水の都とことり   作:雹衣

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第15話

「……あ」

 夜、ARIAカンパニーの外から音が聞こえてきます。優しい波音の中に混じるゴンドラを漕ぐ音。ネオ・ヴェネツィアに来てから聞き慣れたこの音を聞き私はソファから立ち上がろうとしますが……。

「わっととと」

 隣で私にもたれかかりながら眠る灯里ちゃんが倒れそうになり、彼女を慌てて受け止めます。灯里ちゃん、暫く泣き続けた後眠ってしまいました。緊張の糸が解けちゃったみたいです。

 そんな灯里ちゃんに申し訳なさと、少し可愛いなぁ……なんて思いながら、起こさないように横にします。そしてカウンターの方に向かうと、暗い海の中に白いゴンドラと金髪の女性……アリシアさんの姿が見えました。

「アリシアさん!」

 私は慌てて、外に出ます。するとアリシアさんはもうARIAカンパニーの桟橋に船を着けていました。

「ことりちゃん……?」

 アリシアさんが慌てて私の方にやってきます。顔を見ていると普段のアリシアさんとは少し違い、汗で髪が顔に付いちゃったりしています。それだけで凄い心配させちゃったんだとすぐ分かります。

「ご、ごめんなさい私のせ」

「ことりちゃん。大丈夫!?」

 私が頭を下げて謝ろうとしたしましたが、それより先に手を握られます。彼女の表情は驚きと……何処か泣きそうになっていました。

「え、だ、大丈夫です」

「そう……良かったわ」

 アリシアさんは私の声を聞くと安心しきった笑顔を浮かべてくれました。

 その後、私達はARIAカンパニーの室内に移動します。アリシアさんはソファで寝息をたてている灯里ちゃんに気付いて笑顔を浮かべます。

「あらあら、灯里ちゃんも帰ってたのね」

「灯里ちゃん、私の為に探してくれたみたいで」

「そうね。灯里ちゃん。ことりちゃんが悩んでいるみたいって心配してたわ」

 そう言うと、アリシアさんは灯里ちゃんの頭を撫でます。まるでお母さんみたい。

「ことりちゃん。ちょっと待ってて、紅茶を淹れるわ」

 そう言うと、彼女は私にも同じように優しい笑みを向けました。

 

 

 

「……あの」

「ん? 何かしら?」

 アリシアさんが入れてくれた紅茶を飲んでいると静寂が私たちの間に満ちます。アリシアさんは紅茶を静かに飲んでいます。見た限りだといつも通りな感じ。ですが、私の方が落ち着かず彼女に話しかけます。

 ……私は二人が居ない間に勝手にARIAカンパニーから出て行った。そのせいで灯里ちゃんを不安にさせてしまいました。

「その、ごめんなさい」

「ううん、良いのよ」

「で、でもアリシアさん忙しいのに」

「寧ろ謝るのは私の方ね」

「え……」

 私がアリシアさんの言葉に驚いていると、アリシアさんはカップを置きます。

「ことりちゃんの事をちゃんと見れていなかった」

「え、えぇ、ぜ、全然そんなことないですよ」

 私は少し落ち込むアリシアさんに慌ててフォローする。アリシアさんはネオ・ヴェネツィアに迷い込んでしまった私に居場所をくれた大事な人です。何者かも分からない私をいつも気にかけてくれて……彼女には落ち度なんて何もありません。

「そうでもないわ。朝、ことりちゃんにお仕事のお手伝い頼んだでしょ? ことりちゃん、色々悩んでてそれが少しでも紛れればって思ったけど……」

「いえ、それは」

 アリシアさんの気遣いは間違ってなかったと思います。実際、お仕事をしてる間は考えずに済みました。

「でも、それじゃことりちゃんの悩み自体は解決出来なかった。私じゃ」

「そ、そんな事ないです」

 アリシアさんが何処か寂しそうに天井を見上げます。

「私もまだまだね。グランマみたいに人の悩みにキチンとした答えを出せなかった……だから、ことりちゃんにも不安を貯めこませてしまった」

「あ、アリシアさんは悪くありません!」

 私は思わず少し声を大きくあげます。その思ったよりも大きな声にアリシアさん、そして私自身も思わずびっくりしてしまいます。それでも言葉は……私の純粋な想いは自然に口から湧き上がってきます。

