冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Bois de Justice-

 

 その時浮かんだ言葉はただただ“何故”という疑問。

 なぜ自分が養父である切嗣に刃を向けられているのか。

 なぜ自身は不用心にもセイバーを置いてきたのか。

 なぜこうして刃を向けられているというのに体が無抵抗なのか。

 だが疑問に耽る間はなく、体感にして失速していたはずの時間と思考の波長が合致する。

 時は止まらない。無常だ。

 コマ送りのように引き伸ばされていたナイフの一振りは現実の時の波に乗り、刃は“令呪”が刻まれている右手首へ向けて落とされ。

 

「―――っ」

 

 ついにその時は訪れなかった。

 

「!?」

 

 なぜと再度思考の沼に嵌りかけた頭を振り、力任せに、全力で拘束を振りほどく。その際に無理な姿勢から力任せに地面をけり上げた反動か。切嗣から離れることには成功したが、体の方向まで考慮する余裕などなく、背中から近くの雑木林にボーリングの玉よろしくなだれ込んだ。

 

「っ……切れて、いや刺さってるのに。どうして――」

 

 頭を強打しなかったことが奇跡的、且つ出鱈目な脱出劇だ。だが、脱っする直前に振り落されたナイフの行方が気になり、視線を恐る恐る右手に向けるとそこには切嗣が持っていたナイフが深々と右手首を切断しにかかっていた。

 

「見た目に反して、痛みはないだろう? 麻酔や痛覚の遮断とは訳が違うからね」

 

 不思議だろうと声をかけてきたのは、先ほどナイフを振るった本人で。

 

「ちょっと待てよ親父。なんだよコレ。いったい何を」

 

 知っているんだと土埃の向こうからゆっくりと歩いてくる彼に問い詰めようとして――だけど体は大きく後方へ吹き飛ぶ。

 いや、吹き飛ばされていた。

 

「っ――ぁ、なん、で」

 

「“このくらい”なら痛むだろう。つまり、それだけ感覚に狂いが生じているのさ」

 

 土煙がその衝撃と圧によって切裂かれる。

 その向こうから、古めかしい銃を構えた男が立っていた。

 

 単発銃と思われる中折れ式のそれから薬莢を取出し、懐から取り出した弾を手慣れた動作で込めていく。

 

「っ、くそ。なんだよコレ」

 

 視線を切らないよう視界の端に切嗣を収めながら、痛みが走る腹部を確認すると、そこには小さな風穴が空いていた。

 ありえない。

 その一言に集約され、本来こんな傷を抱えれば痛むどころか声にもならない激痛が襲うはずだ。だというのに、切嗣がいうように、まるで感覚が麻痺したかのように、体が脳に訴えるのはただ痛いといった程度の信号。

 

「残念ながら、バーサーカー戦で負った傷の影響ではないし、こちらで行った治療による副作用でもない。純粋に、驚異的な速度で身体が組み替えられていっているんだよ」

 

 浮かんだ要因を口に出す前に封じられる。

 だが衛宮 蓮が習得し鍛錬してきた魔術は別段特別なものではない。ただ一つ、切嗣に憧れて極めようとしているものはあるが、それにしても未熟だ。だから間違いなく、あの時バーサーカーから一撃を受けて生還したのは自分以外の助けがあったはずでだ。

 しかしならば、この鈍った痛覚はなんなんだと考えようにも、穴だらけの回答は己の腹部の風穴が否定する。

 

 そんな時だ。

 吸いかけの煙草を揉消し、もう一本を取り出した彼が新たに火をつけながら語りだしたのは。

 

「こんな話がある。一人目は、巷を騒がせていた強姦魔だった」

 

「何の話を」

 

 今まさに殺されそうになっているこの場にそぐわない、まるで脈絡のない話だ。

 そもそも今この場で殺されかけている蓮に対して誰かが殺された事件を告げて何になるというのか。

 

「二人、いやこれは二件目か。犠牲者は七人。新都のビル街でたむろしていた不良グループ。周辺住民からは煙たがられていたようだが」

 

