冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Savage beast-

 

 私立穂群原学園。

 冬木の地で丘に建てられたこの学び舎。四階建ての本校舎に美術、音楽室等が別棟に設けられ、理事の意向か、高校としては十分以上に立派な弓道場が建てられている。

 時刻は夕刻より前、まだ部活動に精を出している生徒も残っている中、一部、いや、二か所において、そこは異界と形容しても遜色のない惨状を呈していた。

 

 内の片方、より顕著に無残かつ無慈悲に変貌を遂げていく場を一言で表すのなら、疑問の余地もなく、それは一目瞭然。

 ただ“火の海”、その一言に尽きる。

 

 そして、この壮絶な、ある意味地獄絵図のような光景を創り出したのが一人の“女性”の手によるもの。加えて、生を許さぬ灼熱の世界で、いまだ生きながらえている規格外の巨大な生物が逃げ回る光景。仮にこの場に居合わせた人間がいたとしても、現実逃避する様は容易に想像できる。無論、この場に余人が居合わせる可能性が皆無な事も。

 

「ちょっとちょっと! いいかげん冗談にもならないですの! あんたココのせんせーじゃないんですのっ」

 

 喧しくも空を“駆けまわる”巨大な犬。大きさも規格外なら、その身体能力も規格外だった。その証明ともいうべきか、宙を自在に走る爾子(にこ)は、その白い毛の一部にすすけた様に変色しているものの、大きなやけどを負っている様な様子はない。

 つまりそれは、この灼熱地獄の中で、爾子は致命傷に至る一撃を受けていないという事に他ならない。

 

「ここに至って口の減らぬ様は、ある意味で敬服するがね。だが、私の“炎”はそのような半かを許すほどぬるくはない」

 

 故にだからこそ、この地獄絵図が出来上がったのだ。

 必中を誓い、放つ炎はその効果範囲を拡大させていく。逃れ得ぬ爆心となって爾子へと猛威を振るう。

 だが、その獲物である式神、爾子はその悉くを回避していた。宙を駆ける三次元的な移動もさることながら、常人の目には止まるなどないその移動速度が、その有り得ない光景を現実のものとしている。

 

『神火清明』

 

 無論、それをただ眺めて“鬼ごっこ”とも取れる現状をよしとするキャスターではない。

 彼女の手より放たれ乱れ舞う呪符は紙吹雪のように、だが、キャスターの命に従って正確に、“爾子”と自称した式神を追尾する。

 

『――急々如律令』

 

 彼女の口から放たれた言霊を引き金に、紙吹雪より燃え上がる紅蓮の華。もとが吹雪と見間違うほどの物量を誇っていただけに、巻き起こる業火は炎の暴風となって爾子の進行方向を塞ぐ―――が、

 

「アチアチっ、このままじゃ爾子コンガリキレイに美味しく焼けちゃうですの!?」

 

「心配するな。所詮式神、つまりは紙に念が籠ったモノ。魔道生物や使い魔とさして変わらん。どのみち、媒介が消し炭に残る程度だろうよ」

 

「そう言う問題じゃねぇ! ですの! こんな可愛らしい爾子を前にして問答無用で焼くとか血も涙もないですの!」

 

 式神であると言い張った爾子の言葉の真偽はともかく、これほどの熱量をほこる炎に晒されれば、例え生物でも骨が残るかどうか。

 開幕から問答無用で周囲を焼き払った手並みもそう。幾ら周囲から干渉を拒絶できる結界を張れるとはいえ、少しは良心が痛まないのかと爾子は吠えたわけだ。

 

「あってどうなる。第一、そういうものは自称するような輩など、程度がしれるだろう」

 

 が、結果はにべもない。

 たった一言で無駄な感傷だと切って捨てたキャスター。その行動と伴う表情、どうやら言葉通り、彼女は動物の態を取っている爾子を焼き払うのも、仮初の職場である学園を燃やすという事態に何ら痛むものが無いらしい。

 

「うっわー……ひょっとしなくても鉄面皮の冷血女ですの。きっと心がカサカサのシワシワですの」

 

