冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Studies scenery-

 

 家より出て学校へ向かう。

 ここ、冬木市には旧家、昔から中心街であった“深山町”と、新たに開発が進み、うって変りビル群が立ち並んでいる“新都”とがある。観光招致、利便性が上がった為に、この街は中心に流れている未遠川を境に西と東で趣きががらりと変わる。といっても、この手の話は地方都市を見ればいくらでもある話だろう。

 かくいう自分の家は深山町の、比較的外れの方に位置している。利便性を考えるなら少々かけるのだろうが、自分にはこののどかな風景の方が好みで、日のめぐりと共に忙しなく変わっていく街よりこちらの方が性に合っている。

 なにより、自分が通う学校、“穂群原学園”は見山町に位置するのでそこまで不便を感じた事はない。流石に大学に進学するか、就職してからは解らないが。

 

 

 

「失礼しました」

 

 職員室から出る際に退室の旨を告げ、扉を閉める。朝から弓道場と職員室に弁当配達という労働を終えた頃には、登校しだした生徒の姿がチラホラと。

 このまま教室に向かえばいくらゆっくりしていたとしても、一息つくくらいの時間は取れる按排。なので“駆け足厳禁”という廊下に張り出された規則に従い、自分はゆっくりと階段を上っていく。

 既に教室に入っている生徒の声が廊下まで響いている。喧騒、というには静かであり、静寂というにはお世辞にも言えない喧しさ。学生時代独特というのだろうか、社会人になったらこの煩さとも無縁なのだろうなと無為な事を考えつつ、到着した教室の扉を開けようと手を伸ばすと――

 

「ム、そこにいるのは衛宮か」

 

 横から掛けられた声に振り替えれば、そこにいたのはクラスメイトである柳洞 一成の姿があった。

 朝の比較的早い時間に登校している姿を見て、結構結構と一人頷いている生徒。それも生徒会長という役職をついている事を思えば納得というもので、その役職に違わず、出会った頃から真面目が服を着て歩いているような男だ。

 

「おお一成。流石生徒会長、今日は遅いのな。あ、お勤めご苦労様?」

 

 茶化すなと眉間に皺を寄せて一言小言をもらった。が、一成はこの程度で本当に腹を立てる程器量の狭い男ではない。口調や仕草、癖とでも表現できるのだろうが、代々“柳洞寺”という寺の住職を務めている家の次男である為か、少々固いところは確かにある。だが、融通が利かないという訳ではないし、筋の通った事ならこれで鷹揚さも持っている。まあ、勘違いされやすい性質なのは認めよう。

 実際、一成は友人以外にはかなり口調も硬い。事務的とでもいえばいいのか、そういう所も勘違いされる要因なのかもしれない。ともあれ、互いに知らぬ仲ではないので雑談を交えつつそのまま教室に入る。

 軽く見渡せばすでに数人の生徒がやれ昨日のドラマがどうだ、昨日の何々の試合が――などと青春らしい会話をしている。自分と一成の姿が入ったためか一瞬視線が集まるが、軽くいつものように挨拶で流しながら席に着く。

 別段コミュニケーションに難があるという訳ではないが、積極的に会話の輪に入る必要も感じないという話。勿論話を振られれば応えるし聞く、冗談も言おう。だが今日はイロイロと一日のスケジュールが濃い日だ。できれば予定まで平穏無事に過ごしたいというのが自分の希望で、常日頃から切に願っている事だ。

 

 ごく有り触れた願いだと思うが、コレでいて実践するのはなかなか難しい。というのも。

 

「ム、間桐の奴め。また無断欠席する腹積もりかっ」

 

 カバンを下ろし、席について人心地、と思いきや。右後方よりピリピリとした空気が伝播してくるのだ。

 またかと思って視線を向けると、自身の後ろの席、件の悪友の席を敵のように睨みつけている一成の姿があった。

 非常に遠慮したいのだが、チラリと視線を前に戻して時計を確認すると、時刻はホームルームが始まる10分前。ならば遅刻も何もまだ来ないだけだろうと思うかもしれないが、コイツは遅刻するか早く来るかが両極端な人間であり、小学生から知っている腐れ縁だ。

