始めに言っておきます。
長いですw
そして、この話で心華ちゃんの真の目的、そして正体がわかります。
お楽しみに!
…伝わればいいなぁ。
「はぁ…」
白玉楼の縁側に腰を掛け、じっと中庭を見つめる。あのあと心華ちゃんと別れ、白玉楼に戻ってきた。幸い誰にも気づかれなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。心華ちゃんの事や、この後起こる戦いについては、誰にも知られない方が良いだろう。特に、ここ白玉楼の人物には…。
数時間たっているのに、欧我と文はいまだに眠り続けている。戦いで受けた傷やダメージが酷かったから当分目が覚めないだろうという妖夢さんの見解だが、早く目覚めてほしい。速く目が覚めて、また家族三人で幸せな日々に戻りたい。そう願っても、まだ異変は解決していない。異変が収束しない限り、前のような生活に戻ることはできないだろう。
「心華ちゃん…」
心華ちゃんは、私の考えていた以上に深い悲しみと憎しみを抱いていた。それを復讐という形で仕返しをしようと立てた計画。もう一度、心華ちゃんから聞かされたことを思い返してみよう。
「小傘ちゃんの言う欧我って人に会ってみたいけど、復讐のために起こした異変は止めるつもりは無いわ。それに、人間の里で起こした異変は私の能力を試しただけ。真に復讐したい相手は、他にいるの。そいつに復讐をするまでは、異変を止めることなんてできない!」
「真に、復讐したい人…?」
心華ちゃんの口から飛び出した予想外の言葉。心華ちゃんが起こした異変の目的って人間たちへの復讐だけじゃないの?道具を粗末に使う人間たち以上に恨みを抱く人物って一体誰なのだろうか。
「うん。それは…」
ごくん、という唾を飲み込む音がいつもより大きく聞こえる。ピンと張りつめた静寂の中、心華ちゃんは予想外の人物の名前を挙げた。
「西行寺幽々子よ」
「幽々子さん!?」
心華ちゃんが挙げた人物の名前を聞き、私は自分の耳を疑った。どうして!?心華ちゃんが幽々子さんに対してなんで怨みや憎しみを抱いているの?
目を見開いて、信じられないという表情で心華ちゃんをじっと見つめていると、心華ちゃんはその理由を語ってくれた。
「私は手鏡の付喪神。長い時間を埃にまみれた狭い箱の中で過ごし、誰からも忘れ去られ、そして気づいたら付喪神になっていたの」
私だってそうだ。私も長い間誰からも拾われることなく、雨風に飛ばされて付喪神へと変化した。だから、その悲しみは私にも痛いほど分かる。でも、心華ちゃんは暗く狭い場所でずっと一人ぼっちだったんだ。
「付喪神になる前、手鏡だったころの持ち主が西行寺幽々子。幽々子は私を大切に使ってくれていたの。いつも綺麗にしてくれて、本当に嬉しかった。だから私もいつかは幽々子に恩返しをしようと思っていたわ。けれど…」
そう話すと、心華ちゃんの目に涙が滲み始めた。
「ある日を境に、幽々子は私を使ってはくれなくなった。暗い箱の中に閉じ込められた。でも、何時かはまた使ってくれるだろうと、淡い希望を抱きながら幽々子が蓋を開けてくれる日を待ち続けたの」
「でも、蓋が開かれることはなかった…」
私の呟いた言葉に、心華ちゃんは頷いた。目に滲んだ涙は溢れ、頬を伝って地面に流れ落ちている。
「私はずっと待ち続けた。また幽々子の美しい笑顔を写しだすことができる日を。でも、その日は訪れなかった。私の希望は粉々に打ち砕かれ、そしてぽっかりと空いた心の隙間に悲しみと憎しみがどんどん溢れて行った。だから、この悲しみを幽々子に復讐をするのよ!」
袖で涙をぬぐい、決意を宿した目でそう言い放った。今まで自分を暗く狭い箱の中に閉じ込めてきた幽々子さんへの復讐。それを達成させるために、心華ちゃんはこんな異変を起こしたんだ。でも、いくら復讐しようと
「ダメよ、心華ちゃん。幽々子さんはあなたの思っている以上の実力を持っているのよ。単身で乗り込んでいったって敵わないわ」
「それは分かってる。だから数で攻めるのよ」
「数?」
