「ことりちゃーん!」
「ことり」
「あれ?」
不意に聞こえた声。何時の間にか私の前に穂乃果ちゃんと海未ちゃんが立っていました。
場所も音の木坂の通学路。……あ、そっかいつも通り三人で学校行くところだっけ。
「?どうしたのことりちゃん。早く行こうよ!」
「ことり、大丈夫ですか?」
私がぼうっとしていると二人がゆっくりと戻ってきました。穂乃果ちゃんに海未ちゃん。私の大切な友達。いつも一緒にいてくれる大切な人。
「ううん、何でもない」
私はそんな二人に首を横に振ります。今日はいつも通りみんなで練習。ラブライブ!ももう少し頑張らないと。そう、いつも通り、いつも通り。何も変わらないふわふわで楽しい毎日……
なんて思っていると視界が急に真っ白に。目の前の二人の姿もしっかりと見えなくなっていきます。
「穂乃果、今日の宿題はちゃんとやりましたか?」
「あ……」
「穂乃果!」
頭の中は耳鳴りだらけ、二人の声は徐々に遠くなっていく。ああ、行っちゃう……置いていかれちゃう。
待って、待って、まって、マッテ、mat……。
「待って!」
私は声を張り上げながら布団を飛ばす勢いで起き上がりました。そして周りを見渡した時
「そっか、私……」
自分が瞬間移動?をしたことを思い出しました。ここはネオ・ヴェネツィア。私の居た場所とはとっても遠い、未知の場所。そこで私は夜を過ごしました。
なんとなくベッドの近くの半球状のガラスが嵌めてある丸窓から外を覗いてみる。
「うわぁ……」
外の景色は一面青でした。家に来るチラシとかで見た地中海みたいな嘘みたいな青。そしてその上を飛ぶ真っ白なカモメ達。私が迷い込んだ時は夜だったから見れなかった光景が広がっていました。
その景色はとっても綺麗で……でも、私がますます遠いところに来てしまったことをいやでも自覚させられてしまいました。そういえば音の木の方も朝なのかな。お母さん、どうしてるんだろう……。
私が外の景色をぼうっと眺めていると、耳の中に何かを焼いているときの「ぱちぱち」といった感じの油の音が聞こえてきました。
「ことりちゃん、起きてる~?」
「あ、灯里ちゃん」
私が音の正体を探っていると扉がそんな声とともに開かれました。入ってきたのは灯里ちゃんです。既にパジャマから例の見慣れない制服に着替えていました。どうやら私はお寝坊さんのようです。
「ううん、そうでもないよ。まだ日が昇ったばっかり。あ、ちょっと着替えの事なんだけど……」
そう言うと、灯里ちゃんは部屋のクローゼットから一着の服を出しました。それは白と青が基調のロングのワンピースみたいな感じの服で……。
「その、ことりちゃんの服、パジャマしか無いよね。でも、用意できたのARIAカンパニーの制服位しか無くて……」
つまり灯里ちゃんやアリシアさんの制服と同じのでした。そっか私パジャマしか持ってきてないんだ。寝る場所だけじゃなくて服の事とかも考えてくれてたんだ……。
「でも、良いの?その、会社の制服なんて着ちゃって……」
「大丈夫です。アリシアさんも良いって言ってたから」
「じゃあ……」
私はありがたく灯里ちゃんから制服を受け取ることにしました。一応とはいえ他所の制服。貰った時思わず体が硬くなっちゃいました。
「わあ、似合ってるよ!ことりちゃん!」
「ええ、本当に似合ってるわ」
「あ、ありがとうございます」
制服を着た私を褒める二人。ARIAカンパニーの制服はゆったりとした感じの服なんだけど、腰のあたりはラインがはっきりと出ちゃう服でした。露出が少なくて可愛い服なんだけど、なんかライブの衣装とは違う意味で少し恥ずかしいなぁ……。そう思った時、初めてのライブで海未ちゃんがスカートの短さで恥ずかしがっていたのを思い出しました。スカートの長さは全然違うけど、思っていることは真逆……それがちょっとおかしくて、思わずクスリと笑ってしまいました。
「ことりちゃん、後これも付けてね」
「これは……帽子?」
