水の都とことり   作:雹衣

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第46話

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん。おはよう」

「あ、ことりちゃん! おはよう」

「ことり、おはようございます」

 ネオ・ヴェネツィアから帰ってきた次の日の朝、私が待ち合わせ場所に行くといつものように2人が待っていました。

 穂乃果ちゃんと海未ちゃん……いつも一緒にいた2人。とっても懐かしい2人。

「夜はごめんねー突然電話しちゃって」

「ううん、大丈夫だよ」

「穂乃果? 何の話ですか?」

「え、いや、ちょっとことりちゃんに相談したいことがあって夜に電話したの」

「あまり夜中に電話するのは感心しませんね。穂乃果」

「えぇ、ま、まぁそうなんだけど。ちょっとすぐに相談したかったんだよぉ」

 海未ちゃんの言葉を聞いて分かり易くうろたえる穂乃果ちゃん。そんな2人を見て私は微笑みます。

「でも、そんなに遅くまで電話してたわけじゃないから。ね、海未ちゃん」

「そうなのですか? まあ、それなら良いのですが」

「うんうん、そうだよ。それにとっても一大事だったんだから……よおし、学園祭に向けて、今日も練習だよ!」

「そうですね。学園祭が上手くいけばラブライブ!への出場も夢じゃありません……ですが、ちゃんと勉強もしなくちゃいけませんよ。穂乃果。今日の日本史の宿題はやってきましたか?」

「う……あ!」

「穂乃果?」

 私は2人の会話を聞きながら、今の状況を色々思い出します。

 音ノ木坂学院はそろそろ学園祭。「μ’s」の私達もライブをするために猛練習をしている。

 でも、私は少し悩んでいることがあって……。

「……? ことり?」

「ん、なに? 海未ちゃん」

「いえ、少し考え事をしていたみたいなので」

「ううん、ちょっと少しね……」

 私がネオ・ヴェネツィアにいて忘れていた今の近況を思い出していたら海未ちゃんに不安そうな顔をされます。けれども流石に「未来のネオ・ヴェネツィアという街で数か月過ごしていた」っていきなり説明されても信じてもらえなさそう……というか流石に色々心配されそうなので黙っています。

「あ、お、おはようございます!」

「おはようにゃあ!」

 そんな風に3人で話していると、後ろから2人の声が聞こえてきます。振り向くとそこには1年生の花陽ちゃんと凛ちゃんが歩いていました。

「おはよう、花陽ちゃん、凛ちゃん」

「何の話してたにゃ?」

 凛ちゃんが不思議そうに首を傾げながら私達に目を向けます。

「学園祭の話。皆で頑張らなくちゃね」

「もっちろん、頑張るにゃ!」

「は、はい!」

 元気に言葉を返す、凛ちゃんと花陽ちゃん。元気いっぱいで運動神経抜群の凛ちゃんと優しくてスクールアイドルに詳しい花陽ちゃん。彼女たちを見ていると私は何だか胸の中にジーンとするような感覚が湧いてきます。

「ぴゃ!? ことりちゃん?」

「にゃ!? ど、どうしたの?」

 思わず私は2人に抱き着いちゃいました。ビックリして大きな声をあげちゃう花陽ちゃんと困惑した声を上げる凛ちゃん。私の突然の行動に驚かせちゃったけど気にせずギュッと抱きしめます。

「ど、どうしたのことりちゃん?」

「ふふ、なんだか2人に会えて嬉しいの。しばらくこうしてていい?」

「は、恥ずかしいにゃあ」

「こ、ことり。ここはその、人目もあるので程ほどに……」

 海未ちゃんに窘められたので私は少し名残惜しくも2人から離れます。顔を真っ赤にしてる花陽ちゃんと凛ちゃん。ふふ、なんだか可愛い。

「……?」

 そんな私の様子を海未ちゃんは不思議そうな顔をして見ていました。

 

 

 

「お昼だー!」

 午前の授業が終わり、お昼の時間がやってきた。チャイムが鳴って、先生が去った途端、穂乃果ちゃんが元気な声を上げます。

「海未ちゃん、ことりちゃん。部室行こ、部室」

「はい、ことりも一緒に……ことり?」

「え? ああ、うん」

 海未ちゃんに声を掛けられ、私はぼうっとしていた意識を戻します……本来は何時も通りの学校の授業なんだけど、私の感覚としては数か月ぶり。ARIAカンパニーにいた頃はアリシアさんのお仕事のお手伝いや、灯里ちゃんと水先案内人(ウンディーネ)としての練習のお付き合い……。学校の授業はちょっと久々で頭が疲れてしまいました。

