冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Deus ex machina-

 

 魔力が、アーチャーの放った神秘の残滓が無散していく。

 振り貫かれた黒塗りの手甲。

 傷はなく、焼け落ちた様子もないそれは無傷のまま。

 英霊に対して現代の魔術がまったくの無為でしかないのだとしても、アーチャーが放つ弾丸は彼の生きた時代、彼が培った獲物であり業。つまり、現代を越えた“神秘”を宿すもの。

 

 よって、ここに判断材料が三つ用意された。

 

「物理、魔術、宝具――の類でもキツイでしょうね」

 

 そんなのありかと口をついて出かけた憤りを呑込む。

 狂戦士が持つ不条理。理不尽を体現する能力の歪さは、イリヤスフィールの言葉通り“最強”の名に恥じない能力だった。

 

「ごめいさつ。この世界に“産み落された”ものはみんな、彼の拳に抗えない」

 

 彼女の言う例外なくという定義がどこまで真実なのか。その程度を知ることは出来ないが、事実として無機物であろうと魔力であろうと、さらにはアーチャーの攻撃ですら無力化されている。

 ただ“拳で殴る”という悪夢にも思える手段。

 額面通り受取るのなら、彼の拳は“触れたモノに問答無用で死を与える”という、言葉にすれば冗談のように馬鹿げた能力。

 

「っ、だからって」

 

 横に立っていた凛の気配が、言葉に反して一歩後ずさった気配を感じた。

 だが、それも当然だろう。触れれば負けるという相手に、一体全体どう戦えというのか。

 

「かわいいわねリン。でも素直になったほうがおりこうよ」

 

 いやそもそも、コレを前に勝負を自体挑む事が間違っているかのように思える。

 蓮も凛も、逃げ出さないのは偏にそれがどういう結果を生み出すのかを理解しているから。背を向ければ、己の末路は彼の足元に積まれた砂となると。

 

 故に逃げられないし、ただ単に逃げるつもりもない。

 真正面からあきらめないと受け止めていた彼等に対し、やはり、少女は冷め切った目で見下ろしていた。

 

「――つまらない意地をはるのね。いいわ。なら望みどおりにしてあげる」

 

「■■■―――■■!!!!」

 

 振り下ろされる白く小さな腕。その主の号令に従い、咆哮と共に狂犬が飛び出す。

 彼が両腕に宿す“絶死の理”を覆す術などこちらにはない。だが、魔術師が死を受け入れている存在だとしても、無条件にそれを受けいれ諦めるのとでは訳が違う。蓮も凛も諦めていないし、思考は決して停止させない。

 考えろ。

 ただその一言を頼りに脳と魔術回路を限界まで酷使する。

 

 その間はまさに僅か、数秒にも満たない思考の海のなせる業。だが、目の前に迫った狂戦士はその腕を振り絞っている。猶予などいくらもない。

 

 そこへ――

 

戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)!!』

 

 極光を放つ聖剣で空間を薙ぎ払ったセイバーが、空いている左腕で己の主を抱え、傍にいたリンをアーチャーが回収して一息に距離を空けた。

 

「セイバーッ」

 

「ただの目暗ましです! あまり効果は望めませんっ」

 

 配慮する余裕がないのだろう。遠慮のない全力の移動は、強化している筈のこちらが舌を噛みそうになるほどの高速運動。遅れて横に着地したアーチャーと凛を見れば、彼女も若干額に汗を浮かべていた。

 

「アーチャー。貴方に何か策は」

 

「……ねぇな。少なくともあんなクソふざけた能力覆すなんざ、そう簡単に出来る芸当かよ。どう考えてもこの場じゃ不足も不足、なんも足りてねぇ」

 

「逃げるしかない、か」

 

 そもそもココに残るという選択肢を考える方がどうかしている。だから心のどこかで背を向けるべきじゃないと訴える己が異常なのだ。

 もちろん、それを行動に移そうとするほど無鉄砲でもないつもりだ。アーチャーの言うとおり、先程まで自分たちがいた場所の舗装を“砂場”に変えている異常な光景を確認すれば、可か不可など論ずるまでもない。

 

「ムダよ。ここからはだれも逃がしてなんかあげない」

 

