冬木に綴る超越の謳   作:tonton

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 前作、“黒円卓の聖杯戦争”の続編です。
 単体でも読めるようにしますが、興味があればそちらもお読み頂けるとより楽しめると思いますデス。



-Footsteps creeping-


 

 懐かしい夢を見た気がした。

 夢が過去からの体験より構築し、そこから願望なり心象なりを具現化させるものだとして、それは自分の記憶をなぞるもの、所謂“記憶夢”だった。

 目の前で壊れていく景色。

 街が焼かれ、草木は灰に散り、人々は骨から塵へと浄化される。

 悪夢のようであるが、これは紛う事なく過去に起きた“災害”の光景。その地獄の只中で、ただ一人生還した子供が幼い心に傷を負った記憶だ。

 

 

「……またかよ、くそっ」

 

 掛けていた布団はうなされていた為か、蹴飛ばされて畳の上で小山と化していた。

 季節が冬に差し掛かり肌寒くなるこの頃、いまだに引きずるかのように夢に現れた“光景”に頭痛がする思いだ。というのも、この夢を見たその日は決まって一日気分が悪い。いや、誰であれ、人の死を思い出せば気も滅入る筈。それも地域単位の記憶となれば不貞寝もしたくなるだろう。

 などと自己弁護しつつ二度寝の誘惑に体を横にしかけたが、

 

「あ―……そうか、今日、だっけか」

 

 頭痛を抑えるために額へ手を当て、横を仰いだ先で職務怠慢にも引っ繰り返っていたデジタル時計を確認した。決して騒音を物理的に黙らせたのではなく、悪夢を払拭する役にも立たなかった報いだ。そう、これはその怠慢に対する報復であって正当な筈だ――などと思いつつも、脳裏に今手持ちの懐事情と記憶にある家系簿を計算していると。

 

「失礼します」

 

 襖を小さく叩く音から間を置く事に三秒。昔からその間が狂う事無く開かれた先から顔を出したのは、この家に自分が小さい頃から家政婦として通ってくれている久宇 舞弥だ。

 

「もうじき桜が来る時間です。登校まで時間はありますが、お早く」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

 要件も短く襖は閉じられてしまったが、彼女が口数が少ないのは今に始まった事ではない。もっとも、単に無愛想なだけではないし、あれで結構愛嬌があるのだと、そこは昔から付き合いがある為に少しだけ優越感がした。

 だがしかし、見た目はショートボブにキッチリとスーツを着こなした麗人。なのだが、その上からエプロンをかける着合わせはどうにからないものか常々思う。スーツ姿が似合いすぎているだけに、はっきり言ってエプロンが異様に浮くのだ。まあ、ともあれ、数年間口を出れずにいる事案に唸りつつも、取りあえず着替える事にした。

 

 彼女は親父――実親ではない――の知人だ。親父、衛宮 切嗣と二人で暮らし始めてこのかた家事、特に料理が壊滅的だった彼との暮らしを見かねたのか、朝と夜に手伝いに来てくれる。今となっては頭の上がらない女性だ。

 切嗣も切嗣で定期的に家を留守にする人間であったので、恐らくその時何処かで知り合ったのだろうが、仕事の話をしたがらない性格だったので実際は詳しくない。舞弥に一度だけ聞いた事があったが、表情の変わらない彼女が珍しく言いづらそうに顔を歪めたのが印象的だった。その時はなんやかんやと話を逸らされてしまったのだが。

 

「おはよう。なにか手伝う事は―――?」 

 

 思考に耽りながらも進んでいた廊下の先、敷居に掛けられている暖簾をくぐればそこが我が家の居間である。

 鼻孔と空腹を訴えだした胃を刺激する匂いから、どうやら彼女は今朝も早い時間から支度をはじめていたらしい。家政婦という立場とはいえ、朝早くから食事を用意してくれるというのは得難く非常に助かっている。親父がよく家を空ける人間であり、早い段階から自炊を始めた自分としても、こういう事もあって頭が上がらない。

 故に、起こしてもらった礼、にもならないがこれでも家事スキルはそれなりのものだと自負している。遅くなったがここからでも挽回せねばと申し出てみたが――

 

