冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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-Two servants-

 

 悪友の、あまりにもと言えばあまりに予想外な登場。

 凛との“一方的な”戦闘によって荒れ果てた屋上、そこへ空から降ってくるという、派手と言えば派手で、ある意味自己顕示欲の強いシンジらしい乱入ではある。

 大切な後輩の愚兄であり、中学から顔見知りであり腐れ縁。だが、今目の前で銃を突きつけ、あまつさえ乱雑無頓着に発砲する姿はどれも自分が知るどの彼とも当てはまらない。

 そして、その理解を越えた光景に、蓮はただただ眺め、反応が遅れていた。

 

「……随分遅い登校だな間桐。今日の授業は終了しているがーー補修希望か?」

 

 対して、放たれた鉛の塊を苦も無く防いだのは、キャスターだった。

 アーチャーの時と同様、弾丸と此方側の間にまるで見えない壁が設けられたかのように停止してる。

 

 現世の魔術師相手から来る余裕か、彼女なりの冗談のつもりなのかは不明だ。それも随分と殊勝な心がけだなと白々しく問うキャスターの言葉では内心を推量るのに材料が乏しいというのもある。対し、攻撃が防がれたシンジは気にした風もなく、どこ吹く風という様に、寧ろキャスターの技を興味深げに眺めていた。

 

「冗談やめろよ。今更センセー面もありえないね。それともなに? 聖杯戦争のイロハでもご教授してくれるわけ?」

 

「戯けが。それが教えを乞う者の態度だというのなら、及第点にも遠く及ばん。聞く気があるなら、まずそれなりの態度というものがあるだろう」

 

 論ずるに足らんと印をきる様にして虚空に指を走らせるキャスター。その切っ先が淡く赤い輝きを放ち、彼女の周囲を覆う様に模られた鳥を模したと思われる火の玉が翼を広げて滞空していた。

 

「ま、そうなるわな」

 

「多少の手心は加えるが、どのみち、先に仕掛けてきたのは貴様の方だ」

 

 その数実に二十あまり。

 一息に作られた炎弾は蓮の目から見ても、凛の目から見ても、呪を紡ぐでもなくただの一工程、腕を振ったアクションだけで顕現させたことからも、彼女の魔術の腕を推量るのは十二分すぎる。

 同じ一工程、詠唱を省いた術なら凛の“ガンド”とて同じものだが、これはその質も速度も練度も軒並み彼女のそれを凌ぐ。

 

 だが、それを前にして魔弾に晒された彼は、

 

「ハッ、そんなモンしてくれなんて頼んだ覚えもないね」

 

 まるでその脅威が無いも同じだという様に薄ら笑い、銃を握っていた腕と反対の手を振り上げると――一条の突風が屋上を襲った。

 あまりの狂風はその場に居合わせた皆の視界を一時奪うもので、あれた屋上の埃どころか小さな瓦礫をも巻き上げ、凛達の前に位置していたアーチャーが飛来する飛礫を叩き落としていく。

 

 ようやく強風が収まり、目を保護する為に上げていた腕を下ろすと、退治したままのシンジはまるで悪戯が成功した子供のように顔を笑みに歪め、残る二人のマスターは素早く状況を把握に努めた。

 

「っ、なに、今の」

 

 結果、弓兵を除くマスター達が目にした光景、視界を取り戻した蓮達の前に広がるソレは、キャスターの消失を明示していた。

 

「うそ、だろ」

 

「さっき“先生”がご丁寧に言ったばかりだろ。“無いのなら、作り出せばいい”。数で劣るなら状況が劣勢っていうなら、有利な状況を作り出せばいい」

 

 まるで自分にはそれができると自信たっぷりに言い放つシンジ。だが、現状を創り出したのが彼の魔術、と考えるには材料が足りない。おそらく、いや、十中八九彼が連れているサーヴァントによるものだろう。

 

「なら答えは簡単だ。弱い奴から潰していく、確実に。多人数戦の基本、って言うだろ」

 