 よくよくサボりの常習犯であるのに進級は必ずする。成績は悪いわけではなく、腐れ縁の同級生という事から、アイツが落第した事が無いのは証言できるが―――不良が頭いいとか世の中間違っている気がする。それかアイツの頭の中がおかしい。というより、アレがもう少し真面なら自分も一成も、妹である桜ももう少し平穏な生活ができる筈だ。

 

「一成、まだ一限も始まってないんだし、決めつけるのはよした方がいいと思うぞ。ていうより、一日の初めからこんなとこで眉間にしわよせてたら持たないだろ」

 

 故に長年の付き合いからお約束の対応がある。

 それはある種の諦めなのかもしれないが、実際、刑務所に放り込まれる様な馬鹿はしていないので間違ってはいない、だろう。さすがに、旧友があまりにも道を踏み外すなら全力で止める所存だ。主に自身の平穏の為だが。

 

「――ふぅ、確かにな。彼奴の悪行今に始まった事ではないが、あまり素行に荒が目立つようなら――その時は頼むぞ保護者」

 

「誰が保護者だ誰が」

 

 やはり、一成の根は中々にイイ性格をしていると思う。

 根っからの善人であるため、口から出た言葉がそのままの意味ではないとは思われる。その手の事を目の前にすれば進んで矢面に立つのが柳洞 一成という男だ。なので馬鹿な事を言うなとお約束のように小さく小突――こうとして払われる。一成とこの手のやり取りも長いモノで、一種のコミュニケーションの一つ、所謂じゃれ合いだ。

 

 そうこうしているとホームルームを知らせるチャイムがスピーカーより流れ、廊下に響いていた喧騒が徐々におさまっていく。自分も一成もそれに倣うように居住まいを気持ち正す。が、不思議とこのクラスの喧騒は周囲の収束とは無縁だった。いや、正確には不思議でもなんでもない。

 なぜなら、

 

「……はぁ、またかよ」

 

「そう言ってやるな衛宮。藤村先生も何かとご多忙なのだろう」

 

 フォローでもなく、本当にそう思っているのだから人がいい、の一言ですませてもいいのだろうかコレは。

 などと現実逃避していると、教室の扉が壊れるのではないかという程の音と衝撃を響かせて開け放たれ、その向こうから“藤村 大河(しりあい)”が飛び込んできた。それはもう見事に、比喩でなく本当に飛び込んできたのだ。

 そして――

 

「おはよう諸く―――ガハァ!?」

 

 教壇の段差に足をとられて側頭部を豪快に、教卓へとヘッドバットをかましてくれていた。

 激突というにふさわしい騒音を響かせているが、クラスメイトに動揺が走るようなことはない。なぜなら、大河が“騒がしい”、“忙しない”のは今に始まった事ではないのだから。

 本当に、知り合いを止めたいと思ったのはこれで何回目だろうか。

 

 倒れたまま起き上がらない我がクラスの“担任”に心配しだす女子や、面白がってからかおうとする男子その他と中々の順応具合であり、昨今の学生は本当に逞しい。いや、自分も積極的には関わりたくない派の人間だ。

 そしてそろそろ誰も突込みが無い事に耐えかねてきたのか、大河の身体が震えだしている。大方リアクションにでるタイミングを逸して出るに出れないという所だろうが――このままだとホームルームが進むどころかいつものドタバタで有耶無耶になるのは目見えていた。

 なので、

 

「日直、は俺か――起立!」

 

「無視はちょっとないんじゃないかな!?」

 

 勢いよく起き上がって異議申し立てる虎(大河)をさらに無視し、礼、着席を促す。依然として抗議の声と視線が突き刺さるが、一応あれで彼女も社会人であり、教職者である。恨みがましい目つきでしぶしぶと連絡事項を告げる大河の声で、本日の学生生活が幕を開けた。

 

 

 