「それは助かりますが――寝癖、立ってますよ」

 

「うぉ!?」

 

 振り返った舞弥は努めて冷静に、こちらの不恰好を指摘してきてくれた。

 これでも最低限の身だしなみには気を使う方だと思っていたが、どうやら、今朝は思考に没頭しすぎて若干抜けていたらしい。腕をまくりながらやるぞっと意気込んだ姿勢がまるで決まっていない。端的に言えば外している、恰好が決まらない事この上ないだろう。

 バツが悪いと頬に血が集まるのを自覚しながら指摘された頭部を抑えていると、

 

「ごめんくださーい」

 

 どうやら今日という日はとことん容赦がないらしい。

 

「え、あちょっ」

 

「私が応対してきますから、貴方は身だしなみを整えてきてください」

 

 舞弥が折角早めに起こしてくれたというのに、件の客人が既に玄関先な事態。舞夜に劣らず規則正しく折り目正しい彼女は、今日も時間に忠実と15分前行動だった。

 

 慌てるこちらに対し、平常運転だと言わんばかりに玄関へと向かう舞夜へ片手で礼の形をとりつつ、急ぎで洗面台へと向かった。

 

 

 

「あ、おはようございます先輩」

 

「お、おう。おはよう桜」

 

 舞弥の機転により、後輩の前でだらしがない姿を晒すという事態を回避して居間に戻った後、台所から淡い桃色のエプロンを学生服の上に身に着けた後輩、間桐 桜と鉢合わせをした。

 同じ学園に通う一つ下の女の子。藍色の髪に片側に結った桜色のリボンが印象的な子で、知り合ったのは中学の頃ぐらいだったか。

 彼女の兄とは昔からの腐れ縁で、昔から無茶というかやんちゃというか、問題を起こすその馬鹿兄の不始末に二人して奔走していた記憶が脳裏を駆け巡る……まあ、おかげというのか、彼女からは好印象を持たれているという感触はあった。でなければ、いくら付き合いの長い知り合いとはいえ、態々早朝から手伝いに来ることなどないだろう。

 

「これで朝食を並べ終わるところですから、先輩は座っていてください」

 

 ニコリと、手伝おうと伸ばした手にかまう事無くスラリと躱した桜は、慣れた手つきでお盆に乗っていた小鉢を並べていく。

 テーブルの上には白米に香の物、焼き魚に味噌汁、栄養価からか煮物や薄味の刻み野菜等々。内容は純和風な献立であるが、朝食にしたら十二分に豪勢な部類だろう。一人でこの量を準備するのなら、自分なら匙を投げる自信がある。

 ともあれ、献立に文句がある筈もなく、有難い事にはかわりない。と、ここは厚意に甘えて座布団に座る。

 それを見て、ようやくキッチンから姿を現した舞弥とともに、桜が対面になる形でテーブルに着いた。

 切嗣が家を空ける間は舞弥と二人きりで食事をすることが多かった。気まずいとか、間が持たないという訳ではないが、それでも桜という一人が増えただけで食卓は格段に華やかなになっている。本当に、なんで彼女が週の殆どを手伝いに来てくれるのかは分からないが、ともあれ。

 

「じゃあ、いただきますか」

 

 感謝をこめて、と手を合わせると、正面にいた桜がその横、おかず一式に伏せられた茶碗の前、空いている席を指さしている。

 

「先輩、藤村先生は?」

 

「ああ、藤ねぇなら問題ないさ。どうせ――」

 

「おっはよー諸君!!」

 

 並べられれた四人分の食器。その最後の一人、藤村 大河は遅れながらも、食事時には必ず現れる。不思議な事――いや、認めたくはないが、これは我が家では日常茶飯事の光景だ。

 本当に、食事時くらい静かに食べれないのかと時々思ったりする。

 

「ほらな」

 

「……時間通りみたいですね」

 

「おー! 味噌汁! 漬物! そしてごはん! まさに日本の朝食!」

 

