水の都とことり   作:雹衣

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第24話

「よっ……ととと」

 白い雲たちがのんびりと散歩する真っ青な空。そんな空の海を泳いでいくお芋さんみたいな宇宙船。それを見上げながら私はオールを漕ぎます。

 今日の私は一人でゴンドラの練習中です……以前からアリシアさんが空いた時間に手ほどきをしてくれていたのですが、アリシアさんは「水の三大妖精」なんて呼ばれる大人気の水先案内人。まとまった時間は中々取れません。時々灯里ちゃん達にも練習を見てもらっているけれども、今の私は真っ直ぐ前に行くのも苦労するレベルなので私にかかりっきりになってしまいます。

 灯里ちゃん達は一刻も早く一人前になるのを目指しています。流石にそんな子たちのお世話になるわけにはいかないので一人でコツコツと練習中です。

「……ん?」

 私がゴンドラの上で必死に立っていると、ARIAカンパニーの桟橋に人が居る事に気が付きました。

 その人は白と赤の水先案内人の制服……藍華ちゃんの所と同じ制服。そして長い茶色の髪が風に揺れているのが見えます。ただ、私がいる所からはそれ以上は見えません。

 ……アリシアさんへのお客さんかな?

 思わずお客さんの方へ視線を向けて考えます。何か用があるのかな? ならあっちに行って用件だけでも聞かなくちゃいけないかなぁ?

「すわっ!」

 お客さんの方から突然大きな声が聞こえました。思わず身をすくめてお客さんの方へ振り向きます。

 彼女は眉を少し上げ、私に対して声を上げていました。

「意識を前に向け! よそ見厳禁!」

「は、はい!」

 突然の女性の指摘にビックリしてゴンドラから落ちそうになりながらもなんとか姿勢を戻します。

 ちょっぴりへっぴり腰になりつつも女性にもう一度目を向けます。彼女は手を前に組みながら私に手招いていました。

 

 

 

 その「姫屋」の制服を着た人はキリっとした目とすらりとした体格……一言で言うと「格好いい人」でした。なんだか、チャイナドレス着てアクション映画に出演してたらすっごく映えそう。

「姿勢をもっと真っ直ぐだ。体のブレはゴンドラに直に伝わる。そういった所から動き全体がよろよろと動くことになるぞ」

「は、はい!」

 そしてそんな女性から私はアドバイスを貰っています。……というか近づいたら私の姿勢や、オールの持ち方といった駄目な所を次々言われ、何時の間にか私は彼女から指導を受ける形になっちゃっていました。

「すわっ! オールの持ち方がまた悪くなってる。それだと、左にズレるぞ」

「は、はい!」

「今度は右!」

「はいぃ!」

 こんな感じで次々と私の駄目な部分を指摘されてしまいます。

 でも、ただ駄目だししているという訳でもなく、指摘が中々適切であることが直ぐに分かります。

「……まあ、さっきよりは大分良くなったな」

 暫く謎のお客さんからの指導を受けていると、彼女は満足そうに首を縦に振りました。

 私は緊張と使わない筋肉を使ったことで少し汗をかきながら、彼女のいるARIAカンパニーの所まで近づきます。

「ご、ご指導ありがとうございます……」

「おう」

 彼女はすっと細い手を挙げ私に笑顔を浮かべます。その時、彼女の手には手袋が無い事に気が付きました……彼女は一人前の水先案内人(ウンディーネ)みたいです。

「え、えっとアリシアさんに用ですか?」

「……ん? ああ、まあ、用があったといえばそうだが……君はもしかして南ことりだったか?」

「え、私の名前知ってるんですか?」

 女性から聞こえた私の名前に思わず驚いちゃいました。

「ああ、アリシアと藍華から少し聞いてる。今日は時間が空いたからアリシアに会いに来てみたんだが……まあ、留守か」

「あ、はい。水先案内人(ウンディーネ)のお仕事で」

「まあ、しょうがない。アリシアは人気者だからな」

そう呟くと彼女は少し寂しそうにした後、私に手を差し出します。

「私は晃。晃・E・フェラーリ。これからよろしくな」

「あ、はい。南ことりです」

 私は差し出された手を掴み握手します。彼女は私の手をがっしりと掴みました。

 

 

 

「へぇ、アリシアさんと幼馴染なんですね」

「ああ、ずっとな。小さいころからの付き合いだ」

 晃さんは、その後暫く練習を見てくれるとのことで、私のゴンドラに乗っています。

「小さい頃のアリシアさんか……どんな感じだったんですか?」

「そうだなぁ、今とあまり変わらない気もする。いつもニコニコして、あらあらって言ってる奴だ」

「あはは、昔からそうなんですね」

「そうだな」

 演習の途中、私達の話題はアリシアさんの話に時々移っていきます。アリシアさんとの昔話……二人で一緒に水先案内人になろうって言ったこと。「歌が上手い新人」の噂を聞こうとしてアテナさんと知り合った話……そんな話を指導の合間に挟んできてくれます。

 そして話をするたびに彼女は楽しそうに、それでいて懐かしそうに話してくれます。

「皆でカンツォーネの練習をしようと言い出したら普段ドジっ子なあいつが……ん? どうしたことり。ゴンドラの動きが遅いぞ」

「あ、はい。すみません」

 思わず晃さんの話と楽しそうに話す姿に少し手を止めてしまいました。

「少し雑談をし過ぎたな。ことり、ちょっとサン・マルコ広場まで行ってみよう」

「え、サン・マルコ広場ですか?」

 晃さんの言葉に思わず驚きの声を上げてしまいます。サン・マルコ広場……そこまで距離は遠くないけど、あそこまでゴンドラで行った経験は無いので思わずしり込みしてしまいます。

 それを見て晃さんは不敵とでもいう意地悪な笑みを浮かべました。

「ああ、上達するには実践あるのみだ」

 


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