「おぉー」
サン・マルコ広場から移動して、大運河の上にある大きな橋に到着しました。そこから望む建物に挟まれた河。桟橋にあるポールにはゴンドラやボートが停泊しています。
海路の水面に映る青空をゆっくりと移動する船の波がゆらゆらと揺らしています。そんな絵画のような眺め私は思わず感嘆の声をあげてしまいました。
ここはリアルト橋。ネオ・ヴェネツィアの大運河に掛かる石橋です。歴史は長く、ヴェネツィア共和国の頃に木製の橋から、石造りになったとか……これはヴェネツィアの話だから、ネオ・ヴェネツィアのそれも同じか分からないけど、灯里ちゃん曰く幾つかの観光名所や、施設はヴェネツィアからそのまま持ってきたらしいです。じゃあ、この橋もヴェネツィアのものを持ってきたのかな? 未来の技術には感心しかありません。
私は橋の中央から海の様子を見つつゆっくりと橋を下り始めます。観光客の皆さんもとても多くて、四苦八苦しながらお店の並ぶ通りへと私は進みました。
お店は様々な物が売られています。どうやら観光客向けのお土産が殆どみたい。私としてもその品々はとってもキラキラでとても欲しくなっちゃいます。
「でも、私居候中の身だしね」
あそこは私の部屋じゃなくて灯里ちゃんの部屋。むやみやたらに物を増やす訳には行きません。
心残りが凄いありますが、私はショーウインドウを離れようと心に決め足を動かそうとします。
「あれ、ことり。何やってんの?」
そんな気持ちの葛藤をしている時、後ろから声が掛かります。振り向くとそこには藍華ちゃんが不思議そうに立っていました。
「あ、藍華ちゃん。あのね。ここの凄い綺麗なの」
「ん……あぁ、ネオ・ヴェネツィアンガラスね」
「え? ネオ・ヴェネツィアン……?」
「ネオ・ヴェネツィアンガラス。ここネオ・ヴェネツィアの伝統工芸品よ」
「へぇ」
流石藍華ちゃん。ネオ・ヴェネツィアの解説が直ぐに出てきます。その様子に私は思わず感嘆の声が漏れちゃいました。
「特殊なソーダ石灰を使っているのが特徴でね。様々な色のガラスを作る事が出来るの。職人さんのお蔭でね」
「凄い詳しいね。藍華ちゃん」
「まあね。私はずっとネオ・ヴェネツィア生まれ、ネオ・ヴェネツィア育ち。この街の事は隅から隅まで知ってるわ」
そう言うと藍華ちゃんは誇らしげに胸を張ります。まるで自慢の特技を褒められたみたいに嬉しそうににやけています。
「そうなんだ。藍華ちゃん、ネオ・ヴェネツィアが大好きなんだ」
私が思わずそう言うと藍華ちゃんが顔を変え少し恥ずかしそうに口を開こうとしますがそれを噤み、今までと同じようにします。
「そうね、生まれ育った街だもの。それが当り前よ」
「そうなんだ」
「それより、ことり本当にここで何してんの?」
「お散歩。よく考えてみたら。全然ネオ・ヴェネツィアを観て回ってなかったから。ゆっくり見ようと思ったの」
特に目的があった訳では無く、ネオ・ヴェネツィアの街を歩き回っていたことを私は素直に答えました。
それを聞いた藍華ちゃんは「はー」と大きく声を上げると、「ムムム」と目を閉じて悩み始めました。
「ことり、もう結構ここに居るわよね?」
「うん、10日位かな?」
「それで全然観て回ってないか……そうね。それじゃ私も一緒に散歩しようかしらね」
「え!?」
私は藍華ちゃんの提案に思わず声を上げてしまいました。確かに一人で観光をするのにも少し飽きてきた頃でした。でも藍華ちゃんに気を使ってもらうのは申し訳ない。藍華ちゃんにその旨を伝えようとしますが、その前に彼女の手袋をはめた手がスッと私の目の前に飛び出して来ました。
「別に気を使ってるわけじゃないわよ。私も今日は暇だったから一緒にいようって思っただけ」
「え、あ、うん」
「もう私達友達でしょ。一々気を使わないの」
そう言うと彼女は私に向かって笑顔を作ります。けど、直ぐ表情が変わり「なんか恥ずかしいこと言った気がする……」なんて小さく呟いていました。
それを見ていると、私も思わず笑みが漏れてしまいました。
「な、なによう」
「うん。そうだよね。じゃあ、散歩しよう」
私はお店の前からゆっくりと歩を進めます。それに対して藍華ちゃんはゆっくりと歩いて付いてきました。
「で、次は何処に行く予定なの?」
「……実は決まってなかったり」
「じゃ、何で先に歩き出したのよ!」
藍華ちゃんはそう言うと私の前に進み出ます。
「なら、私のおすすめスポットを教えるわ。付いてきなさいことり」
「はーい」
ぐいぐい進む藍華ちゃんに私はどこか懐かしいものを感じ、微笑みながら付いていきました。