冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Border out-

 

 公園――と呼ぶには少々人気のないそこを、一人の男が歩いていた。

 時間にしてまだ早朝ではあるが、仮にも公園であり、冬木において有数の敷地を有する場所であるのなら、他に利用者の姿が見えてもいいだろう。だがそう、冬木においてここ新都の中央公園が曰く付きであるのなら、話は大きく変わる。

 

 今から約十年前、冬木の街をある災害が襲った。

 ガス爆発や爆弾テロ。

 急速な開発に伴う地盤沈下、ソレに伴う弊害。

 はたまた呪いだどこぞの誰々が予言したオカルト的なもの。

 巷を騒がせた説は数あれど、原因が解明できないままであれば、人はもっともらしい理由を見繕っていくもの。不確かであろうと、何もわからない不安の方が恐ろしいからだ。

 そして、十年も経てば人も街も落ち着きを見せる。当時付近に住んでいたものにとってはまだ癒えぬ傷跡ではあるが、それでも人々は目に見える傷を塞ごうと、立ち上がり、歩んでいこうと災害跡地である荒れ地を整え、広大な公園として再建させた。整地され、植樹された木々と芝以外には何もない。申し訳程度にベンチが設置された、本当にただの広場であるが。

 

 男はそんな何も目指す物のないはずの公園の中を、まっすぐと進む。

 よれてくすんでいるコートを初冬の風に晒し、火のついた煙草をくわえた男。

 

 その歩みが、公園の中ほどで止まる。

 

 脇に抱えていた包みから小さな花を取り出す。白い菊の花に、淡い色の土耳古桔梗が二本添えられたそれを、何もない――芝はおろか雑草も生えていない地面に置き、片膝をついていた彼はそのまま両の目蓋を閉じた。

 

 そのまま数分も動かずにいたのは何を思っていたのか、男が一人ごちる。

 

「久しぶり、というのもおかしな話かな。遅れて、すまなかった。なかなか、思うようにいかなくてね」

 

 その言葉を聞くものはここには誰もいない。だがそんな事は男にとって誰よりもよく知っている。災害跡地という、曰くを疎んで人があまり訪れないといった表向き(・・・)の理由ではなく、その真実を。

 

「そうだ、―――に会ったよ。あのころと比べて、少し、大きくなっていた」

 

 何かを思い懐かしむように細められた目は、まるで目の前に見えない何かがいるように遠くを見ていた。言葉には出さないが、その思い出は男にとって代え難く暖かなものなのだろう。少しばかり嬉しそうに、だが同時に悲しんでいるようにも見える複雑そうな顔は、生気の感じられなかった先ほどの機械や能面のように色のない顔が、人らしい暖かさを取り戻していた。

 

「やはり、間に合わなかったよ」

 

 だが次の言葉、彼の自分は無力だという呟きに、まるで急激に冷やされたかのように感情が抜け落ちた。

 

「“彼女”は、マスターとしてこの戦いに参加していた。おそらく、いや、間違いなく“器”も持っているはずだ」

 

 顔から表情が抜け落ちたように、その言葉にも、感情の暖かさというものが抜け落ちている。

 

「君なら今の僕を見てどう言うんだろうって、何度も考えた。正直、告白するなら、ああして目の前にして今も迷っている」

 

 目の前に広げた掌に、かつてこの腕に抱いたその重さを想起させる。

 迷わないはずがないのだ。誰が、好き好んで自分の■を手にかけるというのだろうか。

 止むに止まれぬ事情があるから?

 ふざけるなと叫びたかった。そんなことは知らないし、そんな理由で秤に乗せること自体言語断だ。 

 

「……だからこそ、僕は迷うわけにはいかない」

 

 だけど、男は鎖によって雁字搦めで、既に選ぶという選択を手に取れないほど、その体は縛り付けられている。

 それほどの多くの命を奪ってきた。

 そうであることが正しいのだと信じてきた。

 全てはかつてこの手にかけてきた命たちが散った意味を無にしない為。例えそれが己を立たせるためだけの言い訳に過ぎないのだとしても、自分は歩み続けなくてはならないと男は十字架を背負い続けている。

 かつて冬の城に訪れるより前に呼ばれていた“魔術師殺し”異名。多くの血と怨鎖をその身に浴びてきたその頃より、遥かに血塗られた道の上で彼は今もなおがむしゃらに走り続けている。