 だが続く言葉がキーとなり、切嗣のいう話が何であるのか、その形が判明する。

 連続する犠牲者、それも例外なく殺されている事件。三日前・・・から冬木を騒がせている、新都を中心に相次いで変死体が発見されている凶悪事件だ。

 三件目は今朝の報道番組でも取り上げられていて、確か新都の外人グループが両方に合わせて十一名。現場の形跡から、何かの取引現場だったようだが両者に争った形跡はなく、そもそもそれらの死に方からして、専門家は非現実的だという。

 

「今も“頭部”が見つかってない猟奇殺人だろ。正直、そんな気味の悪い話がこれと何の関係があるっていうんだよ」

 

 死体はどれも例外なく全員“首”がら上を切断されていた。

 力が必要だとか、器具があれば体格性別の特定材料とはならないなど、ここ連日テレビで物議を醸している。

 

「その話にはまだ続きがある。表向きには公表されていないが、四件目の事件が存在していた。教会側の隠蔽によって揉消されてはいて、被害者はいたが死者はゼロ。一般関係者の記憶は改竄されているから知らないのは無理もないが」

 

 犯行が行われ、その被害者の記憶を隠蔽しなければならない事態。

 裁定者である教会が出てくるということは、この事件は“聖杯戦争”に起因する事件という可能性があるということ。そして何より隠蔽された事件を、立場上部外者である切嗣が知っているということはつまり。

 

「ああ、未然に事件は防がれた。その夜、僕と時臣は現場にいたからね」

 

 弾倉に弾を込められた銃が、ゆっくりと蓮に向って向けられる。その銃口の先は、間違いなく蓮の頭に向けられていて。

 

「言っただろう僕も“蓮も”、二人とも時間がないと。だからこれに議論の余地はない。決定事項だ」

 

 それは殺すという意思の明示。

 先ほどナイフを令呪のある右腕に振り落したのとも、急所をそらして腹部を撃ったものとも違う。

 

「なんかの冗談、だよな。やめろよな」

 

 令呪を奪うだけなら殺す必要などないはずだ。

 だから今までの攻撃も致命傷を避けたもので、過去アイリや娘イリヤのことを話したことも含めて、それだけ切嗣が蓮をこの“聖杯戦争”から遠ざけたいだけの芝居程度に認識しようとしていたのに。

 

「親父、昔からそういうの似合って―――」

 

「“聖遺物”を宿した者、使徒になった者には絶えず殺人衝動に駆られる。過去僕も経験してきたように、この衝動は“聖遺物”と契約を結んだ以上逃れる術はない。魂を燃料とするソレ等が、供物エサを寄越せと宿主に吠え立てるからだ」

 

 無関係であるはずのピースが少しずつ、まるで歯車の歯の様に噛み合っていく。

 

 切嗣との出会い。

 獣の祝福ノロイ。

 空白の記憶。

 連続殺人。

 そして“聖遺物”。

 

 “衛宮 蓮”という魔術師は、既にこのふざけた“聖杯戦争コロシアイ”と無関係ではなく、当事者であったという――

 

「昨日の夜、蓮が目覚める前の晩だ。時臣と僕は“聖遺物”に動かされている君を見つけ、拘束した。今日一日観察して、その汚染具合が手遅れだということも、確認した」

 

 その時彼は、自身の日常が崩れ去った音を聞いた気がした。

 

「だから今日ここで、僕は“使徒”であるキミを排除する」

 

 視界を焼きにかかるマズルフラッシュと轟音を耳にしながら、周囲が遠く感じる程の混乱の最中、銀に光った凶弾が放たれた。

 

 

 

 

 

「―――っ、ぉぉ――おおお!!」

 

 その行動は、まったくの反射から出た行動だといっていい。

 眼前に迫る脅威に対して手をかざすという人という生物の反射行動。結果として、左手の肉を貫く痛みを受けつつも、蓮は頭部への一撃を寸でところで回避していた。

 

「なんの、つもりだクソ親父ッ」

 

 切嗣に対して吐いた言葉に対して、それが形骸的なものだということは蓮もわかっている。彼の言うとおり、議論の余地がないからの攻撃。だから蓮自身答えが返ってくるとは思っていないし、転がるようにして体制を整えた蓮はすぐさま距離を取るべくさらに後方へ飛ぶ。