 一日の授業をそつなく終える。

 文武両道と、生徒会長然とした一成程ではないが、勉学に不便した事はいない。運動に関しても音痴という程ではない。が、突出しているという訳でもなく、平均より上を低空飛行しているというのが自分の成績だ。

 生徒会があると職務に誠実な一成はホームルーム終了と共に生徒会室へ。悪友である間桐の問題児は結局学校に姿を現す事無く、今日は例の如く無断欠席だ。いつかその内出席日数が足らなくなればいいのに、など思いつつも、そんな躓くような事はないのだろうと達観にも似た変わった信頼、というより確信があった。

 そして、そんな自分はというと、

 

「ん? メール……桜か」

 

 荷物をカバンに詰め直していると、後輩から携帯へと連絡が入っていた。基本的に校内で携帯電話の使用は厳禁だが、それを律儀に守ろうとするのは一成くらいか、それと似た気質の人間だろう。進んで弄り回すような性分ではないが、便利な事は間違いなく、今は放課後と気にせず着信表示が点灯している二つ折りの携帯を開き、件の中身を確認する。

 

 それによると、どうやら弓道部の顧問である大河が、急な会議で本日の活動が中止になったそうだ。急という単語に引っ掛かり、何かあったかと思い返せば、その会議の内容とはホームルームで大河が注意を促していた怪事件の事だろう。

 

 最近、冬木の街で原因不明の失踪事件が相次いで発生している。が、連続して発生している割に生徒間で危機感が薄いのはその内容の所為だ。

 確かに人は失踪するが、行方が分からなくなった人間は必ず3日でフラっと姿を現す。

 三日程度なら無断外泊、家出など何でもない事のように思えるかもしれない。事実、事件発生当初の警察、世間の認識がまさにそれだった。だが、事件が重なるにつれ、失踪する人間の年齢に大人、それも青年中年を問わず幾人の人間が行方をくらますとなれば、いくら無事に戻ってくると言えど首を傾げるだろう。加えて、失踪した人間はその間の記憶を例外なく無くしている。

 身体に不調をうったえる者もいない。

 金銭や所有物を要求されたり紛失した訳でもない。

 ただ一つだけ、性別年齢を問わず姿をくらますこの怪事件は、今ではこの街で知らない人がいない程巷を騒がせていた。

 

 そこでようやくこの学校も何か対策を取らねばと教師達に召集をかけた、と。恐らくそんな内容だろうとあたりを付ける。

 実際、桜が所属している弓道部だけでなく、他の部活動も軒並み活動中止になっているらしい。ついては部活で帰りが遅くなることもなくなったので、このまま夕食の買い物に行かないかというお誘いのメールだった。

 

「まあ、その方が効率いいか」

 

 桜は料理上手なだけでなく、商店街の店主に顔が利くほど買い物上手でもある。自分一人で買い出しするよりかは何かと助かるのだ。加えて、先程連絡されたばかりの怪事件の話もある。まだ昼間ではあるが、一人帰らせるというのは先輩としてどうかと思ってしまう事案だ。なので脳内会議で結論の決まっている議案を強行採決し、簡単に返事を桜に返した後、俺は待ち合わせの為に目的地である商店街の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 穂群原学園より家に向かう途中、昔ながらの態を残す商店街、“マウント深山”の一角で、後輩である間桐 桜が店主の男がすすめる商品とにらめっこをしていた。

 

「どうだいお嬢ちゃん。これなんか立派だろう」

 

 提示された野菜を前に、桜の目は真剣そのもので、普段は儚い、もしくはお淑やかな印象が強いだけに別人のようにも映る。だが、たかが一食と侮るなかれ。今朝の襲撃のように、我が家の食卓には“虎”が奇襲さながらに食事をさらいに来る。それはもう人一人の許容を軽く超える勢いで、ある意味感心するが、もちろん痛手を喰うのは我が家の家計事情である。

 

「ん――……確かに、この艶といい太さは中々――」

 