 いくら彼の家が魔道において名家とされているとしても、その腕が魔術師として英霊の枠にあるキャスターに及ぶものとは到底思えない。だがしかしだとしても、その絡繰りを目で追えなかったのも事実だ。

 

「――へぇ。中々面白い持論持ってるじゃねぇかニイチャン」

 

 故に、この場でそれを把握していたとしたら目の前でシンジと同じく手に持った銃を肩に担ぐアーチャーしかいないわけで。

 

「持論も何も、実際そうだろ。奇襲が潰されたんだ。なら次の手を打つだけさ」

 

「ほーぉ、いうねぇ。まあ、でだ。一つ聞きたいんだがよ。状況を作り出すってたなら、お前さんには俺とキャスターのどちらかを優劣つけたってことになるわけだ、が。参考までに聞かせてくれや。俺とあいつ、どっちの方が強いと思った」

 

「知るかよバーカ。強い弱いなんざ敵に聞いてどうするってんだよ」

 

 ニヤついた顔で問いかけるアーチャーのそれは余裕の表れだろうが、対するシンジの答えは先程までの凛や蓮に講釈を垂れていた上から目線そのままに、寧ろサーヴァント相手に小馬鹿にしている節すらあった。

 その様子が気に入ったのか、力量を比べるまでもなく格上の存在に態度を変えないシンジの様子に、アーチャーは一本取られたというように顔に銃を握ったままの手を当てて豪快に笑った。

 

「クク――ぁあ、たしかにな。じゃあ質問を変えるとするわ」

 

 顔に当てていた手を軽く持ち上げ、銃把でこめかみを掻くようにして向き直る。

 

「あ、なに? さっきのキャスターに使った手とか聞きたい訳?」

 

「そんな小難しい事じゃねえよ。第一、あんなもん摩訶不思議でも絡繰りでもねえだろ」

 

 尚も挑発するように軽口を叩くシンジ。その姿をまるで懐かしむようにして哂うアーチャーは、次の瞬間酷く聞き取り辛い言葉を口にした。

 

「お前――■■感って知ってるか?」

 

 ここが屋上であり、開けた空間で風が音を邪魔しただとかそんな柔な障害ではない。もっと根本的に、例えばそれが異国の言葉と母国の言葉が混濁した耳慣れないモノであるかのようにな、理解するという工程を挟ませない溝がそこにはあった。

 

「は? 寝言いってるなよ。オッサン辞書も開いたこともないのかよ」

 

 蓮も、横に立つ凛もアーチャーが放った言葉に困惑している中、対面しているシンジはどういう訳かその単語を読み取ったようで、その無いようにこれまた論ずるまでもないだろうと切り捨てる。 

 

「いい答えだ。そうだよその通りだあるわけねぇだろ。そもそも、そんな胸糞悪くなる“概念”なんざ誰が受けるかよおことわりだ」

 

 そして、明らかに小馬鹿にされたのはアーチャーだというのに、彼はシンジの答えが堪らないというように身を捩り、笑みを深くして哄笑する。

 だが、奇怪な言葉と行動をとっていたとしても、今この場を支配しているのは間違いなく彼だ。真剣味にかける態度であろうと、彼が“戦闘態勢”を崩していない以上、闇雲に割って入るのはむしろ悪手だと必死に自分へと言い聞かせる。

 そして、

 

「まあ、いい加減探り合いも面倒だ。キリもいいだろうし? さくさくいこうや―――ってわけで、ひとつ派手に立ち回れよ、餓鬼」

 

 アーチャーがようやく、そして一息もつかぬ間に攻勢に転じた。

 刹那、両手に構えられた銃から撃ち出される十もの凶弾の群れ。対してシンジが持つデザートイーグルは弾薬にもよるが、通常は打てて七~九発。それも反動等を考慮すれば、連射できる腕前があったとしても、まず打ち返すのも不可能な数の暴力。

 加えて、避けるにしても隙なく次弾を放とうと構えるアーチャーの姿がある。この屋上という距離的制限がある舞台、初速で到達可能な速度の銃撃戦を選択した時点で、シンジが“弓兵(アーチャー)”に勝てる道理はないのだ。

 