「時間を超えてきちゃったなんて、普通みんな変だって言います。でもアリシアさんも灯里ちゃんも、真剣に聞いて、少しでも落ち着かせてあげようと頑張ってくれました」

 アリシアさんは少しでも慣れるように、灯里ちゃんだって思い出の場所に連れて行ってくれた。

 私なんて突然の部外者の為に皆頑張ってくれていたんです。

「そんな二人に心配かけた今回は私のせいです。本当に、ごめんなさい」

 そう告げ、私が頭を下げる。暫く、アリシアさんは黙っていましたが

「……本当に謝る必要はないわ。ことりちゃん……でも、何だが良くなったわね」

 そう言いました。頭を上げると、アリシアさんは嬉しそうに微笑んでいました。

「え、そうですか?」

「顔に出てるわ。不安がないって感じじゃないけど、少し吹っ切れたような感じ。誰かに良いアドバイスを貰えたのかしら」

「え、アドバイス、ですか?」

 アリシアさんの言葉で思い浮かべたのは、アテナさんの顔。そういえばアテナさんってアリシアさんと知り合いだと言っていたのを思い出します。

「はい、アテナさんが言ってました。悩んでいて、そこで立ち止まったら駄目だって」

「アテナちゃんが?」

「アテナさんが道端に転んじゃったのをたまたま見かけて……そこから色々と」

「アテナちゃんらしいわね」

 そういうとフフフと静かに笑います。アリスちゃんやアリシアさんの反応からするとアテナさんのドジはどうやら皆知っているみたいです。

「そうね、立ち止まったら駄目……か」

 そう呟くとアリシアさんは紅茶をカップに再び淹れます。そして私の方に青い瞳を真っ直ぐ見据えます。

「ことりちゃん、それはとっても素晴らしい答えね。でも、忘れないでね。あなた一人じゃないの。私も灯里ちゃんも、アテナちゃんも皆居るわ。あなたがちゃんと元居た場所に戻れるように応援してる。それを忘れないでね」

「……はい!」

 

 

 

「じゃあ、ライト消すわね」

「灯里ちゃんもおやすみなさい」

 すっかり夜になってしまったので、今夜はアリシアさんもARIAカンパニーに残るみたいです。二人で協力してソファに眠っていた灯里ちゃんをベッドに寝かし、私とアリシアさんの二人は床に布団を敷きます。

 アリシアさんは布団を敷いている時「何だか昔に戻ったみたい」なんて言いながら準備していました。その時は、普段の大人っぽいアリシアさんとは別の何処か子供の様な一面が見えました。

「ことりちゃん」

「はい」

 暗い部屋で隣に寝ているアリシアさんからの言葉に返答します。顔は見えませんが、優しい声音でした。

「立ち止まったら駄目って言ってたけど、焦りすぎも駄目よ。ことりちゃん、貴方は何でも心に溜め込んで我慢しちゃう癖があるみたいだから」

「……あはは、そうかもしれません」

 アリシアさんとは数日の付き合いなのに彼女は私の性格も完璧把握していました。それだけ私が分かり易かったのかな。

「でも、大丈夫です。明日からは色々相談します!」

「あらあら、ええ、どんなことでも良いわよ」

 私の宣言にクスクスと笑いながら応えるアリシアさん……本当、アリシアさんに助けられっぱなしです。

 その後、アリシアさんも寝息を立て始めた頃、私は一人で考えます。

明日からどうしよう。

これまでは不安の気持ちでいっぱいだったこの言葉。けれど今は違う。精一杯前を向いて、しっかりと歩いていこうと覚悟を決めました。

 


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