水の都とことり   作:雹衣

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第25話

「十字路とかの前ではゴンドラが通る事を伝えるんだ……そうしなければ船同士がぶつかる可能性もあるからな」

「はい! ゴンドラ通りまーす!」

 水路の前で私が出来る限り声を上げます。少し突然声を上げるのに気恥ずかしさを感じなくもないですが、これは水路でのマナーの様です。ちゃんとやらないと大変な事故につながってしまいかねないのでしっかりやります。

 十字路からは誰も来ないので、私はそのままオールを漕いで前進します。

 この辺りは水路の中でもまだ広いので普段の練習の時と大して変わらずに、行けます。……ただ、この先はちょっと狭い道もあるので少し不安にもなります。

「……? 晃さん、何ですか」

 私はずっとゴンドラに集中していますが、ふと、前の席に座っている晃さんが、私を見上げている事に気づきました。

「いや、初めてにしては悪くない」

「……そう、ですか?」

「ああ、最初の頃の藍華なんてひどかったからな」

「藍華ちゃん? 詳しいんですか?」

「ああ、ずっと知ってる。こんなちっちゃい頃からな」

 そう言うと晃さんは手をゆるゆると水平に揺らして藍華ちゃんのちっちゃい頃をアピールしています。

「へぇ、藍華ちゃんの小さい頃かあ。可愛かったんだろうなぁ」

「ま、今の藍華に比べれば愛想があったな。今のあいつはすぐ『アリシアさんの方が良かったー』だの直ぐ言って来る」

 そう言いながらも晃さんは楽しそうに笑顔を浮かべます。

「あはは……ずっと知り合いなんですね」

「ああ、私がまだ、半人前の頃からな……ことり、そこで横に曲がれ。ゴンドラを壁にぶつけるなよ」

「あ! はい!」

 私は晃さんとのお話を止め、オールを大きく動かします。

 ゴンドラは少し大回りしながらもなんとか壁にぶつからずに曲がりきります。

 

 

 

 

 

 私達の舟は狭い路を抜け、広い海へと出ます。そして直ぐの所に私にも見慣れ始めた広場が姿を現しました。

「サン・マルコ広場に到着しましたぁ」

「ああ、初めて水路を通ったにしては悪くない……そこの桟橋が空いてるな。ことり、そこに止めてくれ」

「はい!」

 私は晃さんの言葉に従い、広場の桟橋にゴンドラを止めます。サン・マルコ広場の方は今日も観光客で賑わっています。

「……」

 晃さんはゴンドラを降りると暫く辺りを見渡していました。近くのゴンドラを探しているみたいです。

「晃さん? どうかしたんですか?」

「いや、何でもない。そろそろ三時か……ことり、時間はあるか?」

「……? はい、あります」

「そうか、じゃあ付いて来い。頑張ったご褒美だ」

 そう言うと晃さんは堂々とした足取りで広場へ向かいます。威風堂々といった感じで歩く彼女の姿に私は思わず見惚れちゃいそうになっちゃいます。彼女のゴンドラに乗った人には実際そういうファンも多そうです。

「どうした! 早く来ないとご褒美は無しだぞー!」

「あっ、はい! ちょっと待って下さい!」

 少し遠くから晃さんが声を上げてきます。その声に言葉を返すと、彼女の元へ向かいます。

 それにしても、晃さん何か探していたみたいだけど、何を探していたんだろう?

 

 

 

 

 

「わぁー」

 目の前に置かれたチーズケーキに思わず感嘆の声を上げてしまいます。ここはサン・マルコ広場から少し離れた所の喫茶店。そこのオープンテラスで私と晃さんは座っていました。

「ふふ、ここのケーキは絶品でな。気にせずに食べて良いぞ」

「はい!」

 私は晃さんの了承を得た後、ゆっくりとフォークを滑らせチーズケーキを掬い取り、口に入れます。その瞬間クリームリーズのうま味が口の中に広がります。

「うーん、美味しい!」

「だろ?」

 私の反応を見て満足そうに笑うと、彼女の自分の前に置かれたショートケーキを口に入れます。

「晃さん。でも、本当にありがとうございます」

「ん? 何がだ?」

「いえ、晃さんも忙しいですよね。なのにわざわざ私に時間を割いてくれて」

「気にすることは無い。そもそも時間が無ければあそこにいない」

 私の言葉に晃さんはショートケーキを口に入れながら返答します。……成程。よく思ったら晃さんは、ARIAカンパニーから私を見ていたんだっけ。

 じゃあ、なんで元々ARIAカンパニーに来ていたんだろ。そう思って不思議そうに晃さんを眺めると彼女は少々バツが悪そうに眼を閉じました。

「……う~ん」

 余り言いたく無さそう……何か負い目があるというよりは恥ずかしい感じ? でも、少ししたら晃さんは口を開きます。

「まぁ、暇だったからな。少しアリシアと話がしたくなって来たんだ」

「……あぁ、アリシアさんと幼馴染」

「そういうことだ」

 そういうと晃さんは少し寂しそうな表情に変わり、フォークをお皿に置きます。

 ……ふと、私は大切な二人の姿を思い出しました。

 いつだって私の手を引いて歩いてくれた穂乃果ちゃん。私達二人に呆れながらもいつだって見守ってくれた海未ちゃん。

 私程、距離が遠い訳では無いけど……晃さんもアリシアさんも仕事などで、なかなか会えないことは容易に想像がつきました。

「ことり、そんなに気に病むことは無い。たしかに以前に比べれば会う機会は減ったが、会えない訳では無いんだ。それに」

 お前にも会えたしな。

 と晃さんは楽しそうに呟きました。

「へ……?」

「アリシアとは会えなかったが、お前の練習を見ているのも楽しかった。それにアリシアの所に居る女の子ってのも一度見て見たかったからな」

「あはは……でも私の練習なんて見てても」

「殆ど初心者にしては筋が良い。アリシア曰く水先案内人(ウンディーネ)を目指している訳では無いらしいが、本気で目指してみたらどうだ? なんなら私が直々に練習を」

「げぇ、晃さん何故ここに!」

 不意に晃さんの後ろから声が響きました。晃さんの背後には先ほどまで練習をしていたと思わしき藍華ちゃんが晃さんを指さしていて、その後ろに灯里ちゃん、アリスちゃんが立っていました。

「げぇ、とは随分な言い草だな藍華」

 そう言うと晃さんは藍華ちゃんに凶悪な笑みを浮かべて立ち上がります。

「いや、だってまさかここで晃さんに会うとは……」

「ほほう、何か私に合うと不都合なことでもあるのか?」

「あ、ことりちゃん! ことりちゃんもここに居たんだ」

「ことりさん、こんにちは」

 こうしてゆるりと私達は三人と合流します。晃さんと藍華ちゃんは出会うなり、まるで威嚇中の犬みたいな笑みを浮かべています。

 そして灯里ちゃんとアリスちゃんも後ろから付いてきて私に笑みを浮かべてきます。

「あれ、ことりちゃん晃さんと会ってたっけ?」

「えーっとさっき会ったの。さっきまで練習に付き合ってくれてたんだよ」

「成程」

「晃さん。ことりちゃんに鬼のような練習を⁉」

「なんだ、藍華もこれから練習と受けたいのか?」

 こうやって集まって騒ぎ始めると晃さんの寂しげな表情も消え失せ、楽しそうに藍華ちゃんの頭を突き始めます。

「あらあら、楽しそうね」

 そして最後に鈴のような綺麗な声が響いて歩いてきて。

「……アリシア」

 ……その声の主を見て嬉しそうに晃さんは笑いました。

 

 


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