 この通り、ご飯一つでなぜそこまでテンションが上がるのかと議題に上がりそうなものだ。いや、頼むからその前にまず席についてほしい。もっと言うなら今入ってきたばかりなのだから手ぐらい洗ってきたらどうなのかと。コレで教職者などという聖職に就いているんだから、日本の教育事情に頭を抱えたくなる。主に雇用と国家試験の制度について。

 

「はぁー……あ、うまい」

 

 溜息をつきながらも箸を進めようとまず手に取った御椀の味噌汁は、落ちかけていた気分を持ち直すほど爽やかだった。

 

 

 

 食事を賑やか――というより喧しくも済ませ、片付けに名乗りを上げる。そうであるのが当然だと後輩の桜も進んで台所に入ろうとしたのだが、大河曰く、彼女の所属している部活の朝練に間に合うギリギリらしかった。クラスを受け持つ教師であり、顧問として部活を受け持っている身であれば、ここで呑気に朝食を食べている暇があるのならさっさと出た方がいいと思うのだが、もしくはもっと早く起きればいい話だろう。

 ともあれ、大河が受け持つ部活に所属している桜と二人に身支度を促す。流石にそんな時にまで手伝わさせるわけにはいかない。手に付けていた片付けもそこそこにして中断し、とりあえず玄関へ向かわせた。

 

「じゃあ先輩、私は朝練があるのでコレで、お夕飯の買い出しは――」

 

「さーくーらーちゃーん! 早くしないと置いて行っちゃうぞー!」

 

 後ろからかかる声にすまなそうな顔をされるが、こちらに引き留める権利などないし、ここで難癖をつけて部活に遅らせるなど先輩として有るまじきことだろう。

 

「という事なので、またあとで連絡しますね」

 

 細かいことはいいからとようやく彼女を送り出し、さて後片付けだと腕まくりなどしていると、後ろから声を掛けられた。

 よくよく今日は背後を取られる日である。

 

「桜は、もう行ってしまったみたいですね」

 

「ああ、さっき藤ねぇとって、それは?」

 

 今二人が出たばかりの玄関を指さしながら振り返ると、そこには二つの包みを持った舞弥がいた。

 

「大河と桜の分を含めて三つお弁当を包んでいたのですが、渡しそびれたようです」

 

「ああ、そういう事なら俺が届けとくよ。弓道部とは知らない仲じゃないし、顧問だから藤ねぇも練習場か職員室だろうし」

 

 どうやら丁寧に三人分の弁当まで用意してくれていたらしい。

 桜もアレでいて料理が上手で、初めは自分でも作れるからと断っていたのだが、一緒に作った方が効率的だと言われ、ものは試しにと一度渡されたお弁当を食べて崩れ落ちていた姿は今でも印象的だ。

 そこにどんな葛藤があったのか、男の自分には窺い知れないが。

 

「では、お願いします」

 

 その後しばらくして、彼女は舞弥に師事する様になり、衛宮家の食卓が華やかな事この上ない。が、未だお菓子作り、特に洋菓子に関しては遠く及ばないというのが本人談だ。どの程度かというと、一度“暴れだした藤ねえも舞弥の菓子には勝てない”という鉄則ができる程。それを踏まえて、彼女には本当に助かっている。ほんと、切嗣がどういう伝手で彼女と知り合ったのか激しく疑問だ。

 今度家に帰ってくることがあれば問い詰めるのもありかもしれない。などと思考しながらも片付けを済ませ、自分も登校する準備をせねばと居間に置いておいたカバンを取りにもどろうとしていると、舞弥に引き留められた。

 

「実は、今日の夕飯なんですが私の方で用が入りまして、都合上2・3日ほど空けてしまうのですが」

 

 それは確かに舞弥にしては珍しい急な申し出だが、家政婦で来てくれているとはいえ、もともと日数的にも時間的にも規定以上に様子を見に来てくれているのだ。多少間が空いたところでそんなものはわがままの内にも入らない。

 

「確かに珍しいけど、舞弥さんは働き過ぎなくらいなんだから。全然問題ないですよ」

 

 話しながらキッチンより居間へ出るとカバンを掴み、肩にかけて弁当の入った包みを手提げに入れる。

 今年で高校に上がって二年目、昔の家事の一つも碌にできなかったころに比べて、家事スキルは格段に上がったと自負している。無論、舞弥と桜の二人には勝てる気が微塵もしないのだが。ともあれ、たかが三日程度なら問題にもならない。

