冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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嚆矢
-Beginning nightmare-


 

 思い返してみれば、親父、“衛宮 切嗣”という男はどこか変な男だった。

 

 変な、といえば漠然としているのかもしれないが、それ以外に表現する言葉を持ち合わせていないので他に言いようがない。

 

 初めにあったのは白い病室のベットの上だった。

 

 今から十年前、冬木を二分した片方、新都と呼ばれる一角で大きな“火災”が起きた。今でこそ大きな公園として形を保っているが、当時はテロや爆発事故、その他にオカルトな祟りだのと様々な憶測が飛び交い、茶の間の話題には事欠かなかったらしい。

 

 そして、件の事件唯一の生き残りが当時小学生だった少年、つまりは自分だ。

 

 たった一人の生存者という事で、当然親がいる筈もなく、今では記憶もあやふやだが親類との関係がよくなかったのか、病院に缶詰状態だった自分に見舞いに来る人間もいなかった。来たとしてもそれは事情聴取と心配して経過を見に来てくれた当時事件を担当していた警官と、話題欲しさに一般人を装ってくるフリーのジャーナリストであり、病院側の配慮で直ぐに面会謝絶になったが。

 

 ともあれ、そうした経緯で自分がいた病室に人が来ることはほとんどなかった。怪我らしい怪我はあらかた完治しているというのに、世間体か事情は分からないが、依然入院状態だったある日、二人の男が面会に来たのだ。

 

 片方は冬木の土地で古くからの名家であり、宝石商を営んでいる“遠坂 時臣”。

 そして、今では養父であり、衛宮の名をもらった“衛宮 切嗣”。

 

 この日、俺は自らを“魔法使い”と名乗る二人の男と出会った。

 

 

 

「夢、かよ」

 

 また懐かしい夢を最近見るなとひとりごちた。

 昔の記憶は、正確には災害にあった当初の記憶は良く覚えていない。白状とも取れるのだろうが、正直、実の親の顔もあやふやだ。なので、今見た夢、昨日見た災害当時の記憶が自分の中で鮮明に残る一番古い光景で、物が物だけに強烈なのは言うまでもないと思う。

 

 しかし、災害当初の記憶と違い、切嗣達と出会った思い出は紛れもなく自分の中では得難いもので、寝起きはそれほど悪くはなかった。

 

「ん? 俺、客間で寝てた、か?」

 

 なので意識が覚醒してから周囲を認識するのに齟齬はなく、自分が今寝ていた場所が自室ではないという事を把握するのに時間はかからない。加えて、

 

「――っ」

 

 身体を思い出したかのように襲った激痛と、筋肉痛という言葉が可愛く思えるような倦怠感、言い方を変えれば酷く怠かった。

 その痛みから、自身が見知らぬ女に襲撃され、殺されかけたという非現実的な出来事が脳裏を駆け巡った。

 あれからどれだけの時間が経っていたのか、一夜明けただけなのか、いや、あれだけの怪我を負っていながら一日ですんだのかなどと思考が一向に落ち着かない。

 などと、あまりの痛みに起き上がりかけた体が行為を拒絶するように倒れていると、

 

「起きられましたか」

 

 部屋の襖が開き、その間から二、三日来られないと言っていたはずの舞弥が顔を覗かせた。

 

 何故ここにいるのか、今日が、今がいつなのか、あれからこの家はどうなったのか、そもそもあの時襲撃者を屠った女はどうなったのか。思わず頭の中に浮かんだ疑問を口にしようとして、再度体勢を崩して布団の上に崩れる。そんな自分を見た舞弥が上半身を助け起こし、飲み物は飲めるかとコップに入ってた水を差しだしてくれた。

 

 意識を確認する為か、ここ最近の事を訪ねてくる彼女の質問にゆっくりと答える。と、問題ないと判断したのか、頷いき痛み止めだと差し出してきた錠剤を疑う事無く、自分は水と一緒に呑込むと、不思議と気だるかった身体が軽くなった。

 

「わるい。俺にも何が何だか……そうだ、舞弥さん。今日は何日」

 

「蓮、落ち着いて聞いてください」

 

 急に居住まいをただし、神妙な顔つきで改まる彼女の雰囲気は有無を言わせないものがある。もともと顔立ちが整っていたことも相まって、対面するこちらいう事をきかない体に悪戦苦闘しつつも背筋を伸ばした。

 