 そして、そうまでして走り続けることを科すことになったかつての遺恨が、この地にはある。その罪を、過ちを正すまで、もう迷うことはできないと。その決別を表すように男は地面に手を当てた。

 その姿は、まるで許しを請う罪人のようであり、神に懺悔を打明ける虜囚のようで。 

 

「いずれ、そちらに行くことになると思う。だからその時は、どうか」

 

 笑顔で迎えてあげてほしい。

 とても口に出して言えるはずのない言葉を飲み込み、もう一度だけ彼は黙祷をささげた。

 

 

 

 

 

 目が覚めて目に入ったのは見覚えのある天井。

 思考は正常。

 次いで意識したのは体の不自由さ。取分け、右上半身が縫い付けられているかのようにつっかえる。

 

 否。

 

 若干重い首と開いた両目を右下へと動かすと、そこには黒い布でミイラ男よろしく巻かれた腕がU字杭で縫い付けられている。

 議論の余地もなく、現状は異常極まれた。

 

「夢、ってオチが普通だろあんなの」

 

 誰が起きたらこんな有様だと予想できるだろうか。確かに、自分は記憶にある夜において、致命傷級の一撃をもらいはしたが。仮にその傷を癒すために絶対安静を強いられるとしても、魔術処理を施しているだろう杭でこれでもかと縫い付ける必要はないはずじゃないだろうか。

 

「なぁ、セイバー」

 

「すいません、レンっ」

 

「まだ何も言ってないんだが」

 

 今度は視線を右ではなく左側へ。

 気配は静かだが、おそらく自分が寝てからもそこに居てくれたのだろう。実直且つ義理堅いだろう彼女の性格を表していると言える。言えるが、あの夜のことに関しては蓮の中では決着のついたものだと思っている。彼女自身負い目は拭いがたいというのは分かる。しかし、だからといってこちらが何か言う前に自分は無力だと言葉を挟む前に謝るのはどうなのだろうかと思う。

 

「その施術に関してだとしたら、私は力になることはできないので」

 

「あ、いやま、うん。それはそうだろうけどさ」

 

 察しがいい――訳でもない、か。窮屈そうな顔で窺うように声をかけられたのなら、余程の者でない限り予想は立つだろう。この状態で何の支障もなく、当たり前のように朝の挨拶から日常会話に移れる猛者がいるのだとしたら、蓮自身お目にかかりたいくらいだ。

 

「そういえば、遠坂は?」

 

「リンなら、キリツグを呼んでくると外へ行かれました。時間的にはもう間もなく戻ってくると思いますが」

 

「親父を?」

 

 そういえば凛の話によれば、昨夜自分達を助けてくれたのは切嗣という話である。セイバー達ですら苦戦したあの虎兜を相手にどうすれば渡り合えるのか想像もつかない。実際にその場を見た遠坂からして要領を得なかったというのだから、ソレも含めて話を聞かなくてはいけないことの一つだろう。

 だがともあれ、無事あの夜を生き延びたことは事実。死んでしまっては何も残せないし、成すこともできない。どうやら、あの白い少女に目をつけられたらしいことは目下頭を悩ませる種だが。

 

「ん? そういえば、セイバーに親父のこと話したっけ」

 

 聖杯に呼び出された英霊に与えられる知識は、あくまで日常に溶け込むために必要最低限の一般常識だ。言語やおおよその歴史等がそれに当たる。他ならないセイバーの口から説明されたことだ。

 つまり、聖杯戦争にまつわる重要な固有名詞等ならともかく、高々一魔術師の名前など知るはずもない。

 

「そうですね。こうなってしまっては隠しておくものでもないですし」

 

 そう言って居住まいを正したセイバーは一呼吸して口を開こうとしーー襖の向こうから顔を覗かせた訪問者によってその出鼻を挫かれた。

 

「やぁ、元気そうだね蓮君」

 

「時臣さん?」

 

 ただの見舞いに来ただけだというように襖を閉めると杖を壁に立てかけ、足に負担をかけないようゆっくりと腰を下ろした。一言失礼と詫びた時臣は蓮の右腕を拘束しているU字杭に手を当てた。

 

「……とりあえずは大人しくしているか」

 

「あの、時臣さん?」

 

「ああ、すまない。どうやら凛の説明不足立ったみたいだね。許してやってほしい」

 

