26745外門・〝ペルセウス〟本拠、その謁見の間にて両陣営は向かい合う。ルイオスは終始にやけており、黒ウサギが手に入ることを疑ってもいない様子だった。それを無視し、黒ウサギは切り出す。
「我々〝ノーネーム〟は、〝ペルセウス〟に決闘を申し込みます」
「──はぁ?」
呆れ果てたように、拍子抜けしたように声を漏らすルイオスだったが、黒ウサギが目の前で大風呂敷を広げると、顔色を変えた。風呂敷から転がり出た二つの宝玉を見て、側で控えていた側近たちも目をひん剥いて驚く。
「大タコの方が面白そうだったからそっちにしたけど、そこそこだったな。あれじゃヘビの方がマシだ」
十六夜は拍子抜けだったぜ、と首を竦ませる。〝グライアイ〟の方を受け持ったシンは何の感慨もなかったかのように無表情を貫いていた。
ルイオスは盛大に舌打ちをし、己の失態を棚に上げて不快感を露わにする。黒ウサギはそれを睨みつけ、宣戦布告する。
「これは挑戦者を求めて貴方がたが用意したゲーム。まさか尻尾を巻いて逃げる、なんてことはありませんよね?」
「──ハッ、いいさ。相手してやるよ」
青筋を浮かべ、華美な外套を翻して憤るルイオス。
「名無し風情が……身の程を知らせてやるよ。二度と逆らう気が無くなるぐらい、
*
〝
ゲーム内容はペルセウスの伝説に倣った暗殺だ。ルイオスは最奥に構え、ジンを連れてそれを打倒すればクリアとなる。ただし、挑戦者である十六夜たちはルイオスを除いた相手側の人間に姿を見られれば失格となり、ルイオスに対する挑戦資格を失う。資格を失うのみで、ジン以外が失格してもゲームは続行することができる。
「伝説のペルセウスとは違い、黒ウサギたちは不可視のギフトを持っておりません。綿密な作戦が必要です」
本来ならば百人程度、最低でも十人単位で挑むゲームであり、その十人にも満たない一同には数で押す戦法は取れない。
「大きく分けて三つの役割が必要になるわね。まず、ジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。次に見えない敵を感知する索敵の役割。最後に、失格覚悟で囮と露払いをする役割、ね」
「春日部は鼻が利くし、耳も眼もいい。あと間薙も霊的だか何だかで感知できるだろ? 不可視の敵は任せたぜ」
シンと耀はその提案に頷いた。それに黒ウサギが続く。
「黒ウサギは審判としてしかゲームに参加することができません。ですからゲームマスターを倒す役割は、十六夜さんにお任せします」
「ああ、任されたぜ。だが、今回間薙に本気を見せてもらうって約束してるからな。出来るだけお前も見つかるなよな」
シンは頷き、黒ウサギはいつの間に、と目をパチクリしている。他の役割が埋まり、己の役割を悟った飛鳥が不満そうに声を漏らす。
「あら、じゃあ私は囮と露払いなのかしら?」
「悪いなお嬢様──」
飛鳥のギフトは不特定多数を相手する方が向いており、その他の役割には向かないことは飛鳥自身も理解している。黒ウサギに、霊格の差からルイオスへ支配は通じないだろうと言う予測も告げられている。勝利を確実にするためには、それぞれが最適な役割を果たすべきだとわかってはいるが、それでも不満を隠せなかった。
「……それでも、確実に勝てるとは限りません。ルイオスさん自身の力は然程でもないですが、問題は彼が所持しているギフト──」
「──隷属させた、元・魔王様、だろ?」
「そう、元・魔王──へ?」
十六夜の補足に言葉を失う黒ウサギ。それをさておき素知らぬ顔で説明を引き継ぐ十六夜。
