中なのです」

 

 飛鳥が今までいた部屋を出ると、人工的なホールのような空間で一人、黒ウサギは俯きながら地面で正座をしていた。首からはご丁寧に『反省中』と札が下げられている。

 

「私は飛鳥さんに這い寄る悪鬼に気が付かず、みすみす攻撃を許し、それどころか死なせてしまう失態を犯しました。いくら身体能力が落ちていたとはいえ、合わせる顔がありません……」

 

「黒ウサギ……」

 

 飛鳥はそれを見てなんとも言えない気持ちになった。心優しく、自己犠牲心の強い黒ウサギにとって、目の前で飛鳥が死亡したことがどれだけ堪え、そしてどれだけ己を責めたことだろうか。飛鳥は優しく笑い、黒ウサギの肩に手を置く。

 

「いいのよ、私も油断していたし……今や皆ギフトが使えないのだから仕方が無いわ。今度はみんなで気を付けましょう?」

 

「あ、飛鳥さぁん……!」

 

 目を潤ませた黒ウサギは立ち上がり、抱きしめようとするも何故かふらふらとしゃがみ込む。首を傾げる飛鳥に、黒ウサギは苦笑いしながら呟いた。

 

「あ、足が痺れてしまいました……」

 

 それを聞き、キュピーンと目を輝かせた問題児一同は、一斉に黒ウサギの足に飛び掛かる。そして問答無用でその足を指でつつき始めた。

 

「や、やめてくださいいいいぃぃぃ!!」

 

 痺れて鋭敏になった足を責められ、涙目でもがく黒ウサギ。しかし足が動かないために脱出することができず、されるがまま悶え続ける。

 

 数分後、問題児たちが満足したそこには、顔を赤らめて全身汗だくで崩れ落ちる黒ウサギが。緋色の髪が頬にぺっとりと張り付き、乱れたスカートの裾からちらりと見える太ももは、汗に濡れてきらりと光っていた。問題児たちは肌をツヤツヤと輝かせ、揃ってどこかを見据える。

 

「──さて、黒ウサギに罰を与えたことだし、そろそろ動き出しましょうか」

 

「──ああ、精神力(MP)も回復できたことだしな」

 

「──それじゃあ、作戦を立てよう」

 

 問題児たちはホールの中心で座り込んで円陣を組むと、しれっと作戦会議を始めた。黒ウサギは回復にまだ時間がかかりそうである。

 

「とりあえずお嬢様にこの場所の説明からしておくか。まず、ここは〝邪教の館〟と言って、毒や麻痺なんかの体の異常の治療や、死者の蘇生をしてくれるところらしい」

 

「……蘇生してもらってなんだけど、とんでもない場所ね」

 

 ゲームでの話だからな、と十六夜は苦笑する。耀も同じく苦笑するが、表情を引き締めて説明を引き継いだ。

 

「そして、ここからが重要なんだけど……この〝邪教の館〟は、〝仲魔にした悪魔〟を〝合体〟してくれるんだって」

 

「……〝仲魔〟? 〝合体〟?」

 

「〝仲間の悪魔〟をそう呼ぶみたい。〝合体〟の方はどちらかというと二体の悪魔を生贄に捧げて、一体の新たな悪魔を召喚する……と言った方が近いかな」

 

 それを聞いて飛鳥は目を丸くする。仲魔にした悪魔──要するに、地下の階層で戦った悪魔は、条件次第で仲魔にできるということだ。そして合体することで新たな仲魔になるという。

 

「つまり、このゲームをクリアするには仲魔を合体させていって──より強力な悪魔を作っていけばいいということ?」

 

「お、察しがいいなお嬢様。それはそうなんだが──一つ、忘れてることがあるだろ」

 

 きょとんとした表情を見せる飛鳥に、十六夜が悪戯っぽい笑みを浮かべながらガントレットを操作し始めた。

 

「おいおい、俺たち〝ノーネーム〟の一員なのに、今ここにいない奴がいるだろ? 俺たちには最初から、とってもお強い悪魔様がいらっしゃったじゃねえか!」

 

「あ、もしかして──」

 

 ピンと来た飛鳥が表情を綻ばせる。十六夜は最後にボタンを叩くと、ガントレットから光が発せられて──

 

 

『──随分待たせてくれたな』

 

 

 空中に浮かぶ光の板に、シンの姿が映し出された。

 

「……召喚するわけではないのね」

 

「ああ、どうも悪魔の強さによっていろいろ支払わなければならないものがあるらしいが……間薙を召喚するには全然足りないんだよな」

 

 首を竦めて、こいつさえ出せれば一発クリアなんだが、と呟く十六夜。飛鳥は興味深そうにその光の板に触れようと手を伸ばしているが、やがて触れられないことに気が付いて手を下ろす。耀はそれを微笑ましそうに見ると、シンに視線を向ける。

