混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

14 / 40
問題児たちと少女が出会うそうですよ?

 十六夜、耀、飛鳥の三人は、薄暗い迷宮にいた。

 

 突如現れた怪しい男によってギフトゲームを挑まれた一同は、〝挑戦者(プレイヤー)〟となることを快諾し〝契約書類(ギアスロール)〟に署名する。だがそれは魔王の卑劣な罠だったのだ。

 

 同行していたシンが敵に封じられ、〝ノーネーム〟は大きく戦力を減ずる。今戦えるのは十六夜たち三人のみ。彼らのみで、この悪鬼羅刹が跋扈する魔性の迷宮を攻略しなくてはならない。

 

 そして最深部に待ち受けるは──魔王。

 

 絶望的な状況の中、飛鳥は一切の闘志を揺るがすことなく、何処かで己たちを見ているであろう〝主催者(ホスト)〟へ向かって宣戦布告する。

 

「後を託してくれた間薙君の為にも、私たちは絶対に負けないわ──必ず魔王を倒し、このギフトゲームを攻略してみせる!」

 

 それは、まるで戦乙女の如き宣誓だった。そんな彼女を誰が蛮勇と笑えるだろうか。ゲーム攻略の意志を胸に、勇ましく言い放つ彼女は最早一人前のプレイヤーと呼べるだろう。

 

「──さあ、行きましょう皆。私たちの手で、全てを終わらせる時よ!」

 

 その言葉を受けて、十六夜と耀の二人は──

 

 

『いや多分これ、そういうのじゃないから』

 

 

 とても冷めた表情で、手を振るのだった。

 

 

    *

 

 

 話はやや遡る。

 

 箱庭2105380外門居住区画・〝ノーネーム〟廃墟の街。黒ウサギは猫車に瓦礫を載せ、廃材置き場へ向かっていた。

 

 今までは人手が足りず、作業する時間の余裕も無く、三年前の傷跡はそのままにされていた。だが、十六夜たちが〝ノーネーム〟の生活状況を大幅に改善してくれたお陰でその余裕もでき、本日から片付けを開始したのだ。何れ復活させる農園の為に、土壌の肥やしになりそうなものは確保しておく魂胆もある。

 

「ふぅ……これは使えそうでしょうか」

 

 運んできた瓦礫を選別し、使えそうなものを分けて置いておく。残りは処分する為に、ゴミ置き場へ運び込む。積まれた瓦礫はそれなりの山になっており、黒ウサギが勤勉に働いた成果を伺わせた。

 

「あ、黒ウサギのお姉ちゃーん!」

 

 黒ウサギが再び廃墟に戻ると、キツネ耳に割烹着をきた少女──リリが待っていた。その手にはお盆があり、幾つかのおにぎりが乗っている。

 

「そろそろお腹の空く頃だと思って、おにぎり持ってきたよ! もうずっと作業してるし、少し休憩したらどうかな?」

 

「わあ……ありがとうございます、リリ! でもご心配には及びませんよ!」

 

 そう言って黒ウサギはリリに笑いかけ、むん、と握り拳を作る。

 

「コミュニティの皆さんに貢献する為なら、これしきの肉体労働など苦ではありませんから!」

 

 実際、黒ウサギ──〝箱庭の貴族〟の身体能力は箱庭の生物の中でも突出しており、数刻の肉体労働程度では疲労も少ない。それを一瞬で草臥れさせる問題児たちが規格外なのだ。勿論、悪い意味で。

 

「それに、今日はあの四人も手伝ってくれるとの約束ですしね!」

 

 一人で作業していたのに、妙に機嫌がいいのはそれが理由だった。全員揃えばあっという間に片付けが終わるであろう期待感もあるが、普段皆で好き勝手な行動を取っている十六夜たちと共に、一つのことが出来るのが嬉しいのだった。

 

「……あっ! シン様が来たよ!」

 

 リリが嬉々として指を差した方向に視線を向けると、シンが歩いてやってくるところだった。黒ウサギはパァ、と表情を輝かせてシンを歓迎する。

 

「こんにちは、シンさん! 今日はよろしくお願いしますね!」

 

 そう言うと、他の人影を探してキョロキョロと辺りを見回す。

 

「十六夜さんたちはまだですか? まあ、厳密に時間を指定したわけではないですし、何れ来るでしょう──」

 

「──その事だが」

 

