インフィニット・ストラトス~紅の双剣(スカーレッドツインズ)~ 作:Kyontyu
問題
ニューヨークの中心にあるこの派手なビル――STARKと大きく書かれたオブジェクトがある――の一番上の階層ではトニー・スタークが科学者らしく研究に勤しんでいた。最近の研究はもっぱらISについてだった。
エクストリミスの一件以来、スタークは自分に誓った通りスーツを作るのを止め、今は自分のしたい研究をしている。
トニーがホログラム・モデルを忙しく動かしながら何やら計算しているとトニーの電子執事であるジャービスの声がフロアいっぱいに響いた。
『トニー様、お客様が一人、来ております』
トニーは作業をしたまま答える。
「誰だ?」
『ブルース・バナー博士です』
「分かった。通してくれ」
『了解しました』
するとエレベーターの戸が開いて黒いスーツケースを持ったブルースが入って来た。
「やあ、スターク」
「ああ、久しぶりだな」
そう言って二人は握手をし合った。
「前は僕の話を聞いてくれてありがとう。あのおかげで自分の気持ちが整理することが出来たよ」
「それいつの話? でもとりあえず手を離して欲しいのだけれど。僕は少々、我慢弱くてね。早く話したい事があるんだ」
トニーは少し驚きながら手を離した。
「おおっと、すまない」トニーは言った。
「でも頼むからここでハルクにはならないでくれ。大事な機材が沢山あるんだ」
「努力するよ」
「で、話ってなんだ?」
バナーは黒いスーツケースのロックを外しながら口を開いた。何重にもロックがかけられているようだ――中々開けることが出来ないでバナーは少し悪戦苦闘していた。
「確か君はISの研究をしているんだったよね? 兵器産業はどうしたんだい?」
トニーは腕を組んで壁にもたれかかった。
「止めたよ。とっくの昔にね。今は凶悪なヴィラン共を閉じ込める『ディスク』を開発中さ」
「そうか――やっと開いた。これが、僕の友達の研究者から君に渡して欲しいと頼まれたデータだよ」
バナーはトニーに数十枚の紙が綴じられた資料を手渡した。
「これは?」
「友人が言うにはドイツの試験機のISコア内で生成されたと思われる疑似人格の断片らしい」
その話を聞いてトニーは驚きの声をあげた。
「そんな! ありえない! 機械の中で人格を自分で生成
「僕はあまりこの手の事に詳しく無いけれど、恐らく搭乗者の精神モデルを解析して自分の『個性』なるものを組み上げているんじゃないかって思ってる――そういえば娘さんは?」
トニーは資料をめくりながら「ああ」と言った。
「カーリーならニホンに行ってるよ。ジャービス、この資料のデータから作られる疑似人格を作ってみてくれ」
『了解しました』
トニーは資料をテーブルの上に置いてコーヒーを飲んだ。コーヒーはもうすっかり冷めてしまっていた。トニーはバナーにコーヒーをさし出した。こちらも冷めてしまっていたが。
「それにしても今の時代に紙の資料とは、中々古い手法だな」
「まぁね。こっちの方が安全だし――このコーヒー、飲みかけじゃないよね?」
「大丈夫だ。それはさっきペッパーにあげようとしたんだが、断られた」
「そうかい。少し冷めているけど、いただくよ」
そしてバナーがコーヒーを啜ろうとしたその時、警報が鳴り響いた。
「ジャービス! 何があった!?」
『トニー様、先ほどの疑似人格を作成してみた所、私に浸食してこのビルのシステムを乗っ取ろうとしてきたので隔離したのですが、恐らく長くは持たないでしょう』
トニーはカップをテーブルに叩きつけて「ジャービス、隔離した人格を物理記憶媒体に移せ。強制的に排出しろ!」と言った。
『了解、物理記憶媒体への移動、完了しました』
そしてコンソールから銀色のUSBが排出された。トニーはそれを荒々しく掴むと地面に落して思いっきり踏んだ。USBはバラバラに砕け、シリコンとプラスチックの屑になった。
「はぁ、危なかった。ジャービス、問題は?」
『ありません。現在、自己診断プログラムを走らせています』
「分かった。ブルース、すまないな」
「まぁいいよ。結局は無事だったんだ。それじゃあ僕はこの辺で」
体育が終わって、殆ど全員が机に突っ伏している教室の黒板側のドアが開き、先ほど体育の指示を出し、パラソルの下で優雅にくつろいで高みの見物をしていたハイス先生が入って来た。あの日本の代表候補生の2人もさすがに疲れたのか、汗がダラダラと垂れている。桜花は……勿論、机に突っ伏していた。
「おう、おまいら。さっきは体育ごくろうさま。少し辛かっただろうけど、ISの基本中の基本である『体力』が無ければまともに動かせやしねーかんな」
少しじゃない!