「まず、蓮は私が発見した夜から二日間寝込んだままでした。状況から察するに、今現状を受け止めるのは困難だと思いますが、逃避してても現実は変わりません。順を追って説明していくので――」

 

「マイヤ、レンは起きましたか」

 

 襖の向こうからひょっこりと金色のアホ毛を揺らしながら顔を出したのは、昨日襲撃者を見事に返り討ちにした碧眼の女。名をセイバーと名乗ったその人が当たり前のように、自然体に我が家に上がっていた。

 

「あ」

 

 口からこぼれた間抜けな声。

 続き、反射で大声で指さした自分は悪くない。悪くないたらない。

 そもそも、目の前で襲撃してきた不法侵入者とはいえ、問答無用で刺し殺しているような人間が、普段着を着て何食わぬ顔をしている方がおかしい。

 だからか、指を指すのは失礼ですなどと口をとがらせている彼女に、黙れ馬鹿などと、低レベルな言い合いが始まってしまう。突然混入した非現実の象徴のような存在を受け入れがたかったのか、単に寝起きで襲った痛みにささくれ立っていたのか、稚拙な口喧嘩は中々終息する様子を見せなかった。

 

「だから隣室に居てくれと言っておいたのですが」

 

 そんな中、言い争う二人の傍で、舞弥が一人ため息をついていたような気がした。

 

 

 

 

 

 事態がようやく落ち着き、場所を寝ていた部屋から隣に位置する部屋に移り、ごく自然にお茶を入れてきた舞弥からそれを受け取って腰を落ち着けた。

 その頃には、というよりかは先程口論している際には気が付かなかったが、身体の痛みはそのほとんどが収まっていた。察するに先程舞弥から渡された薬の効能だと思われる。が、信用しているとはいえ、こうまで効き目が強いと、その成分に幾らか不安も出てしまう。

 

 そして、改めて湯呑に入っていたお茶を一口咽を通し、わきの台に置いたのを見計らい、向かい合う形で座っていたセイバーがゆっくりと事の経緯を語ってくれた。

 

 先日の襲撃者、突然の死の宣告。

 自分が巻き込まれたトラブルの名称は、曰く“聖杯戦争”と名のついた“魔術師”同士による殺し合いだった。

 

 “聖杯戦争”

 

 それは、かつて冬木の名家であり、土地の管理者(セカンドオーナー)であった遠坂を初めとする三つの家の魔術師によって作られた“奇跡を現実とする為の儀式”。

 奇跡と言っても形、願望、思想など、望まれる姿は多岐にわたれど、魔術師である彼等の望みとは一つ。

 

 つまり、“根源”への到達だ。

 

 この世の何処かにあるとされる場所。

 

 曰く、全ての始まりであり、終わりたどり着く場所。

 曰く、この世の全てを記録した場所。

 故にそこに至り、記録を引き出せたとしたならば、この世のありとあらゆるものが作り出せるという事。いうなれば人の身にして神の領域へと至る試みだ。

 それは一般的な魔術師であれば誰もが望み、手段は違えど目指すもの。

 

 そして、件の三人、後に“始まりの御三家”と呼ばれる彼らが起こした“奇跡”は良くも悪くも優秀過ぎた。全能たる“根源”への道を穿つための手段、奇跡を可能とする為に選んだのは、奇跡を起こす為に“奇跡の器”を作り出す事だった。

 “奇跡の器”、つまりは“聖杯”。

 聖人の生き血を受けた器や、最後の晩餐に使われた杯など諸説あるが、彼等が望んだのは“万能の釜”。大願である“根源”へ至るだけの魔力を秘めた器であり、結果として、彼等はその望みどおりの器を創り出してしまった。

 だが、問題として、その使用者、万能の願望器たる“聖杯”はたった一人しか使えないという欠陥を抱えていたのだ。

 そうなれば、如何にこれまで大願の為に協力していた三家の間にも亀裂が入った。聖杯戦争、その前身だ。

 

 そして、一度目が有耶無耶の睨み合いのまま機を逸し、二回目で聖杯戦争のシステム、ルールを形作るも一回目と同じく失敗に終わっている。

 

 その中で、魔術師達の闘争を代理する形で請け負う存在、“サーヴァント召喚”がシステムとして組み込まれた。これもまた程度としては常識外れの仕様だ。“サーヴァント”とはその名の通り召使、或いは使い魔を指すが、この聖杯戦争で呼ばれるのは、過去、現在、未来における英雄と呼ばれた者の魂を、聖杯が用意した“クラス”という器に注いで現界するというものだった。

