水の都とことり   作:雹衣

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第14話

「私、分からないんです」

 オレンジジュースの無くなったグラスを見ながら、私は呟くように声を出しました。

「……あ、ちょっと言葉にしづらいんですけど、ちょっと相談良いですか?」

 言葉を続けそうになるが、よくよく考えたら、突然相談するのもおかしいと思い、確認を取ります。アテナさんは私の言葉に真剣な表情で首を縦に振ります。アリスちゃんは私に何処か不安そうな視線を向けています。

「えっと……ことりさん? その、言いづらいことは別に……」

「あ、その、そんな事じゃないよ! そんな事じゃ」

 アリスちゃんの不安そうな表情を払拭するために手を振りながら弁明する。けど、「そんな事」って勢いよく言ったけど、「そんな事」ってどの事? なんて自分のおかしな発言に首を傾げちゃいます。

「えぇっと、その……何ていうんだろう……何か、分からなくなっちゃんです」

「分からなくなっちゃった?」

 私の言葉をアテナさんは反復する。……そうずっと悩んでいた。黒猫さんをARIAカンパニーから追って、女の子に会ってからずっと。

「私が何処に居るのか……」

「何処に居るのか?」

 アテナさんが首を傾げます。うん、こんな言い方じゃ相手を困らせちゃうだけだよね。何とか自分の心の中のモヤモヤを形にして相手に分かり易くしようと考えます。

「その、今の私がどうしようとしているのか分からないんです。何がしたいのか分からないというか……」

「??」

「な、何かごめんなさい!」

 私の言葉を聞いたアテナさんが更に首を傾げているのを見て、思わず頭を下げてしまいます。私もこんな質問されたら困っちゃう……。

 アテナさんは私の言葉を聞いた後、一度オレンジジュースを口に含みます。そして暫く無言の後

「うん、ことりちゃんの悩んでいる事大体分かったかな?」

「え、本当ですか?」

「うん、私にも少し覚えがあるの」

 そうアテナさんが言って、私は少し驚きました。

「アテナさんがですか!?」

「もしかしたら、ちょっと違うかもしれないけどね。私ね、まだ水先案内人見習いだった時、二人のお友達と練習していたの」

 そう言ってアテナさんは語ってくれました。アテナさんには昔、アリシアさんともう一人のお友達と一緒に練習をしていたみたい。もちろん水先案内人というお仕事の為の練習。とても大変で苦労していたみたい。

「でも、三人で集まって練習するのとても楽しかったの。毎日アリシアちゃんと晃ちゃんに会って、ゴンドラを漕いだ後に、みんなでランチを食べたり」

 その時のことを思い出したのかアテナさんは楽しそうに微笑みます。

「昨日のアリスちゃんみたいな感じなの?」

「……多分そんな感じです」

 私がアリスちゃんに尋ねると何処か恥ずかしそうに視線を逸らしました。

「でも、それはあくまで見習い。何時かは一人前にならなくちゃいけないの」

 そういうとアテナさんは右手を懐かしむように撫でます。まるで昔そこにあったものを懐かしむように。

「そう思った時ね、何気なく過ぎてた日々がとっても懐かしく見えたの」

 それを聞いて、私も思い出します。凄い昔でもないのに、穂乃果ちゃんと海未ちゃんと私の三人で結成したこと、ファーストライブ……。μ'sの皆との思い出が遠く、キラキラと輝いている。それはネオ・ヴェネツィアに来る前から……。留学しようか悩み始めた時からずっと。

「でも、そこで立ち止まったら多分、駄目だと思う」

 アテナさんは私の目を見て、そう言いました。

「その時、練習していた三人は皆、一人前の水先案内人になった。練習していた時みたいに何時でも会えるわけじゃなくなっちゃった。でもその分、色々な楽しみが出来てくるの。お客様一人一人との出会い、そして……」

 アテナさんは一度言葉を止め、横を向きます。その視線の先には、アリスちゃん。

「な、なんですか」

「ううん、何でもない」

 戸惑うアリスちゃんにアテナさんは微笑む。私にはその笑顔がとても眩しくて、とても大事なもののように思えました。

 

 

 

「え、えっとごめんね? アリスちゃん。ゴンドラ乗せてもらっちゃって」

 私はあの後、アテナさん。アリスちゃんと共にカフェで寛いでいましたが。日が沈みかけた所でARIAカンパニーに戻らないといけないことを思い出し焦っていると。アリスちゃんが文字通り助け舟を出してくれました。

「でっかい気にしないでください。アテナ先輩もちゃんと指導してください」

「うん、分かった」

 なんでもあのカフェはオレンジぷらねっとの近くだったらしく。アリスちゃんがゴンドラを持ってきてくれました。アテナさんもついでにアリシアさんに会おうと一緒に乗ってしまいました。

