冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-After light-

 職員室へ向かう――と見せかけて、廊下の角を曲がったところで中庭へ出るために通用口を使用する。校舎口に立ったままの後輩の視線を思えばこういうポーズも必要なわけで。少々心苦しいが、だからといって彼女を魔術コチラ側へ巻き込むつもりは欠片もない。

 

「――と、こんなところかしらね」

 

 中庭へと上履きのまま歩き、建物の影がかかっているベンチに宝石――魔術処理が施されただろう物――を置いた凛が軽く周囲を確認するように視線を巡らせていた。

 彼女に倣うように周囲を一別する。今は本日の授業過程を終えた放課後。部活に精を出している生徒らはそれぞれの青春さながらに汗を流していることだろうが、蓮も属している帰宅部の人間や、単に休憩に訪れたもの、ランニングの一環で通過するものなど、昼時のそれに比べれば多くはないが、それでも少なくはない。

 

「わざわざあんな嘘ついていったい何のよ―――」

 

 問題はないようだなと一息つく。で何の用だと面倒に思える問答を口にしようとして、正面を向きなおした視界いっぱいに、なぜか彼女の顔がそこにあった。

 周囲の目を気にする風でもなく、というよりかは魔術で意図的に逸らしているからなのだろうが、それにしても無遠慮に至近距離でじろじろベタベタと観察されるのは落ち着かないものがある。

 

「んー……変化はないみたいね。やっぱり、どう術式組めばこうなるのかしら。悔しいけどさっぱりだわコレ」

 

「オイ」

 

 だがしかし、断じて心拍数が上昇するといった青いイベントなど欠片もない。何しろ凛のそれは異性に対するというより、ガラス越しにマウスを眺める類のものである。

 距離とか匂いとか角度などはこの際余所へ放っておくとして、認めるのは癪だが、ガラスの内にいるマウスがそんな観察者に心ときめくだろうか。

 

「ん? ああごめんなさい。それにしても、衛宮のおじ様の魔術は相変わらず独創的よね」

 

「まぁな。これでも、目指しちゃいるけど」

 

 目指す頂はなおも遠く高いというところだろうか。凛ですらその紐を解くことすら出来ないというのだから、自分程度の半人前には無理難題なのかと蓮自身も思う。もっとも、そう口にすればしたらで何当たり前のことを、と目の前の彼女は叱咤するのだろうが。

 

「それで、“口実”の御門先生はどうしてるんだ?」

 

 見渡す中庭の風景は先のように放課後の一風景となっている。絵の題材にでもなりそうなほど穏やかな時間そのもので、それでいて一部どこか忙しない。一部の物には時は短し青春真っ盛りなのだろうから、それも仕方のない話である。

 だが、この平穏な景色が、自分たちには酷く歪なモノに見えてしまうのだ。

 

「ご覧の通り、口実って分かってるなら、いるわけないでしょ」

 

「それはまぁ―――しかし、見事に“直る”もんだな」

 

「ええ、腹立たしいけど。流石は“魔術師”のサーヴァントといったところね」

 

 今ここにいる場所が、つい最近廃墟同然に焼き払われていたなど、誰も信じないだろう。

 蓮はライダー(シンジ)襲撃に会ってからまだ現場を目にしたわけではない。だが凛曰く、幻術で覆い隠していた細かな部分を除き、8割方は修復されていたそうだ。魔術師として遠く及ばない、遥か上の存在だと見せつけられたようで酷く苛立たしいらしい。無論、蓮とてこの光景を目のあたりにすれば思うところはある。

 

「――ま、気持ちはわからないでもないけどよ。そう眉間に皺寄せるなよ。後で後悔するぜ? 具体的には15年くらい後で」

 

「アーチャー……勝手に出てきて、言いたいことはそれだけかしら?」

 

「オーケーストップ落ち着け。こいつが不敬だし不快なのは全面的に同意するからとにかくその手を下げろ頼むからっ」

 

 どうせ周りの目は逸れていくのだから問題ないだろと、口笛でも吹きそうな気軽さで目の前の怒気を風に吹かれる柳のごとく逸らすアーチャー。ことあるごとに主すらをからかうその悪癖に、蓮は凛に同情する思いだ。

 

「てか、連れてきてるんだなそいつ」

 

 確かに、今確認しているだけで学園内で敵勢力であるマスター、サーヴァント2陣営ある。片や交戦意志なしと主張し、片や何を考えているのかも分からん馬鹿だが―――こうして考えてみると、7騎いるサーヴァントの内、半数が学園に関係していることになる。どんな確率でこれだけそろうのかと頭を抱えたい気分であるし、それを思えば警戒して自分のサーヴァントを連れて歩くのはわかるが、これだけの危険地帯にそう交戦意欲ありありとしているのはどうだろう。藪をつついて蛇という言葉のとおり、下手に刺激すれば何が出てくるかわからないのが現状なのだから。 