 

 用意されたクラスは七つ。

 

 剣の英霊、セイバー。

 槍の英霊、ランサー。

 弓の英霊、アーチャー。

 騎兵の英霊、ライダー。

 狂乱の英霊、バーサーカー。

 魔術師の英霊、キャスター。

 暗殺者の英霊、アサシン。

 

 いずれもその時代における豪傑達であり、たった一騎であったとしても、それは単騎で軍隊に匹敵しうる力と神秘を備えた英霊。それほどの存在のぶつかり合いともなれば、数に対して規模が“戦争”の名を冠するのもうなずける話。

 そしてクラスが七つという事は参加者である魔術師、マスターと呼ばれる者達も七人。

 魔術師であるか、魔術回路を備えた人間。そして聖杯に臨むにたる願いを持った者を聖杯が選び出す。

 

 つまり、 

 

「……オーケーオーケー。聖杯戦争? 50年に一度の筈が異例の開催? で、あんたが件のサーヴァントで、英霊様でセイバーだと。そこまでは分かった」

 

 魔術師である切嗣という親を持ち、彼に指示していた自分は確かにその参加資格である魔術回路を備えた魔術師であるのは理解した。正直馬鹿騒ぎにしか思えない戦いに知らず巻き込まれていたのは業腹だが、マスターの証であるという右手に宿った痣、三画の“令呪”がそれだと言われては覆しようがなかった。思えば、襲撃してきたアサシンが態度を変えたのは“令呪”を隠していた包帯を見てからだった事からも、反論する材料には乏しかった。

 付け加えるなら、あの時虚空から見慣れない剣を取り出していたというファンタジー前回な現象を目の前にすれば疑う方が難しい。試しに剣はどうしたのかとセイバーに問うてみれば、

 

「ああ、アレはですね」

 

 と、ちょっと得意げな顔をして、一つ聞きなれない単語を唱えたかと思えば、虚空より、あの夜の再現であるかのように彼女の手には白銀の剣が小さな青白い光と共に出現していた。

 

「ちょ、バカかお前いや馬鹿なんだなそうだろ! 真昼間からそんな物騒なモンホイホイ出すやつがあるかっ」

 

「なっ、そもそもこれは貴方が」

 

 やかましいと、その手に持った真剣に怯まず脳天に手刀を叩き込んでやるも、相手も怯む事無く噛みついてくる。一応、その手にもった剣で刃物による物理的威圧することはなかったが、普通に考えて銃刀法違反の存在する現代で抜身の剣を晒されて動揺しない方がどうかしている。

 決して刃物が苦手だとか、先端の鋭いものが不得手だとかいう理由ではない、決して。

 

 そうして三度目の子供のような言い合いに舞弥が仲裁する事しばらく、ようやく落ち着いた頃。この頃にはセイバーがいう“聖杯戦争”の成り立ち、その仕組みについては幾分理解はした。そういうものがあるのだと魔術師という人種がいる以上、そんな方法を考え付く者がいるのだろうという事も、まあ、分からなくはない。

 そう、解らなくはないが――

 

「わかった―――がなオイ、ちょっとまて。お前が言う聖杯戦争とやらはまだ始まっていないのに、なんで俺の家がこんなめちゃくちゃになってるんだよ!!」

 

 アサシン襲撃から、舞弥の言葉通りなら二日目の朝、衛宮邸の外観はほぼ半壊という局所的な災害に見舞われたような有様だった。

 

「それは、確かに間に合わなかったのは不徳の致すところですが」

 

 あの場合は精一杯だと弁明するセイバー。だが、自分は意識の失う時までの記憶は辛うじて覚えている。というより、考えてみれば被害規模がおかしいのだ。そう、あくまで襲撃者であったアサシンの攻撃手段とは徒手空拳。セイバーと相対して、手甲に鉤爪を装備していたが、その程度で屋根が吹き飛んだり庭が抉れたりはしない。いや、一部的には損壊しそうだが、それでもここでの被害にはならない筈だ。

 

「で、俺の記憶が正しいならだな。アサシンを倒す瞬間、お前結構な光放ってなにかやっただろ」

 

 意識は定かではなかったが、あれほどの光がさしてはなれていない場所で放たれたのだ、嫌でも覚えている。記憶では、光というよりもビームと表現できそうなほど強烈で直線的な閃光だったが。

 

「あれは、そのですね……いや、ほら、何と言いますか、マスターが重症でしたし? 緊急処置と言いますか何と言えば」

 

 よく解った。つまりはギルティ。

 彼や此れやと言い訳をならべるセイバーの頭を思いっきり、アイアンクローの要領で締め上げる。

 

「あイタイ。マスターちょっとこれ痛いです。いやほんと洒落にならないというかイタイっ、ちょ、女性に対してア、暴力反対ィ」

 

「やかましいっ」

 

 女性に対して暴力は見苦しい?