「ほう」

 

 瞬間、何もない筈の虚空より、数重もの鉛玉が、爾子目掛けて放たれた。その数は人一人が銃器を持ったとしても撃てる量を容易く超え、爾子の視界を見れたのなら、そこには鈍色に光る壁さながらの弾幕が迫っていただろう。

 先程までの“魔術師”然とした戦い方だっただけに、唐突な銃撃の嵐は虚をつくという面では効果的だ.現に爾子は僅かな間とはいえ硬直を強いられていたのだから。

 

 しかし、

 

「これも避けるか……面白い」

 

 その人が回避しえない筈の“壁”を避け、爾子はキャスターの真後ろへと駆け抜けていた。

 弾幕は確かに壁のように見えても、実際は小さな誤差がある。あるが、それはコンマ以下の話であるのは無論の事、そのような思考速度を人は形成できない。

 故に見事だと、強敵と見えたことにキャスターは口角を釣り上げる。

 

「ふふーん。この程度、爾子にとっては朝飯前ですの」

 

 キャスターから幾らか距離を取り、捕捉されないよう自慢の足で円を描くように距離と機会をうかがう爾子。その疾走は姿どころか影さえも目には負わせず、蹴りつけて舞い上がる砂が数瞬遅れて彼(あるいは彼女)の足跡を教えてくれる。態々定形ではなく、弧の大小を調整する事によって探知の網に捉まりづらくするという周到ぶり。見かけによらず戦いの駆引きに準じた戦法だ。

 

「へぶっ!?」

 

 ―――が、突如として姿を現した爾子。

 悶えるようにゴロゴロと、赤くした額を短い両前足で抑えようと丸まっていた。

 

「ああ、言ってなかったか。悪いがそちらは通行止めだ。外に用があるというのなら、コチラに話を通してもらわなければ困るな」

 

 まるでそこに見えない壁へと激突したというような光景だが、キャスターがこの場に張った“結界”が外からだけではなく、内側からの干渉も跳ね除けるのならうなずける。寧ろ、そこまでしなくてはあそこまで派手に蹂躙は出来ないだろうが。

 

「ぅ――、そういう事は先に行ってほしいですのっ」

 

 恨めしそうにキャスターを睨み、大きな目を潤ませている姿は愛くるし――くもないが、何度も言う様にその巨体と出鱈目な頭身で台無しである。

 

「しかし弱ったな」

 

 もちろんの事、キャスターは爾子の恨み節に取りあう気はない。ここで彼女が言う悩みどころは爾子の予想外の回避能力だ。

 彼女も手は抜いていない。最初に姿を確認した時から、見定めた能力の範囲で遊びは一切なく攻めたてた。

 

 中庭を焦土と化した爆炎しかり、爆符の紙吹雪による追撃も、壁と見間違うほどの弾数にものを言わせた弾幕も、並みの英霊なら三度とも軽く屠れる技だ。

 

 突き詰めれば、今以上の速度も、破壊力も、必中性を高めた技というのもキャスターは持っている。問題は、今以上に加減が難しいということ。術者である彼女自身にもそれ相応のリスクが伴うという点だ。建前としては、まだどの陣営も脱落もしていないこの段階であまり手札を切りたくないということもある。

 そのためにある程度高水準の術を多用してきた。が、それを全ていなされるのでは、いよいよもって秤に乗せるリスクを上乗せしなくてはならなくなる。隠匿の為に結果として想定外に時間をかけすぎるのであれば、それは本末転倒というもの。

 

 そしてならば、さて――

 

「致し方あるまい」

 

 ここに“魔術師”の英霊が秘めた札を切る為印を組む。

 刹那、結界内を熱風が吹き抜け、待機から水分を奪う。

 次に編み出される術が及ぼす破壊はこれまでの比ではないと想像するのは容易だ。だが、この“内側”には既に被害を気にするような生物などいない。時間と手を尽くせば修復できる無機物程度、取るに足りないと踏み切った彼女の口元は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 階下の一角で二つの霊核がぶつかり合おうとしている頃より前、屋上では二つの戦いが繰り広げられていた。