 そう、身体能力を魔術によって強化した水平の跳躍。距離にして数メートルを一息に稼ぐ行為は、物理法則をまるで無視した魔術師であればこそだ。

 

 しかし、

 

「前より早い―――が、遅いな」

 

「っ!?」

 

 上方からの強襲。その正体はただの踏み付けという魔術も技術もない子供の喧嘩じみた行動。

 だが、その過程は互いに人体の許容を優に超えた速度の中で行われた出来事。

 例えるなら、プロが投げた豪速球を点で貫くという行為。それも正面から迎え撃つでもなく通過していくそれを真上から。加え、投げられた球に対して追随するという運動力学に真正面から喧嘩を吹っ掛けるかのように、実行した切嗣の表情は相も変わらず徹底して醒めていた。

 

「この……重いんだよっ」

 

 渾身の力で胸を踏んでいた右足を掴みにかかると、彼はあっさりと距離を開ける。

 

「ッ――は、ぁっ、冗談、じゃねえぞ」

 

「…………」

 

 体を後転の勢いに任せ、そのまま後ろに軽く飛ぶようにして体制を整える。先ほどの様に大きく距離を稼ごうというへまは選ばない。

 蓮にとって、魔術の師は切嗣なのだ。今まで修練してきたそれは彼に習ったもの。また同じく“聖遺物”を宿しているという切嗣の言葉を信じるのなら、両者ともステータス的には底上げされているということ。

 ならばこれは単純に練度の差の話である。

 魔術から戦闘その行使に至る全て、彼我には絶望的なまでに開きがあるという明示。

 

「くそっ」

 

 だから切嗣相手に切れるカードなど、実際はないに等しい。

 せいぜいが虚をついての一撃離脱。この場を兎にも角にも仕切りなおす必要が蓮にはあり、破れかぶれの突進に見せ、直前ですれ違う逃走を狙った疾走。

 全神経を接触の瞬間まで研ぎ澄ませた。

 逃走を狙ったといっても、ただで逃げれると思っているわけではない。致命傷とまでいかなくとも一撃、少なくとも注意をそらせるだけの力を込めて。直前までは蓮自身本気で当てる・・・気でいたのだ。

 

「残念だけど」

 

 それを、擦れ違う一瞬、伸ばした腕を絡め捕られるようにして地面に打ち付けられた。

 

「起点が見え見えだ。初見の相手になら十分通っただろうが」

 

 苦悶の声も出なかった。

 それほどまでに綺麗に入ったということは当然こちらの狙いはお見通しだったということで。

 

「だ、ったら!」

 

 悲鳴をあげる関節を無視して無理やり腕をねじることで拘束を振り切る。

 アサシンとの遭遇戦でも使った痛覚の伝達を遅らせることによる疑似遮断。その行使はあの夜の様に、半人前とは思えない速度と冴えをもって実行したというのに。

 

「言っただろう。これは決定事項だ」

 

 起き上がろうとした起点、その掌を撃ち抜かれた。

 

「っあ、グ―――ッ」

 

「これで、両手だ。理解しただろう。冗談でも、ましてや遊びやおふざけなんかじゃないさ。恨んでくれても構わない。このくだらない戦いは結局止められない。だけど聖杯を破壊するためには儀式を起こさざるおえないという選択をした時点で、第五次における如何なる犠牲も背負う覚悟をしてきた」

 

 また寸部違わぬ動きで次弾を装填する切嗣が、これまたゆっくりと距離を一歩一歩詰めてくる。

 今度は外さないため。

 

『arrest―――』

 

『time alter――』

 

 加速と加速が、周囲の音を置き去りにする。

 

「くそ、ふりきれねぇっ」

 

 魔術の冴えは先ほどから過去最高域を更新し続けている。本来なら痛覚の受信から術式へノイズでも入りそうなものだが、切嗣の言葉通り手や腹に穴をあけられているというのに、脳が感じる痛みは既に小さくなっている。のみならず、今こうしている間にも傷は塞がっていく。