「ことりちゃん、お疲れ?」

「あ、うん。ちょっとね」

「ことり、何か大変な作業があるなら、言ってくださいね。私も出来る限り手伝いますから」

「ううん、大丈夫、大丈夫。先部室行ってて! 色々片付けてから私も行くから」

「え、うん。分かった。じゃ、海未ちゃん行こー!」

「……はい」

 穂乃果ちゃんと海未ちゃんは私をチラッと見た後、教室を出ていきました。私は2人を手を振って見送った後、ちょっと教室の天井を見上げます。

 ネオ・ヴェネツィアの生活に慣れたせいか、なんだか酔ったみたいに頭がふわふわする。

 ……昔の生活に戻っただけなのに、なんだか忙しない感じ。

「こんにちは、あれ、1人だけ?」

「あれ、珍しいやん」

「絵里ちゃん、希ちゃん」

 懐かしい声がまた聞こえた。横を見ると教室の入り口に2人の姿があった。音ノ木坂の生徒会長と副会長。それに「μ’s」のメンバーの2人。絵里ちゃんと希ちゃんの姿がありました。

「穂乃果ちゃんと海未ちゃんは部室に行きましたよ」

「そうなん? じゃあ、ことりちゃんは何をしてるん?」

 私が1人でいるのを不思議がった希ちゃんが尋ねてきます。

「うーん、ちょっと休憩?」

「休憩? 体調でも悪いの?」

「ううん、そう言う訳じゃないんだけど」

 絵里ちゃんの不安げな声に首を横に振る。ちょっとくらくらするだけで体調はとりたてて悪い訳では無い。

 ただくらくらの原因をちょっと説明しづらいから困っちゃうんだけど……。

「絵里ちゃん達は穂乃果ちゃんに何か用?」

「ええ、学園祭の事で言っておきたいことがあったから穂乃果に先に言っておこうと思ったのだけど……そうね、部室に行くわ」

「2人も今日のお昼は部室?」

「そうしたいんやけど、ちょっと生徒会に用があってな」

 2人は「μ’s」のメンバーでもありますが、生徒会のお仕事があります。学園祭ともなればそのお仕事は沢山。2人共とても忙しそうにしていたのを覚えています。

「……やっぱり、ことりちょっと体調悪そうね」

 絵里ちゃんはそう言うと私に近づいてきて右手を私の額にくっつけます。

「ひゃ!」

「……熱は無いみたいね。食欲とかはある?」

「だ、大丈夫。元気だよ」

「本当に? あまり無茶はしないでね」

 不安そうに色々尋ねる絵里ちゃんに世話焼きっぷりに私は思わず微笑みながら言葉を返す。

「な、なに? ことり」

「絵里ちゃん、なんだかお姉ちゃんみたい」

「な……もう、変な事言わないの」

「確かにな、えりちのお節介は皆のお姉ちゃんみたいやね」

「希も変な事言わないの!」

 希ちゃんにからかわれ、絵里ちゃんは私から手を離すと腰に手を当ててちょっと怒ったような仕草をする。絵里ちゃんには亜里沙ちゃんって妹がいるけれど、本当「μ’s」の皆を心配するお姉ちゃんって感じ。

「でも、ことりちゃん。実際何か悩みとかあるん? 昨日もちょっと悩んでたみたいやし」

「え?」

 絵里ちゃんをからかって笑う希ちゃんとそれにちょっと呆れたようなに笑う2人の姿をなんだか微笑ましく見ていると希ちゃんからそう告げられます。

 昨日……体感的には数か月前だけど、私にはネオ・ヴェネツィアに行く前に悩んでいることがありました。それはちょっと前に届いた服飾の勉強の為の留学のお誘い。

 「μ’s」で皆と一緒に頑張るか、それとも自分の夢を目指すか……どちらも決めかねて悩んでいました。

 でも……。

「うん、悩み事はちょっとあったけど、大丈夫」

「ほんま? えりちじゃないけど、相談に乗るで?」

「うん、希ちゃん。本当に大丈夫だよ」

「そうなの?」

「うん、絵里ちゃん。心配してくれてありがとう」

 私がそう言うと、絵里ちゃんと希ちゃんは一瞬2人で目を合わせると。少し不安げながら頷く。

「でもことり、無理だけはしないでね」

 最後に絵里ちゃんはそう呟くと、教室を出ていきました。

 

 

 

「A-RISEはもちろんのことだけど、他のチームもすごいわね」

「当然でしょ。スクールアイドルの頂点を目指そうとしているんだもの。皆歌も踊りもじょずだし、動画の撮り方も凝ってる。昨日見たこのチームはなんて見て! このパフォーマンス!」

「流石ね。自分たちが競う相手じゃなければファンになりたいくらい」

「真姫、怖じ気いちゃった?」

「そ、そんなわけないでしょ」

「でも本当にすごいにゃあ」

 スクールアイドル研究会の部室の扉に近づくと中から沢山の賑やかな声が聞こえてきました。

「ごめんね。ちょっと遅くなって」

 私が扉を開けて入ると部室には穂乃果ちゃんに海未ちゃん、花陽ちゃんに凛ちゃんの朝に会った4人。それとツインテールの女の子と赤みがかった髪と吊り目が特徴的な女の子が椅子に座っていました。皆テーブルに各々の昼食を開いてお昼をしています。

「あ、ことり。ちょうど良かった。ちょっと曲の方1回確認してもらえない? 前聞いてもらった時と大して曲調は変えてないけど、衣装のイメージと合ってるか一応ね」

「え? うん。分かった。真姫ちゃん」

 吊り目の女の子……真姫ちゃんに言われ私は半ば無意識に頷く。μ’sのライブ使う曲、衣装は全て私達で自作している。その中でもライブで使う楽曲の作曲を担当しているのが真姫ちゃん。

