「ここで……こう!」
「おぉ、流石ことりね」
水路の曲がり角をオール捌きでゆっくりと進んでいく、曲がる瞬間に壁に当てないようゆっくりと、けれども速度が下がりすぎないように気を付ける。そんな繊細な動きを要求される曲がり角を通り抜け、私は安堵のため息をつく。
「ふぅ」
「ふぅ、じゃない。まだまだあるのよ!」
「は、はい!」
藍華ちゃんに言われ私は再び気を引き締める。まだまだ練習の途中。オールに再び力を込めます。
「やっぱりことりちゃん、筋が良いよね」
「そうねぇ、灯里なんて最初すっごく遅かったんだから」
「あ、藍華ちゃーん……」
藍華ちゃんの言葉に灯里ちゃんの恥ずかしそうに腕をおたおたと動かしています。
その様子を皆で笑いながらゆっくりとゴンドラを漕ぐ。
私が決断をした日から数日後、
そう4人。灯里ちゃん、藍華ちゃん、アリスちゃんの3人の練習に私もよく加わるようになりました。練習自体は前からよくお邪魔していたのだけれども、それはあくまで
「よし、じゃあ休憩!」
その後も藍華ちゃんから色々指摘されつつARIAカンパニーへと帰ってきました。
藍華ちゃんは腕をぐいっと伸ばしながら
「ふふ、藍華ちゃん楽しそうだね」
「はい、でっかい楽しそうです」
その様子を灯里ちゃんとアリスちゃんは2人で楽しそうに見つめています。
「ことりちゃんが入ったからかな」
「そうなの?」
「はい、いつもよりでっかい気合入ってます」
「そこ、うるさい!」
一足早く舟を降りた藍華ちゃんが私達に向いて顔を赤くして声を上げます。
それを見て私達は顔を見合わせて笑い合いました。
「おかえりなさい、皆」
「アリシアさん!」
私達が戻るとアリシアさんは微笑みながら迎えてくれます。
「皆、外は寒かったでしょう? ココアはいかが?」
「はひ、頂きます」
「あ、ありがとうございます」
アリシアさんが柔らかい笑みと共にトレイにカップを乗せてやってきます。私達はトレイからココアを受け取り、口に含む。
砂糖の入った甘さに皆で頬を綻ばせる。流石に冬の寒さも厳しくなってきて手袋越しでも手が悴んでしまっていました。片手袋の灯里ちゃん、藍華ちゃんは尚更。暖かいカップを大事そうに両手で抱えながらココアを飲んでいます。
「でも、本当に寒くなってきたね。今にも雪が降って来ちゃいそう」
「そうですね。例年ならそろそろ初雪も降って来そうです。ことりさんの地元では雪はよく降るんですか?」
「うーん……年に一度降るか降らないかって感じかな、だから雪が降ると楽しいんだけど、結構大変なの。電車とか遅れちゃって」
「なるほど、そう言うのはあまりネオ・ヴェネツィアでは無い苦労です。
「そういえばあまりネオ・ヴェネツィア以外には行ったことないや」
アリスちゃんと一緒に外の空を見ながら会話をする。以前アリシアさんから
「そうね。もうちょっと暖かくなったら皆でお花見とか行きましょうか。ネオ・ヴェネツィアからちょっと離れてるけど桜の木とか植えられている所もあるのよ」
「アリシアさんとお花見! はい、絶対行きます!」
「へぇ、なんだか楽しみ」
なんて皆でほのぼのと雑談を楽しみます。外の冬の寒さがとても辛かった分、暖炉がたかれている室内はとても暖かくてなんだか落ち着いてしまいます。
「……ふふ」
「……? な、なんですかアリシアさん?」
そんな私を見てアリシアさんは嬉しそうに微笑んでいました。でも……なんだかただ嬉しいだけじゃないみたいな、不思議な笑み。
「いえ、ちょっと安心しただけ」
アリシアさんはそう言ってカップに口を付けていました。
「アリシアさん」
「ん、なあに?」
「ああ、ちょっとお昼のことが気になってしまって」
夕食の後、私はアリシアさんの食器洗いを手伝いながら尋ねました。お話はお昼の時の表情について。
「……ふふ、ことりちゃんが来てくれて毎日がもっと楽しくなったからつい、ね」
「本当にそれだけですか?」
私の言葉を聞いた後、アリシアさんの洗い物を拭く指が止まります。
「あ、いや、別に怒ってるとかそう言う訳じゃなくて……」
「分かってるわ。ただ毎日楽しくなったのは本当よ、でも色々考えちゃうことがあってね」
そう言うアリシアさんは何時もの様に穏やかな表情は崩さず……けれどもどことなく憂いを帯びた表情に変わります。いつも優しく、明るいアリシアさんにはあまり似合わないその表情に、私は少し驚いてしまいます。
「……とっても楽しいとね、いつか来る終わりのことを少し考えてしまうの」
そうアリシアさんはぽつりと呟きます。
「終わり?」
「ええ……ほんの少しね。皆と居るのは凄く楽しい事なんだけど……だからこそかしら」
「それは……」
「そうだ」
私が尋ねようとした時です。アリシアさんは先程とは打って変わった明るい声を上げます。
「ことりちゃん、明日少し空きそうだから私も練習を見ましょうか?」
「え、あぁ、ぜひお願いします! 藍華ちゃんやアリスちゃんも喜びますよ」
アリシアさんからちょっとあからさまに話を逸らされました。流石にアリシアさんにそれ以上の話をするのは憚れたので深く追及するのを止めます。
「ふふ、ことりちゃんがどれだけ上手くなったか楽しみね」
「えぇ、そう言われると少し緊張しちゃいます」
「あらあら」
アリシアさんいつものようにそう呟くと洗い物を持つ手を動かし始めます。私は暫くその横顔を思わず眺めてしまいました。
「ことりちゃん、ごめんなさいね。まだあまり言う気にはなれなくて」
「いえ、大丈夫です! ただ、何かあったら言って下さいね私も一緒に頑張って考えますから!」
私の言葉を聞くとアリシアさんは微笑みながら返してくれます。
「……ありがとう。ことりちゃんがいると本当に頼もしいわ」
「え、いやいや全然、私なんて
「そんなことないわ。練習も頑張ってるし皆の事よく見てくれてる……あ、ことりちゃんそこの食器片してくれるかしら」
「あ、はい。分かりました」
アリシアさんに言われ、私は拭き終わった食器を食器棚へと運びます。それにしてもアリシアさんの悩み……それはいったい何なのか、私はついつい考えてしまいます。