 そして、論ずる暇など与えないというように、狂戦士が頭上より落ちてくる。

 その様はさながら砲弾が降り注ぐ様そのもの。彼が着弾した地面が衝撃によって砂に変えられる傍から巻き上がり、視界を潰しにかかってくる。

 

「クソっ、遠坂!」

 

 人気が無いといってもここは住宅街、道のど真ん中だ。その巨体も合わさり、二組の主従は分断される。

 

「さがってください!」

 

 砂煙の向こうから深紅の双眼を輝かせた虎兜がこちらを覗きこむ。続いて放たれる拳撃は相手の間合いの内、回避するには半瞬遅い。

 判断は素早く、覚悟を決めた様な表情でセイバーがその手に持つ聖剣で防御姿勢を取る。が、

 

「――たく、人使い荒すぎだろ」

 

 その凶弾の基部。拳より上の甲冑部分に万遍なく放たれる、都合二十もの魔弾。その衝撃の幾らかは狂戦士の持つ理によって霧散したが、残る魔弾の炸裂がその上体を逸らした。

 

「オイオイオイ、どんだけ魚喰ったらそんなナリになるっつうんだよ」

 

 固すぎだろとぼやいている声は右上方、近くの民家の屋根で両手に銃を構えていたアーチャーのものだ。

 

「――――」

 

「おぅおぅ、おっかねーの。何だよ怒髪天でも突いたってか? ハッ、生言わせんなよ黒甲冑」

 

 思わぬ横槍を受けた形になった虎兜は、その視線を横槍を入れた当の本人であるアーチャーへと移している。理性を無くしている筈のバーサーカーに指向性のある怒りに類した感情があるのかは不明だが――いや、それより、この場ではもっと重大な情報がある。

 

「衛宮君! こっちは大丈夫よ。それより――」

 

 無敵に思える能力も、無欠ではないということ。

 拳から肘にかけて無傷の甲冑に対し、二の腕、肩にかけての被弾ヵ所がアーチャーの攻撃を受けてくすんでいる。罅といった鎧を破壊するまでではなかったが、だとしても。

 

「ああ、利いてるっ」

 

 無敵に思われた鎧であり、矛である狂戦士の能力、その発動の前提条件。即ち彼の腕、恐らく拳から肘にかけて纏う“絶死の法”に触れるということ。まだ判断材料は少ないが、それでも光明が見えたことには変わりない。

 

「……なにをよろこんでいるんだか。そんなもの」

 

 だが、己が最強と謳った英霊の欠点が露呈したというのに、少女の言葉、そこに宿る感情は変わらず零度のまま。

 

「ぞうがアリにかまれて痛がるわけないじゃない」

 

 その言葉に答えるように、狂戦士が崩れされた体制を立て直す姿にはまるで堪えた様子がない。

 

 加えて――

 

「傷が、塞がっていくっ」

 

 破損させられなくとも、僅かに与えたはずのダメージが癒えていく。まるでそれは一つの映像を巻き戻すような不可解さ。

 だがそう、考えてみれ納得のいく話。彼の能力が物理だけでなく、概念的なもの、魔力や神秘の産物さえ無力化してみせている。なら、ダメージを与えられたという“事象”を“殺せた”という不条理が実現したとしてもおかしくない。

 

「いえ、ですがこれなら、戦えないわけではありません」

 

 しかし、ダメージを問答無用で無効化されるわけではないのだ。

 ご都合主義ここに極まれりといった、まさに理不尽の塊のような法、彼の能力でありルール。

 確かに驚異的な能力である事には変わりないが、手も足も出ないという訳ではない。戦いようによっては足を縫いとめる方法などいくらでもある。

 

「てぇわけだ。即興上等、合わせてやるよ。派手に暴れてようや」

 

 古めかしい拳銃を二丁、構えといえば雑なそれが様になっているアーチャー。

 

「言ってくれますね。そちらこそ、遅れないでくださいよ」

 

 聖剣から戦意を放つように雷光を瞬かせるセイバー。

 

 二騎の英霊が互いの得物を構える。その姿は垣間見た勝機を逃さんと猛るように、“絶死の法”を持つバーサーカーに欠片も臆している様子が無い。

 

 きっかけはどちらからだっただろうか。

 まったく同時に見える拳のきらめきと銃声が合わさり、迫る虎兜の狂戦士を彼女等は迎え撃つ。

 

 

「じゃあ」

 

「ええ、私達も」

 