 そう。本来は無い筈が、不利な筈のシンジは焦るどころか張り付けた笑みを崩す事無く、その弾丸が目前に迫る瞬間まで微動だにしない。

 

 

「――ですから、あれほど挑発は程ほどになされるよう提言したのです」

 

 

 故の回答だと示すように、次の瞬間、突如乱入した小さい影が、あろう事か十もの凶弾を全て弾き落としていた。

 

 まるで初めからそこにいたかのように表れた乱入者。サーヴァントの実体化だろう手段で姿を晒した影の正体は、白装束に身を包み、その丈を超える長槍を携えた童子だった。

 

 サーヴァントの実力を考慮する場合、その見た目というものほど当てにならないモノはない。

 宝具しかり、固有スキルしかり、はたまた外見そのものが偽装であったりする。サーヴァント、英霊とは文字通り“英いでた霊”だ。先ほどの技はキャスターを消したのか飛ばしたのか、いずれにせよその絡繰りは目の前の童子のものだと考えていいだろう。ならば、見た目相応の実力だと勘定するのはあまりにも危険であり、蓮も凛同様、マスターとしての“目”をもって把握できるステータスだけでもと状況把握に務めようとした。

 

 そこへ、思慮するという言葉を知らないとでもいう様に、目の前に現れた彼の“従者”へと近づき、戦闘中にもかかわらずその手を童子の頭へと無遠慮に、軽く叩くようにして乗せた。

 

「ああ、悪い悪い。相手もまさかこんな単細胞だとは思わなかったからさ。助かったぜ、“ライダー”」

 

「な!」

 

 声を漏らしたのは、恐らく凛のもの、だったと思う。

 サーヴァントのステータスを自ら明かす。七組という多人数で起こす殺し合い。それは僅かな情報さえ晒せば命取りになりかねない。自身が引き当てたサーヴァントがいかに強力だろうと、相性や戦い方、それこそ渡った情報によって弱点を突かれることもある、名が知られているのなら、本来強力なスキルや宝具にも対策が取られることもある。つまり、戦況が覆らない保証はどこにもない。

 故に、今シンジが言ったように、自身のサーヴァントのクラスとはいえ、“長槍”というその“騎乗兵”らしかぬ武器と武錬を見せた童子本来のクラスを明かすのは下策だ。

 

「おっと、そう深く考えるだけ無駄だぜマスター。この手の相手(バカ)の考える事なんざ相場が決まってる」

 

 故に理解できないと、何か考えがあるのかと相手の裏を読もうとした主を、従者は軽い調子で待ったをかける。

 

 アーチャー曰く、

 こういった手合いは己の勝利を疑わない。

 彼我の実力差を見て、必ず相手を軽んじる。

 自己こそが中心で、その他すべてが舞台装置であり装飾だと。

 

「つまりまあ、アンタの尺度で図ろうとするだけ徒労だ。さっきの割り込みだって、どーせ面白そうな催しに自分だけ除け者なのが気に喰わなかったとか、大方そんなもんだろうしな」

 

 人生という物語が一つのエンターテイメントだとしたら。いや、その価値観は“魔術師”である凛も、“魔術使い”である蓮もよく理解できる者だ。

 魔術師に限らず、自己が認識する他との繋がりこそが“世界”であり、認識し理解するという事はまず己という核がある事が大前提だ。故に自己が中心という言葉は聞こえが悪いが、己に目指すべき目標なり、夢を持つ人間というのは大なり小なりそうした性質を持っている筈だ。

 例外は、まあいるだろうがここでは置いておく。世の中、人の思想などそれこそ千差万別。その中には確かに真逆の、自己を犠牲にすることを厭わない人間というのもいるにはいる。だが、ここで重要なのはアーチャーが一目で評価した“間桐 シンジ”という男の人間像。

 

「へぇ、言ってくれるじゃん。そこまで言うからには、相当自信があるんだろうね」

 

 そして思い返せば、いや、記憶を辿れば、ここにいる二人が知る“間桐 慎二”と、目の前の“間桐 シンジ”とでは何か見過ごせない差異の様なものを感じた気がしたのだ。

 