すると、今度は悪だくみをしているような表情に変わり、不敵な笑みを浮かべる。涙はもう流れていないようだ。心華ちゃんの表情の変化は
「私の能力はただ道具に意思を持たせて人間を乗っ取るだけじゃないの。人間からエネルギーを吸い取った後、道具は自分の力で飛び回り、私の命令ひとつで自由に操ることができる。人間の里や妖怪の山で起こした異変は私と共に戦ってくれる
今回の異変の真の目的を聞き、耳を疑うと同意に妙に納得をした。暴れまわっている道具が凶器になりうる物ばかりだったのは、自分の武器として操るためだったんだ。鍬だったり、包丁だったり、白狼天狗の刀だったり…。
「ほとんどは紅白の巫女に封印されちゃったけど、
心華ちゃんはそう言うと、「絶対よ」と念を押して空へと飛びあがっていった。
結局、私は異変の真の目的と心の奥に秘められた悲しみに押され、心華ちゃんを止めることはできなかった。あんなに意気込んで行ったのに、私は…。こんな時、欧我ならどうするのだろうか。欧我なら、誰も思いつかないような方法で心華ちゃんを救ってくれるだろう。でも、欧我はまだ目覚めていない。心華ちゃんの準備がいつ完了するかも分からない。そんな状況で、私は一体どうすればいいの?欧我、文、助けて…。
流れ落ちた涙をぬぐい、空を見上げる。日は傾き始め、空はオレンジ色に染まっていた。
ん…あれ……?
ここは…どこだ?
ゆっくりと目を覚ますと、真っ先に目に飛び込んできたのは見覚えのある天井だった。閉じられた障子の外からはオレンジ色の優しい光が差し込み、部屋の中を鮮やかに燃え上がらせる。部屋に置かれた家具や匂いからして、ここは自分の部屋だ。どうやら無事に白玉楼に辿り着けたみたいだ。
「ん……すぅ…すぅ……」
首を左に向けると、文が隣に敷かれた布団に包まれて安らかな寝顔を浮かべている。未だに目を覚まさないが、ダメージは回復してきているようだ。あの時のような苦痛にゆがんだ、疲れ切った寝顔じゃない。無事に文を救い出すことができて本当に良かった。愛する妻を守れないようじゃあ夫失格だもんね。
「んっ…いてて…」
上体を起こそうとお腹に力を入れると、腹部にズキッとした痛みが走る。布団をめくってみると、俺の身体のほとんどが真っ白な包帯で包まれ、ところどころ赤黒い血が滲んでいる。顔にも絆創膏が数枚貼られ、葉団扇との戦いで受けた傷が相当の物だった事が窺い知れる。それに、障子のすぐ下の畳にも赤黒いしみができていた。空を飛んでいるときに出血を抑えるために空気を固めて止血を行ったけど、どうやら意識を失った時に能力が解除されてしまったみたいだ。
でも、こうやって文を無事に取り戻すことができたから良かった。
「文、これからも守っていくからね」
腕を伸ばし、愛おしい文の頭を優しくよしよしと撫でる。そっと唇を近づけ、柔らかい頬にキスをした。あれ、気の精かな?文がちょっと笑顔になったような気がしたけど…。
痛みを堪えながら上体を起こし、空中に浮かび上がる。常に空中に浮かんでいるから、痛みも軽減されるかな?日の光からしてもう夕方だろう。幽々子様の夕食を準備しないと…。枕元に畳まれていた新しいシャツに袖を通し、障子の引手に手をかけて障子を開けた。
「ん?」
「あっ…」
縁側に出ると、すぐ近くに座り、小傘が涙に濡れた目で俺の顔を見上げていた。俺が無事に目を覚ました事が分かった途端、涙は洪水を起こし、口から嗚咽の声が漏れる。
「欧我ぁぁ!よかったぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、安堵と喜びが混じったような表情で俺の胸に飛び込んできた。小傘もずっと俺たちのことを心配してくれたようだ。感謝の気持ちを込め、小傘の体をしっかりと抱きしめた。
「小傘、ありがとう」
「うん、欧我ぁ!」
小傘もそれに応えるように抱きしめる力を強め、お腹にぐりぐりと顔を擦り付けてくる。その度に腹部に走る痛みに顔をしかめそうになるが、ここでしかめてしまったら小傘が悲しむから我慢しないと!歯を食いしばり、痛みをこらえる。そうだ、痛み以上に嬉しさと幸せを噛み締めるんだ!