 ああ、その考えには大いに賛同しよう。だが、この件に関しては別だ。何事も最初が肝心であり、今後どうするかの方針はともかく、ぶつかる壁全てにこの外で誇示されたような力技で解決されていけば、その内自分の胃に穴が開く。主にストレスで。

 

「蓮、気持ちは分からなくもないですが、事態が進みません。ここはどうか一度落ちつけてください」

 

「あー……ったく。ホラ」

 

 舞弥に指摘されたようにその手を離すと、素早くこちらから距離を取って恨めしそうに上目でこちらを睨みながら頭を抑えるセイバー。というより、魔術師とはいえ、たかが一般人程度の握力で痛がるコレがサーヴァントなのかと少し不安にもなる……ついでに若干の罪悪感も湧く気がした。

 

「そ、そのですね。ですから、マスターであるレンはこの度、“聖杯戦争”の参加者、七人の一人として選ばれたわけです」

 

 若干涙目のまま居住まいを正す姿に、残念ながら威厳はなかった。彼女の言葉を聞きながら、資格である“令呪”を眺める。

 サーヴァントを召喚する権利を示すもの。そして、呼び出したサーヴァントに対して三回だけの命令権を持つ刻印。

 こうしてみるだけでも確かな魔力を感じるあたり嘘だ妄言だと笑い飛ばすには少々物が重々しい。

 

「聞くだけ無駄だろうけど、拒否権は?」

 

 加えて、魔術師としては未熟者の自分が“解析”しようとしても、かなり高度な魔術刻印であるという事が解るだけで、それを破棄したり誰かに譲渡したりしようにもチンプンカンプンであるという事が分かっただけ。ようは、現状を覆すのは困難であるという事実。

 

「……だろうな」

 

「“聖杯戦争”に参加したマスター達はいずれも己が望みのもって冬木の地にきている筈です。中には、マスターのように突発的な選定によって選ばれるイレギュラーもなくはないですが、これから出会う相手は戦いたくないと言っても見逃してくれる可能性はほぼゼロです」

 

 なので、例え自分が“聖杯”に興味がないと言い張っても、勝者に約束される“万能の願望器”である賞品を求めて集う魔術師達が見逃す保障などどこにもない。

 聖杯を得られるのはマスターだけ。過去の“聖杯戦争”で勝者もなく終わった事があるという話を知っていれば、例え実質無害であろうと、生残る可能性のあるマスターを放逐するのはナンセンスだ。

 

 そして、マスター達が“聖杯”という奇跡の器に願いを託すように、本来一魔術師などに使役できない筈のサーヴァント達がしたがうのには、このどんな願いでも叶える“聖杯”という存在があるからでもある。つまりは、マスター達と同じく、彼彼女等も聖杯に臨む願望があるという事。当たり前であるが、彼女等は意思の無いただの使い魔ではなく、あくまで個々の意思を持った霊魂。

 

「ですから、改めてマスターに重要な事を聞きます」

 

よって、マスターとサーヴァントの組合せにおいて、互いの意思疎通というのは不可欠である。相互理解の得られない組はそれだけで連携に支障をきたす。ならば、まず、魔術師と英霊にとって、互いの願いとは勝利を目指すうえでまず互いに確認しあわなくてはならない必須事項である。

 故に、

 

「貴方が“聖杯”に臨む願いとはなんですか?」

 

 真剣な表情。

 碧色の瞳に一切の嘘偽りは許さないという遊びの無い彼女の視線に貫かれる。

 聖杯による一方的な選定とはいえ、そこには何かしら願いの形があるという彼女の言葉に従い、自己の中で形成されている願望らしきものを掬い上げる。

 

「俺は―――」

 

 

 






 聖杯戦争って、改めて説明しようとすると長い(白目
 という訳で新章突入。そろそろ登場キャラ増やさなきゃ(使命感

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