「もしペルセウスの神話通りなら、ゴーゴンの生首がこの世界にある筈がない──」
神話においてゴーゴンの生首は戦神に献上されており、それにも関わらず石化のギフトを所持している。十六夜は〝ペルセウス〟は星座として招かれており、ルイオスが意味深に弄っていた首飾りを、ゴーゴンの首に位置する恒星〝アルゴル〟として隷属させている悪魔──それも魔王と推測したのである。
そして信じられないようなものを見る目で驚愕する黒ウサギが、その推測の正しさを物語っていた。十六夜は箱庭の星々の秘密に気が付き、独自に調査してその真実にたどり着くと言う偉業を成し遂げていた。
ちなみにシンは全く気が付いていなかった。興味がなかったこともあるが、人間だった頃は勉強熱心でもなくパッとしない成績で、悪魔になってからは仲魔のルーツをある程度把握している程度で、星座までは調べていなかったからだ。シンはパワーだけでなく頭も回る十六夜に、密かに感心していた。
「もしかして十六夜さんってば、意外に知能派でございます?」
「何を今更。俺は生粋の知能派だぜ? その証拠にこの門をノブを持たずに開けてやるよ」
そう言いながら、門の前に立つ十六夜。そしてそれを冷ややかな目で見つめる黒ウサギ。彼女だけでなく、一同はこの後に起こることが予測できていた。
「……十六夜さん、まさかとは思いますが」
「ヤハハ、そのまさかだぜ──
轟音と共に、宮殿の門は蹴り破られた。
ギフトゲーム〝FAIRYTALE in PERSEUS〟──開幕。
*
正門の階段前広場は、飛鳥が振るうギフト──水樹によって水浸しになり、大混戦に陥っていた。逃げ回ることをよしとせず、かと言っていちいち支配しては切りが無いし華も無い。そこで、急なゲームで私財があちこちに残っているのを見た飛鳥は相手側が無視できないように、白亜の宮殿を破壊することにしたのだ。
襲い来る騎士たちを水流や水柱をぶつけて撃退して行く。お陰で、不可視のギフトを持たない騎士達はここで足止めすることができた。囮と露払いを見事にこなしている。
一方、十六夜たちは息を潜めて状況を伺っていた。シンと耀が索敵を行い、音も無く襲いかかり、騎士の一人を気絶させて不可視のギフトを奪うことに成功する。
「最低でも御チビと合わせてあと一つ──俺か間薙の分が欲しいところだが」
ジンの安全を確保するのが最も無難だが、ジンに元・魔王と戦える力がない以上、ルイオスと戦う者がどうしても一人必要だ。しかし欲をかいて仕損じては意味が無い。そのため十六夜は作戦を変更することにする。ギフトは自分が被り、耀を囮に不可視の相手を倒し、シンにはジンの護衛を頼んだ。
「悪いな、いいこと取りみたいで──」
珍しく十六夜が仲間に感謝するようなことを言った。耀は気にしないで、と首を振り、勝機を得るために挑戦権を捨てることを選択する。
「間薙、御チビのことは頼んだぞ」
シンはゆっくり頷くと、ジンを抱きかかえて姿を消した。気配も完全に消え失せ、不可視のギフト要らずだな、と十六夜は面白そうに呟く。
そして耀は囮として宮殿を駆け回り始める。それにまんまと釣られた騎士達を、十六夜は次から次へと殴り飛ばし、蹴散らして行った。走りながら耀は残りの騎士たちを索敵するが、突如なんの前触れもなく衝撃を受け、壁に叩きつけられる。
「わ……!?」
肺を強く打ったのか辛そうに咳き込む耀を抱え上げ、十六夜は一時撤退を試みる。だが姿の見えている耀を抱え上げたことで位置を把握され、十六夜もまた不可視の敵からの攻撃を受けた。
──まさか、レプリカじゃなく本物を使ってる奴が……!?