そんなことを考えているとアリシアさんから更に制服と同じ色合いの帽子を渡されました。縁の所に青いリボンが結んであって、とっても可愛いなあ。
私がこの帽子を被る。こうして見ると「wonderful rush!」の衣装みたい。
「うん、サイズもちゃんとあってるし大丈夫そうね」
「あ、はい。すみません何から何まで……」
「良いのよ。困ったときは遠慮しないでね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、朝ごはんを食べましょうか。灯里ちゃん、準備手伝ってくれるかしら」
「はひ!分かりました」
「そういえば灯里ちゃん」
「ん、何?ことりちゃん」
朝食を終えてアリシアさんは食器の片づけをしている頃。私はテーブルを拭いている灯里ちゃんに声を掛けました。
「ARIAカンパニーって何の会社なの?」
「はひ?」
私の質問が余りにも意外だったのでしょうか。灯里ちゃんの動きがピクリと止まり、布巾を動かしていたグローブをしている右手も止まってしまいました。そして目を丸くして私の方を見てきます。
「ことりちゃん、ウンディーネを知らないの?」
「う、うんでぃーね?」
聞きなれない単語に思わず灯里ちゃんにそのまま返してしまいました。どうやらアクアではその職業は常識のようです。
「そ、そっかぁマンホームにウンディーネは居なかったし、そうなれば21世紀の頃も無かったんだね……」
「それはどんな仕事なの?」
灯里ちゃんが何かに気付いたようで独り言をぶつぶつと言っている所に質問をしてみました。
多分灯里ちゃんの様子からしてマンホーム……つまり地球ではその仕事は珍しいみたいです。アクア独自の仕事っていうことかな?私はついつい興味を持ってしまいました。
「そういえば灯里ちゃん。今日はみんなで練習の日よね」
「え、はひ。今日は藍華ちゃんとアリスちゃんのいつもの三人で練習ですよ。それがどうかしたんですか?」
不意にアリシアさんがキッチンから灯里ちゃんに声を掛けました。灯里ちゃんはその急な言葉に不思議そうに言葉を返しました。するとアリシアさんは優しげな笑みを浮かべて
「じゃあ、灯里ちゃん達の練習をことりちゃんに見せてあげたらどう?ことりちゃんにネオ・ヴェネツィアのことを教えてあげられるし、ウンディーネのことも分かってもらえると思うわ」
そう言いました。すると灯里ちゃんの表情は一変。たちまち笑顔に早変わりして
「あ、そうだ!ことりちゃん!私と一緒に練習に行きませんか?」
私の手を掴み、元気いっぱいに言いました。れ、練習?ってなんの?ダンス?
「灯里ちゃん。しっかり教えてあげないと。ことりちゃんも戸惑っているわ」
私が灯里ちゃんの急な言葉に戸惑っているとアリシアさんが助け舟を一つ。それを聞いて我に返った灯里ちゃんが頭を下げてきました。
「あ、ごめんなさいことりちゃん……」
「ううん気にしてないよ。で、練習って?」
その後、灯里ちゃんから練習について聞きました。まずこの会社で働いているのはアリシアさん一人。灯里ちゃんはまだまだ見習いだそうです。それでいつもほかの会社の子達と一緒に練習しているから付き合ってほしいとのこと。でもウンディーネの事はアリシアさんが「あとあと知ったほうが楽しいわよ」と言って秘密にされてしまいました。
「それでどうでしょう。引き受けてくれますか?」
「うん、良いよ」
「本当ですか!」
灯里ちゃんが私の返答に声を上げていました。私としてはどんな内容の頼み事でも聞くつもりだったけど、灯里ちゃんの喜び様に思わず私も笑顔になってしまいました。昨日まで落ち込んでいた気持ちが嘘のよう。
まるで穂乃果ちゃんみたい……心の中でそう呟きました。みんなを引っ張って進む穂乃果ちゃんとは少し違うけど、灯里ちゃんも周りのみんなを笑顔にする。名前通りの優しい光のような女の子。
「あ、そろそろ行かなきゃ!ことりちゃん行こ!」
そう言ってARIAカンパニーの扉を開く灯里ちゃんの背中が穂乃果ちゃんそっくりに見えてしまいました。