冬木に綴る超越の謳   作:tonton

4 / 22
-Long long night-

 

 身体がバラバラになりそうとはよく聞く表現だが、実際に目の当たりにすると、その激痛は遅れてやってくるのだと、まるで他人事のように感じていた。なぜなら、こちらに一歩一歩歩いてくる女の姿から古典的な武装、足運び、どれも日常とは無縁である筈の殺意に満ち溢れていたからだ。

 

「――っ、ぁぐ」

 

 殺される。

 脳裏に浮かんだ本能的恐怖と、死んでたまるかという突然の理不尽に対する怒りが思考を埋め尽くし、知らず身体は逃走を選んでいた。

 だがそれも当然の話。ただでさえ得体の知れない襲撃者、それも人一人をほとんど無拍子で数メートルも吹き飛ばす膂力は、人間離れの言葉で片付けるには少々雑にすぎる。本当に咄嗟に、直前に魔術回路を回していたままにしていたことが幸いした。もし訪問者に応対する為、律儀にも回路をオフにしていたとしたら、今頃この体は吹き飛ばされるどころか内臓ごと吹き飛んでいる。

 

「ありゃ、あー……やっぱり黒っぽいか。衛宮の息子は養子、って聞いてたけど。今ので無事ってことは、少なくとも無関係じゃないよね」

 

 ゆっくりとこちらに近づいてきた女は、こちらの負傷ヵ所、腹部を見て得心が言ったのかどこか残念そうな顔をしていた。腹部といっても、正確には来ているTシャツだ。来客とはいえ、深夜に訪れるような不審人物、加えて最近のニュースから予め“強化”の魔術で簡易の鎧としていたのだが、

 

「っ――カ、ァ」

 

 口に上がってきた血の塊を横に吐き出す。

 服は魔術のお陰でズタズタではあるが、辛うじて原形を留めていた。問題は、その鎧を貫通してきた衝撃。痛みを訴える痛覚を無理矢理押しこめ、体内に素早く走らせた“解析”によって肉体の損傷具合を把握する。すると腹部の筋繊維はもとより、内臓が見事にひしゃげていた。本来それらを保護する役割の肋骨にいたっては、直撃していない筈が下の何本かが砕けている。

 恐ろしい事に、たった一撃、それもおそらく大して力を込めていないだろう拳の一撃で、この身体はもう死に体へ変えられていたという衝撃。

 

「ああ、ああ。いったそう。でもまあ、あんた個人に恨みはないし。衛宮 切嗣について知ってる事を教えてくれるっていうなら、これ以上は可哀相だから痛みを感じる事無く一瞬で楽にしてあげるよ」

 

 つまりは、Yesと答えようがNoと言おうが結果は変わらないという事。

 言い方を変えれば、お前は今日ここで死ね。

 唐突に訪れた死の宣告はこちらの都合を酌んでくれるわけもなく、目の前に来た女は膝に手を置いて屈み、ただ答えろと無言の笑みで脅迫してくる。

 だが、

 

「ふざけるなよ、誰がお前みたいな得体の知れない怪力女なんかにっ」

 

 魔術を初めて習った時に覚悟を決めろと言われた事がある。

 

『魔術っていうのはね、常に死と隣り合わせなんだ』

 

 自分の知らない都合で死ぬことも、予期せぬことで命を落とすのも当たり前。死を受け入れ、呑込み凌駕する事、魔術師が最初に教わる心構えの一つだ。故に悪足掻きにもならないと知っていながら、そんな脅しには屈しないと女を睨み上げ、体内の魔術回路を暴走覚悟でフル稼働させた。

 

「あっそう」

 

 瞬間、そんなものに興味はないと、交渉決裂を告げる審判の鉄槌が蹴り上げられた。

 軋む体、罅を通り越して砕けた骨が内臓に突き刺さる。胃に溜まった血が押し上げられた衝撃に空気とともに吐き出される――が、この体は死に体になろうと、まだ魂は死んでいない。

 

「――へぇ」

 

 間一髪、身体の損傷個所にかけた“停滞”で血の流出と神経からくる痛みの伝達を止め、体中が悲鳴を上げるのを無視して横に飛んだ。

 転げるように真横の居間に飛び込んだ姿は無様その物だが、背後で足首から先を壁にめり込ませてこちらを興味深げに振り返った人の姿をした化物を思えば、手段を選んでいる場合でないのは犬でもわかる。

 

「ボウヤ、なかなかいい勘してるよ。正直、そのくらいの歳の子供を手に掛けるのは気が進まなかったんだけど、ちょっと興味でてきたかな」

 