「おうよ。誰に向かって言ってるって話だ。人生俺主役。手前から見てコッチが脇役だろうと、逆もまたしかりってのはあたりまえだろ。ついでに言えば、格もえらく違うぜ?」

 

 だが、その摩擦の正体を探ろうとするこちらを余所に、アーチャーとシンジによる挑発の賭けあいは途切れるどころか熱を上げていく。

 

 アーチャーはともかく、シンジという男は蓮達の記憶にある彼と誤差があろうと、沸点が高くないだろうという事は容易に繋がるし想像できた。

 対面するアーチャーもそれを勘定に入れていないわけがないだろう。寧ろ獲物がかかったと、楽しげに笑いを零し、次の瞬間にはその喜色一色だった顔を僅かに引締めた。そして凛が命ずるでもなく、挑発を続けていたアーチャーは肩に担いでいた銃の照準を敵対する主従へと向ける。

 

「来いよ。手前みたいな餓鬼程度、この大舞台じゃ役不足だってことを教えてやる」

 

 

 その言葉で決定的だった。

 

 

「――っ、やれライダー!!」

 

「ハ! オラ行くぜ!!」

 

 無言で主の言葉に従い長槍を手繰る“ライダー”を相手に、アーチャーは武器の間合いを活かし、先手となる号砲を鳴らした。

 

 

 

 

 

 屋上で撃剣ならぬ号砲と疾風が吹荒れている頃、建物から離れた場所、所謂中庭で、一人見上げていた彼女。

 

「なんとも、上は随分と派手に楽しそうなものだな、こちらの気も知らず」

 

 まるで今まさに繰り広げられている光景を目にしているかのような呟き。だが、彼女は真実その激突を目にしているのだろう。

 呪術的に手が及ばない、神格化された聖域や結界の類なら兎も角、ここは彼女が時間をかけて整えた謂わば“庭”の様なモノ。例えどれだけ離れていようと、仕掛けた場所に限り、この街の範囲くらいであれば離れていても事細かに委細を知れるし、今彼女がしているように周囲に他人の干渉を遠ざけるよう呪を張り巡らせることも可能だ。

 

 そして、その中であるのなら、例え常人には摩訶不思議な神隠しめいた“移動”で屋上から中庭へと運ばれたとしても、キャスターにはそれが誰によって引き起こされたのかも承知だ。

 

「なぁ、お前もそう思うだろ。随分と、駒使いの荒い主人だと見たが」

 

 故に視線は固定しない。

 それが何処にあるのか、身を潜めているのか。そしてその術を見て、理解した為の行動だ。投げかけた言葉も屋上に戻るでもなく、そしてソレが障害になると想像できればこそ。手持無沙汰もあってどうしたものかと問うた言葉に、キャスター自身返答を期待していたわけではない。

 

「……だんまりか。まぁ、私としてはどちらでもかまわんが」

 

 だが、こうまで予想道理だと笑いを通り越して脱力してくる。

 彼女が凛や蓮に戦闘の意思がないと言った言葉に嘘偽りはない。この地で“聖杯”と呼ばれる聖遺物に興味がない、という言葉も嘘ではない、が、正確には事情が異なる。

 それは何をしても土台手の施しようがないという達観ともいうべき諦めだ。

 彼女が聖杯について知る知識は、恐らく、現状この地にいる英霊や魔術士全てを合わせて、誰よりも核心に触れていると自負している。

 

 故に、だからだ。

 

 この程度、今まで見聞きした英霊や、マスター達の“魂”程度では、キャスターが望む筋書きには程遠い。

 

 こんなものかという失望と絶望が、何より無力であるという己に対する自責の念が彼女の手足を縛りつけていた。

 

 勝利になど興味がない。

 

 この戦いに意味、意義など見いだせない。

 

 所詮茶番でしかあるまいと。

 

 

 だから、この場で彼女が印を切ったのは学園で不逞の輩を野放しにするのは困るという、仮とはいえ教師という役職からのもの。彼女自身の方針としては指針にするのには弱く、その為、この行動hは本当に、単なる気まぐれでしかなかった。

