水の都とことり   作:雹衣

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第2話

「本当にヨーロッパに……」

私は夜の街の風を受けながら呆然と呟いてしまいました。

予想していたとはいえ非現実的な出来事が起こった……という衝撃をリアルに感じてしまい、身体全身が思わず身震いする。

「どうしよう……」

本当にこれからどうしたらいいんだろう……。ここは外国。日本語は通じないし、イタリア語なんて分からない。それにもし言葉が通じてもなんて説明したら良いのか……それに説明出来てもパスポートとか持ってないし……。

「うっ」

頭の中の考え事をしている途中。急に吹いた強い風に私は思わず、体を縮こまらせてしまいました。

そういえば私は部屋で寝ようとしていた所だから来ているのは緑色のパジャマで裸足。どう考えても外にいるような恰好じゃない……。

こんな格好で外にいたら、風邪を引いちゃったり、変な人に襲われたりして……。

「うぅ、穂乃果ちゃぁん……」

私の嗚咽交じりの声は、私の大事な友達に届くことは無く、夜のヴェネツィアに溶けていきました。

 

 

 

 

 

「アリア社長?」

「どうしたの灯里ちゃん」

ARIAカンパニーのシャッターを閉め、アリシアさんがアパートに帰るくらいの時間になった頃、私はアリア社長の姿が見えないことに気が付きました。

「あ、アリシアさん。アリア社長の姿が見えないんですよ」

「あら、本当ね。アリア社長、夜出かけるときは書置きを残すのだけれど……何か急ぎの用が有ったのかしら?」

「ちょっと辺りを探してきましょうか?」

「そうね。でも、灯里ちゃん気をつけてね。外は暗いから、水路に落ちたりするかもしれないわ」

「はい、気を付けます」

私はアリシアさんから許しをもらって、ARIAカンパニーから街のほうへ足を向けます。アリア社長の小舟は残っていたので、アリア社長は歩いてお出かけのようです。

「アリア社長~、どこですか~」

街の中を時々声を出しながら探してみますが、返事は有りません。アリスちゃんや、藍華ちゃんにも聞いてみようかな……なんて思い始めた頃

「ニャー」

私の耳に猫の声が入ってきました。

「アリア社長!?……じゃ、ないか」

声のした方に向くとそこに居たのはすらっとした黒い猫さんでした。アリア社長は白くてもちもちぽんぽんな猫なので全然違います。

その黒猫さんは私のほうをじっと動かずに見つめています。睨む……というよりは観察しているという表現が似合う感じです。前にアリア社長の後を付けたときもこんな視線を感じた気がします。

「そのー、猫さん?」

「……」

私の言葉には黒猫さんは反応せず、じっと私を見続けています。でも、もしかしたらこの猫ならアリア社長の行き先を知っているかもしれない。という期待が少しだけ私の心に有りました。直感ですけどね。

「アリア社長を探しているんですけど、ご存知ですか?その、白い帽子を被っていてもちもちぽんぽんな感じの猫なんです。あ、瞳が青いのも特徴です」

「……」

「何か、知ってたらなー……なんて」

私の言葉をじっと黒猫さんは聞いています。やはり知らないみたいです。

「すみません、お邪魔しました」

「ニャー」

私が黒猫さんから視線を外しアリア社長を再び探そうとしたとき、黒猫さんが小さな声を上げました。

そして黒猫さんはゆっくりと歩を進めていきます。そしてしばらく歩いてから私のほうをジッと見つめてきます。……誘っているんでしょうか?

なんて思っていると黒猫さんはすぐに視線を外し、ずんずん進んでいきます。

「あ、待ってください!」

アリア社長の行方はよく分からないし、ひとまず黒猫さんに付いていくことにしました。音を立てずに歩く黒猫さんとぱたぱたと靴音を立てながら駆け足で進む私。それはまるで不思議な事に誘われている童話の少女のようです。

 

 

 

 

 

「ぷいにゅ」

「あ、アリア社長!」

黒猫さんを追いかけ、街の中を走り回っていると。横から白い猫さんが出てきました。頭に付けたARIAカンパニーの帽子。猫にしては横にちょっと大きいあったかそうな体。どっからどうみてもアリア社長です。

「何処に行っていたんですか。アリシアさんも心配していたんですよ」

「ぷいにゅ?」

「ん、どうして見つけられたのかですか?」

「ぷい」

「それは……あれ?」

よく見たらアリア社長と合流してから黒猫さんの姿が見えません。「もう私の役目は終わった」みたいな感じで去ってしまったんでしょうか。

「あの猫さん恥ずかしがりやさんなのかな」

「……ぷい?」

「あ、アリア社長。ここまで誘ってくれた黒猫さんが居たんです。知合いですか?」

「ぷいぷい」

首を横に振るアリア社長。どうやらアリア社長の友達ではないみたいです。ではあの猫さんは何者(何猫?)だったんでしょうか。私がアリア社長と首を傾げると手首に有る腕時計が目に入ります。腕時計の針はARIAカンパニーから出た時から結構進んでいました。

「アリア社長、もう帰りましょうか」

「ぷい!……ぷいぷい!」

「え?何か有るんですか?社長」

「ぷいにゅ!」

帰ろうと来た道を戻ろうとする私の服の裾をアリア社長が手で引っ張って引き止めます。そしてすぐ私の前に躍り出て、走り始めました。

「あ、待ってください社長~」

 

 

 

 

 

今度の追いかけっこは黒猫さんの時とは違い、すぐに追いつきました。社長は少し細い路地を通り抜け、水路にかかっている橋を通って反対側の道で立ち止まっていました。

「社長~、どうしたん……え!?」

私はアリア社長を目で追っていた時に緑色の何かが有ることに気が付きました。社長をその何かの前にお座りをして様子を伺っているみたいです。

とりあえず私は少し慌てて社長と同じ道筋で後を追います。遠い時はよく分かりませんでしたが、近づいて見ると、それが緑色の服を着た人だということが分かりました。体育座りのような恰好をして、頭を項垂れさせていました。見るからに普通の状態ではありません。

「社長!そちらの方はどうしたんですか!?」

「……日本語?」

私の声に気付いたのでしょうか。緑色の服の人が鈴のような微かな声を出しながら顔を上げました。

その人は私よりも少し年上……高校生くらいの女の子でした。頭の上の方に有るくせ毛がぴょこんと立っていて少し可愛い。ですが、そんな上向きの髪とは違い、彼女の顔は今にも泣きそうな顔をしています。

「え、えーっと……どうしたの?」

「……」

私が聞いても少女の顔は晴れません。むしろ徐々に瞳を潤ませていきます。

よく見たら、少女の緑色の服はパジャマでした。足も靴下を履いておらず、冷たい地面によって足が赤くなっていました。もしかしたら家で母親と喧嘩したりして家出してきたのかもしれません。

「ARIAカンパニーに来ない?」

「え?」

「ここにずっといると風邪を引いちゃうよ」

私は出来るだけ優しい声で目の前の少女に話しかけます。少女は黄色い目を大きく見開いて驚いていました。

「さ、アリア社長も帰りますよ」

「ぷい」

「さ、お手をどうぞ」

私が少女に手を伸ばす、それを目の前の少女は少し戸惑いながら手を掴んできてくれました。少女の手は冷たくなっていたけれど、私は力強く彼女の手を握る。

「私の名前は水無灯里。あなたは?」

「ことり……南ことり」

これが私とことりとの出会い。それはまるで物語の1ページのような不思議な出会いでした。

 


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