 今のを避けられるとは毛ほども思っていなかったのだろう。

 埋まっていた足先を難なく抜き、その背後で一部が砕け墜ちた壁を気にすることなく、彼女は居間と廊下を仕切る暖簾をくぐって追ってくる。

 その姿は端的にいって舐めている。興味があると言いながら、その目はこちらを取るに足らない存在だと切り捨てたかのように冷めている。いや、その奥にまだ何かできるだろうと試すような、ともすればいまだ値踏みするような目でこちらに無理難題を要求し続けていた。

 

「ほら、ボウヤの健闘に敬意を表して“さーびす”だ。一撃、今からあたしはアンタの顔面を力の限り打ちぬくよ」

 

 構えも単調なら、言葉でも示したとおり、それは単なるテレホンパンチだ。だが、最初の一撃、腹部にもらった拳は認識すらできなかった速度。単純であるが故に、高みへと磨き上げられた一撃は難解であり、驚異だ。

 

「さっきのがまぐれじゃないっていうなら、証明してごらんよ。男の子、だろ!!」

 

 つまり、回避する為に相手の動きを見てから動けたとしてもその時には致命的に出遅れる。相手より早く動けたとしても、早すぎればその動きに合わせられる。

 

「ぁっ、なめる、ナァアアア!!!」

 

 その常人には不可避の一撃を、身体機能を加速させることによって無理矢理限界を超える速度で掻い潜る。細胞の加速、原理は身体能力を“強化”する魔術を応用させた単純なものだが、肉体の制限を無視した行使は当然つけが回ってくる。

 

 筋繊維の幾らかが断線した。

 血管の一部が血液の過剰な供給に耐えかねて破裂している。

 足首の先があらぬ方向に曲がっている。

 

 それら全てが本来行動に支障をきたす欠損で、もし集中が切れて魔術が解けたとしたら、発狂するのではないかと自分の事であるのに関心が薄い。だが、今ここで無抵抗にやられるかもしれないという未来を容認するより遙かにましだ。

 

 繊維が幾らか断線し、足首の関節がいう事を聞かないのを承知で、無理矢理魔力を通して“固定化”する。

 通常のように自由な可動は出来ないが、こけて背を晒すリスクを考えれば安いモノ。痛覚を“停めた”ことでゴムを踏みつけた様な不快感を感じながら、無事な左足を床に付け、力の限り前方に飛ぶ。そしてその勢いのまま、飛んだ先にある板戸を体当たりするようにして吹き飛ばし、縁側の向こうの庭に転がり落ちた。

 

「っ、ガ――ハッァ! クソが、へばるのには早ぇえんだよ。いう事を聞きやがれこのポンコツがっ」

 

 だが動けたのはそこまで、転がり落ちた事によって仰向けになってしまい、一度動きを停めた体はいくら魔力を通して魔術を行使しようとびくともしない。

 

「いやいやいや、寧ろ見ていて痛々しいから。それとも何、もしかして痛いのが好きな性質だったりするわけ?」

 

 そんなわけあるか馬鹿と、力の限り叫び返したかったが、言葉を口にしようとした瞬間横になっていた事で胃から登ってきた血の塊が咽を塞いで盛大にむせた。

 振返らなくても背後に死神である女がそこにいる事が気配でわかる。だがそこに至っても体は意思に反して行動を拒絶し、縁側から一息に飛び降りた女がかたわらに着地した。

 

「実際、よく粘るよねーちょっと感心するよ、ほんと」

 

 すでに敵としても見ていないのか、女は倒れているこちらの下から見上げる視線に合わせて座り込むようにして覗き込んでくる。敵、ですらないのだろうが、殺すと宣言した相手に対して、まるで眼中にないと戦意のまるでない目で見られるというのは、死を覚悟して臨んだこちらに対して侮辱以外の何物でもない。

 

「ねえ、名前は? 君なんていうのさ」

 

 だから、首を傾げて聞いてくる女の言葉を理解して、

 

「――ハ。名前が知りたきゃ聞き出してみろよ、このデカ乳女」

 

 口に溜まった血を吐き飛ばすようにして女の顔にぶつける。目つぶしに等という思惑はない。そもそも、視界を潰せたとしても、既に体は指一本も動かないのだから続く手など考えてもいない。せめて一矢報いて見せるという、単なる意地でしかない。

 

「プハっいいね悪くない。この状況で啖呵きれる男ってのもそうはいないよ。いや実際、今の時代の男連中には辟易してたんだけど」

 