 

「そら、勢いが落ちてきてるんじゃねぇのっかよ!」

 

 一方は凛の英霊であるアーチャー。

 

「――口の減らない。“三騎士”の名をほこるのなら、己の腕で語ればいいものを」

 

 そして襲撃者であるシンジが駈るライダーだ。

 

 近接戦闘特化と遠距離特化の戦法と取る英霊同士、よってその戦いは間合いの取りあいに終始する。

 

「おぉおぉ、言うね坊ちゃん。けどま、そら言われるまでもねェよ」

 

 会話を途切れさせず、その合間を縫うように両の手それぞれに握られた銃で牽制するアーチャー。

 彼の銃の腕前が正確無比であり、軽薄な言動が目立つ男であるが、こうしてみるとその全てが一つの戦い方なのだと蓮も凛も理解した。

 

「口の軽い人間は弾まで軽い」

 

 隙だらけ、その弾道見切っているぞと懐に一瞬の内で侵略したライダー。

 その歩法は見事の一言につき、本来騎乗してこそ真価を発揮する英霊が徒歩(かち)で“最速の英霊(ランサー)”のお株を奪う。

 

「ざーんねん……っと。まあそう急くなよ、祭りはまだ始まったばかりだぜ?」

 

 だが、型破りなのは何もライダーだけではない。

 

「な、に!」

 

 ライダーの槍が最高速に至る直前、威力が乗り切る前に前に出た彼は銃身で槍の柄を跳ね上げる。

 一歩間違えればそのまま貫かれてもおかしくない零距離での攻防。だが、制したのは間違いなくアーチャー。そして弾かれたいま、その体格差もあってライダーは致命的な隙を彼に晒している。

 

「くっ」

 

 アーチャーは二丁使いだ。間隙は限りなく零に近い。

 故に槍による防御を捨て、後ろに飛びのきつつ懐から何かを取り出しそうとしたライダーはしかし、

 

「ソラ、歯っ喰いしばれ、よっとォ!!」

 

 次の一手、残る銃で追撃するどころか接近してきたアーチャーの銃把による殴打によって殴り飛ばされた。

 

 童子姿のサーヴァントが宙を舞う。

 見た目相応に軽いのか、それともアーチャーがその細腕に反して並外れた腕力を持っているのか。あわやフェンスへ激突、そのまま場外へ吹き飛ばされるかと思ったライダーはしかし、空中で器用に身を捻ると、槍を屋上に突き立てて無理矢理減速して見せた。

 

「大当たり、ってか。おたくも大概器用だねぇ」

 

「弓兵風情が、なめた真似をっ」

 

「なに? 弓兵は近付けばただの雑魚とでも思ったのかよ。どこに銃で殴っちゃいけねェって決まりがあるよ。狙撃や早撃ちだけで戦える程戦場は生易しかねぇだろ」

 

 彼の軽口、行動、その挑発は全て相手の油断を誘うものだ。

 邂逅からの会話で相手を探り、本来なら決定打を入れられる場面でさえ、挑発の一手として切り替える思い切りの良さ。先ほどのように、“獲れない”と判断したのなら有効打よりも相手の癪に障るように、撃てるところをあえて頬打つ。

 

「いいだろう。そちらがその気なら、こちらもそれ相応に戦い方を合わせるまで」

 

 本来相手の怒りを誘うのは戦では定石であるが、同時に量り損ねたり力量差を読み間違えれば転じて窮地を呼び込む。考え無しに出来るものではないし、相手が誘いに乗らないのなら不発どころか不利をあえて選択するこの戦い方は諸刃の剣である。

 

「へぇー……いいね。鶏冠どころか怒髪天ってやつか」

 

「その軽口、閉じさせてもらう――唵」

 

 一度は怒りを言葉に滲ませたライダーも、懐から長方形の紙を取り出した時には幾分冷静さを取り戻していた。それを踏まえ、アーチャーは余裕の態を崩さない。

 

『縛!』

 