「起きたのですね。でもまだ無理はしないでください!」
しばらく小傘と抱き合っていると、いつの間にかそばに妖夢の姿があった。服の色がいつもの緑から青に変わっているけど、もしかして俺の血で汚れちゃったのかな?後で洗濯しないと。
「ええ、手当てをしてくれてありがとう。今すぐ幽々子様の夕食を…」
「ダメです!まだ傷は治ってはいないからじっと安静にしていてください!」
妖夢の勢いに押され、俺はうんと頷くことしかできなかった。妖夢も俺の体をいたわってくれていると言う事だし、ここは素直に従うか。すると、妖夢は途端に真剣な面持ちになる。
「その前に、幽々子様から重要な話があるそうです。こちらに来てください」
「あ、はい。小傘ちゃん、文の看病をお願いね」
「うん…分かった」
小傘と別れ、妖夢の後について廊下を進んでいく。それにしても、重要な話って一体何だろうか。
「幽々子様、失礼します」
「ええ、どうぞ」
幽々子様の部屋の前に立ち、妖夢が中に声をかける。幽々子様の返事が返ってくると、障子を開け部屋の中に足を踏み入れた。
「欧我、まずは文を無事に救い出せて良かったわね。身体の具合はどう?」
座卓を挟んで向かい合って座ると、幽々子様は俺にねぎらいの言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます。身体は、まだ痛みがありますがもう大丈夫です」
そう言うと、幽々子様は安堵したように笑顔で頷く。そして、ここに呼んだ理由を話し出した。
「この前欧我が見つけてくれたこの蓋についてなんだけど、箱の中身を思い出したの。昔古文書で読んだけど、中には私が生前愛用していた手鏡が入っていたわ」
「手鏡…ですか?」
4日前、蔵の扉が破壊されたときに蔵の中で見つけた桜の模様が彩られた漆塗りの黒い蓋。この蓋は、手鏡を仕舞った箱の物だったんだ。
……手鏡?もしかして!?
「あの、幽々子様。その手鏡って、箱と同じ漆塗りで背面に桜の模様がありましたよね?」
自分の中で浮かんできた疑念。何かが妙に引っかかる。この質問の答えで、もしかしたら…。
幽々子様は呆気にとられたような表情で口を開いた。
「え、ええ、そうよ。どうして欧我がそれを?」
「やっぱり!!」
もしこれが本当なら、全ての謎に説明がつくかもしれない。
蔵の扉を内部から破壊した人物、床に残された手鏡が入っていた箱の蓋、埃の上に残された足跡、そして…異変の黒幕の正体が。数々の疑念が線で結ばり、確信へと姿を変えた。
「分かりました、全てが。4日前に蔵の扉を破壊した人物が」
「本当に!?」
「はい!」
ポケットから文のメモ帳を取り出し、パラパラとページをめくっていく。そして異変の犯人の特徴が書き込まれている。そのページを広げ、座卓の上に置いた。
「今人間の里で起こっている異変を起こした犯人の特徴を文が残してくれました。キャスケット、ピンクの長髪、オレンジ色の服、子ども、そして、桜模様の大きな手鏡…」
霊夢さんから手に入れた情報では、黒幕の正体は付喪神だと言う。そして、鏡の模様が一致した。そして足跡の大きさと歩幅から割り出した身長もこの特徴と一致する。つまり…。
「そうです。この異変を起こした黒幕は、ここ白玉楼の蔵で生まれた手鏡の付喪神です!」
道具が長い年月を生きると魂が宿り、付喪神という妖怪になる。今回も蔵の中で長年ほったらかしにされた手鏡に魂が宿り、付喪神になって異変を起こしたとしたら、全てに説明がつく。
「そう、私の手鏡が…。私には生前の記憶が無い。だから、その手鏡の事も忘れてしまったのでしょう。私に忘れられた手鏡は、ずっと蔵の中で再び使われる日を待っていた。でも、その日は訪れなかった。そして付喪神になり、異変を起こした…。私、もっと道具を大切に使えばよかったわね」
そう話す幽々子様の表情は、深い悲しみに覆われていた。