 

『神火清明――』

 

 いつの間にか握られていた符が放たれ宙を舞う。

 一、二、三と、その数は十に迫り八方へと陣を組、中央の起爆と共に“爆ぜた”。

 

『――唵』

 

 爆炎と共に巻き起こる衝撃は大気を焼き、木々をなぎ倒し、一瞬で中庭を荒れ地にかえる。学園での戦闘を望まないと口にした人間の行動とも思えない圧倒的な暴力。

 だが、彼女も中々にそつがない。

 焼かれた爆心はもちろんの事、周囲には野次馬どころか小動物の影もない。文字どおり無人であり、そこに立つのは術者であるキャスターだけだ。

 

「これでもそれなりに愛着があるのでね。あまり派手に“焼く”のは気が引ける。できれば早々に姿を見せてくれると助かるが――まぁ、当然そうくるだろうよ」

 

 憂う様な言葉に対して、行動がここまで伴わないというものどうなのかと疑問の声がが上がりそうだが、現状ここは彼女の手によって“人”はいない。

 そして当然、彼女が狙ったのはここへ運んだ“者”をあぶり出すこと。少々手段は荒々しいが、そうした隠れ潜む族に火責めが効果的なのは古今東西不変であろう。

 現状が無人のままだという手応えの薄さは相手も意地を張っているのか、この程度では足りぬという強者の自信なのか。いずれにせよ、不足だなどとのたまうのならその腹が満ち爆ぜるまで馳走するだけだと、彼女は間を置かず思考を切り替える。瞬間的な面の破壊が及ばぬのなら、逃げ道を塞げばいいだけだと、彼女は新たに符を取り出し――

 

「アチ――ア――チッアチチチ!!」

 

 まさに咒として放とうという瞬間、何もいなかった筈の空から突如として真っ白い物体が落下してきた。

 

「これはまた……」

 

「ちょ、爾子(ニコ)のフサフサなお毛々がちりちりのまっくろくろになってるですの!」

 

 訂正。一部彼女が放った爆炎の余波の影響か、真白の毛並の一部を黒々と変色させていた。ついでに何やら一目見て喧しいと解るほどの獣で、人語を話すという異形だった。

 

 それは、犬、なのだろうか。

 イヌ科イヌ族――と彼女の記憶が習得している現代の動物の“知識”と照らし合わせてみるが、過去現在において、熊といっても過言でない巨体とそれに釣り合わない程大きな頭部を持つ犬など該当しない。無論、神話や民話の物語の産物だというのなら話は別だろうが、コレを生物と判断していいものか非常に悩むというのがキャスターの感想だ。人語を解し話す動物など、極端に言えば気味が悪いというもの。彼女がイヌに類する物ではと思ったのも、先程ソレの走りを間近で見ていたからに他ならない。

 

「随分と、大きな毛玉が隠れていたものだな」

 

 だから判別もなんと称していいのかも不明で、唐突に姿を現して転げまわるという、あまりにも緊張を粉微塵にする光景。現状を指しての思わず口をついて出た呆れの声だったが、どうやら目の前の犬―と呼称―は大層御立腹のようだった。

 

「かっちーん。爾子は毛玉じゃないですの。ちゃんと爾子って名前がありますの!」

 

 瞬間的に、キャスターは頭を抱えたくなった。いや、悟ったというべきか。

 

「なんともこれは」

 

 “コレ”は恐らく言葉を交わせたとしても、意思を通わせるなど恐ろしく困難な苦行だと。

 

「あ、なんですのその胡散臭い目は。爾子は由緒正しい“式”ですの! そりゃ、今はチンチクリンのへっぽこが主人ですけど、あんなワカメなんて内心コレぽっちも、ふさ毛の先も認めてねー、ですの! 丁禮(ていれい)が従うって言うから、爾子もしかたなく――」

 

 なにより、この喋り出したら止まる気配の無い様子など最たるものだろう。端的にいって、脳は足りてるのかと疑問に思うレベルで残念な言葉の羅列が飛び出している。

 

「おい」

 