 紙を地に投げ、屋上の罅割れ剥き出しになったコンクリート面にソレが張り付くと、途端に大人の手程もありそうな蔓がアーチャーを中心に八方から襲い掛かる。発現も一息の間なら、その展開も刹那の間に、蔓はほぼ同時に襲い掛かる。が、

 

「ハ! これでも俺は“三騎士”だぜ?」

 

 アーチャーの半径、一定の距離に侵入した蔓は弾かれ、或いは磨り潰された様に砂塵となって霧散する。

 例外なく、ライダーの術はアーチャーに届かない。だが、これはある意味で必定だった。

 

 “三騎士”。

 潜在的に関わらず、セイバー、ランサー、アーチャーのクラスで呼ばれた英霊はクラススキルとして“対魔力”を保持している。まして、その枠として呼ばれる英霊はその素質から更に補正がかかり、例外を除いて高い抵抗力を持つ。

 

「この程度の単純な魔術なんか――」

 

 余裕が崩れないのも当然の話。

 キャスター、もしくは神代の神獣でも呼び出すなら兎も角、ライダー単体の術程度が届く程“三騎士”の“対魔力”は甘くない。

 

「―――無論の事」

 

 だが、その程度言われるまでもない。

 そう声が返ってきたのはアーチャーの背後。持ち前の俊敏さでアーチャーの実力を考慮し、秘めていた一手も捨て札とする。信頼ともいえる確信で捕縛の正否を確認せず、ただ死角を取ることのみに全力を注いだライダーは、見事彼の後ろを取った。

 

「効き目など百も承知」

 

 言葉と共に繰り出される槍の間合いは必中必殺のそれだ。アーチャーがライダーの声を聞いた時には、既に回避を許さない。アーチャーも遅れて回避の為か身を捻ろうとするが、その程度で間にあうのなら、そもそも声はかけない。

 しかし、必中を確信し、弁舌かな彼への皮肉を込めた一撃は――

 

「――またまた残念。声や音殺した程度じゃ、まだまだタマはやれねえな」

 

 完全な死角から心臓目掛けて穿つ一撃を、振り被る様にして背後に回された銃身が受け止めていた。

 

「なんだよ。そんな不思議でもねえだろ。あんま人を化け物みたいな目で見てくれるなよ。割と傷つくわ」

 

 ありえない、と表情に出してしまったライダーを責められはしないだろう。寧ろ、その表情をまるで見ているかのように、今も“前を”向いたままのアーチャーが言葉を投げていることを考えれば至極もっともだ。

 

「――――」

 

「お? なんだよ。今度はだんまりか」

 

 だが、そこでかえって冷静に思考が切り替わったのか、ライダーは落ち着き払うようにして槍を手繰り、石突で地面を突く。一見構えを解いたようにも見えるが、闘志を絶やさないその瞳を見れば、ライダーの意思を知るには十分だった。

 

「そうさな、折角の祭りだ。華の舞台はそれらしく、精々派手に行くとしようぜ」

 

「ボクはそんなもの理解できないし、付き合う気もさらさらない」

 

「クハっ、つれないねェーま、結構。こっちはこっちで勝手に盛り上がるさ」

 

 この手の口や、今までの挑発をものともしないのなら、よりこちらがやり易いよう舞台を整えるだけ。

 謀り、騙し、担いで欺く。

 戦の駆引きも醍醐味だろうと歌舞くように構えるアーチャーと、対峙していたライダーは一息に距離を詰め、異なる獲物が火花を散らす。

 

 

 

 

 

 二人の英霊が激突する。

 互いに手繰る得物は対極だが、銀光と共に舞う連撃の数々は、彼等が一級の戦士である事の証明でもある。

 

 だからだろう。

 これほど近い距離でありながら、自身のマスター達に飛礫一つも飛ばさない彼等の技に、正直目を奪われていた。

 

「なんだよ、これ」

 

 近づく余地がないとは、こういう事を言うのだろう。

 

 次元が違う。

 届かない。

 比べるに値しない。

 

