水の都とことり   作:雹衣

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第12話

「……うーん」

 ネオ・ヴェネツィアの水路に沿って歩いていく。辺りの水路を見てみるけれど……全然見覚えが無い。何処を歩いても、水路と煉瓦で出来た建物の風景に、自分が何処に居るのか分からなくなっちゃいそう……。

「そういえば、アリシアさんには無断で出ちゃったままだ……」

 アリシアさんのお仕事の方は一人でも大丈夫だと思うけど、変な不安はさせたくないなぁ。

「うん、一人でも頑張らないと!」

 アリシアさんと灯里ちゃんに心配させちゃいけない……とりあえず自分の現在地をしっかり確認しないといけないね。そう考えて辺りを注意深く見渡す……うーん、周りは何処も似たような感じ、所々に標識はあるけど……。

「……よ、読めない」

 どの標識もイタリア語ばかり……こ、これは前途多難。

 なんて考えていると、何処からか大きな鐘の音が聞こえてきます。

「……そういえば」

 昨日、灯里ちゃん達が説明してくれたのを思い出します。鐘の音を鳴らしてくれるのは……確か

「サン・マルコ広場だっけ?」

 サン・マルコ広場。ネオ・ヴェネツィアの中でも中心といっても良い大きな広場。灯里ちゃんがそこの鐘楼が時間を告げてくれると教えてくれた。

「……なら」

 私はそれを思い出し、上を見上げます。ARIAカンパニーは分からないけれど。建物の間から、ぴょっこりと大きな塔が見えました。

 うん、あそこを目指せばとりあえずは大丈夫。あそこまで行けばARIAカンパニーまでの道筋は分かる……と思う……多分。

 とりあえず私は鐘楼を目指して、歩いてみることにした。

 

 

 

「……うーん」

 鐘楼を目指して歩くこと数分。目指しているんだけれども……。中々鐘楼にたどり着けません。多分、水路――ゴンドラとかを使えば、結構簡単にたどり着けそうなんだけど、水路には歩けない所も多いし、更に道に詳しくない私からしたらとっても大変。

 ゆっくりとは近づいているみたいだけど……こんな調子じゃどれくらいかかっちゃうかな。

「えぇ、ここは有名な――」

 道に迷って橋を渡っている途中。私はウンディーネの姿を見かけました。アリシアさんではない。服装は藍華ちゃんの所の……姫屋?だっけ。でも顔は知らない人。その人は笑顔でお客さんに接しながら橋をくぐっていきます。

 ……その笑顔を見て、何故か遠いものを感じてしまいました。

 

 私は何処に居るの?

 

 ネオ・ヴェネツィア、いや、それだけじゃない。一緒に「ラブライブ」に挑戦するか、留学を決めるか。

 ずっとずっと、私は迷っている。さっきのウンディーネさんにはその迷いがなかった。だから遠かったんだ。

 穂乃果ちゃんと一緒に最初のライブをした時、大変だったし拙かった。でもあの時は、本気で笑っていた。その時に比べて、私は迷っている。

「~♪」

 何処からか、歌が聞こえてきた。綺麗な声。歌詞は分からないけれど……とっても透き通った、まるで清流の流れのような声……。ゆっくりとそちらに振り向く。

 そこには女性が居ました。白いゴンドラの上に乗り、ゴンドラを漕ぎながら短い銀髪を揺らして歌っている。その声に私は先ほどからの悩みが全て飛び去って、完全に聞きほれてしまいました。

 その女性は私の方は向かず、船で漕いで私の近くを通り過ぎて行っちゃいます。私は思わず呼び止めようとしてしまいますが、その人のゴンドラに人が乗っていることに気付いて、声を掛けるのを止めました。彼女の服装をよく見ると、それはアリスちゃんと同じ黄色の線が入ったウンディーネの制服……確か、オレンジぷらねっとだっけ?

「……綺麗な歌だったなぁ」

 漕いで行く彼女の背中を見て、私は思わずそう呟きました。スクールアイドルである私とは違うタイプの歌。けれどもあの歌はとても上手いと私でも直ぐに理解できました。

 そんなあの人ともう一度会ってみたい。一回だけでも喋れないかな。なんて、考えてしまうのでした。

 

 

 

「……あ」

 その綺麗な人との再会は意外と早いものでした。暫くサン・マルコ広場を探して歩いている途中。人も増え、ウンディーネの方々も多く見るようになって。そろそろ人の多い所に来たかな……なんて所で特徴的な銀髪を揺らす、オレンジぷらねっとの女性の後ろ姿を見つけました。

 その人は何やら紙袋を両手で持っていているのが分かります。何処かで買い物をした帰りかな。

 私はそんな女性に一度は喋ってみたい……なんて考えてしまいます。あの綺麗な歌……あれはスクールアイドルとして少なからず音楽に関わる身としてはとても興味を抱いてしまいます。

 とはいってもどうやって話しかけよう。アルバイトとかでチラシを配ったりするのとは違う。突然「お話を聞かせてください!」なんて言っても相手を困らせるだけだし、お茶に誘う? いやいや、それもまたとてもハードルが……。

 なんて悩んでいると、目の前の女性の姿勢が突然崩れます。女性の持っていた紙袋が宙を舞い、細い体が前へと勢いよく倒れていく。

 そのまま、女性は石畳の地面に前のめりに倒れてしまいました。

「え、えぇ!?」

 私は突然の事態に戸惑いながらも空を飛んだ紙袋をキャッチ。慌てて、女性の元へ駆け寄ります。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あいてててて……」

 女性は地面に打ち付けた頭を擦りながら起き上がります。そして、辺りをキョロキョロと見渡し始めます。

「あれ、私の買った紅茶は……」

「紙袋ですか? 私がキャッチしました」

 私が声を掛けると女性はウロウロしながら私の方を向きます。そして、私の服を確認すると「あ」なんて声を上げます。

「灯里ちゃん、ごめんなさい。私ちょっと転んじゃっ……あれ?」

「ん?」

 女性が顔を上げて私の事を確認すると、動きが少し固まりゆっくと首を傾げます。

「え、えぇっと」

「んん?」

 女性と私の間で何とも言えない空気が広がります。

「その制服、ARIAカンパニー? なのにアリシアちゃんでも、灯里ちゃんでもない……」

「……え?」

 女性の口から意外な言葉が聞こえました。アリシアさんと灯里ちゃんの名前。どうして、この女性は知っているのだろうか。

「……ARIAカンパニーの、新人さん?」

 そう女性は首を傾げながら尋ねました。……な、なんて答えたら良いんだろ。私は彼女の質問にたじろいでしまうのでした。

 


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