 などと指摘すると、こいつ何言ってるんだと呆れた顔をした凛がため息交じりに指を突き付けてくる。

 

「それに関しては、単に衛宮君が危機感なさすぎるだけよ。いくら令呪があるといっても、間に合うかどうかは別問題。実際というか見てのとおり、彼らの力は私たちの常識なんて通用しないわ」

 

 ことに備えない蓮のスタンスこそ異常なのだときっぱり指摘され、だからこちらはこの戦いに興味はないと反射的に出かかった言葉を飲み込んだ。

 毎度毎度のことではあるし、気安い幼馴染ということでつい反射で対応しそうになるが、今は怪我人なのだ。出来る限り面倒事は遠慮したい。なので、

 

「キャスターは?」

 

 キャスター組とライダー組、その動向に関して話を切り替える。こちらが倒れていた期間、まさか彼女が何の行動もしていない、とは考えがたい。ついこの間互いに殺し合いかけた間柄で、この“聖杯戦争”というお題目の中では反目しあうのが普通なのだろうが。

 

「まだ信頼できる、というわけではないけど、一応言葉通り“不戦協定”を貫くみたいよ」

 

 凛曰く、キャスターは宣言通り動きはないとのことだ。

 ことの真偽はまだ判別しかねるが、戦闘に関しては徹底しているらしい。学校内では生徒から成否を集める、厳しくも腕の良い教師然とした姿で同僚である教師陣の信頼もある。

 反面、学校外。彼女がどこに住んでいるかといった敷地外に関しての情報は皆無だ。同僚や生徒、はてはアーチャーによる追跡も掻い潜られたらしい。

 そうした経緯から、現状危険度は低い。が、放置していい問題でもない。ライダー、シンジやバーサーカーの問題もある。複数人によるバトルロイヤル。たった一人の勝者を決めるという儀式である以上、一つの陣営に時間をとあられすぎるのも問題という面もある。

 凛自身、キャスターと並行して他の陣営も調査していたようだが。

 

「ということは現状問題なのは……」

 

「バーサーカーとライダー。どっちも、サーヴァントというよりマスターのほうが性格的に問題ありありなのが頭痛いわね」

 

 もっか、彼女の頭を悩ますのは件の幼馴染その一人である。

 一言でいうのなら無軌道、無計画。

 バーサーカーなどはむしろ分かりやすいほうだろう。あれはマスターであるイリヤスフィールが切嗣という明確なターゲットを決めている。関係者という面で蓮自身は巻き込まれる可能性は高いが、幸か不幸か、あの夜に何かしらの負傷、あるいは消耗等で単に動けないのか。どちらにせよ沈黙したままである。また、他陣営と違って拠点を構えているのが大きい。

 拠点という意味では御三家である“間桐 シンジ”も例外ではないのだが、彼はここ数日自宅に帰っていない。中学時代からフラッとどこかに行方も告げず消えることが増えてはいた。当時はよくあること、あいつならと何時からか放置してしまっていたが、いざ探すとなるとその行方はてんで知れない。冬木も開発が進んだとはいえ、そう複雑な土地ではないはずなのだから。彼の魔術によるものか、はたまたライダーの能力であるかは推察の域を出ないが。

 ともあれ、蓮の考えとしては一つだ。

 

「当面、シンジに関しては放置でも問題ない、と思う」

 

「へー……ずいぶん信頼しているのね。ないかしら、オトモダチだから?」

 

 茶化すなとニヤついた意地の悪い視線を切り捨て、改めてアレの行動パターンを思い浮かべようとして―――諦めた。

 

「いや、あいつは別に何も考えてないよ。前回のも、この間行ったけど単に面白そうだからってだけだ」

 

 あの日凛に言った言葉は違わず、言ったとおりだろと言わんばかりのアーチャードヤ顔は癪に障るが、実際その通りだとしか言いようがない。

 思い返すに、昔からああも無鉄砲だったわけではない。むしろその真逆で、物事には念密に計画立てる。やるからには徹底的に、それこそ善悪といったことに限らず、そつなくこなせてしまう。

 成績もよく人当たりもいいため、出会った頃は好印象であったが―――ああ違う。思い返せば今に至るような性格をしていたなと、当時の悪行を思い出して頭痛が起きそうだ。

 

「まぁ、この際貴方とアーチャーの意見を聞いたということにしておきましょう。実を言えば、私もこっちにはそこまで急ぐわけでもないと思っていたし」

 

 情報を整理した凛が一つ咳払いをする。

 状況的に、ここまで情報を提供されれば彼女に呼ばれた理由はさすがに察しが付く。わざわざ一呼吸置き、こちらの発言を待つような目を向けられるあたり、試されているのだろうなとも。

 

「バーサーカー……いやまずはキャスターの真意か」

 

 小さく肯首されたことから、ひとまずは彼女の要求にはこたえられたらしい。

 