 

「なかなかの完成度だ。鍛錬を欠かさなかったんだろう。それだけに」

 

 認めたくはないが、これはやはり己の体が“人間”という枠から外れているということで。魔術師という“異端”の括りをもってしても説明するには不十分だ。

 

「できれば、もっと違う場で見てみたかったよ」

 

「――っ」

 

 ゼロ距離で放たれた衝撃と轟音。

 己の一部が欠けた感覚という未知。

 高速移動中にかかる埒外の力に、体は制御を失って独楽のように土煙を上げながら投げ出された。

 

「これで、逃走は不能だ。いくら“使徒”とはいえ、成りたての君では新しく手足を生やすようなまねもできないだろう」

 

 残った両手と左足、そのうち両手をバネに力の限り後方へ飛ぶ。膂力は蓮自身も驚く程で、即興のはずが5mは易々と距離をあける。が、この程度でどうにかなるほど現状は生易しくない。

 続くはずの着地の一瞬。左手が地面と接する瞬間をピンポイントで撃ち抜かれ、掴み損ねた地面へ左を庇うように反対の肩から落ちた。

 

 無言のまま向けられる銃口。

 無慈悲に放たれる追撃は完全にこちらの足を止めるもので。だからこそ体勢を崩された状態で出来ることなど何もない。それこそできたのは精々無事な腕を強化の魔術で硬化し庇うくらいで。

 

 なぜか。

 本当になぜかその時、撃ち込まれたはずの凶弾が、背後の木の二本へ風穴を開けていた。

 

「ぇ? いや今」

 

 訳が分からないし、切嗣がここにきて決心を鈍らせる類でないことなど息子であり、魔道の弟子である連が誰よりも知っている。

 

「“活動”……となれば」

 

 呆けているこちらをお構いなしに、掬い上げられるように仰向けに倒された連の喉元に、先ほど右手を切りつけたナイフが振られる。そう、全力の、初めの勢いそのままで―――首には、鮮血どころか傷すら入らない。甲高い、まるで金属同士がぶつかる様な音が鳴り響く。

 

「さっき連が僕の撃った弾を“切った”ように、体がより聖遺物に同調してきている証拠だよ。もう、こんなおもちゃじゃ文字通り刃がたたないというわけさ」

 

 そういいながら、銃口は額ではなく右腕に移される。マウントを取られ、片足を失った状態で抵抗しようにも、切嗣の言葉を信じるのなら彼も“聖遺物”を宿しているということになる。単純な力で振りほどけるはずもなく、今度はナイフではなく銃を向けているあたり、それはまだ“使徒”に成りたての蓮へ有効なのだろう。

 “令呪”は持ち主が死亡すれば自動的に消失する。残るのではなく、その場に痕跡を残さないという意味で、切嗣の目的を思えば当然だ。

 よって、絶体絶命は揺らぎようもなく。連がこの状況を打破するには、先ほど起こした想定外の要素をもって打倒するしかない。だが、先ほどの“斬撃”すら無意識、つまりは奇跡のようなもの。

 奇跡は人の意図とは外れた現象。起こりえない可能性であり、そう易々と実らないからこその奇跡。

 今をもって魔術も半人前どまりの蓮に、現状から絞り出せる筈もない

 

「……残念だよ」

 

 諦めない。

 ただその一念から意思を通さない全身に気をめぐらせ――だが引き金が絞られる銃を前に、体はピクリとも動きはしない。

 

 その蓮と魔弾との距離が限りなく零に埋まる刹那。

 

『■■■■■』

 

 とても澄んだ、聞き覚えのある声をどこからか耳にする。

 それはまさに息をつく間もない刹那の出来事で、だからこそそれは現実味のない錯覚であるはずなのに。

 

 

 

 時よ止まれ―――おまえは美しい。

 

 

 

 知らず言葉を、時の概念さえも否定してここに唱えていた。

 






 覚醒回。
 切嗣には頑張ってもらってたし、彼の性格上実際実の息子だろうと命を奪うくらいはするだろうなと。
 まぁ、ちゃぶ台返しばりにひっくり返すけどね!


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