十六夜は耀ですら全く感知できない敵に、最も忌避しなければならない敵が現れたことを察する。兜が外れそうになり、痛烈に舌打ちしながら手当たり次第殴りつけようと考えるが、耀が呼び止めた。
「見えない敵を感知する方法は……ある」
十六夜は耀の指示に従い、殴りかかってきた騎士を一旦遠ざけると、西側の回廊を真っ直ぐ進み、回廊端の隅に耀を下ろす。
「次に、私が合図したら攻撃して」
そう言って、耀は目を閉じて集中し始める。直後、十六夜は音波を感じ取った。耀はイルカや蝙蝠の友から得た音波を操る術で、物理的には消えることができない敵を感知しようとしているのだ。そしてそれは成功し、突進を仕掛けてきた敵を見事に捉える。
「──左方向、今すぐ!」
耀が叫び、十六夜がすかさずその方向へ拳を叩き込む。鎧を砕くような強固な手応えを感じ取り、うめき声が上がった場所に飛びかかると兜を剥ぐ。
「見事──」
騎士──ルイオスの側近であったその男は、真っ向から一撃で己を打ち破った十六夜たちを賞賛すると、意識を失い崩れ落ちた。
*
その後、十六夜はシンたちと合流する。途中、運良く不可視のギフトをもう一つ手に入れ、三人は難なく宮殿の最奥、最上階に着くことができた。闘技場のようなそこでは黒ウサギが待っており、上空には翼の生えたロングブーツを履いたルイオスが浮かんでいた。
「ふん、本当に使えない奴ら──」
己の失態で、準備も整う間も無く決闘に参加させられた部下のことを慮るつもりは無いらしい。それどころか部下の失態を論い、粛清するとまで息巻いている。十六夜は同情するように肩を竦ませて笑った。ルイオスはやる気なさげに、定型文を言葉にする。
「何はともあれ──ようこそ宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう……だったかな」
ルイオスは〝ゴーゴンの首〟の紋が入ったギフトカードを取り出し、光と共に燃え盛る炎の弓を取り出す。更に壁の上まで飛び上がり、首のチョーカーを外してその装飾を掲げる。ルイオスは油断していても慢心はしていない。わざわざ〝ペルセウス〟が敗北するようなリスクを背負う真似はしなかった。
ルイオスが掲げたギフトが光り輝き、まるで星のように瞬きながらその封印を解いていく。十六夜はジンを背に庇い、構えた。シンはいつものように仁王立ちしたまま、その光を眺めている。
そして、ルイオスは獰猛な表情で叫ぶ。
「目覚めろ──〝アルゴールの魔王〟!!」
光は褐色に染まり、宮殿を──いや、この世界全てを満たした。
「ra……Ra、GEEEEEEYAAAAAAaaaaaaaa!!!」
白亜の宮殿に共鳴するかのような、甲高い不協和音が響き渡る。現れたのは身体中に拘束具と捕縛ベルトを巻き、乱れ切った灰色の髪をした女だった。女は両腕を拘束するベルトを引きちぎり、髪を逆立て半身を反らせてさらなる絶叫を上げる。
「な、なんて絶叫を……」
堪らず黒ウサギはウサ耳を塞ぐが、
「──避けろ、黒ウサギ!!」
え、と硬直する黒ウサギ。シンは黒ウサギを、十六夜はジンを抱きかかえるように飛び退いた──その直後、先ほどまで一同が居た場所に巨大な岩塊が落下してきた。それだけではなく次から次へと落ちてきて、十六夜たちはそれを避け続ける。それを見ながらルイオスは嘲笑う。
落ちてきたそれは、石化した雲だった。先ほど放たれた光がこの世界に浮かぶ全ての雲を石化させ、重力に従い落下してきたのだ。
「星霊・アルゴール……!」
黒ウサギはその力の強大さに戦慄する。ペルセウス座の〝ゴーゴンの首〟に位置する恒星〝アルゴル〟──その名を背負う大悪魔。箱庭最強種の一角、〝星霊〟がルイオスの切り札だった。
石化したのは雲だけではなく、恐らくルイオスの部下は疎か、飛鳥や耀まで石化してしまっているだろう。この場にいる者たちが石化していないのは、ルイオスの遊び心によるものだった。