 考慮するまでもなく、自身は足手まといだというレッテルを張らざるおえなくなる。

 英霊相手には当たり前。そんな事前知識で弁えたと思っていた覚悟が、実際目にすれば丸で足りなかったと思い知らされる。

 いざとなればこの身を盾にしようという考えは、無茶どころか無謀。1%も勝機の無いという現実に叩きのめされた。

 

「で、何二人して呆けてるのさ。別に、バケモノ同士の戦いなんだ。余所は余所、向こうは向こうで派手に盛り上げてくれればいいだろ」

 

「シンジっ」

 

 横で聞こえた声に意識を振り替える。

 確認の為に僅かに視界をずらすと、どうやら目の前の戦いに意識を持っていかれていたのは凛も同じだった様子だ。

 敵と認識した相手にとんだ間抜けを晒した形だが、何のつもりか、シンジは軽薄そうな笑みを浮かべたまま肩をすくめている。罠、という線もあるだろうが、あるかもわからないもしもを論じ煮詰めすぎるのも下策。そこにどのような考えがあるのかはこちらの知るところではないし、知る必要もない。要は慢心に足をすくわれる暇もない程全力で捩じ伏せればいい、それだけなのだから。

 彼女と視線を一瞬だけ合わせ、即座に臨戦態勢をとる。彼女は腕の刻印に魔力を通し、蓮は回路に意識を回しつつ、令呪による召喚の機会をうかがった。

 

「おっと、そう怖い顔するなよ。僕としては、この場で君たちと戦う気はないんだぜ?」

 

「あれだけ派手に登場しておいて、随分な言い草ね」

 

「いやいやいや、だってそうだろ? さっきのキャスターがいい例だ。僕だって学園をこんな馬鹿げた戦いに巻き込むなってまっぴらごめんだ。けど実際、あんな訳も分からない“魔術師”が教師面して今日までいたんだ、排除するのは別におかしな事じゃないだろ?」

 

 凛の言葉には全面的に同意だ。戦う気が無いと言い出したのはキャスターも同じだが、両者には大きな隔たりがある。

 即ち、攻撃意思を実際に行使したか否か。

 

「じゃあ、最初の銃撃は俺達を狙った訳はどう説明するつもりだ」

 

 キャスターの擬態が許せないというのなら、彼女を狙ったというのは解る。その相手との契約書を破棄させようと狙ったのも、キャスターを牽制したかったというのなら解らなくはない。だが、それに付随した弾丸はどう見てもこの場にいた全員を狙っている。無差別ではなく、洩れもなく、だ。

 

 しかし、そんなこちらの問いに対し、シンジはそんなことも分からないのかと呆れたように忍び笑いを零す。

 

「わるいわるい。他意はないよ。ま、衛宮はともかく、あの時の奇襲は最初から遠坂のサーヴァントは気付いてたみたいだぜ?」

 

「なに?」

 

 本当かと視線で問うこちらに、凛は僅かに思議していたようだが、間を置いて頷き返した。

 アーチャーの見た目は英傑というより不良のそれだが、“弓兵”の名に違わず見事に迎撃して見せたその腕前から一応の信頼は出来るだろう。故に気づいていたのだから、これもパフォーマンスだと言い張るシンジの言い分も理解できなくはない。

 キャスターの提案がこの先どうなるか、彼女から比べれば明らかに魔術の劣る自分たち程度を欺くなど容易いだろうというのも確か。

 

「てわけだからさ。なぁ遠坂、お前のサーヴァント、とりあえずひっこめてくれないか。あれじゃ、オチオチ話し合いも出来やしない」

 

「話し合い、ですって」

 

「言ったろ。戦う気はないって。オレ自身聖杯戦争なんて殺し合いには興味がないんだ。寧ろ、家の縛りでこんな物騒なモンに巻き込まれて迷惑してるわけ」

 

