蔵の扉が破壊されてから、俺はほぼ毎日蔵の様子を確認していた。しかし、これと言って何の異変も起こらなかった。妙な足音も、弾幕がぶつかった音も、妙な人影も何一つ見つからず、結局原因を突き止めることができなかった。
変わったことと言えば、にとりさんが破壊された扉の代わりに、新しく『河童シャッター』というものを設置してくれたことだ。何でも弾幕攻撃に強い特殊なコーティングを施してあるそうで、いかなる破壊行為にも屈しない頑丈なシャッターだとにとりさんは自慢していたな。でも、手伝いとして来ていた潤さんの話では、まだ試作品の段階だそうだが…。まあいいや。それにしても、潤さんのスパナやドライバーさばきは見事としか言いようがないな。間近で見ていて、その華麗で繊細な腕に心を奪われてしまったよ。
そういえば、その時ににとりさんが文からの伝言を伝えてくれた。なんでも、取材や天狗としての仕事が忙しいから今週末は白玉楼に来れないそうだ。まあ、来週になればまた来てくれるだろうから、その時に目一杯2人だけの時間を楽しめばいいや。
シャッターが設置されてからも俺は蔵の確認を続けてきたが、今まで何の変化も見られなかったからもう大丈夫だろう。蔵の事は念頭に置きながらも、普段の暮らしを続けていた。そして、蔵の扉が破壊されてから4日が過ぎた土曜日の午後。
「じゃあ幽々子様、行ってきます!」
「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
幽々子様にお辞儀をして、白玉楼の門を潜り抜けた。必要な食料や幽々子様のおやつ、そして挑戦してみたい料理に必要な食材などを買い出しに行くため、まっすぐ人間の里を目指す。
「ねえ、あれから何か変わったことはあった?」
隣を飛ぶ妖夢にそう聞いてみた。あの後、妖夢も恐る恐る蔵の中を確認してみたそうだ。俺よりも長いこと白玉楼に住んでいる妖夢なら何かに気づいたのかもしれない。
「ええ、実は…」
すると妖夢は、妙に真剣な面持ちになる。
もしかして、何か重要なものを見つけたのだろうか…。俺は思わず身構える。
「何も見つからなかったです!」
「はぁっ!?」
思わずズッコケそうになったよ!え?なんでそうキリッとしたドヤ顔で言うの!?
「だってぇ、必死に探しても何も見つからなかったんですよ!」
「蓋の無い箱も?」
「見つからなかったです」
そっか…。
となると、泥棒は蔵の床に蓋を残したまま箱ごと持ち去ったと言う事になる。蓋だけを残していく泥棒がいるのだろうかと疑問には思ったが、まあ今は考えていても仕方がないか。それよりも早く買い物を済ませて料理をしたいな。
そう思いながら、冥界を飛び出して人間の里に向かった。
「危ない!!」
空気を固めて壁を作り、振り下ろされた鍬を受け止めた。ガキンという激しい音が響き、後ろに吹き飛ばされる鍬を持った男性。今のうちにと、俺の背後にいた女性に逃走を促した。
「何をしているんですか!?止めてくださいよ!」
妖夢も楼観剣で別の女性が振り下ろした包丁を受け止めている。どうして里の人々が同じ里の人間を襲ったりするのだろうか。その状況に戸惑いを隠せないが、まずは襲われている人を救わないと。
「みんな、少し我慢してくれよ!」
身体の周りにある空気を固め、身動きを封じた。妖夢も女性が動かなくなったことを確認すると楼観剣を鞘に収めた。
「どうしたんだろう、みんな」
「分かりません。何か恨みでもあるのでしょうか…」
人間の里に降り立った直後、俺達は我が目を疑った。包丁や鎌、鍬や金槌と言った凶器になりうる道具を持った人々が、同じ里の人々に襲いかかっている。そのあまりにもおぞましくて信じられない光景を見て、俺達は慌て、戸惑いながらも人々を守るために空気を固めて動きを封じてきた。
「とりあえずは、この辺りの人々の動きは止めたかな」
「そうですね。それにしても、皆さんどうしたのでしょうか…」
「分からない。でも、これだけは言えるのかもしれない」
幻想郷では時々こういった不可思議な現象が起こる。今回の事件も、おそらくそれと同じであろう。そう、つまり…
「異変が起こっている」
「異変…」
そう、この不可思議な出来事も、何者かが起こした異変に違いない。じゃなければ、人間がいきなり凶器を持って暴れまわることなんて考えられない。ましてや、目に激しく燃える怨みの炎を灯すなんて。
「妖夢、悪いけど人間の里で情報を集めて。慧音さんあたりなら何か知っているはずだ」
「うん、わかった。欧我は?」
「俺は博麗神社に行く。霊夢さん達に異変解決の依頼をしてくる」
これまで数多くの異変を解決へと導いた霊夢さんなら、今回の異変だってあっという間に解決してくれるだろう。一刻も早く里の人々を苦しみから救いたい。
「じゃあ、行ってくる!」
妖夢と頷き合い、空へと飛びあがった。
「霊夢さーん!」
博麗神社の境内に降り立ち、名前を呼んだ。しかし、霊夢さんの姿はどこにも見あたらなかった。
「おっ、文の旦那じゃないか~!」
