「ことりちゃん。大丈夫?寒くない?」
「うn……はい。大丈夫、です」
座り込んで泣いていた。まるで子供のような私に声を掛けてくれたのは妖精のような女の人でした。
前の髪が長くて後ろの髪は短めのちょっと不思議な髪型をした女性。水無灯里……というみたい。
水無さん……名前からして日本人みたいだけどどうしてヴェネツィアに居るんだろう。白と青のセーラー服とワンピースを合体させたような不思議な服は日本では馴染みないし、多分何処かのお店の制服?結構かわいいなぁ。
「あ、あそこがARIAカンパニーだよ」
「へ?」
不意に水無さんが立ち止まり、ある一点を指さしました。
その先に有ったのは、ヴェネツィアのレンガ造りの街から少しはみ出ている二階建ての建物。二階には丸い天窓が二つあってまるでお人形さんのお家のよう。
そんな建物とヴェネツィアを繋ぐ、桟橋の所で長い金髪の女性が立っているのが見えました。水無さんと同じ服を着ているから同じ会社の人かな?
「アリシアさん!」
女の人の姿を見て、水無さんとそばを歩いていた少し大きめな猫さんが駆け出しました。私もそれにつられて慌てて付いていきます。
「灯里ちゃん。アリア社長はちゃんと見つかったみたいね……あら、そちらの女の子は?」
水無さんがアリシアさんと呼んだ人は水無さんと猫さんを見て安心したような微笑み、私の姿を見て目を丸くしていました。
「あ、えっと。ことりちゃんって言うんですけど。なんか訳あって家に帰れないみたいなんです。ARIAカンパニーに暫く泊めても良いですか?」
「まあ、そうなの?」
水無さんの言葉を聞き、私に目を向けてくるアリシアさん。水無さんにまだ事情を話していないけど、何か有ったのは察してくれたみたいです。
アリシアさんは私の姿を上から下に一通り見た後
「とりあえず入って。紅茶を入れるわね」
と言って人を落ち着かせる優しい微笑みを見せてくれました。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
アリシアさんから渡されたカップに紅茶が入り、白い湯気と共に良い匂いが私の鼻に入っていきます。本当に良い匂い……家で飲んでいるのよりも良い香りがします。
ARIAカンパニーの中は何というかキャンプ場のバンガローの中みたいな穏やかな雰囲気がします。暖炉や日本では見たことの無い形の電話?があったりして、やっぱり日本とは違う場所に来たんだな~っと実感してしまいました。
私がそんな風に室内を見渡していると椅子に座っている私の前にアリシアさんが座って私のことを見つめながら口を開きました。
「それで、どうしてそんな恰好で外にいたのかしら。風邪を引いちゃうし、危ないわ」
「え、えっと……」
アリシアさんの質問はもっともなものでした。流石に理由も聞かずに泊める人は居ないよね……穂乃果ちゃんや海未ちゃんみたいな幼馴染ならともかく。それに私の状況を話してそれを信じてもらえるかどうか……。
「……大丈夫よ。言いたくないなら言わなくて」
悩んでいる私をみかねてアリシアさんが気を遣ったのかと思いました。けれども彼女の目はそんなものでは有りませんでした。何というかお母さんのような目をしていました。転んだ子供を無理やり立たせるのではなく、1人で起き上がるまで横で待っている。そんな応援している目をしていました。
「言いたくなった時にゆっくり話してくれれば良いわ」
「いえ、言います」
そして私はそんな優しい人に全て話そうと決めました。彼女は名も知らない自分を悪い人ではないと信用してくれているのだ。なら、私もそんな期待に応えたい。そう思った。
私はアリシアさん達に「元々日本に居たのにいつの間にかヴェネツィアに来てしまった」という内容を簡潔に伝えました。
するとアリシアさんと隣に座っていた水無さんも
「まあ」
「えっ!?」
なんて言って驚いていました。まあ、いきなり瞬間移動したなんて言われたら流石に驚くよね。なんて思っていると水無さんが恐る恐る質問をしてきました。
「ことりちゃん……それってアクアの日本だよね?」
アクア?その単語に私は思わず首をかしげてしまった。アクアって確かどこかの言葉で「水」を意味する単語。それくらいは知ってるけどどうして急に……。
「ねえ、ことりちゃん。じゃあ、マンホームって言葉は知ってる?」
「え、ごめんなさい……どこかの地名ですか?」
次にアリシアさんから来た質問はさっぱり分からず、反射的に答えると。私の前に居る二人は更に驚いていました。
「じゃ、じゃあ、ヴェネツィアは何処にあるか分かる」
「はい、それくらいなら。確か、イタリアですよね」
「「……」」
私の解答に二人は思わず固まってしまった。あ、あれ?確かヨーロッパで長靴の形をした国ってイタリアだよね!?地理の授業の時に穂乃果ちゃんにそう教えたけど……もしかして間違ってる!?
「じゃあ、最後に聞くわね。今何世紀?」
私が混乱しているうちに落ち着いたアリシアさんが私に聞いてきました。世紀?それはもちろん
「21世紀?ですよね」
私が答えた瞬間、アリシアさんは自分の紅茶を一杯優雅な手つきで飲みました。でもそれは自分を落ち着かせるかのような動きに私は見えてしまいました。そして私の目を見てこう言いました。
「いいえ、今は24世紀。そしてここはアクア……火星に居るのよ」
「え……」
私はアリシアさんの言葉によってカップを持とうとしていた手が止まり、アリシアさんをジッと見つめてしまいます。でも、彼女の目が本気だと告げていました。