「わふん?」

 

 屋上でかってに喋りだし、嬉々として誇示したシンジとは、別の意味で色々足りていないと言える。見た目は犬熊の態だが、頭文字に“馬”の一文字を思い浮かべたキャスターは悪くないだろう。

 

「先ほどからよく口が回る性分のようだが……少しは隠さなくていいのか」

 

「―――ああ!!」

 

 散々口にして指摘されてから気付くあたり救いようがない。いや、これはむしろ何か企んでいるのか、寧ろそうした“遊び”を楽しんでいるのだとしたら大物と言っていいのかも知れない。が、その可能性を模索しようとすると、不思議と脱力してしまう。ある意味でスキルじみた技能(バカ)だとキャスターは評価を下す。

 

「クっ! 爾子からこれ以上情報を聞き出そうたって、そうは問屋が卸さないですの、この卑怯者!」

 

 口に手を当てる仕草をしつつも、言葉を途切れさせず、“変態”、“詐欺師”、“悪魔”などと罵倒が出るは出る。

 

「戯けが、どれだけ頭の目出度い……」

 

 いくつか彼女にとって心外極まりない単語が飛来してくるが、“力”の籠っていない言の葉など戦況において何の効果もない――戦意を削がれる程度の抗力は発揮している――が、黙って付き合うには些か喧し過ぎるだろう。

 解りやすく言い換えれば、これ以上付き合いきれない、というやつだ。

 

「あい分かった。自慢の毛とやらが縮れたことには謝罪の意を考慮しなくもない。が、この身はそちらの都合で“連れ去られた”身だ。この程度の抵抗、正当防衛の範疇だと思うが?」

 

「……爾子、むつかしい言葉はよく解らないですの?」

 

 小首をクテンと擬音が聞こえてきそうな挙動を見せる“爾子”とやらだが、生憎とその図体で可愛げなど底辺に垂直落下している。

 

「――ああ、よく、解ったよ。御身がどういう考え思っているのか。その性質も大凡察っした」

 

 屋上での契約も、目の前の獣擬きとその主人とやらのお蔭で有耶無耶だ。別段屋上に駆けつけるほどの義理もない。が、同じように、ここで丁寧に対応する道理もない。

 

「故に、こちらもそれに見合った対応をさせてもらおう」

 

 懐から取り出して握った符はそのままに、空いている手で、それが彼女の癖なのか口元に手を当てる。すると、その背後に咒も印も切らず、突如として虚空に炎が燃え上がり、直線と曲線を刻むそれは紋様を描いていく。

 

「ハイ?」

 

 その背後、浮かんだ先が膨大な熱量を発しているのか、紋様を描く過程ですら周囲を湾曲させていく。本気、というには底の知れないキャスターだが、程度はともかく腹を立てていると図るには難しくない。終始自分のテンポでキャスターをおちょくっていた爾子も、これにはさすがに口をつぐまずにはいられない様子。

 

「人選を間違ったな。そんなに人を小馬鹿にするのなら余所を当たればいいだろうに。例えば」

 

 あの弓兵の主などは中々に興が乗るだろうと彼女はあたりをつけているようだが、たらればの話を長々と好んでする程、キャスターも酔狂ではない。

 

「これで教師というのも中々忙しい身の上でな。時間も惜しい。よって、痛む間もなく消し炭《かみ》変えてやろう。心配するな火加減を間違えるへまはうたん」

 

 これ以上の言葉の交わし合いに興味もないし、意義もないだろうと。浮かんだ“方陣”より爛々と燃ゆる凶弾が顔のぞかせる。

 

 屋上が着々と修繕費を上乗せする勢いで荒れていく中、ここ中庭を中心に、より壊滅的な事態を引き起こす“鬼ごっこ”が幕を開ける。

 

 

 

 






 この作品のサーヴァント達は、衛宮邸の贄程度では足りないらしい(目逸らし
 ライダーな二人については……“三騎士”を書いてみたかったという作者的欲求が多分にあります。が、アーチャーとは相性悪そうですよねー(棒

 あ、実技試験を今日終わりました(実技は(

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