 現状、把握している三陣営はどれも曲者といっていい。

 乗り手と乗り物が独自に思考し行動する。それも単体それぞれが十分な戦闘能力を持つライダー。

 これはライダーが最後に見せた宝具によるものと思われる破壊力も脅威だが、それよりもマスターの行動が読めないところが大きい。

 

 次にバーサーカーだが、これは単純に力量さだ。

 圧倒的なまでの破壊力。ただの腕の一振りで万象を“殺す”異能。本来、“狂化”の能力により、スキルは軒並み失われるのが、バーサーカーというクラスの特徴であるはずが今回起きた例外。マスターであるイリヤスフィールのターゲットが、目下養父である切嗣に向けられているが、あの夜のようにこちらが巻き込まれない保証はない。むしろ他の陣営より確率は高いといえるだろう。

 

 そして、キャスター。

 場所がわからない。対抗手段が浮かばない。

 先のとおり、そもそも手段がない時点でバーサーカーとの対峙は論外。そもそも居場所がわからないシンジを追う手間を考えた時、これら二つの陣営より、キャスター陣営に対する明確なもの。つまりは常日頃、いつもと変わらず教師を続けている点だ。

 そう。すくなくとも、他の陣営に比べて接触の機会はある。無論、キャスターの魔術師としての腕は比べようもなく高次元だとこうして文字通り目の前に突き付けられている。だが、それを差し引いて札を切れるのは、凛と蓮のサーヴァントが“対魔力”を保有している点だ。

 

 英霊には生前彼らが成した偉業、逸話により固有の能力としてスキルという形で現れる。それとは別に現れるクラス固有のスキル、その一つが“対魔力”だ。先の屋上での戦いでアーチャーがライダーの呪術を動くことなく弾いた現象がまさにそれであり、この“対魔力”は一部の例外を除き、三騎士に現れるものである。そして、“剣の英霊”である蓮のサーヴァント、セイバーは傾向的に高い対魔力を有する。ランク分けされるそのスキルの中でもAともなれば現存する魔術をほぼ完全に無力することができ、素養にもよるが、神代の魔術すら掻き消せるレベルだという。無論、例外というのは何にでも存在するが、それでもこのアドヴァンテージは大きいだろう。

 

 そしてここにはその三騎士、“剣の英霊”と“弓の英霊”のマスターである二人がそろっている。他の陣営と比較して、論ずるまでもない。

 となれば、だ。

 凛がこうして改めて呼び出された事、その用事。試すような物言いはつまり。

 

「まぁ、オッケーでしょ。もちろん、衛宮君は“令呪”を放棄してこの聖杯戦争から降りるという選択肢もあるけど、あのバーサーカーのマスターからして戦う意思云々は望み薄だと思うけど」

 

 夜には親父と連絡をつけられるだろう。あの夜、バーサーカーと戦ったとあるが、その後に会ったらしい時臣や凛の言葉、反応から無事ではあるらしい。依然として息子である蓮の前に姿を見せないのは不可解ではあるが。ともかく、ことは切嗣と話し合ってから判断してもいいだろう。ようはそれまでの自衛、厄介ごとにどう巻き込まれないかの対処を決めるということで。

 

「そういうことで、ここに提案させてもらうわ。興味がないといっても、身の安全ともなれば話は変わるでしょう? 利害も一致する。バーサーカーの脅威がなくなるまでの共同戦線。悪い話ではないと思うけど?」

 

 結論は出ている。というより順を追ったことで逃げ道をつぶされた感は否めない。無論現状がそうした状態であるのは認めるところなので論ずるも何もないのであるが。

 どうしたものか。半ば答えは出ているが、一度セイバーと相談してからと凛の提案を煙に巻こうとして算段を立てようとした時だ。視界の端に、この季節では珍しいものが中庭の空を周回しながら降りてくる。

 

「鳥?」

 

「ああ、親父からの連絡だよ」

 

 昔から見慣れた使い魔、というには妙な物を足にくくりつけられた烏が近くの木にとまるのを眺め、一鳴きしたそれが嘴より落とした落下物をキャッチする。普段ならば近くにいたり鳥を通じて直接念話による会話となるのだが、物を投げた様子からどうやら連の親父は場所を指定したいらしい。

 

「どうせ、近くに来てるんだろ」

 

 小さな筒状に収められた中から一枚の紙を取り出し中を確認しながら覗き見ようとしてきた凛に何でもないぞと特に抵抗を示すことなく内容を見せる。その中には、

 

 ―23冬木中央公園―

 

 あの夜指定したその場所へ再度呼び出す文章が短く綴られていた。

 

 




 どーもすいません! 嬉しいことが重なってるなかようやく投稿できましたtontonです!
 いや長考してたけどおかげさまで方向性というか、難所は超えました(
 ……まだサーヴァントでそろってないけどね!!(今回説明会)

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