 そう言ってU字杭の一つ一つに手を当てていくと、あれほどびくともしなかった杭が彼の手によって何でもない風に外されていく。

 今受けた謝罪もそうだが、話の過程を大きく飛ばしている感じが酷くはないだろうか。彼の娘である凛にもそのきらいはあることから、あれはどうやら遺伝だったようである。単に親の癖がうつったというだけかもしれないが。

 

「傷はほとんど塞がっているはずだ。治療の効率化のためとはいえ、君には窮屈な思いをさせてしまったね」

 

「いえ、そういうことなら俺は別に」

 

 それほど長い時間拘束されていたわけではないが、一応同じ体勢を強制されていたのである。確認の意味も含めて上体を起こして軽くストレッチの要領で身体を解してみると、予想に反して不思議と軽い。

 最後に、右腕に巻かれているままになっている黒い布を確認する。右腕殆ど覆っているとはいえ、それ程分厚く巻いているわけではないのか、腕を曲げ伸ばすのにそれほど支障はなかった。精々が動かし辛いといったところ。治療の為だという杭からも外され、傷の回復も良好だという。なら支障はないとはいえ、右腕丸々を包帯で覆っているというのは何かと目につく。できればこれも外しておきたいと時臣に確認を取ろうとすると、なぜか彼は少しあわてたように待ったをかけた。

 

「それは、まだ外さないでくれ」

 

「はぁ……これも治療の?」

 

「仮にも英霊の一撃を受けたという話だからね。表面上の傷が塞がっているとはいえ、精神面や魂。より内面になにも影響がない、と考えるのは危険だろう」

 

 つまりは呪い。呪術的なものや時間差や経過時間によって効力を発揮する類のものを警戒したモノ、ということだろう。昨日、正確に言えばその前のアサシンによる襲撃から、英霊が言葉通り人間離れした存在だということは肌で体感している。

 

「とはいえ、ここまで言っておいて申し訳ないが、正直なところその布に関しては門外漢でね。状態を“安定”させている。それ以上は私も把握しかねるというのが実状だ」

 

「時臣さん、でもですか」

 

 蓮が知る限り、時臣という人物は魔術師として一流の人物だと認識している。本人は全盛期に比べればと不自由な身体を示して苦笑するが、人柄的にも尊敬できる人物だと思っている。その彼が専門外だという。昔、切嗣本人に聞いた話では、魔術に関しては全般的に時臣の方が優れていると聞いていたが、見た目に反して、この布というのはかなり特殊な物なのだろうか。

 

「凛から聞いたかもしれないが、それは切嗣の特別製でね。彼の家の系譜による色がが強い。だから私が下手に手を加えると、かえって悪影響を与えかねないんだ」

 

「まぁ、そういうことなら」

 

「幸い、今は服装的にも隠せなくないだろう。手に関しては、怪我を理由につければ手袋で十分誤魔化せる範囲だ」

 

 学校に関してはこちらで話をつけておくという時臣は、そう言って蓮に薄手の黒い手袋を手渡してくる。実際に受け取ってみると、薄手のように見えるが生地はしっかりとしており、色も同色なことから包帯の色が透ける危険性のある白手等よりはマシなのだろう。マシなのだろうが。

 

「…………」

 

「? すまない、サイズが合わなかったか。一応、こちらの見立てでは問題なかったと思ったが」

 

「あ、いえ。サイズ問題ないですよゼンゼン」

 

 サイズは問題ない。むしろ包帯同様にジャストフィット、関節の可動に支障が少ないという謎仕様のこの手袋。

 なのだがしかし、ちょっと待ってほしい。

 黒い包帯がまかれた腕。

 その先の手を覆う黒い手袋。

 実際に制服に袖を通しているわけではないが、その姿を想像して頭痛がしてきた。

 思わずその姿を想像して後悔していると、横にいる時臣も、セイバーもまるでそのことに気づいていないようだ。ああ、遠坂当たりなら腹を抱えて笑いそうだ。

 

「――痛すぎるだろ」

 

 その後、切嗣の到着の遅れを知らせに舞弥が家を訪ねて来るまで酷く憂鬱とした気分を味わった蓮だったが、その言葉を受けた時臣が経過の為に通学を促され、さらに肩を落としたのはわずか数分後の話である。

 

 

 






 お久しぶりです!
 一体何日かかったのだろう( ですが去年と同様、やはりこの時期は時間を取れないので、今月はおそらくここまでが限界になると思われます。申し訳ありません!
 予定では短編(?)の方を一話年末までにあげられたらあげて歳を超える感じですかね。間が空いてしまいますが、ご容赦いただけると助かります。

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