 だが、女はその琴線の何処に触れたのか、怒り散らすどころか高らかに腹を抱えて笑いあげ、目の端に涙を一滴浮かべながら、今度は腰を折ってこちらに顔を近づけてくる。

 

「中々に男前な君のプライドに免じて―― 一発で楽にしてあげるよ」

 

「ぐ、ォッ」

 

 一瞬で変化した笑顔からの能面のような感情の無い表情。折り曲げていた上半身を起こす勢いそのままに、蹴り上げる足によって、首を起点に体が空中へと打ち上げられる。

 既に地面ですら動けなかった身体が、空中などという更に不自由な空間で回避行動など取れるはずもなく、自由落下に従って頭から墜ちていく。

 そして女の視線と自分の視線が交わり、拳を引き絞ったその体が、矢を放つ様に必滅の一撃を見舞う。

 

「じゃあね」

 

 今度こそ避けられない。

 二度奇跡的に回避できた一撃も、三度目は幸運から見放される。

 

 

 

 

 

 意識の断裂を認識して、初めに思ったのはここが死後の世界なのかという達観。

 背に感じる固い感触は嫌にリアルで、結局死んでしまったのかという諦めと、夢を叶えられなかったという後悔の念が湧きあがってくる。

 だが、あの状態で自分に何が出来たというのだろうか。

 確かに、訳も分からず一方的に殺されたというのは納得できない。が、明らかに超常の力を持った存在に、魔術師としても半人前の自分に抗う術など存在しない。

 

 いや――本当にそうだろうか?

 

 自分の深く、根っこの部分で何かが叫んでいる。

 

 

 自分はこんな結末を知らない。

 

 自分はここで潰えていいわけがない。

 

 そんな未来を、認めるものか。

 

“自分がこんな所で死ぬわけがない”

 

 そう心に響いた言葉に従い、手近に感じた鋭い何かに手を伸ばしかけた時――

 

「貴方が、私のマスターですか?」

 

 沈んでいた意識を拾い上げるように、そんな澄んだ声がまるで岸へと引き上げるようにして、覚醒する。

 

 開いた両目が捉えたのは土蔵の天井。自分がいつも鍛練をしている場所。だが、入口より月明りの注ぐその場所で、黒い軍服を身に纏い、その手に白銀の剣を一つ携えていた金髪碧眼の少女は目の前に立っていた。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上しました」

 

「は、ぇ?」

 

 状況の理解しようとして、整理が追い付かなかった。

 まず自分は桜を送り届け、日課である魔術の鍛練中に訪れた訪問者、襲撃者の手により負傷。殴られ飛ばされ、最後の一撃をもって自分は息絶えたはずだ。そうでなければあの冗談のような物語に説明がつかず、それが夢幻でないのは彼女の背後に無残にも吹き飛ばされた土蔵の入口と、自身の身体の節々が訴える激痛を思えば否定する要素は皆無だ。

 そして、いつまでも自分が倒れたまま閉口していた為か、こちらに問うていただろう彼女は周囲を一瞥し、おそらくまだ外にいるだろ襲撃者の方を見やり、表情を険しくした。

 

「……状況を劣勢と判断。事態の鎮圧を最優先します」

 

 貴方はここにいてくださいと短く告げ、一足で土蔵の外へと飛び出していく彼女、曰くセイバー。

 

「え、あちょっ」

 

 その速度は目で追える領域を優に超え、こちらが意図せず反射でかけようとした制止の声が届くはずもなく、次の瞬間には外で金属音がぶつかり合う音が此処まで響いてきた。

 

「――剣を持ったままって銃刀法違反……て、何を言ってるんだ俺は」

 

 そもそも深夜の不審者に拳で男を吹き飛ばす怪力女に、突然半殺しになっている自分。いつの間にか現れた西洋風の容貌をもつ女性、だがこれも仰々しい剣持ちと、今日はとことん思考が死んでいる。いや、思考を殺しに来ているのではないかという程、自分の中で常識という単語が脆くも崩れ去っている気がした。

 

 ともあれ、

 

「よし、なんとかっ」

 

 時間をかけて練り上げた魔力を術式へと丁寧に通す。正直歩くのでさえ気を失いかける程の激痛だ。しかし、こんな閉鎖空間に留まっていたところで状況が改善する筈もなく、座して待つのをよしとしないならと、意識を手放そうとする身体に鞭を打ち、土蔵の入口へと手を掛けた。

 

 すると――

 

「破ァアアア!!」

 