 シンジの家、“間桐”は聖杯戦争を始めた“始まりの御三家”の一つ。マスターの資格である“令呪”を優先的に与えられる権限を持つ家系だという。

 その為、今代、第五次聖杯戦争の“間桐”のマスターが彼という事。歴史ある家柄なら、根源を目指す為に聖杯を得ようとするのもうなずける。そして、それほどの名家なら本人の意思にかかわらず、渦中に放り込まれるというのも予想がつく。と、そこまで考えれば確かにシンジの言い分も整合性がとれる。

 そう、取れてしまう――が、

 

「待てよ」

 

「衛宮君?」

 

「なんだよ衛宮。ここまで言ってもまだわからないわけ?」

 

「なんだもこうしたもあるかよ。お前、自分の話に説得力がないって気づかないのかよ」

 

 どうもコイツは昔から話をかみ砕くどころか、長々と並べ立てる傾向がある。だが、本当に戦う気が無いのなら、それも“御三家”という家柄で、聖杯戦争への知識があるのなら、まずとれる手段はいくらでもある。

 

 例えば、自分がセイバーを召喚したのが七騎目、つまり最後のクラスだったという事が一つ。彼はしばらく自主休校していた事から、正確な期間は把握できないが、彼がライダーを召喚してからは一日、ないし数日の猶予があったと想像するのは簡単だろう。

 そしてもう一つ、彼が本当にキャスターが危険だと、邪魔だったというのなら―――

 

「アイツをどこかへ消した時点で交渉の場は整ってる。幾らアーチャーが煽ってきたとはいえ、この戦いを疎ましいって言うならそもそも乗るべきじゃなかったんだ」

 

 シンジの性格はこれでも長い付合いだ。喧嘩は棒に振るより高く買う性質だというのは知っている。だが、少なくとも損得勘定のできないやつではなかった。

 むしろ、感情が先走るのはどちらかと言えばこちらの方で、あれほど見え見えの挑発に乗るのは、言ってみれば“らしく”ないのだ。

 

 ある意味信頼、とも言えるのか。

 

「だから、お前言葉そのまま鵜呑みになんかできるかよ」

 

 悪友である事を否定する気はないが、家族である桜やその家の人間を除けば、彼の事は良く知っている。

 だからこそ、矛を収めるならそちらの方が筋だというこちらに対し、何がおかしいのか、対するシンジは腹を抱えて哄笑した後、目尻に涙すら浮かべて愉快気にこちらを捉える。

 

「イイね衛宮お前ってさ、昔っから馬鹿だよなホントッ」

 

 吐き出される暴言と共に、懐から取り出されるのは魔力によって光を発している手帳大の書物。

 

『arrest hour!!』

 

「ちょ、衛宮君!?」

 

 明らかに魔術、攻撃性のものにこちらはその効力を知らない。故に実直に迎撃しようとする凛を抱え、持ち前の魔術で身体機能を“加速”させる。

 

「へぇ、それがお前の魔術か」

 

 シンジの正面から真横に位置し、距離も十分に稼ぐ。と、先程まで自分たちが経っていた場所が黒く変色し、抉り取られたかのように削られていた。

 

「どいて!!」

 

 未熟な分、避ける事に手一杯だったこちらと違い、素早く再起動した凛は抱えるこちらを突き飛ばしてその腕をかまえる。つい先ほどまでそばでその威力を体感していた“ガンド”による連弾。情けも容赦のかけらもない弾雨。

 対してシンジは魔力で編んだものか、膜状の盾を前面に展開するが、

 

「っぉ!?」

 

 魔術の練度は、やはり凛の方に軍配が上がるらしく、硝子の弾けるような音と共に、シンジがフェンス際まで弾き飛ばされる。

 

「これでっ」

 

「くそ、どいつもこいつも」

 

 その手に持った魔術書を手放さなかった事は見事だが、彼の防御が気休めにしかならないのは先に証明された通り。間桐 シンジの魔術では遠坂 凛には遠く及ばない。

 

 放たれる“フィンの一撃”。

 フェンスにもたれかかっていたシンジは、その手に持つ魔術書で先程と同様の障壁を張るが、もたらされる結果が先程の焼き増しになるであろうことは、この場の誰もが理解していた。

 

 だからこそ、

 