「ことりちゃん。あれで良かったかな?」

「あれ?」

「相談の答え」

 暫く無言で夕焼けに染まるネオ・ヴェネツィアの街を眺めている時、アテナさんが尋ねてきました。

「その、私あんまり相談とかされたことなくて、ちゃんと答えられたか不安で」

「アテナ先輩、でっかいドジっ子ですから。相談するのに不安しかありません」

「う」

 アテナさんにアリスちゃんの鋭い言葉が突き刺さっちゃってます。でも、これはこれで上手く噛み合ってるのがとっても伝わって来ちゃいます。

「大丈夫です。アテナさん。アテナさんの言う事は間違ってなかったと思います」

 多分、今の私の悩みはアテナさんの言っていたものなんだと思います。状況が変わる瀬戸際。皆と一緒にμ'sを続けラブライブを目指すか、私一人、留学するか。どちらにしても変化が怖くて、悩んでいた。

 でも、きっと……変わっても、皆との絆は残り続ける。新しい幸せは生まれる。

 ただ、立ち止まってしまうと、下手したら何もかも失ってしまう。

「どうなるかは分からないけど……」

 悩んで立ち止まるのはもう、ここで終わりにしよう。だって悩んでいたら、μ'sの皆の思い出。それだけじゃない、灯里ちゃん、アリシアさん、アリスちゃん、藍華ちゃん、アテナさん。ネオ・ヴェネツィアの皆とのこれからの思い出も台無しになっちゃう。

「そう……うん、ことりちゃん。そっちの顔の方がとっても素敵」

 私の顔を見ていたアテナさんがそう言うと突然立ち上がります。何事かと思っていると。

「~♪」

 アテナさんの口から零れた歌声に思わず動きが止まってしまいました。それはただただ美しい旋律。私が歌う音楽とは全然違う。けれどもとても凄い事は直ぐに分かる。その歌声は夕焼けのネオ・ヴェネツィア中に響いて満ちる。周りが何も見えない……ただアテナさんの歌う姿が美しくて、それ以外の何も見えなくなる。

「でも、そこで立ち止まったら多分、駄目だと思う」

 アテナさんの先程の言葉を思い出した。きっとこの歌はアテナさんにとって沢山の思い出が詰まっているのだ。練習をしていた頃の思い出、一人前になってからのお客様との思い出……その全てがこの歌に。

「……ありがとうございます」

 私の口から思わず言葉が漏れてしまいました。

 

 

 

「ことりちゃん!?」

 アリスちゃんの漕ぐゴンドラがARIAカンパニーに着いた時。私を呼ぶ大きな声が聞こえました。近くを見渡すと、灯里ちゃんが慌てながらお店の外に出ていました。

 灯里ちゃんは慌てた様子でゴンドラに近づいてきます。

「ど、どこ行っていたんですか!?」

「ちょ、ちょっと道に迷ったというか……」

「み、道に迷ったって……、アリシアさんからお昼のお仕事の後に居なくなったって聞いて、探してたんですよ! アリシアさんもお仕事の後、ゴンドラで探して……」

「ごめんなさい灯里ちゃん。私がドジした所助けてもらっちゃって、暫く付き合って貰ってたの」

 私が返答に困っていると、アテナさんが助け舟を出してくれました。まぁ、確かにその通りなのだけれども、黒猫さんとの追いかけっことかを話しても怒られそうなので黙っておきます。

 灯里ちゃんはアテナさんからの言葉を聞いて、「はひ」と声を上げます。

「あ、アテナさん! す、すみません気付きませんでした」

「いいの、ことりちゃんのことで心配させちゃったみたいでごめんなさいね」

「い、いえいえ。ことりちゃんが変な事に巻き込まれてなくてよかったです」

 灯里ちゃんは謝るアテナさんを見てて、思わずおどおどしています。そして、私は灯里ちゃんの目元に涙が溜まっているのに気づき、胸がチクリと痛みます。

「……アリスちゃん。私達も帰りましょうか」

「アテナ先輩。アリシアさんと会う為に来たんじゃないんですか?」

「ううん、今日は良いの。ことりちゃん。またカフェでおしゃべりしましょ」

「あ、はい。また……」

 アテナさんは何かを察したかのように突然別れの言葉を告げました。そしてゴンドラはゆっくりと漕ぎ出し、ARIAカンパニーから離れていきます。

 そしてゴンドラが見えなくなった途端。灯里ちゃんに思いっきり抱き着かれてしまいます。

「ひゃっ」

「ことりちゃん! 本当に心配したんですよ」

「う、うん。ごめんなさい」

 考えてみれば灯里ちゃんには朝から心配かけさせていました。そんな時に、突然姿を消したらどれくらい心配させるのか……そんなことは想像に難くありません。

 ……本当に心配させちゃいました。

「ごめんね。本当に……」

 抱き着いている灯里ちゃんを抱き着き返す。彼女の細い体が小さく震えているのが、直ぐ分かります。

 私の胸の中で灯里ちゃんが涙をぽろぽろと零しだす。それを見て、私はもっと力強く灯里ちゃんの体を抱きしめました。

 


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