 シンは黒ウサギの言葉を遮ると、手に持っていた紙切れを手渡す。黒ウサギがきょとん、とした表情でそれを受け取って開くと、中にはこう書かれていた。

 

 

『そうだ、街行こう──三人より』

 

 

 暫し、黒ウサギの時間が止まる。リリが心配そうに見つめ、シンが無表情でそれを見つめ、しばらく経って──ようやく黒ウサギの時間が動き出す。黒ウサギは髪色とウサ耳を緋色に染めて、絶叫する。

 

「あ……あの問題児様方は! まったくもーッ!!」

 

 廃墟に、黒ウサギの怒声が木霊した。

 

 

    *

 

 

 一方その頃、黒ウサギとの約束をドタキャンした十六夜たちは、街中を散策していた。普段通ることのない場所まで足を伸ばし、見慣れぬ街並みに心躍らせる。

 

「行けども行けども知らない街並み……箱庭ってすごく広いよね」

 

「本当ね。私たちがこの箱庭に呼び出されて、もう二~三ヶ月は経つのかしら?」

 

「ああ。見たことのないものばかりでまだ慣れないが──すぐに飽きちまうような所じゃ来た意味がねぇ!」

 

 ヤハハ、と十六夜が笑い、手に持ったワッフルに似た焼物を頬張る。それを見て飛鳥はいつの間に、と呟き、耀は獲物を見る目でそれを見つめる。

 

 「おー、わりと美味いぜ。だがやらん。欲しかったら自分で買ってくるんだな!」

 

 十六夜は耀に見せ付けるようにあっという間に食べ尽くし、包み紙をクシャクシャと丸めた。望みを断たれた耀は周囲を見渡し、目を光らせる。飛鳥は呆れたように笑った。

 

「まだ屋台は沢山出てるんだし、焦らなくてもいいでしょう?」

 

「ううん。少ない予算で、安くいっぱい買える屋台を見極めるのが、こういう時の醍醐味だから」

 

「……ふぅん、そういうものなのかしら」

 

 名家の出身であり、生粋のお嬢様である飛鳥は、このような屋台を巡っての食べ歩きなど経験したことはない。耀が言うならそうなのだろう、と己も周囲を見渡してみる。

 

「それより、黒ウサギとの約束を破っちゃってよかったのかな?」

 

「まぁ、今頃カンカンだろうなー」

 

「ごめんね。二人まで付き合わせちゃって……」

 

 黒ウサギとの約束の時間まで後少しという所で、耀は街の方角からいつもより賑やかな気配を感じたのだ。そしてそのまま街に来てしまった次第である。

 

「間薙もいるし、あまり気にしなくても大丈夫だろ」

 

 耀は黒ウサギの事を気にするが、十六夜はどこ吹く風。そもそも率先して二人を連れ出したのは十六夜なのだが、素知らぬ顔で散策を楽しんでいる。

 

「でも、こうして見ても特別賑やかな感じじゃないね。気のせいだったのかな──」

 

「──ねえ、二人とも」

 

 急に飛鳥に声をかけられた十六夜と耀が振り向くと──二人は目を丸くした。

 

「……どうしましょう」

 

 困った表情の飛鳥の傍らには、可愛らしい見知らぬ少女がくっついていたのである。

 

「飛鳥──」

 

 耀がゆらりと飛鳥に近付き、真剣な表情で飛鳥に問いかける。

 

「──その子、どこの屋台で買ったの? 私も欲しい」

 

「買うわけないでしょう! まずは話を聞きなさい!」

 

 真面目にお馬鹿な事をのたまう耀を一喝し、少女に視線を移す。

 

 その少女は、飛鳥とはまた違うベクトルのお嬢様だった。輝くような長い金髪に、雪のように真っ白な肌。品の良いブルーのワンピースを着て、両手をもじもじと後ろ手にして十六夜たちを上目遣いで見つめている。

 

「ねえねえお姉ちゃんたち、どこから来たの?」

 

「えっと……2105380外門の方からよ」

 

「なんだ、迷子か?」

 

 背を屈め、目線を合わせた飛鳥が優しく答える。十六夜は、こんなところに見なりのいい少女が一人で居ることに疑問を持った。しかし少女は首を振って答える。

 

「ううん、おじさんたちと一緒だったんだけど……お外は危ないから、って出してくれないの。でも宿屋さんにずっといてもつまらないし、勝手に抜け出してきちゃった」

 

 うふふ、と上品に笑うが、内容はお転婆そのものである。耀は心配そうに問い掛ける。

 

