水の都とことり   作:雹衣

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第8話

「こちらの建物はマンホーム時代の……」

灯里ちゃんの説明を聞きながら、私は街の景色を改めて見渡します。

朝よりも人が増えたネオ・ヴェネツィアは私たちの船が通ろうとしている水路に掛かった橋を見ているだけで色々な人が居ることが分かります。

果物が入った木箱を抱える大きな男の人、スーツを着たシルクハットの老紳士、地図を持って歩いているカップル……本当に多種多様な人がそれぞれの歩幅で歩いていく。

「あ、お姉さん!」

と私が見ていると、視界の中に赤い服を着た小さい女の子が私たちの方に手を振ってきました。そしてそれを見た灯里ちゃんが説明を途中で止め、彼女に対して手を振り返しました。

「お姉さんこの前はありがと~」

「うん、どういたしまして!」

「灯里ちゃん、知り合い?」

その後女の子は手を振りながら街の中へと行ったので、灯里ちゃんに尋ねてみました。すると灯里ちゃんは首を縦に振りました。

「うん、この前居なくなったワンちゃんを探してあげたの」

「へ~」

この時は感心しただけだったけれど、灯里ちゃんが船を漕いでいると

「あら、ウンディーネちゃん!」

「おう、ウンディーネの嬢ちゃん!」

「あら、この前はありがとね」

「あ、お姉さん」

……やけに灯里ちゃんは話しかけられます。どうやらみんな灯里ちゃんの知り合いみたいです。

「灯里ちゃんってすっごい人気者なんだね」

「そうね、ネオ・ヴェネツィアで生まれた私と後輩ちゃんよりも知り合いの数は多いと思うわ」

「はい、私もそう思います」

「え~、そうかなぁ」

私の言葉に藍華ちゃんとアリスちゃんはその通りだと首を縦に振ります。灯里ちゃんとしては変だとは思っていないご様子。これはネオ・ヴェネツィアの風土とかではなく灯里ちゃんの才能?みたいなものみたい。

「ていうか灯里!あなたは今練習中よ!もっと集中しなさい!」

「は、はひ!……あ、ウッディーさん!」

「コラー!」

「藍華先輩、落ち着いて……」

集中しようとしたけれど思わず空を飛んでいる箱みたいなもの(何だろ、あれ?)に乗る男の人に手を振る灯里ちゃん。それに怒り出す藍華ちゃんに、なだめるアリスちゃん。その様子に思わず頬が緩んでしまいました。

怒る藍華ちゃんに「えへへ~」と笑う灯里ちゃん……何というかまるで穂乃果ちゃんと海未ちゃんみたい。

「……ことりさん?」

私が気付いた時、アリスちゃんが心配そうに私を見ていました。

「大丈夫ですか?」

「あはは、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」

「その、体調が悪くなったらすぐに言ってください。いきなり見知らぬ場所に来てしまったことは私が思っている以上に辛いと思います……だから」

「うん、ありがとね。アリスちゃん」

アリスちゃんに心配を掛けさせちゃいました。そんなにぼーっとしちゃったかな……。

「何か灯里ちゃんと藍華ちゃんが友達に似てるなって思っちゃって」

「友達?」

「うん。穂乃果ちゃんと海未ちゃんって人が居てね、良く穂乃果ちゃんが海未ちゃんに怒られてて、その光景とそっくりだなってちょっと思っちゃったの」

「そうなんですか……」

私の言葉にアリスちゃんは複雑な表情をしました……けれど私の顔を見ながら呟きながら喋りました。

「その、私は少し前まで一人で練習していたんです」

「そうなの?」

「はい、私の会社……オレンジぷらねっとって言うんですけど、そこに最年少で入社したんです……だから会社の中の他の人達とはなんといいますか」

「余りお話が出来なかったの?」

「そうですね、何というか孤立してました。私としてはそれでも良いって思っていたんですけど……」

そう言った後、まだ話している二人に目を向けました。大きな声を上げる藍華ちゃんに「え~」って言う灯里ちゃん。なんというか猫のじゃれあいを見ているみたいでなんだか微笑ましい。

「灯里先輩達と一緒に練習するようになって、色々と話すようになって凄く毎日が明るくなったんです」

「一緒に……」

「はい、だから、その、上手く言えないんですけど……分からないことは私や灯里先輩に遠慮なく言ってください。解決できなくても一緒にいるだけで不安とかは安らぐと思いますから」

「アリスちゃん……うん、そうだね」

アリスちゃん、年下なのに私の事を気遣わせちゃった。でも私はまだまだネオ・ヴェネツィアについては知らないことばっかりだし、彼女の好意は素直に嬉しいな。そう思っているとアリスちゃんは灯里ちゃん達に呆れた感じで声を掛けます。

「先輩方、ことりさんが呆れてますよ」

「いや、別に呆れてる訳じゃ……」

「あ、しまった……!灯里!早く次行くわよ!次!」

「は、はひ!」

アリスちゃんの言葉に船の上がどたばたと少し慌ただしくなりました。

「……本当に良い先輩たちだね」

「そうですね」

私の言葉にアリスちゃんは少し顔を赤くしながら微笑みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、これでネオ・ヴェネツィアは一通り説明したわよね?」

「そうですね。いつも練習しているスポットは一通りやりました」

私たちは船から降り、藍華ちゃん、アリスちゃんと出会った桟橋に居ました。街の紹介は灯里ちゃん→藍華ちゃん→アリスちゃんの順番でそれぞれ紹介してくれて、終わったころには近くに有った時計が昼前を示していました。

紹介してくれたのは劇場などの観光名所から、ちょっとした噂のある橋とか、灯里ちゃんの時には更に練習しているときに気が付いたちょっとした素敵な場所なんていうのも教えてくれました。

場所によっては細い道なんかも通って、普通の観光案内とは少し違う、もし穂乃果ちゃん達に案内するとしたらちょっと通ぶれちゃいそうな案内をしてくれました。

「ことりちゃん、どうだった?」

「うん、とっても素敵な場所がいっぱいあってとっても楽しかったよ!」

私が感想を求めた灯里ちゃんに素直な感想を言うと灯里ちゃんの顔に笑顔が溢れました。余りに嬉しそうな顔に私のほうも思わず笑顔になっちゃいます。

「良かった!ことりちゃんにもネオ・ヴェネツィアの素敵な思いがたくさん伝わったんだね!」

「恥ずかしいセリフ禁止!」

灯里ちゃんの言葉に藍華ちゃんがツッコミを入れます。灯里ちゃんはそれを聞いて「え~」と不満なそうな声を漏らしていました。

「藍華先輩、練習はこれで終わりですか?これから少し行かなければいけない場所が有るのですが」

「そうね。私も昼から用事があるし終わりで良いわよね。灯里もそれで良い?」

「うん、良いよ~」

灯里ちゃんがのんびりした感じの声で許可をすると藍華ちゃんとアリスちゃんは別々の近くの船に乗って海のほうに漕ぎだしていきました。私たちはそれを手を振って見送ります。

そして二人が水路に入って見えなくなるまで見送ると、互いに海をみたまま少し沈黙が起きました。

「灯里ちゃん、これからどうするの?」

「う~ん、アリシアさんからは別に何か買ってくるようには言われてないし……あ、そうだ!」

灯里ちゃんは私の言葉にしばらく悩ませた後、手のひらをポンと叩き、私のほうに向きなおって来ました。

「ことりちゃん、とっておきの素敵な場所を教えてあげる!」

 


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