水の都とことり   作:雹衣

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第9話

「灯里ちゃん……どこまで行くの?」

私はネオ・ヴェネツィアの街中より少し細い水路を進む灯里ちゃんに思わず聞いてしまいました。

「素敵な場所に案内してあげる」と言われ船に乗ったら、灯里ちゃんはどんどん船を漕いで行き、周りがネオ・ヴェネツィアの伝統的な街並みから風力発電の風車が立ち並ぶ原っぱになってしまったら不安になるというものです。

でも灯里ちゃんはそんな私を余所にニコニコと明るい笑顔を私に向けて

「大丈夫。もう少しで着きますよー」

なんて言ってきます。灯里ちゃんがこういう言うんだから心配は無いんだよ……ね?

少し不安になっていると私たちの前に上に開いた大きな門?みたいなものが見えてきました。その門の横の陸地には新聞を読んでいる髭の生えたおじさんが座っています。

「おう、嬢ちゃん!上に行くかい?」

「はい、お願いします!」

そのおじさんが私達の船に気が付いたようで立ちあがった後、門の近くの小さな小屋みたいな所に入っていきます。灯里ちゃんはその前をすーっと通っていき門の中に入ります。

「ってあれ?滝?」

その時、門の内側には水路は続いておらず、上から水が流れて滝になっていることに気が付きました。

当たり前ですが、灯里ちゃんの船は木製の至って普通の船。

灯里ちゃん、もしかして道を間違えたのかな?なんて思っていると、私たちが入ってきた大きな門が閉まり、水の流れを止めてしまいました。

「え!閉じ込められちゃったよ!?」

「ことりさん、大丈夫。ちょっと待ってたら分かりますから」

そう言われても……私が不安に思っている間も滝から水が一杯流れ込んできます。幾ら船に乗っていても狭い部屋に水が入ってくるのは昔見た船が海に沈む映画みたいでちょっと……。

そうやって水がどんどん入ってくるのを心配しながら待っていると滝から流れてくる水によって徐々に船が上に上に登っていきます。私はその時になってここがどんな場所なのか理解しました。

「そっか!ここって船を滝の上に運ぶためのものなんだ!」

「はい、ここは水の力だけを使ったエレベーターなんです」

つまりここは滝の下の方の門を閉じることによって門の内側に水を溜める。そこに船が有れば水の上に浮き、溜まった水によって船を押し上げる……といった原理みたい。昔ながらのものが沢山ある、ネオ・ヴェネツィアらしい仕組み。

そんな水のエレベーターは私たちを頑張って最上階まで運んでくれました。そこは先ほどと同じように椅子に座ったおじいさんが居て、私たちの姿を見た時軽く頭を下げてくれました。

私たちもそれに続いて一礼した後、灯里ちゃんが船を漕ぎ始めました。どうやら目的地はまだまだみたい。

 

 

 

 

 

自然の力のエレベーターを出た時、船の左側は原っぱから青々としたアクアの海に変わっていました。

水平線の果てまで続く大きな海、そこを飛ぶ白い海鳥。ちょっと遠くから見るこの海はこっちにやってきて落ち込んでいた時、朝見た時とは少し違う不思議な感じがして思わず口を開けてじっと見つめてしまいました。

「もう少しで着きますよ」

オールで漕ぎながら灯里ちゃんは笑顔を崩さずに話しかけてきます。その言葉が終わるか終わらないか位の時に一陣の風が私たちの船を吹き抜けていきました。

「きゃっ!」

風に吹かれて、顔に掛かる髪に思わず声を出してしまいました。そしてそれを振り払った瞬間

「うわぁー……」

私たちの前に水に浮かぶ都が姿を現しました。

赤い色の屋根が並ぶ建物達。その間を通るように張り巡らされている水路達。その中で少し飛び出している大きなのっぽの時計塔。

それは先ほどまで私たちが居たネオ・ヴェネツィアでした。

「とうちゃーく!」

灯里ちゃんの元気な一声と共に船が動き止めました。

「良い景色だよね。ここ」

「うん、ネオ・ヴェネツィアがあんなに小さく見えるなんて……」

私の驚嘆の声に灯里ちゃんは嬉しそうに首を縦に振ります。

「うん、私も初めて来たときに驚いちゃった……まあ、それ以外にも驚いたことがあったんだけどね」

「……?何か有ったの?」

「私がARIAカンパニーに入ってから暫くして、アリシアさんが一緒にハイキングに行こうって提案したことがあったんです」

「アリシアさんってやっぱり優しい人なんだぁ」

私は頭の中で夜に出会ったアリシアさんのことを思い出しました。優しく微笑んで心配してくれた素敵な女性。私もあんな風になりたいなぁ……。

「それでアリシアさんと一緒に来た場所がここなんです。そこでアリシアさんから左手の手袋を外してもらえたんです」

「左手?」

私は灯里ちゃんの言葉を聞いた後に灯里ちゃんの手を見て、彼女の言っていることが分かりました。

灯里ちゃんの右手には肘の辺りまで覆う白と青の手袋を付けているのに、彼女の左手にはそういうものは無く素肌を晒していました。

「はひ、まだお客様を運べないウンディーネは手袋をはめていなければいけないルールが有るんです。両手の時はペア、ペアで成長すると片方の手袋を外してシングルって呼ばれるようになるんです。そして手袋が無くなると、一人前としてプリマって呼ばれるようになるんです」

「へぇ……じゃあここで灯里ちゃんの手袋外したってことは」

「はひ、アリシアさんの昇級試験をクリアしてシングルにしてくれた場所なんです」

つまり、アリシアさんがハイキングに誘ったのは灯里ちゃんがどれくらい力が付いたか調べる試験で、灯里ちゃんはそれを乗り越え、ここでシングルになったそうです。

つまりここは灯里ちゃんからしてみれば自分の夢に一歩進んだ思い出の場所なんだ。

そんな場所に出会ったばかりの私を連れてきてくれた。

「……灯里ちゃん」

「なに?ことりちゃん」

灯里ちゃんは本当に優しくて素敵な人なんだと私はここで実感した。独りぼっちで暗い気持ちに手を差し伸べてくれた、大事な場所へ連れてきてくれた。そんな優しさに

「ありがとう」

 


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