 とはいえ、大河の家には昔からお世話になっているので全力で拒むという程ではない。アレでいて小さい頃から面倒を見てくれていた事もあり、舞弥と同じくある意味で頭の上がらない女性ではある。ただ、口にすると目に見えて調子に乗ってしまうので口が裂けても言う予定はない。

 なのでせめてもと桜と二人、食材を買い足す時は出来るだけ安く、調理には妥協せず美味しくをモットーに取り組んできた。そしてだからこそ、

 

「馴染みのよしみだ! 端数切捨て大盤振る舞い、これとコレをつけて1000円でどうだっ」

 

 自分からしたら十分安い金額だが、こと買い物に関しては主婦顔負けの強かさを見せる桜にとっては、まだ財布の紐を緩める段階ではなかったようだ。

 

「んー……ごめんなさい。もう一声っ」

 

 すまなそうに両の手を合掌し、はにかんで小首を傾げる桜。一瞬ぐらりと後退した店主の姿を見るに心が揺らいだのだろう。それでも一歩踏み止まった辺り中々商魂たくましい御仁であるようだ。

 そして再開される交渉。

 今日のレパートリーは桜に任せているため、買い物の選定は彼女の仕事だ。自分は無難に荷物運び。そもそも料理の腕を大きく離されているのであまり口を出せないというのもあるが――どうやらもうしばらくかかりそうだと、手に持った買い物用の手提げを持ち直す。安く済む事に越した事はないし、夕食にはまだ時間があるのでそのまま彼女と店主の戦いを眺めていた。

 

 すると――

 

「やっと会えたね“お兄ちゃん”」

 

 何気ない単語。

 ともすれば己を指してすらいないだろう声。しかし、後ろ髪を掴まれたかのように引っかかったソレへ、反射で顔を向けた。

 

「え?」

 

 あの“災害”の生き残りである自分に親類などいない。そもそも救出された当時にしばらく名乗りすらなかったのだからこそ、衛宮家へと養子として迎えられたのだから。

 だが、そんな当たり前の結論を前に、体はその声に誘われる様に首に続いて振り返る。

 

 振り返った先には――いつもの人ごみ。変わらない商店街の一風景で、一瞬視界に移った銀色のナニかは影も形もなかった。

 本当に一瞬、自分の腰より少し高いくらいに、銀髪の少女の影を見た気がした。そもそも先程の声がその少女の物であるという確証はどこにもないが、それでも、この時何故か、その少女を見逃してはならないというある種の強迫観念に似たものを感じたのだ。

 

 だから今の状況を忘れたまま、体が声のした方へと無意識に足が踏み出そうとして、

 

「先輩、見てください。今日の戦果です!」

 

 誇らしげに、戦利品の詰まった買い物袋とレシートを提示してくれた桜によって意識が戻った。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「いや、なんでもないよ。俺の勘違い、というか聞き違いだったと思うから気にしないでくれ」

 

 呆けていたままの自分を心配するように覗き込んでくる桜に、失敗したと思いつつも即座に笑顔で返す。ただの空耳だと言うこちらに、腑に落ちないという態で頭上にクエスチョンマークでも浮かびそうな顔をしている桜に微笑してしまう。時たま見せるその小動物のような仕草はとても微笑ましく、ついからかい過ぎてしまいそうになるのが難ではある。

 対する彼女も自身が笑われた事に頬を赤くして小さく抗議してくる。そんな桜をやんわりとなだめ、改めて戦果らしい食材達を確認しつつ話題を逸らし、我が家へと向かう。

 

 その途中、桜は先程の店主との言葉のラリーや、部活でのこと、最近の悪友が起こした事件等、色々な事を話してくれていた。だがその時自分の思考の半分を占めていたのは、先程聞こえた謎の声の主についてであり、帰宅して取りあえずと思考を放棄した事を後悔することになるとは終ぞ思わなかった。

 

 

 






 今回のお話は日常の描写にも力を入れていくつもりですので、まだ日向な感じ。次回で夜パート、つまり――そういう事です。
 大分性格描写してきているので、おや? と思う方もいるでしょうがもうしばらくお待ちくださいな。

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