 その姿を改めて確認し、完全な劣勢ではないと判断する。

 少なくとも、逃げの一手しかなかった会敵当初に比べ、セイバー達はバーサーカーをその場に押し止めている。

 

 三騎の英霊、それもバーサーカーと相対して際立つのは、まず何よりもその爆発力。空気すら圧殺しかねない猛攻とそれに組み合わさる死を与える拳撃だ。

 故に、コレに勢いをつけさせるの下策。可能な限り撹乱し、足を止めさせ、攻勢でありながら守勢を取らせるために地に縫い付ける必要がある。

 現状、“真名解放”ではなくとも宝具による攻撃をかき消されたのだ。有効か見極められない状態で先走れば無駄撃ちでしかないだろう。

 

「理解できないわね。この期におよんでまだはむかおうなんて」

 

 その為に、マスターである蓮と凛が選んだのは聖杯戦争の常道である英霊同士の決着による勝敗ではない。その憑代であり、この世に存在しないサーヴァントを維持させているマスターを狙うというのはある意味で当然の帰結だろう。

 

「あら、なんで結果が決まってるのかしら?」

 

「だな。悪いがコッチは二人掛かりだ。子供相手でも命を狙ってきたんだ加減はしないぜ」

 

 むろん、蓮にイリヤスフィールを殺すつもりはない。あくまで無力化、その後で令呪の破棄なりバーサーカーとの契約を破棄させればいい。

 これを凛が聞いたのなら何を甘い事をと一蹴されるのだろうが。

 

「なまいき。いいわ、別に二人でも……遊んであげるから、さっさとかかってきなさい」

 

 そしてこちらの挑発をそのまま受け取ったのか、マスターである少女が魔術師としての己を起動させる。

 

「っ、嘘だろ。人間かアレ」

 

 服の上からでさえ紅く光り浮かび上がる独特の紋様は魔術回路だろうか。全身に隈なく施されたソレは魔術刻印のそれにも思えるが、そもそもの魔術刻印は代を重ねた魔術師が研鑽した成果の結晶。

 

「噂には聞いていたけど、相変わらずアインツベルンの考える事は頭おかしいわね」

 

 この冬木の管理者でもあり、6代目当主の凛が実父より移植された魔術刻印でさえ左腕に刻まれたもの。それだけでも相当であり、移植時拒絶反応による激痛が伴う事も考えれば、イリヤスフィールのそれは正気を疑うレベルだ。

 

 こちらの驚いた様子にクスクスと歳相応に無邪気さを感じさせる笑いが降りかかる。だが、目の前の少女のそれは明確な殺意を織り交ぜたモノ。

 相手は子供であろうと魔術師、聖杯によって選ばれたマスターなのだ。怯んで時間を浪費している場合ではない。

 

「っ、俺が突っ込む! 遠坂は」

 

「ええ、バックアップの心配はしないで」

 

arrest hour(時よ 止まれ)!』

 

 同じく遠坂が彼女の始動キーを唱えるのを耳に捉えながら、一息に強化した足でアイリスフィールとの距離を縮めにかかる。

 数日前――感覚では昨日――は死にかけだった身体が、まるで平常時のように好調に魔力を循環させている。

 

「飛んでっ!!」

 

 そこへ背後から声と共に迫る弾幕。援護というにはこちらも巻き込む気ではと思う程の物量にものを言わせた魔弾の壁を、近くの電柱を駆けあがるようにして回避する。

 強化しているとはいっても、対象となるのは身体機能、体感時間といった自己にあるもの。その為、重力制限を無視するような類ではない。が、電柱と電柱の間くらいなら跳躍の足場にする程度造作もない。

 

「ッシ! もら―――」

 

 突き出ているボルトを足場に、登るのではなく一気に蹴り落ちる。その先、常人の近くを超える移動をもって少女の頭上を取り、

 

「そんなわけないじゃない」

 

「っ、壁か!?」

 

 見えない壁に隔てられるようにして落下が阻まれた。

 至近距離。互いに表情を確りと確認できる距離での停滞。その致命的な隙を、横合いからより魔力を練られた魔弾が飛来する。

 

「ダメかっ、衛宮君!」

 

 威力としてみるなら屋上で見た時のそれより数段上に練り込まれた“ガンド”を少女が取り巻く壁がくもなく受け止める。こちらの物理的なものに比べ、凛の方向へ手を添えていたが、効果が無い事に変わりはない。