霊夢さんの姿を捜していると、不意に声が聞こえた。その声のした方に顔を向けると、萃香さんが大きな
「あ、萃香さん!」
萃香さんはもう酔っぱらっているのか、かなりご機嫌な様子だ。でも、顔が赤くなったり千鳥足になったりはしていないところを見ると、どうやらまだほろ酔いと言ったところだろうか。若干
「萃香さん、霊夢さんはいますか?」
「霊夢~?そう言えば、異変がどうこうとか言って飛び出していったよ。方角からして人間の里へ行ったんじゃないかな~?」
「人間の里へ?」
まさか、もうすでに異変に気づいてアクションを起こしているとは。さすが博麗の巫女だ。それにしても、人間の里に向かったならどこかですれ違ったのかな?早く戻らないと。
「そんなことよりも、一緒に飲まないか?」
「ええ、異変解決後の宴会の時にね」
萃香さんにそう言うと、再び上空に飛び上がった。目指すは人間の里。そこに霊夢さんがいるはずだ。
人間の里に近づくと、道を並んで歩く2人組の姿が目に留まった。あの赤いリボンと銀色の髪はもしかして…。
「妖夢!霊夢さん!」
その2人組の名前を呼びながら、2人の前に降り立った。どうやら運よく合流できたみたいだね。
「欧我、お帰りなさい」
「どうやら無駄足だったみたいね」
そうだね。まさか霊夢さんがここにいたなんて思いもしなかったよ。そんなことよりも。
「霊夢さん、この異変について教えてください」
霊夢さんは少し悩むようなそぶりを見せたが、小さく頷くとこの異変について語りだした。
人々が暴れている理由は、道具に操られているからよ。何らかの原因で道具が意思を持ち、波長が共鳴した人間を乗っ取って暴れまわっているの。その目的は物を乱暴に扱う人間たちへの復讐よ。…何よ、別にふざけてはいないわよ。暴れていた人間数人を取り押さえてちょっと尋問したら教えてくれたわ。
霊夢さんの尋問って一体どんなものなのだろうかという疑問が沸いたが、今はそれどころじゃないし大方イメージできる。それよりも知りたいのは、どうすれば乗っ取られている人々を助けられるのかと言う事だ。
「この御札を道具に貼り付けるのよ」
救う方法を質問したら、霊夢さんは大量の御札を取り出して答えた。
「この御札を貼れば、道具に宿った意思を封印することができるわ。私の特注よ」
「なるほど。これをペタッとね…」
「でも気を付けて。この御札は強力だから、人が道具を持っている状態で貼るとその人の意思も同時に封じ込めてしまう危険性があるわ。だから、必ず人と道具を引き離してから道具に貼るの。いいわね?」
そう言うと、霊夢さんは俺と妖夢に御札を分けてくれた。さっそく動きを止めた人々を救いに行こう!
「霊夢さん、ありがとうございます!行くよ妖夢!」
「ええ!」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
霊夢さんにお辞儀をして飛び立とうとしたが、不意に霊夢さんに呼び止められた。振り返ると、霊夢さんの手には一冊のメモ帳が握られていた。このメモ帳は、もしかして…
「欧我、貴方にこれを渡すわ。道端に落ちているのを見つけたの」
「これ、文のメモ帳…」
それは、常に文が持ち歩いているメモ帳だった。俺がプレゼントしたもので、取材に行くときは肌身離さず持ち歩いている。でも、そんなものがどうして道端に?
「これは勘だけど、文はこれを欧我に渡そうとしていたんじゃないかしら」
霊夢さんからメモ帳を受け取り、じっと見つめる。もしかして、文に何かあったのだろうか。
ページを開いて行くと、後の方にこの異変についての記述を見つけた。霊夢さんが教えてくれたこととほぼ同じ内容が書き記されていた。しかし、ページをめくると目に飛び込んできたのは、「犯人像」という文字だ。その下には、犯人の特徴と思われる項目が書かれていた。
「キャスケット、ピンクの長髪、オレンジ色の服、子ども、大きな手鏡…」
そこに書かれている特徴を声に出して読んでみた。さらに、大きな手鏡の所に矢印で「桜柄」という文字が書き加えられている。そして、この異変が起こったのは…
「4日前!?」
4日前と言えば、蔵の扉が破壊された日と一致するじゃないか!これは偶然なのか?それに、蔵の中で見つけた桜柄の蓋…。
その記述の最後には、走り書きで『山』と記されていた。これって、もしかして…。
「妖夢、俺は妖怪の山に行く」
その文字を見て不吉な予感を感じ取った俺は、そう告げると妖怪の山を目指して飛び上がった。どうか、この予感が外れていてくれよ!
~白玉楼~
「今日の夕ご飯は何かしらね」
自室でのんびりとしながら、私はそう呟いた。毎日欧我や妖夢の作る美味しいご飯を食べることができて、本当に幸せだ。幸せだからこそ、今日の夕ご飯が非常に楽しみである。
「ん?」
ふと、部屋の片隅に置かれた姿見に目が留まった。その近くには、欧我が蔵の中で見つけた桜柄の蓋が置かれている。
「桜の模様、鏡…」
その直後、脳内を電流が駆け巡った。
「もしかして…」