「こういう時の為の我等です。采配は迅速にお願いしますと、そう申告した筈ですが」

 

 介入してきた童子姿の英霊の槍捌きに唖然となる。いや、この光景は魔弾こそ違えど同じ光景である事には変わりない。 

 

「は、ははは、お前にしては気が利くじゃないかライダー」

 

「この程度はそうたいしたことでもありません。それよりも、次の指示をお願いします」

 

 身の丈を超える長槍を軽く振りながら正面に構えるライダー。

 だが彼はアーチャーと直前まで刃を交えていたはずであり、凛もそうそう横槍などはいらぬだろうと判断しての追撃だ。

 先程まで彼等が戦っていた方へ視線を向ければ、してやられたと、何故か嬉しそうな表情を浮かべてこちらに歩を進めるアーチャーの姿がある。流石に、ワザと素通りさせたなどという事はないと思いたい。

 

「まあいい。とにかくここは体勢を立て直す。アレを使えっ」

 

 もたれていた状態から、従者の機転によって救われたシンジも起き上がり、ライダーに求められた指示を飛ばす。

 状況はここにきて振出しに戻ったと言っていいだろう。

 優劣はともかく、両者のサーヴァントは疲弊した様子もなく、互いに秘奥を晒していない。となればそう、ここで言う彼が“アレ”と評したモノは英霊の象徴たる“宝具”の使用を仄めかすものに他ならない。

 

「よろしいのですか? 失礼を承知で申し上げるのなら、アレを使用した場合、しばらくは――」

 

「いいからっ、お前は黙ってオレのいう事を聞いていればいいんだよ!」

 

 急かすシンジの怒鳴り声と、冷静な、ともすれば渋る様なライダーの間にある温度差は相当なもの。察するに何がしかペナルティがあるのだろう。が、事ここにいたってはシンジも意思を曲げる様子が無く、ライダーは諦めたように息を吐きだし―――

 

「―――いくぞ、爾子」

 

 次の一言を皮切りに、空気が変わった。

 

 膨れ上がる魔力。突風と見紛うほどの奔流は瓦礫すら巻き上げる。砂礫が舞い飛び、目を開いているのも困難な中、僅かでも視界を確保しようと正面に腕をかざそうとした時、吹きつける風の中に何か大きな影を見た様な気がした。

 

「オイオイオイ、これはちょっと洒落になんねぇんじゃねえの」

 

 そして傍らにいたアーチャーが正面に進み出たのを感じた刹那、それまで不規則に吹荒れていた風が、一つの指向性をもって凪ぐ。

 

『■■■■■■・■■■■■■■■■』

 

 破砕音。

 一瞬の静寂の後にやってきたのはアーチャーを除く二人を屋上の入口まで吹き飛ばすほどの衝撃。ついで、まるで耳元で発破されたかのような大きな音が耳に響いた。

 

「なんだよ、今のっ」

 

 反応などまるでできなかった攻撃。

 そう、間違いなくライダーによる攻撃で、五体満足だと認識できたことに、自分たちはアーチャーによって守られたのかと、安堵と共に顔を上げる。するとそこには、まるで大きな車輪が蹂躙したかのような轍が出来、自分たちの頭上、屋上へ続く入口の天井が、綺麗に吹き飛ばされていた。

 

「ハ、一杯やられたな」

 

 その両手に夥しい裂傷を負いつつも、気にした風もなく千切れた袖を巻いて自ら手当をするアーチャー。

 シンジが取った手段は撤退。いや、あわよくば相手の一人でも巻き込もうという博打だ。アーチャーによって宝具解放による蹂躙劇は衝撃波程度にとどまったが、それでも屋上に生々しくのこる爪痕が、ライダーの脅威を明瞭に語っていた。

 

 

 






 よくよく歴代を思い浮かべると、アーチャーって、選定基準がなんかおかしい気がする(Extraは除く
 にしてもこいつら、本当に隠匿するきねぇよ(目逸らし

 あ、活動報告で上げましたが、試験終わったので通常通りの活動に戻りますデスヨ。

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