 何の用事だと無粋な問いかけをするでもなく、申し訳なさそうにする舞弥に大丈夫だからと手を振り、自身も学校へ向かう為に家を後にする。

 時刻はまだ早く、朝練の無い一般の生徒が登校するにはもう少し後。人ごみも少なく、かと言って人通りがないわけでもない通学路を、一人悠々と歩き出した。

 

 

 

 

 事は第四次聖杯戦争が終了して7年が過ぎた頃、今より少し前の話。

 一人の老人が冬木の外れにある廃墟を歩いていた。

 齢は八十、は軽く超えているだろうか。杖を突きながら進む姿は酷く緩慢としたものだが、その足運びに危なげというものは無縁であった。

 住宅街から外れている事もあり、人の姿は他に影もない。冒険心から子供が紛れ込む事はあるだろうが、早朝のまだ薄暗いこの時間、それも季節がら朝霧も出ているこんな時に物見遊山に訪れる場所ではない。

 

 であれば、つまりこの老人は明確な目的をもってここに訪れたという事になる。

 

 幾らか歩いたか。老人が立ち止まった場所には変わらず瓦礫の山が鎮座しているのみであったが、彼は瓦礫の一部を杖で指し、軽く横へ一振りすると、ひとりでに瓦礫の山が崩れる。それもただ崩壊するのではなく、まるで翁が指示したように、大きな瓦礫は真横へ滑るようにして退いた。

 

「――おぉ、おぉ。はやりあったか」

 

 そしてその隙間を覗きこみ、目的のものが彼の予想通りそこにあったのか皺の寄った顔を喜色に歪め、細長い物体を瓦礫の間から浮かび上がらせた。

 

 土に汚れているためか、土気色に変色していたそれはしかし、老人がその枯れ木の様な腕で手に持った布で一擦りすると、埃の下から艶のある肌を輝かせた。

 その状態に満足がいったのか、彼はカンラカラカラと笑いあげ、懐から取り出したもう一枚の大きな布で丁寧に包んだ。

 

「いや、重畳重畳。期待はさしてしておらなんだが。彼奴め、出来の悪いなりに中々引きがよいと見える」

 

 布に包んだそれを撫でさすり、それを羽織の隙間から内へさしていくと、不思議な事に、老人の身体と同程度の長さを誇ったソレが影もなく袖の向こうへ消えていく。姿も目的も不気味なら、この老人がただの人間ではない事の証明だろうか。細められていた目は周囲の霧も相まって宵に潜む獣の瞳のように妖しい輝きを放っている。枯れ木の、それこそ生気の感じられない四肢と合わさって、見る者に幽鬼さながらの負の印象を植え付ける、そんな化物。

 

「おお、口惜しかろう憎かろう悔しかろう。おおとも、お前の無念、此度の戦で存分に振るうといい」

 

 まるでこの場に老人以外の誰かがいるかのように、杖を突きながらカラカラと笑いながら廃墟を後にする。

 

 聖杯戦争。

 本来五十年周期に始まるソレは、第四次に“聖杯降誕”間際に器が破壊されるという珍事により瓦解した。

 そして地下より胎動を始めた聖杯は、僅か数年で次回の戦争の幕開けを促し始める。

 後に起こる第五次聖杯戦争。その三年前、渦中を知る者達の思惑は加速していく。

 

 つかの間の平和。

 大きく蹂躙された傷跡の癒えぬまま、冬木の地で新たな戦火の火種が産声を上げていた。

 

 






 というわけで始めして、お久しぶりの方はまた読んでいただきどうもです。tontonです。
 今回始めました新作、前作の続編となります。世界観は少し出してますが第四次より10年後の冬木。果たして主人公はどんな物語を語ってくれるのか。一つ不穏なタグがある気がしますが、安心してください。ガチです(真顔
 なんのことかわからない方もいると思うので今回はお口チャックです。またこれから始めていきますが、どうぞ皆様よろしくお願いします。    

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