「うん、じゃあ1回聞かせてもらって良いかな?」

「ええ、お願い」

 真姫ちゃんから音楽プレーヤーを受け取り、音楽を聴きはじめる。耳に入っている曲に耳を凝らす。今までの曲よりもアップテンポで明るい感じの曲……たしか「ラブライブ!の予選でも使うから凄く盛り上がれるような曲に」って穂乃果ちゃんの意見が取り入れられたんだっけ。

「……ことり、何か不満あった?」

「え? なんで、すっごくいい曲だよ?」

 私が曲を聞いていると真姫ちゃんがそう聞いてきた。心なしかいつもよりも眉がちょっと下に下がっている。

「本当にそう思ってる? 何か難しい顔をしてるから」

「え、あ、ごめん。ちょっと色々思い出しながら聞いてたから」

「思い出してた?」

「え、あー、うん。色々と」

 真姫ちゃんは首を傾げたのを見て私は慌てて訂正をします。……正直ネオ・ヴェネツィアでのブランクがあるから若干曲とかの記憶がおぼろげだったなんて皆に言えない。

「もう、真姫もことりも不安がりすぎなのよ。私くらいどーんとしてなさいよ!」

 私がちょっと何て言おうか困っているとツインテールの女の子……にこちゃんが口元に笑みを浮かべて私と真姫ちゃんの会話に入って来ました。

「にこちゃんは何にも考えてないだけでしょ」

「なによお!」

 そこにすかさず真姫ちゃんが言葉を返して、にこちゃんが怒ったような声をあげる。一見すると喧嘩みたいだけど、「μ’s」の中では日常茶飯事。猫のじゃれ合いみたいな見慣れた光景です。

「真姫ちゃん。私としては良いと思う。衣装は確か、まだだよね」

「……? たしかそうでしょ。というか衣装担当はことりなんだから私が分かるわけないじゃない」

「そ、そうだよね。ごめん」

「……疲れてるの?」

「ん、んん……そうかも」

 実のところ数か月の間隔が空いてるから色々思い出すのに苦労してるだけなんだけど、真姫ちゃんは私の様子を不安げに見つめてきます。

「最近の練習大変だものね」

「あはは……私は大丈夫だよ。真姫ちゃん、心配してくれてありがとう」

「べ、別に感謝されるほどのことはしてないわよ」

 そう言うと手を組んでそっぽ向く真姫ちゃん。でもそんな言葉とは裏腹に顔は赤くて、なんだか可愛くて微笑ましく感じちゃいます。

「ま、学園祭がラブライブ!出場できるかできないかを決める大一番だもの。皆気合入れていくわよ!」

「……」

「ってなんで誰も返事しないのよ!」

「突然にこちゃんが仕切るからにゃあ」

「一応にこが部長なんだけど!」

「威厳が無いのよ」

「うるさい!」

 にこちゃんが凛ちゃんと真姫ちゃんにいじられて大きな声を上げます。とはいえこんなやり取りも日常茶飯事。にこちゃんは3年生で普段はちょっとふざけているように見えるけれどスクールアイドルに対する情熱は本物で締める時はしっかりと締めてくれる頼れる先輩です。

「でも、にこちゃんの言う通り頑張らないとね。皆、ファイトだよ!」

「穂乃果、パンを食べながら喋らないでください」

「は、はーい……」

 最後に穂乃果ちゃんが意気揚々と宣言……したけど、海未ちゃんに注意されていそいそと座っていました。

 

 

 

 

「はぁ、疲れたぁ」

 夜、部活動を終えた帰路。私は夜空を見上げながら思わず一人心地る。

 久しぶりの学校、今までは当たり前だったのに、久しぶりにずっと学校に通うとなんだか気疲れしてしまいました。

 でも、ただ疲れてるだけじゃない……、久しぶりに皆の顔を見れてまるで遊園地に行った後みたいな夢見心地な気持ちになってます。

「……ほんと、前まではこれが当たり前だったのにね」

 そんな当たり前が今は少し愛おしい。

「やっぱり、私は……」

 一瞬口にしようとして口を噤む。そして少し目を閉じる。思い浮かぶのは青い海が広がる火星(アクア)の景色。穏やかな海を漕ぐ白い制服を着た女の子達の姿。困って迷っていた私を見つけてくれて……夢へ向かう沢山の輝きを見せてくれた水の妖精(ウンディーネ)達の姿。

「やっぱり、私は頑張るよ。「μ’s」の皆と見た目標へ……ラブライブ!へ向けて」

 夜空を見上げながら呟く。音ノ木坂の夜空は明るい街の灯りに阻まれてよく見えないけれど、その先にある火星(アクア)を見えるような気がして空を見つめ続ける。

「だから、ありがとう」

 私はお別れの挨拶を1つ呟いた。

 多分もう会えない。遠い遠い……水の星にいる皆に向けて。

 


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