 襲撃者である女と、セイバーと名乗った女が互いの得物をもってぶつかり合い、火花を散らして距離を置いたところだった。

 現代のこの国で文字通り鎬を削る様な命のやり取り等、それこそいつか聞いたようにファンタジー極まりない。だが、こうしてその光と熱に触れればいやでも現実を直視せざるおえなくなる。

 

「……これだけの腕を持ちながら、サーヴァントのいないマスターを積極的に駆り立てて暗殺者(アサシン)の真似事ですか。流派が泣きますよ」

 

「別に、今更そんな事気にする程潔癖じゃないよ。家柄、隠形は得意だし、第一、駄目だってルールはどこにもないじゃん。そもそも下地からしてお宅みたいにな“三騎士”様とは違うんだから、これくらい目をつぶってくれてもいいんじゃない?」

 

「確認するだけ無駄、ですか」

 

 “セイバー”に“アサシン”、その他に流派や隠形、命のやり取りを当たり前のものとして削りあうその感性が肌に合わない。

 いうなればジャンル違いの小説が物語に無理矢理詰め込まれたような、もともとただ学園生活を綴っていた話に突如として混入した異物(二人の女)。顔を出したこちらを気にせず、もしくは気にする余裕すらない程に場が緊迫しているのか。距離を置いたまま、セイバーと名乗った女が剣を握る腕を引き絞り、前にテレビで見たフェンシングに似た構えをとる。

 あまりにも非日常を体現したような光景と渦巻く殺気のぶつかり合い。恐怖が吹き飛ばされたかのように、或いはその境地を白く塗りつぶされた様に、身体は逃げろという本能を無視したまま入口に寄りかかりながら、二人の激突を眺める以外に、出来る事はなかった。

 

 

 

 

 剣を持ったセイバーに対してアサシンと呼ばれた女は終始無手のまま、構えを取られたというのに腕組みをしながら唸っていた。

 

「いやぁしっかし、結構な業物だよねそれ。こりゃ手甲だけじゃキツイかー」

 

「別に、出し惜しみして油断してくれても構いませんよ。その間に、一瞬で終わらせてあげますから」

 

「うっわぁ。どこかで聞いたよその台詞」

 

 取りつく島の無いセイバーの受け答えに、げんなりとした風に肩を落とすアサシン。物言いが真直ぐなセイバーに対して、彼女の言葉使いは砕けたものだ。相性のわるい、というより投げた言葉をバッサリと切り捨てられるような会話。だが、一転、アサシンは何の事はないという風に顔を上げた後、気合を入れ直すようにして肩を大きく回した。

 

「まあ、いっか。うだうだ悩むのは柄じゃない、ってね。こうして“最良のサーヴァント”と当ったのも縁と思って、一つ、腕試しさせてもらおうかな、っと」

 

「まさか、此処から逃げおおせるとでも?」

 

 回した腕を勢いそのまま左の掌に右の拳を打ち付け、空気が割れる音と共に、彼女の戦意が、明確な殺意となった溢れ出す。

 意気揚々といった態だが、対するセイバーはその言葉に心外だという様に、語尾をきつく返答する。だが、それも本来無理からぬ話だ。

 

 聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントの“クラス”は七つ。

 

 その内、セイバーはアサシンの言うとおり“最良のサーヴァント”と言われる様にそのスペックが平均的に高い。

 対して、アサシンとは七つの内のクラスの中でも基本スペックは一、二を争うレベルで低い。むろん、サーヴァントは皆英霊の座に名を連ねた者達であり、最弱といってもただの魔術師程度に後れを取るレベルではない。だがしかし、相手が“最良”とされるセイバーとなれば見劣りしてしまうのは道理だ。

 

「んーできない道理があるの? 寧ろ、私が勝っちゃうかもよ?」

 

 である筈が、相対するアサシンは不敵な笑みを浮かべ、半身になりつつ片方の腕を引き絞り、もう一方の腕の肘を相手に向けるという、武術において珍しい構えを取る。見様によっては弓を引くようにも見えるそれは奇をてらった遊びだという要素はなく、張りつめる空気でそれが彼女本来のスタイルであるのだと明示していた。

 

『今さらに雪降らめやも陽炎の燃ゆる春へと成りにしものを――』

 

 よって、空気に伝播する独特の声法で唱えられた羅列も単なる言の葉ではなく、文字通り言霊となって彼女の雰囲気を、存在をある一つの極致へと押し上げていく。

 

オン・マリシエイソワカ

『 唵・摩利支曳薩婆訶 』

 