桜花は心の中でツッコミを入れた。クラスの大半もそう思っているに違いない。そうして朝と同じような格好で教卓に突っ伏し、めんどくさそうに出席簿等が入っているファイルを開いた。
「おい、おまいら、姿勢正せ。さっさと4時限目を始めるぞー。はいっ、起立! 礼! 着席!」
…………。
ハイス先生がピシッと号令をかけるが誰も立つ事が出来なかった。
この人号令だけはピシッとやるんだよな……体育もそうだったけど……と桜花は突っ伏しながら心の中でぼやく。
「……まぁ、いいや」
ずこぉぉ! 全員が漫画のワンシーンのように同時にずっこけた。そしてハイス先生が頭をポリポリ掻きながら話始める。
「えー、なんかぁ、クラス代表っつーのを決めなきゃいけねーらしんだけど、まぁ、テキトーに決めといてくれや」
そこでカーリーが手を上げる。
「ん? なんて名前だっけ? あ~、え~、う~ん」
ハイス先生は指先をくるくる回しながら唸り、カーリーは少し呆れながら答える。
「カーリー・スタークデス」
ハイス先生は合点がいったように手を合わせる。
「あ! あの日本語が変な子かぁ! よし分かったぞ、ウン。で、何でしょう?」
そ、そういう覚え方!?
案の定カーリーも驚きを隠せないようだ。頬がちょっと引きつっている。しかしカーリーはすぐに気を取り直したのか、質問をする。
「いや、エ~ト、どうヤッテ決めるのデスカ?」
「じゃあ、推薦制で」
即決したよ、即決したよこの人、え? 決められるじゃないか。今のやり取りは何? 時間の無駄じゃないか。
「ほら、さっさと手を挙げろよ。あ、そうそう推薦受けた人はその職務を全うするように。異論は認めましぇーん」
そう言って胸の前で腕をバツにしてそのままの姿勢で言う。
「じゃ、よろしく」
~数分後~
今黒板の前に並んでいるのが推薦された人だ。
いつも笑顔を絶やさない少年。安部大無。
常に仏頂面の「THE ポーカーフェイス」。威風月愛無。
このクラス唯一の外国人。カーリー・スターク。
そして、別世界からの来訪者(自称)鱗咲桜花。
この4人には共通点があるのだが……あれ?なんか大無が推薦された時には黄色い歓声が聞こえたような気がする……
いや、話を戻そう。この4人の共通点、それは全員が『専用機持ち』だということだ。実はISにはISを動かす為のコア、通称ISコアなる物が存在し、これが世界に467個しか無いらしく量産しようにも中身は完全にブラックボックス化しており調べる事が出来ない。だから世界に存在しているISコアは主に研究用という事で『均等』に世界中に分けられているようだ。そこで数が限られているISコア、これの大半は研究や、日本の場合には自衛隊等にその殆どが配備されており、個人でISを持つ、というのは国が認めた場合、その例は国の代表候補生等が挙げられる。つまり、専用機持ちという事は国に認められる位凄い事だというのが分かるのである。
ちなみに『血桜』はアリスがこの世界のIS工廠に作らせた特注品らしい。今は桜の花びらの意匠が施された宝石のアンクレットとして左足を彩ってくれている。しかし、このアンクレット、たまにムカデのように動くので少し気持ち悪い。
カーリーも専用機持ちだが、何故持っているのかはよく知らない。だがアメリカの元軍事会社の社長の娘らしい。軍事会社なら納得がいかない訳でもないが。
後の2人については説明は不要だろう。
そこでハイス先生が唐突に立ちあがった。
「じゃあ、明日第3アリーナに集合って事で、ヨロシクッ! 私は食堂のオバチャンの所に行ってきまぁーす」
「あっ、ハイス先生、待って下さい!」
しかし桜花はウィンクして食堂に向かおうとするハイス先生を引きとめる。
「ん? なぁに?」
「何をするつもりですか?」
ハイス先生はこちらに振り向き、口を開く。
「何って、決まってるじゃない。候補者による代表を賭けたバトルロワイヤルだよ」
ハイス先生が教室を出たあと、桜花は大事な事に気づく。
「あ、明日!?」
『エデン』内に作られている隠しフォルダ『黒の間』に二人のヒトの精神モデル――ペールヴァヤとアドロンが同じく黒いテーブルの椅子に腰かけていた。
「どうしたのです? あなたから呼び出すなんて」
「時は熟した。この戦争を終わらせる時だ」
「それでは、どちらの勝ちにするのです? まさかじゃんけんで決めるつもり?」
それを冗談だと捉えたアドロンは少し笑う。
「それもいい考えですが――ここはちょっと趣向を変えて、私と賭けをしませんか?」
「賭け?」
「そうです。実は、別の次元に一人の『女神』を送りました。あなたなら気づいているのでは?」
「マリアですか。人の子を勝手に旅に出すのはあまり良い事だとは思いませんね」
そう言って微笑むペールヴァヤの声には少し怒りが滲んでいた。
「で、内容はこの荒ぶる無邪気な『女神』を止められるか、です。彼女はきっと本能のままその世界を食い荒らすでしょう。そこで、あなたの子供がこれを止められればあなたの勝ち、出来なければ私の勝ち、どうです?」
「いいでしょう」ペールヴァヤは立ち上がった。
「私の子供たちに連絡させておきます。では、チャオ」
と言ってペールヴァヤはその闇に溶けるようにして消えた。