アリシアさんと一緒にネオ・ヴェネツィアの街の中を歩いていく。いつものように綺麗な足取りのアリシアさんとそれについていく私。場所としてはサン・マルコ広場から徐々に離れていきます。
「今日はこれに行くの」
何処まで行くのか不思議に思いながら付いて行くと、アリシアさんが前を指さします。そこには大きな桟橋が一つ。そして近くに柱みたいな機械が置かれています。
「……チケット売り場?」
見た時の率直な感想を呟く。それを聞いてアリシアさんは頷きます。
「そう、ヴォパレットよ」
そう言いながらアリシアさんは機械に近づいてお金を入れて、チケットを手に取ります。
「ヴォパレット?」
「そう、ネオ・ヴェネツィアの水上バスのこと。今日は普段よりちょっと遠出するからゴンドラじゃなくてこっち使うわ」
水上バス……私が今まで聞き慣れない言葉に思わず言葉をそのまま返してしまいます。アリシアさんはそれを聞いて「ええ」と肯定しました。
「ことりちゃんも練習中とかに見かけたんじゃないかしら。ほら、あれよ」
アリシアさんが指さすと近づいて来る船の姿が一つ。……確かに、この船は私がゴンドラで練習している時に何度か見かけました……まさかそれがバスだとは思っていなかったのだけれども。
その船はゆっくりと進みながら私達のいる桟橋に停まりました。
アリシアさんは慣れたように先に進んで私にチケットを一枚手渡します。
「乗る時にこれを見せれば良いからね。さ、行きましょ。ことりちゃん」
「あ、はい」
アリシアさんに促され私はヴォパレットの方に進みます。受付でチケットを見せるとアリシアさんは悠々と船に乗り込みます。私もそれに倣ってチケットを見せた後船に乗ります。
ヴォパレットが私達が乗り込むとゆっくりと桟橋から離れていきました。
ゆらゆらと水に揺れながら進むヴォパレット。船の中には私以外にもお客さんらしき人が何人か座っています。私はアリシアさんの横に大人しく座ります。
「ことりちゃん、これから行くお店。私の馴染みのお店なの。ことりちゃんが気に入る服も見つかると思うわ」
アリシアさんはそう言って微笑みます。けれど、私はその話を聞いて思わずまた悩んだ表情をしてしまった。
「……どうしたの? 何か不安な事でも?」
アリシアさんも私の表情の変化を察して尋ねます。
「え、ううん……そんなに悩みって訳じゃなくて……」
「でも不安なことは相談とかしてくれて構わないわ」
アリシアさんは優しい声でそう言ってくれます。……アリシアさんにそういうこと言われちゃうとついつい相談したくなって口を開いてしまいます。
「服とかを買ってもらうのが嫌な訳じゃないんです。ただ季節が変わる位ARIAカンパニーにいるとなると色々考えちゃって」
「色々?」
アリシアさんの言葉を聞きながら、前に会った黒い女の子の事を考えてしまいます。『お姉ちゃん、何処に帰りたい?』
あの無邪気なようでどこか不思議な響きが含まれた一言を。
「はい、今まで居候で、お手伝いって立場だったけど……そろそろちゃんと考えないとなって」
「……」
アリシアさんは私の言葉を静かに聞いてくれます。私は今まで凄く曖昧な立場でARIAカンパニーに居ました。でもそろそろ……。
「それで、アリシアさん」
「うん、良いわよ」
私が提案しようとした言葉を遮ってアリシアさんはあっさりと了承しちゃいました。
「えぇ!?」
「だって、ことりちゃん。そのことを色々考えていたんでしょ?」
「え、でもまだ聞いてないじゃないですか」
「うふふ……でも、ずっと一緒に暮らしていたからことりちゃんが何を言いたいのかは分かるもの。私としてはそれでもいいと思うわ。だから私としては了承したわ」
思わず驚いて口をポカンと開けていると、アリシアさんはそれを見てクスクスと笑っています。
「で、でも、ほら。色々と」
「ことりちゃん、ヴォガ・ロンガどうだった?」
唐突にアリシアさんは話題を変えました。私はそれに困惑しつつも思い出します。頑張ってゴンドラを練習して、灯里ちゃん達と一緒に参加したヴォガ・ロンガ。それは――
「すごく、楽しかったです」
「うん……ことりちゃん。本当に心から楽しそうだったもの。練習の時も、ヴォガ・ロンガの時も、ことりちゃんは真剣に楽しんでた。それだったらネオ・ヴェネツィアでもことりちゃんは幸せにやっていけるわ」
アリシアさんがそう言った途端、ガクンと船内が揺れる。どうやら何処かに着いたみたいです。
「着いたわ。ことりちゃん、ここよ」
アリシアさんはそう言うと立ち上がったので、私もそれについて行きます。
私達が降りた場所はARIAカンパニーの近くと違って余り観光客の姿はありません。どうやらどちらかといえばネオ・ヴェネツィアに住んでいる人が多い地区みたいです。
「うふふ、ことりちゃんがどんな服を選ぶのか楽しみね」
アリシアさんはいつもよりも上機嫌に微笑んでいるアリシアさん。服か……奢ってもらうのはちょっと気が引けるけど、服自体には私も少しは興味があります。
「あはは、アリシアさんのお店だと私に似合うのあるかな」
「大丈夫よ、ことりちゃんに似合うのも絶対あるわ」
アリシアさんと共にネオ・ヴェネツィアの街を歩く。サン・マルコ広場と違って少し静かな場所で、海の穏やかな波の音が静かに私達の耳に響きます。
「そうだ! アリシアさんも今日新しい服とか買いませんか? 私が似合う服選びたいです」
思わずそう提案しました。アリシアみたいな大人な女性はミューズにはいませんでした。絵里ちゃんも大人っぽくてきれいだけど、アリシアさんは絵里ちゃんともちょっと違う感じ。だから、色々な服を見てみたくなっちゃいます。
そんな私の提案にアリシアさんは顎に手を置きます。
「あらあら……そうね、私も新しい服欲しいし、ことりちゃんに頼もうかしら」
アリシアさんはこうやっていつも私を優しく受け入れてくれます。多分私から聞かなかった提案もアリシアさんは真面目に考えて了承してくれた。そんな確信が私にあります。
……だから、後は私が決めないといけない。黒い女の子が言っていたように私が何処へ帰るのか。