不敵に笑うルイオス。それを他所に、十六夜はジンと内緒話をしている。何事かを話すとジンを下がらせ、真価を見定めようとする真摯な視線を受けながら、十六夜は前に出た。
シンは黒ウサギから離れ、己も前に出ようとする。その背に向かって黒ウサギは声をかける。
「シンさん、十六夜さんと約束があるそうですが……無理はしないでくださいね」
飛鳥たちと共にガルドを倒し、〝グライアイ〟すらも単独で撃破したならば、その身は十六夜に負けず劣らずの規格外なのだろう。黒ウサギも薄々とシンが秘めている強大な力に気が付きつつある。だが、それでも仲間を心配しないなんてことはない。力になれない悔しさを押し殺し、黒ウサギはシンを見送った。
シンは顔だけ振り返って一瞬黒ウサギを見ると、視線をまた魔王に戻した。
「さ、それじゃ準備はいいかよゲームマスター!」
十六夜は軽薄そうに笑い、宣戦布告する。
「うちの坊ちゃんが手を出すまでもねぇ。オマエ如き、俺ら二人で十分すぎるくらいだぜ!」
「──名無し風情が、後悔するがいいッ!!」
侮辱されたと感じたルイオスと、その命に従ったアルゴールが、叫びながら各々の翼を広げ突進する。ルイオスはアルゴールの陰に隠れながら炎の矢を引き、二つの炎の矢が十六夜とシンの両者に襲いかかる。
「──喝ッ!!」
十六夜はそれを気合い一喝で弾き飛ばす。そしてシンは──
「やはり効かないか……!」
何の防御も取らずその身に受けると、炎の矢はシンに何の影響も与えることなくパシン、と消し飛んだ。
ルイオスは、シンが石化の光を無効化したこと自体は報告を受けて知っている。それにどちらも〝
「金髪の方を押さえつけろ、アルゴール!」
「RaAAaaa! LaAAAA!!」
ルイオスは空を駆けて十六夜たちを挟みこみ、アルゴールに十六夜を押さえさせようとした。己は鎌を振るい、シンに斬りかかる。
──まずはこいつから潰す!
ルイオスが把握している限りでは、石化の光と炎の矢が無効化されている。恐らく呪いやエネルギー系の攻撃を無効化するギフトなのだろうと当たりをつけ、〝星霊殺し〟のギフトを付与されているハルパーならば、まさか無効化されまいと鎌を振るい──
「──な!?」
その刃は、シンの肌で止まっていた。身動ぎもせず、構えもせず、ハルパーをその身に受けてつまらない物を見るような視線を寄越している。呪いは弾かれ、炎は消し飛び、物理攻撃さえ通じないシンに、そんなギフトはありえないと一瞬呆然としてしまう。
──轟音が響く。そして悲鳴。
我に返ったルイオスがアルゴールの方を見ると、十六夜に捩じ伏せられ腹部を何度も踏みつけられているアルゴールの姿があった。一方には一切の攻撃が通じず、一方は元とはいえ魔王を軽くあしらっている。ルイオスはシンに突き付けたままだったハルパーを慌てて戻し、空を駆けて距離を取る。
「き……貴様ら、本当に人間か──!?」
神格も持たず、〝星霊〟を力でねじ伏せ、神話のギフトをその身に通さぬ人間を目の当たりにし、ルイオスは狼狽して叫ぶ。十六夜はその疑問に答えようと、ギフトカードを取り出した。
「ギフトネーム・〝
それに続いて、シンも静かに呟く。
「ギフトネーム・〝
意外そうな目で、シンを横目に見る十六夜。わざわざ自己紹介するなどどんな心境の変化があったのかと思うも、続く言葉を聞いて理解する。
「──そして、人間ではない」
それを聞いて、十六夜は疑問に思うよりも納得した。他人をムシケラとでも思っているかのような熱のない視線や、まるで容赦のない性格を知っていれば誰でも納得するだろう。だが、続く言葉には流石の十六夜も驚愕する。
「俺は人修羅──魔王の〝恩恵〟を受け、生み出された悪魔」
*
「──ほう、なるほどのぉ」
和室に置かれた遠見のギフトを眺めながら、白髪の少女は呑気な口調とは裏腹に、熱の無い壮絶な視線でシンを見つめていた。