水の都とことり   作:雹衣

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第38話

「ことりちゃん」

 学校の廊下で名前を呼ばれて私は後ろを振り向く。そこには二人の女の子――穂乃果ちゃんと海未ちゃん、いつも私と一緒に居てくれた二人。

「早く部室行こー、ことりちゃん」

「ことり、何か忘れ物ですか?」

 手をパタパタを振る穂乃果ちゃん、不思議そうに小首を傾げる海未ちゃん。なんだか、いつも顔を合わせる二人の筈なのに……なんだか、今日は随分と久しぶりに感じちゃう。

「あ、ううん。何でもないよ」

 私も手を振って返すと穂乃果ちゃんは嬉しそうに弾ける笑顔を浮かべます。いつもの暖かな穂乃果ちゃんの笑み。それにどこか安心感を覚えながら私は二人の方へ足を向けます。

「ラブライブまであと少しです。気を引き締めていきますよ。穂乃果」

「うん、もちろん! あ、ことりちゃん。衣装とか大丈夫? なにかあったら私も手伝うよ!」

「うん、ありがとう……でも、今の所穂乃果ちゃんに手伝ってもらう予定はないかな。他の皆の所を手伝って」

 私は顎に指を当てて考えます。確か衣装づくりには花陽ちゃんが手伝ってくれるって言っていたし、生徒会の予定が終わったら希ちゃんも手伝ってくれるって言っていた気がします。それなら予定には十分間に合うはず。

「えぇ、そうなのぉ!」

「うん、気持ちは嬉しいけど、今やってる所色々細かい作業が多いから」

「穂乃果には向いていませんね」

「うぐっ……ごもっともです」

 そう言って穂乃果ちゃんはがっくりと肩を落とす。その可愛い様子にくすっと笑みが漏れちゃいます。

 ラブライブを目指して日々邁進する私たち。とっても大変だし、音ノ木坂の廃校も掛かってる。まだまだどうなるか分からないけど、このイベントの連続にいつもドキドキ。

 

 あれ、でもこの景色毎日見てる筈なのに……なんだか、すっごく懐かしい気分。

 

「「ことりちゃん」」

 声が聞こえて後ろを振り向きます。いつのまにか私の後ろには二人の姿がありました。灯里ちゃんにアリシアさん……ARIAカンパニーの二人。

「え? 灯里ちゃん、アリシアさん?」

「ことりちゃん、今日一緒に練習しよう! 今日はアリシアさんも付き合ってくれるって!」

 ひまわりの様に輝いた笑みの灯里ちゃんとその横に佇むアリシアさん。

「うん! 私もゴンドラを頑張らないとね!」

 ずっと練習してるけど、私のゴンドラ捌きはまだまだ未熟。灯里ちゃん達のようにゴンドラを操れる訳じゃないし、頑張って追いつかないと。

 私は何も考えず、灯里ちゃんの元へ進もうとしたところで、直ぐ私の足は止まりました。

 音ノ木坂になんで二人が……?

「ことりちゃーん、早く早く」

「ことり、部活に遅れてしまいますよ」

「ことりちゃん! 行こ!」

「ことりちゃん、行きましょう」

 四人の声が廊下に……いや、頭の中に響きます。胸の中がぽかぽかと暖かくなる優しい言葉。なのに私の心はざわざわと騒いでいます。

「お姉ちゃん、そろそろ選ばないとね。お姉ちゃんは、何処に行きたい?」

 そして最後に、小さな女の子の声が一つ。声の方を振り向くと黒い服を着た女の子が机の上に座って私に微笑んでいました。

 

 

 

「つめた」

 ふと、私は頬に感じた冷気によって目を覚ましました。ベッドから体を起こして辺りを見渡します。

 ベッドの上にはまだ、すやすやと寝ている灯里ちゃん。その穏やかな表情に思わず微笑ましくなって彼女の寝顔を思わずじっくり眺めます。

 スーと小さな寝息をたてている灯里……なんだか可愛くてずっと見たくなっちゃいます。

「っ! 冷たー」

 けど、そうやって灯里ちゃんを見ていると体が思わず震えてきて、声が出ちゃいました。

 ……秋最後の大イベントヴォガ・ロンガ終わり、ネオ・ヴェネツィアはゆっくりと冬へと向かっています……特にここ数日は一気に気温が下がっていました。布団から出ると部屋の中もほんのりと冷えています。

 そんな風に季節の変わり目を実感したからでしょうか……私がネオ・ヴェネツィアに来て長い期間が経ったことをどうしても意識しちゃいます。

「もう冬なんだね」

 思わず窓の外を眺めて呟きます。外の空は小さい雲がゆったりと流れていました。

 

 

 

「おはようことりちゃん。今日はちょっと早いのね」

「おはようございます。アリシアさん。はい、ちょっと早く目が覚めちゃって」

 寝間着から、制服に着替えるとアリシアさんがキッチンで朝食を作っていました。

 アリシアさんは私を見かけると穏やかな笑顔を浮かべます。

「もうだいぶ寒くなってきましたね」

「そうね。そろそろ冬支度をしないといけないかしら。暖炉の為の枝をそろそろ集めないとね」

「暖炉ですか?」

 アリシアさんの言葉を聞いて私は視線を移します。そこにはレンガ造りの暖炉が一つ。

「あれ、使っているんですか?」

「ええ、そうよ。灯里ちゃんも最初聞いた時は似た反応してたわ。多分、どんどん寒くなるから早めに準備しないとね」

 そう言うとアリシアさんは「あ」と小さく呟きました。

「ことりちゃんにも色々買ってあげないとね」

「色々?」

「ええ、冬服とか。流石に制服だけじゃ不便よね」

「え、冬服……」

 確かに私服とかあった方が良いけれど、流石にお値段とかが凄く張ってアリシアさんに迷惑をかけてしまいます。

「流石に、そんな高価なものを買っていただくのは」

「あらあら、ことりちゃん、遠慮しなくて良いわよ。ネオ・ヴェネツィアの冬は結構寒いから、制服だけじゃ風邪になっちゃうわ」

「そ、そうなんですか」

 そう言われると流石に色々防寒具とかが欲しくなってきちゃいます。

 私もそこまで寒さに強い訳じゃなくて……寧ろ寒がりな方なのでそう言わると色々と欲しくなっちゃいます。

「ええ、だから買っておかないとね。お金のことは心配しなくていいわよ」

「……すみません、ありがとうございます」

 思わず私は頭を下げてしまいます。

「あらあら、気にしなくて良いのよ……じゃあ今日、ことりちゃん。予定空いているかしら?」

「え、今日?」

 アリシアさんの言葉を聞いて今度はスケジュール表に目を向けます。アリシアさんの今日の予定には何も書いてありません。

「ええ、ことりちゃん。服屋さんとか余り分からないわよね。色々教えてあげる」

 そう言うとアリシアさんは茶目っ気たっぷりに目をウインクするのでした。

 

 


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