水の都とことり   作:雹衣

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第17話

「そうそう、ここでオールを……」

「こ、ここで! ……ってうわぁ!」

 気合を入れてオールで水を漕いだ瞬間、ゴンドラが大きく揺れて思わず落ちかけてしまいます。

「あわわ」

 それに慌てて、両手を振って必死にバランスを取ろうとするけど、それに反してゴンドラはどんどん揺れが大きくなってしまう。

「ことりちゃん、大丈夫?」

 しばらく私が右に左に揺れて悪戦苦闘していると、桟橋で立っていたアリシアさんが私の手を掴んでくれました。そのおかげで、なんとか揺れは落ち着きます。

「あはは、何とか水に落ちずに済みましたぁ……」

「今回はオールに力を入れ過ぎてバランスが崩れてしまったわね。とりあえず最初からやっていきましょう。落ち着いて、ゆっくりとね?」

「はい!」

 色々と悩んでた日から一週間ほど経ちました。今、私はアリシアさんにゴンドラの漕ぎ方を教わっています。教わり始めたのは大した理由ではなく、灯里ちゃんに何気なく「ゴンドラ漕ぐのって凄いね」って話をしたことがきっかけです。その後、灯里ちゃんとアリシアさんがトントン拍子で話を広げ、ゴンドラの練習をすることになっちゃいました。

 とはいってもゴンドラを漕ぐのはとっても大変で、バランス感覚、船を漕ぐ力加減……色々なものが必要で悪戦苦闘。ARIAカンパニーの前から中々進めません……。灯里ちゃんやアリシアさん達は更にお客さんを乗せて漕ぐんだよね。ウンディーネというお仕事の大変さを実感中です。

「アリシアさーん」

「ただいま戻りましたー」

「ぷいにゅ」

 暫くアリシアさんと練習をしていると、藍華ちゃんと灯里ちゃん、それとアリア社長の二人と一匹がゴンドラで帰ってきました。彼女達は日課の練習に朝から行っていました。どうやらお昼になったので帰ってきたみたいです。

「おー、本当にゴンドラの練習やってるんだ」

「うん、でも全然前に進めなくて……」

「大丈夫、初めは皆そんなものよ」

 藍華ちゃんは私が慎重にオールを動かしている様子を懐かしいものを見るような感じで眺めています。灯里ちゃんは私のおっかなびっくりの挙動を応援半分ドキドキ半分で見守るような表情。

「うわぁ!」

 そしてそんな視線が増えたことの気恥ずかしさからか、ゴンドラが大きく揺れました。

「ちょ!? ことり」

「こ、ことりちゃん!?」

 藍華ちゃんと灯里ちゃんの驚きの声が耳に入って来ますが、私はそれどころじゃありません。必死に落ちないように踏ん張るけど、今度こそ落ちちゃ――

「ことりちゃん、落ち着いて」

 慌てていた私の耳にアリシアさんの声が響きます。

「固くなっちゃ駄目よ。柔らかく、ゆっくりと揺れを落ち着かせて」

「は、はい!」

 アリシアさんの声を聞いて、少し冷静になって、体の重心を動かします。するとみるみるうちにゴンドラの揺れが収まりました。

「はぁ~」

 何とか海に落ちずに済み思わず安堵のため息が漏れました。

 

 

 

「お疲れ様。ことりちゃん」

「こっちが冷や冷やしたわよ。もう」

「あはは」

 その後、暫く中々進まない練習を続けていましたが、アリシアさんのお仕事が入ってしまった為、今日の練習は終わりになりました。その為、灯里ちゃん、藍華ちゃんの三人でARIAカンパニーで休憩中です。

「……でも、本当にアリシアさんのゴンドラって凄いんだね。ちょっと乗ったけど、全然揺れないし、私が漕ぐゴンドラはずっとグラグラしちゃって」

「そりゃあね。アリシアさんは一人前の水先案内人。あのオール捌きはネオ・ヴェネツィア1といっても過言ではないわ」

私の言葉に藍華ちゃんは何処か誇らしげに答えます。……そうだよね当たり前だけど、アリシアさんは一人前のウンディーネ。毎日忙しそうに働いているのに、更に私に時間を分けてもらっちゃって……そんな状態でも笑顔を絶やさないアリシアさんって本当に凄いなぁ。

「けど、ことり、良いなぁ。アリシアさんに1から付きっ切りで教えてもらえるなんて。私もアリシアさんの元で手取り足取り教えてもらいたいわ」

「藍華ちゃんにとってアリシアさんは憧れの人だもんね」

 藍華ちゃんがそう言いながら、私に羨ましい気持ち一杯の視線を向けます。そんな様子を灯里はいつもの笑顔で応えます。

「へぇ、憧れの人なんだ」

「そうよ、アリシアさんはその美しい姿とオール捌きから『白き妖精(スノーホワイト)』と呼ばれて『水の3大妖精』の一人にも数えられる程の人よ。今のネオ・ヴェネツィアでは名実共にトップクラスの水先案内人。そんなアリシアさんから技術を習得出来るなんて、凄いことなのよ。ことり」

「『水の3大妖精』?」

 藍華ちゃんからマシンガンの様に放たれたアリシアさんトークを聞いて、不思議に思ったことを尋ねます。

「一人前の水先案内人の中でも特に凄い能力と実績を持ってる三人が『水の3大妖精』って呼ばれてるの。アリシアさん、アテナさん、あと藍華ちゃんのいる会社『姫屋』に所属してる晃さんの三人がそう呼ばれているんですよ」

「へー、アテナさんも?」

「うん、アテナさんは『天上の謳声(セイレーン)』って呼ばれているんだよ。凄いよね~」

 つまり、一流の中の一流。一人前の水先案内人の中でもベスト3に選ばれた人たちの事みたいです。以前出会ったアテナさんもその一人。あの透き通った歌声を思い出してみると「成程」なんて納得してしまいます。

アリシアさんもその一人。そんな人から直々に教えてもらってる。考えてみればとっても凄い状態です。

「へぇ~、なんかすごい」

 なんて思わず感嘆の声しか出せません。つまり、スクールアイドルで例えれば「A-RISE」の三人直々に教えてもらってる感じなのかな?

「本当に羨ましいなぁ、アリシアさんに教えてもらえるなんて。晃さんと交換して私もアリシアさんに優しく教えてもらいたいわぁ」

「えぇ、晃さんも藍華ちゃんのこと考えてやってると思うけど」

「それは分かってるけど……」

 そう言って藍華ちゃんは腕をテーブルに乗せ、猫ちゃんの伸びの様にだらけた姿勢になります。

「晃さん、だっけ? 藍華ちゃんと仲良いの?」

「うん、藍華ちゃんは晃さんから良く指導してもらってて仲が良いんだよ」

「へぇ」

 「水の3大妖精」と呼ばれる一流の水先案内人。アリシアさん、アテナさんの姿を思い浮かべます。

「晃さん……どんな人なんだろう」

 そして残る最後の一人。その姿を想像して思わず呟いてしまいました。

 


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