 

「へぇ。割と簡単な魔術ね。こう、かしら」

 

 そして、視線だけをこちらに向け、空いている右手を真直ぐ伸ばす。親指と人差し指を伸ばした、その独特の形。

 

「ぁぐ!?」

 

 直ぐに理解して離脱するが、もともと至近距離だったこともあって回避は不可能。強化の上からだった事で本来受ける筈の呪いは薄い。少し体にだるさを感じる程度だが、地面を蹴って拠路を置こうとしたために踏ん張りがきかず、少女から大きく距離を離される。

 

「この感じは」

 

「リンと同じだって? でしょうね。ちょっとクセがあるけどなかなか使い勝手はいい魔術ね」

 

 凛の“ガンド”は“フィンの一撃”とも呼ばれる物理的な威力を宿した呪いの塊。少女の言葉が演技でもないとすれば、今初めて行使したようにとれる。だが、仮にイリヤスフィールが魔術師として高位の術者であったとしても、見ただけで同程度の威力を持たせれれるのかという疑問が残る。

 

 そこへ、背後から響いた轟音と共に、間横を通り過ぎる影。激突と共に塀を粉砕したのは、バーサーカーによって吹き飛ばされたセイバーとアーチャーだ。

 

「アーチャー!!」

 

「ボケが、なに、余所見なんかしてやがるっ」

 

 セイバーを庇ったのか、両者とも吹き飛ばされたにしては、アーチャーの負傷が目立つ。取りわけ、色素が抜け落ちたように白く変色し、意思が通わないようにあらぬ方向に曲がっている右腕を見れば、彼が直撃をもらったのは明らか。

 

 アーチャーがどういう手段でバーサーカーの拳に耐えたのか、彼等の戦闘に目を向ける余裕のなかった蓮達に知るよしはない。

 だが、問題はもっと別の所にあり、この場で最も懸念すべきことがある。

 

「っ、レン!?」

 

 瓦礫と化した塀から出てきたセイバーと目があい。こちらを捉えた彼女が目をむく表情を浮かべ、次の瞬間散らばった破片を吹き飛ばす勢いでこちらに駆けてくる。 

 

 だから、それで何が起きているかと途切れていた思考が符合する。

 

 ゆっくりと、本当にゆっくりと振り返える。

 その間。まるで周囲が制止したかのように周りは静かで、こちらに向かって叫ぶ凛やセイバーの声が酷く遠くに感じた。

 

「――――」

 

 無言で立つ巌のような男。

 セイバー達との乱戦の痕か、傷ついていた甲冑が目の前で徐々に修復されていく。その内、唯一変わらず無傷である双拳。ゆっくりと腰だめに構えられた手甲が、構えに従って擦れる甲冑が甲高い音を響かせる。

 

『今度は、俺の勝ちだな■■』

 

「え?」

 

 本来言語を失っている筈の目の前の何か。

 それらが黒甲冑によってこちらに向かってかけたものだと、遅れてようやく認識でき――何故かこの時、思考は回避や防御といった行動をとらせなかった。

 

 まるでその言葉その物が呪縛であるかのように、とても大切な、何か重要な見落としをしている様な違和感が思考を、身体を縛り付ける。

 瞬きもせず、迫る黒い塊を前にただ立つ事しかできない不可解さ。

 そして“絶死の拳”によって、衛宮 蓮の意識に幕が引かれる。

 

 走馬灯など流れる余裕などない。唐突に、一方的に押し付けられる生の終わり。

 一瞬だけこちらになおも駆け寄ろうとする眩しい光が見えた気がしたが、意識が保たれたのはその瞬間だけ。

 即座に訪れる無音の暗闇。次第に自我が吞まれていく感覚と共に身体の感覚は消え去っていた。

 

 

 

 

『――ああ。何とも情けない姿だな我が■■よ』

 

 

 

 

 その刹那、とても耳障りな、心を乱す不快音を耳にした気がした。

 

 

 

 






 諸事情により、今回のタイトルだけでもお察しかもしなかったですが、主人公ダーイ、なお話。
 まぁ、ちゃぶ台返しの気配するから(っとチャックチャック
 自分で出しておいて黒甲冑強過ぎねと思った(けど楽しいけど

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