「いいの? きっとおじさんたち心配してると思う」

 

「だってー、せっかくのお出かけなのにお外連れてってくれないんだもん」

 

 むくれる少女に、飛鳥は優しく笑いかけながら肩に触れる。

 

「ふふ、そうね。私も家や寮に閉じ込められて育ったから、その気持ちはわかるわ──」

 

 けれど、と表情を真剣にして言葉を続ける。

 

「おじさまたちはきっと、貴女がとても大切なのよ。だから大事にし過ぎてしまうのね。そんな素晴らしい方々を、あまり心配させるものではないわ」

 

「……うん」

 

 少女は俯き、反省するように言葉を漏らす。それを見て、飛鳥はにこりと笑った。

 

「そうやって、すぐに反省できるくらい良い子なら、がんばって説得すればきっと遊びに連れて行ってもらえる筈よ」

 

「──本当!?」

 

 目を輝かせ、ぱっと顔を上げる少女がおかしかったのか、飛鳥はふふ、と笑う。

 

「ええ、本当よ。……そういうわけで、これからこの子を送って行こうと思うんだけど──」

 

「ま、いいんじゃねえのか?」

 

「うん、構わないよ」

 

 十六夜と耀も特に異論は無く、快諾する。しかし少女は残念そうに俯き、屋台を名残惜しそうに見つめた。それを見て、耀は急に独り言を呟く。

 

「──でも、私たちこの辺の地理にあまり詳しくないし、迷ってしまうかも」

 

 飛鳥は不思議そうに首を傾げるが、十六夜はピンと来たように言葉を繋げる。

 

「そうだなー。あちこち面白そうな場所を歩き回って、腹が減るかもしれないな。その時は適当になんか買って食うけど、俺らだけ食うのも決まりが悪いしなー」

 

 十六夜のその言葉に、ようやくその裏を悟った飛鳥も、それに乗る。

 

「そうね。だからその時は貴女にも渡すけど、食べ切れなかったらごめんなさいね」

 

 悪戯っぽく笑う十六夜たちに、少女は彼らの言いたいことを理解して満面の笑みを浮かべる。

 

「──うん、ありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 

    *

 

 

「──なるほど、そういう事情があったのですね」

 

 髪を緋色に染めた黒ウサギが十六夜たちに追いつき、見知らぬ少女を連れていた事情を聞いていた。

 

『春日部が迷子の子供の声を察知してな。見捨てるのも目覚めが悪いし、つい来ちまった』

 

 真っ赤な嘘であるが、当の本人である少女は飛鳥に買ってもらったクッキーを頬張っていて、話を聞いていなかった。素直な黒ウサギはあっさりと騙され、感涙する。

 

「なんとお優しいのでしょう! この黒ウサギ、感動いたしました!」

 

『チョロいな』

 

 十六夜たちの心は一つになった。

 

 そしてその瞬間、どこからともなくグゥ、と音が鳴る。一同が視線を移すと、黒ウサギの頬が紅潮した。

 

「……黒ウサギ、はしたない」

 

「しょ、しょうがないでございましょう!? 皆さんと一緒にお昼を食べようと、朝から一人で寂しく働いていたのですから!」

 

 黒ウサギは涙目で反論する。あー、と十六夜たちは納得するが、反省はしない。そこへ、少女が黒ウサギへ手に持っていた残りのクッキーを差し出す。

 

「──はい、お姉ちゃん!」

 

「えっ? で、でも、これは貴女の……」

 

 子供の分を取るわけには、と戸惑う黒ウサギだが、少女はお腹空いたんでしょ? と笑ってクッキーを手渡した。

 

「もうお腹いっぱいになっちゃったから、あげる!」

 

「……はい、ありがたく頂きます!」

 

 黒ウサギは少女の思いやりを受け取り、嬉しそうに笑った。十六夜たちは苦笑してその光景を眺める。

 

 そしてシンは、十六夜たちの捜索に協力する為、黒ウサギについて来ていた。一同の最後尾にいるシンは少女の姿を見て、あることに気が付く。

 

──この少女、確か……。

 

 そう思慮に耽るシン。

 

 少女の案内で泊まっていたという宿屋に向かう途中、一同の前に奇妙な男が立ち塞がった。細長い体躯に皺一つない礼服を着込み、マフラーのついた頭巾の上にシルクハットを被っている。そして宝石のついたステッキを持ち、一見すると一昔前の紳士のようだった。