 

「シン、私たちはどうすれば魔王を倒せると思う?」

 

 耀の質問に、シンは無表情に答える。

 

『正攻法しかないだろう。かなり時間はかかるだろうが、己を成長させながら徐々に仲魔を入れ替えて戦力を強化していくしかない。その間に何度も死ぬだろうが、〝ヒーロー〟役が死なない限りは取り返しが付く。慎重に歩を進めれば、いずれ魔王を倒すことができるだろうな』

 

 時間をかければ一応クリアが可能と聞いて、安堵する飛鳥と耀。しかし十六夜は不満そうに言う。

 

「まどろっこしいな。それに面白味がない」

 

『だが今やお前は常人だ。今までのように大将を吹き飛ばして終わり、と言う訳にはいかない』

 

 ぐっ、と十六夜は痛いところを突かれたというように押し黙る。飛鳥と耀が心配そうに見つめるが、十六夜はボリボリと頭を掻くと溜息をつき、天井を仰ぐ。

 

「あー……となると、もう一つの勝利条件である〝迷宮の謎を解く〟の方だが──」

 

「そっちの方が早いかも。敵からは逃げればいいし、頑張って探索すれば情報も集まると、」

 

「──いや、もう謎は解けてるんだよ」

 

 え? と飛鳥と耀は目を丸くする。十六夜は心底不満そうな顔で視線を戻すと、再び溜息をついた。

 

「もうこのゲームの謎は問いた。正直かなり拍子抜けしたから、できれば魔王に挑みたかったんだが……正攻法以外に攻略法が無いんじゃ、仕方ないな」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。まだ迷宮の階層は全然……」

 

 慌てて飛鳥が指摘するが、十六夜は首を振る。

 

「下の階層に進んでも世界観についての情報は集められるだろうが、ゲームの真相には辿り着けない。推測の材料にはなるかもしれないけどな」

 

「つまり、解くべき謎というのは迷宮そのものについてではなくて、このゲームについてのこと?」

 

「まあ、実はそこが半々なんだが」

 

 がく、と耀は肩を落とす。しかし十六夜はヤハハと笑い、多分間違いないだろうと言う。

 

『そこまで分かっているのなら、もう言うことは無いな。さっさとクリアしろ』

 

 シンはそう言うと、自ら通信を打ち切った。光の板が消え、ガントレットも沈黙する。その間に気を取り直した耀は、十六夜に提案した。

 

「それじゃあシンの言う通り、もうクリアしようよ。正攻法だと何度も死にかねないんだよね? いくら本当に死ぬわけじゃないといっても、目の前で人が死ぬのはとても辛いから……」

 

 耀はそう言って、俯いた。飛鳥もまた一度死んだ身である。再び死んだり、耀が死ぬところは見たくない。飛鳥は頷いたが、耀は上目遣いでぼそりと呟く。

 

「……それに十六夜なんて、飛鳥が死んだ時見たこともない顔してたし」

 

「あら、それは少し見たかったかも」

 

 不謹慎だが、興味をそそられた飛鳥は十六夜をチラリと見た。十六夜は気まずそうに頬を掻くと、誤魔化すように立ち上がり、ぱたぱたとズボンの裾を払う。

 

「ま、俺も人の子ってことさ。……それじゃあ、さっさと終わらせるとするか」

 

 十六夜はくるりと反転すると、既に回復し、隅で拗ねながら問題児たちを眺めていた黒ウサギに視線を移す。耀はそれを見て目を丸くした。

 

「……やっぱり、そういうことなの?」

 

「なんだ、春日部も気が付いてたのか?」

 

「確信は無かったけど……違和感は感じてた」

 

 十六夜と耀の分かりあったような遣り取りに、飛鳥は首を傾げた。それを見た十六夜は苦笑すると、ズカズカと尊大そうに黒ウサギの前に歩み寄ると、指を突きつけた。

 

「な……なんでございましょうか? 何か私に頼み事が?」

 

それ(・・)だ」

 

「……へ?」

 

 得意気に十六夜が指摘するが、黒ウサギは何のことだかわからず目を白黒させる。それに構わず十六夜は続ける。

 

「一人称だよ。黒ウサギは基本的に自分のことを〝黒ウサギ〟と呼ぶんだよ。最初から何か違和感を感じてたんだが、これまでの言動で確信したぜ」

 

 そうして、勝ち誇ったようにある事実を告げる。

 

「──お前、黒ウサギじゃないだろ?」

 

 その言葉にきょとんとした表情を見せるが、慌てて反論する黒ウサギ。

 