 所謂自己暗示の類だが、その効果は通常現れる筈の鋭敏化。感覚や集中力を極限まで研ぎ澄ませるのではなく、何処か彼女の存在を稀薄にさせていた。

 

 見るからに面妖。穏行といったように、奇術の心得があるようだ。がしかし、この手の術は時間を与えれば与える程蜘蛛の巣のようにその制度を上げていく。故に、迷い思案するのは時間の浪費だ。

 

「先手、必勝!!」

 

「っ、はや――!?」

 

 ならばと文字通り空気を引き裂き、彼我の距離を一瞬でつめたのはセイバー。本来、速度においては最速とはいかなくても、その低いステータスの中でも速さにおいては上位に食い込むアサシン。そのお株を完全に奪う勢いで相手の懐に侵略したセイバーは、続く踏込みによる体重の移動を右手に握るその刃の先端に乗せ、相手の左胸、心臓へと一息に貫く。

 

 一瞬の攻防。

 

 相手が認識した時には既に懐へと侵入していた迅速の強襲に、アサシンは対応する事かなわず、心臓を貫かれた彼女はその姿をまるで幻のように薄れさせていく。

 英霊とは文字通り生あるものではない。生前の偉業、悪行が残り、信仰され、畏れられて祭り上げられた人を越えた魂。故に実体など本来存在せず、サーヴァントとして受肉した彼女達であるが、その霊核となる部分を失えば現界している事は不可能。そしてその霊核というのが一つは脳。そしてもう一つが、

 

「貴女の、負けです」

 

 胸を貫かれた彼女に留まる術がないのは先の通り。

 

「はー……あっけ、ないねこりゃ」

 

 口元から血を流し、手に付着した己の血を眺めるように一瞥した後、彼女はセイバーに何かを話そうとして、

 

「――なんてね」

 

 その真横から、もう一人のアサシンが全力でもう一人の自分ごと、セイバーを殴り飛ばしていた。

 

「!?」

 

 同じ人物。姿形だけでなくその魂まで、寸部違わず同じ個体が同一の空間に存在している異常。その認識に遅れたセイバーはどうにか空中で体勢を立て直し、地面に打ち付けられるという最悪の結果は避けられた。が、誤った認識の代償が重い事を、鈍い痛みを訴える左肩が物語っていた。

 

「いやー今のは間違いなく真芯捉えたと思ったんだけどなーお姉さんいい動きするね」

 

「今のは……」

 

 セイバーといっしょに吹き飛ばされたアサシンは傍らで完全に消滅したのを確認した。だが、今目の前にいるのはダメージの一切ない健常な状態の暗殺者。残像、分身といった類の身代わりという言葉が脳裏を掠めるが、その思考を読んだようにアサシンが否定した。

 

「ああ、これ? 別に隠すつもりなんかないしいいけど。これが特技みたいなものでさ」

 

 ホラ、と軽い口調で自分の持ち物を見せるように軽く、彼女はその身を朧げに歪め――像を結んでいた輪郭が三つにぶれる。

 余人には信じ難いだろうが、その生み出された三体のアサシンは全て実体を持つ単独の存在。生み出した“アサシン”に縛られたものではなく、どれもかれもが彼女。故にどれが本体という事もなく、数に制限もない。

 つまりはこの戦いは一対一ではなく、初めから一対多。

 反撃から追い詰めているように見えた攻防はその実、アサシンによる戦力分析の前段階似ずぎない。そして、アサシンが態々その種を明かしたという事は即ち、ここからが彼女の本領という事。

 

「さて、そっちが刃物で来るんだから、こっちとしてもこれくらい出させてもらわないとね」

 

 アサシンは懐から取り出した鉄製の鉤爪を手甲に取り付け、先程と同じ構えを取る。見た目何の変哲も神秘もない、無名と思われる作りだが、態々取り出したのだ。飾りという事はないだろう。

 

「じゃあ」

 

 そろそろ始めようかと姿勢を僅かに落したアサシンに対し、セイバーも堪える形で最初と同じ構えを取る。

 

「ええ」

 

 それは二人が相対した先程のものと全く同じ姿だが、両者が互いに醸し出す雰囲気は段違いである。

 

 土蔵の入口から、彼女達が発する雰囲気吞まれて硬直していたセイバーの主人を余所に、二つの影が再度、大きな衝撃を生み出し、刹那の間に鎬を削りあう死闘が繰り広げられていく。

 

 

 

 






 原作のランサー襲撃イベントって、割とおとなしかったと思うの(目逸らし
 今回のアサシンは素手で殴りあえる。ちょっと頭(ステ)おかしいんじゃないですかねえ(白目

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。