 

 身構える一同だが、男は優しい口調で少女に話し掛ける。

 

「──やっと見つけた。あまり心配させないでおくれ」

 

「──あっ! おじさん!」

 

 少女は表情をパッと輝かせるが、自分が勝手に外に飛び出したことを思い出し、踏鞴を踏む。男は全てわかっている、と言うように首を振って両腕を広げる。

 

「いいんだ。私たちも君の気持ちを考えてあげられなかったからね。おあいこだ」

 

「うん、ごめんね。おじさん……」

 

 とてて、と走り寄った少女は男に抱き着き、男も優しく受け止めて抱き返す。慈しむように少女の頭を暫く撫でると、姿勢を正して十六夜たちに一礼する。

 

「この子の相手をしてくれて、誠に感謝する。是非礼をさせて頂きたい──」

 

「──オイオイ、俺たちはただ、散策の道連れにしただけさ。感謝されるようなことはしちゃいない」

 

 十六夜たちはそう言うが、男は納得がいかないと言うように顎に手を当てる。

 

「謙遜は美徳だが……それで何もしないのではこの私の名が廃る。そうだな……」

 

 思索する男は見上げた視線を下ろして行くと、黒ウサギを見てふと止まる。

 

「──それではこうしよう。君たち、私とギフトゲームをしないかね?」

 

 良いことを思いついたとばかりに男は指を立てる。十六夜はへぇ、と面白そうに笑い、飛鳥と耀は顔を見合わせて悪戯っぽく笑う。シンはそれを温度の無い視線で見つめている。

 

「何、そう難しいゲームではない。君たちが勝てば素敵なものを差し上げよう。君たちが負けたら、そうだな……この子の遊び相手にでもなってもらうとするか」

 

「おいおい、そんな簡単なことでいいのか?」

 

 少女の頭を撫でる男に、十六夜はニヤリと笑う。だが男も薄く微笑み、十六夜を挑発する。

 

「この子の事を甘く見ない方がいいぞ、少年。それとも、ペナルティが案外楽そうで安心したかね?」

 

 だから安心して負けられるのかね、と言外に問う男に、むっと眉を顰める十六夜たち。ここまで言われては問題児が廃る。十六夜たちは既にやる気満々である。

 

「そのゲーム、受けて立つ! ……いいよな? 黒ウサギ」

 

「まぁ、お礼の代わりでしたら心配するようなこともありませんか。早めに終わらせて、本拠の片付けを手伝ってくださいよ?」

 

「ええ、任せておいて」

 

 黒ウサギも異論は無い様子だった。だが、シンだけは無言で男を見つめている。男は微笑し、恭しく頭を下げた。

 

「何も心配することは御座いませんよ。ただの余興であります故、貴方様の邪魔になるようなことは致しませんとも……」

 

 そう言われたシンは暫し男を睨みつけていたが、やがて受け入れたように目を瞑る。その一連のやり取りを不思議そうに眺めていた黒ウサギだが、目の前に〝契約書類(ギアスロール)〟が出現したことでそちらに集中する。

 

「では、皆様方。内容に問題なければ署名を──」

 

 契約書類を手渡された十六夜たちは、碌に中身を読まずにスパッと署名して、黒ウサギにハリセンで叩かれた。

 

「コラーッ! ちゃんとお読みください! 不利なことが書かれている場合もあるのですよ!」

 

「不利だろうが有利だろうが、受けることに決めてるんだ。始まってから確認した方が面白い!」

 

 そう言い放つ十六夜に、お馬鹿様! と再びハリセンを振り下ろす黒ウサギ。それを見て、男はおかしそうに笑う。

 

「ははは……威勢のいい子たちだ。だが──」

 

 男はステッキを掲げると──勢い良く振り下ろす。すると、空間がガラスのように砕け散った。一同の視界を暗闇が包んでいき、次々と意識が途切れていく。

 

 

「──甘く見ていると、後悔するかもしれないよ?」

 

 

 最後に一瞬だけ見えた男の顔は、まるで──悪魔のように、邪悪に染まっていたような気がした。




ちょっと長くなってしまったので、続きは近いうちに投稿いたします。
外伝よりも本編に集中するべきなのですが、つい筆が乗ってしまいました。

男の衣装の元ネタが分かる方は、二章以降で登場するかもしれないキャラクターを推測できると思いますが、どうか秘密にしていてくださいね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。