「な、何を言っちゃってるんですか十六夜さん? そんなの時々は一人称ぐらい──」

 

 だが十六夜は全く取り合わず、言葉を重ねて行く。

 

「次に、審判としての全能力の喪失──ありえねえだろ。審判としての能力を失えば、そもそもギフトゲームが正常に進行できない。よしんば本当に失っているとしても、そのままゲームを続行するなんてこともありえない。もっとケチをつけてもよかった筈だ」

 

 そう言って、獰猛そうに表情を歪めていく。黒ウサギは冷や汗を流しながらも立ち上がると、両手を振りながらでも、と反論しようとするが、十六夜はそれを許さない。

 

「更にお嬢様が死んだ時──お前は冷静過ぎた。俺たちを箱庭に連れて来た張本人であり、お嬢様に近寄る敵に気付けなかった体の本物の黒ウサギなら、もっと滅茶苦茶取り乱して涙鼻水出しまくってお嬢様の遺体を喚きながら抱いてただろうぜ」

 

 猛省してるとか後から誤魔化してたが、ありゃあ逆効果だったな、と首を竦めた。

 

「そして最後に──黒ウサギの髪色はテンションの上下で変わる。お前はずっと緋色(・・)だよな?」

 

 そう、徹底的な指摘を受けた黒ウサギ──いや、黒ウサギに扮した何者かはニヤリと笑い、問い掛ける。

 

「なるほどなるほど、仮にこの私が黒ウサギじゃなかったとしましょう。しかしそれが何の関係がありますか? この迷宮の謎は解けたのですか?」

 

「おいおい、ここまで言って解けてなかったらただの間抜けだろ? それに、関係ないなんてことが無いのは、お前が一番よく知ってる筈だぜ」

 

 壮絶な笑みで睨み合う十六夜と何者か。飛鳥と耀はそう言うことだったのか、と頷いているが、十六夜の次の言葉に驚愕する。

 

 

「要するに、だ──お前も、俺たちも、みんな人形(・・)なんだろ?」

 

 

 その言葉に、一同は凍りつく。何者かは顔を俯かせ、十六夜はその動きに確信を持ったように言葉を続ける。

 

「俺たちはこのゲーム盤に落とされた時、意識を失った。恐らくその間に人形に意識を移されて、この迷宮に入れられたんだろうな。自分の体じゃないから、ギフトは発動しなかったって訳だ」

 

「つまり、この黒ウサギは……」

 

「誰かの意識が入った、人形ってことだな」

 

 大方あの御チビ娘だろうが、と呟く十六夜。

 

「御チビ娘?」

 

「豆粒のように小さい小娘。略して御チビ娘だ。ゲーム前に俺たちが会ったアイツだよ。そうなんだろ?」

 

 何者か──少女は顔を上げると、悔しそうに口を尖らせる。本来子供のように天真爛漫な黒ウサギとは異なり、正真正銘お転婆な少女のような子供らしい態度だった。今の己の緋色の髪をちょんと摘まむと、溜息をつく。

 

「あーあ、こんなに早くバレちゃうなんて。もうちょっと遊べると思ったのに」

 

「ヤハハ、悪いな。……これは想像なんだが。このゲーム、普段はそっち側の誰かが紛れ込むなんてことは無いんだろ?」

 

 そこまで分かってたんだ、と目を丸くする少女。その表情に十六夜は苦笑する。

 

「あんまり演技慣れしてなさそうだったからな。それに黒ウサギがギフトを使えない、という状況そのものがかなりのヒントになっちまってる。本来は正攻法でゲームを攻略させつつ、謎を徐々に探らせて行くものなんだろう」

 

「うん。今回はおじさんに無理を言って、観客として紛れ込ませてもらったんだけど……それが裏目に出ちゃったみたいね」

 

 少女は苦笑し、溜息をついた。そうすると天井を見上げ、何者かに声を掛ける。

 

「──おじさん、もういいわ! ゲームの謎は解かれちゃったし、私もバレちゃったもの」

 

『そうかい? それじゃあ、幕引きと行こうか』

 

 どこからともなく男の声が響き渡り、天井から人工的な光が差し込んだ。暗いところへ差した突然の強烈な光に、十六夜たちは目を細め──その光景に驚愕する。

 

──迷宮の天井が透けて、山のように巨大な男の顔が覗き込んでいたのだ。

 

『驚いたかな? 先ずは、君たちの意識を戻すとしようか』

 

 そう言って男がパチン、と指を鳴らすと──十六夜たちは一瞬にして意識を失った。

 

 

──ギフトゲーム〝デビルバスター〟、プレイヤー側の勝利。




明日、もう一話投稿します。
長くなってしまいましたが、それで今回の話は完結です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。