インフィニット・ストラトス~紅の双剣(スカーレッドツインズ)~   作:Kyontyu

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第2話

 自己

 

 とりあえず入学式なるものも無事に終了し、自分のクラスである一年三組の教室に少し緊張しながらも足を踏み入れた。

 教室は女子達がたあいもない会話をしているのが数名、後は一人で何かをしている人が多数いたため、少し騒がしくなっていた。きっと慣れない環境で緊張しているのがほとんどだろう。

(それにしてもこの光景には中々なれないなぁ。周りがほとんど女性だとは……まぁ自分も女になったのだけれど)

 そう思いながら自分の拳を開いたり閉じたりしてみた。別に身体機能に何も問題は無いはずなのに、何かこう……心と体に不連続感があるというか……本当にこれは自分なのかと疑いたくなる。現在の技術での精神の量子化は完全なはずなのに、どうも新しい身体(アバター)に入るといつもこの不思議な感覚が襲ってくるのだ。

 特に時間まで何も起きそうもないので寝たふりをしながら拡張体脳皮質(メタコルテックス)を起動、量子テレポーテーション・チャンネルを使ってもとの世界に瞬接(ブリンク)し、集め足りなかった情報の収集を開始した。

その際、凄い量の情報が一気に流れ込んで来たため、頭が少し痛くなった。

 桜花は起き上がり、少し痛むこめかみをさすりながら拡張体脳皮質(メタコルテックス)から流れて来た短期記憶を『思い出した』。

 短期記憶とは、インターネットの情報からダウンロードした情報をそのまま記憶として脳内に保存するものだが所詮は一時的な物で時間が経てばすぐに忘れてしまう。本当に技術や技を覚えるには一万時間を超える時間が必要なのだ。

 とりあえず短期記憶の情報を整理してみるとこの世界でISを乗るには条件があるようでその条件とは『女性』であることだという。これで納得がいった。なぜ偽装用の身体(アバター)が女性なのか。こういう理由があったのか。

 そう一人で納得していると教室の前の方の自動ドアが開き、教師と思われる人物が入って来た。しかし桜花はその入って来た人物に目を疑った。水色のパーカーにジーンズという教師にあるまじき格好。髪は長い艶やかな黒髪だが、眼鏡に映る目はまるで死んだ魚のように光が無い。そして教壇に上がるとすぐにだるそうにうつ伏せになった。

「う~す。はい皆さん入学おめでとさん。え~と自己紹介だっけ? 私の名前はハイス・シャーンだ。ちなみに数学を担当してるから、よろしく」

 ハイスが教卓のボタンを押すと黒板にハイスの名前が表示される。

「まぁ一年間でおまいらをISのスペッシャリストにしねーといけねーんだけど、まぁあまり気張らないでいけよ。そんなに鬼レベルの訓練はするつもりはねーからな。じゃあテキトーに自己紹介してくれ……あっ、そういえば」

 そこでハイスは何かを思い出したように徐に立ちあがる。

「皆はもう知ってるだろうけどこのクラスには一人の男子生徒がいるんだが……なんか最初は二人共同じクラスとかそういう計画があったらしいけどやっぱバラバラな方がいいとかうんたらかんたら……まぁ結果的にバラバラになった訳だけど……まぁ、とりあえず自己紹介よろ~」

 先生のマイペースぶりはやはり目を疑う程だったがクラスの全員による自己紹介が名前の順で始まった。さすがに一人一人覚えることはできなかったので紹介出来るのは目立った人物だけとなる。

(まぁ、瞬接(ブリンク)すればいつでも『思い出す』事ができるのだが)

~1人目~

「僕の名前は安部 大無(あべ だいむ)です。好物は抹茶で、趣味はクレー射撃です。よろしくお願いします」

 そこでニコポが炸裂。女子の大半がこれで脳殺された。なんか見た目とオーラが超好青年だ。すげぇ。この女子だらけの空間でそんな笑顔がつくれるとは……ちなみに彼は世界初の男性操縦者のようだ。発表されたのは織斑 一夏が最初だが、それ以前に彼は起動することが出来ていて、長いこと政府に秘匿されていたらしい。え?何故知っているかって? そりゃあ、瞬接(ブリンク)したからさ。

~2人目~

「私の名前は威風月 愛無(いふづき あいぶ)です。好物は緑茶です。よろしくお願いします」

 彼女は淡々と自己紹介をした後席についた。何故覚えていたのかというと完璧なポーカーフェイス、すなわち仏頂面だったからである。他のクラスメイトはやや緊張気味の自己紹介だったが、彼女だけ表情を変えなかったのだ。脳に焼きつくのも仕方ない。彼女と大無がすごく似ているのは気のせいだろうか……あ、あと二人は日本の代表候補生らしい。これもさっき『思い出した』。

~3人目~

「ボクの名前はカーリー・スタークです。ヨロシクオネガイシマス。まだニホンに来たばっかりなのでニホンゴが少しオカシイですが、ドウカよろしくオネガイします。チナミニ好物はチーズバーガーデ、シュミは機械イジリです。」

 文では分かりにくいが女子だ。眼鏡のレンズ部分からコードのような物が制服の中まで入っている眼鏡を掛けていて、髪の毛は少し赤みがかかっていた。少しイントネーションがおかしい日本語ではあるものの意味はちゃんと通っていた。唯一の外人だったから良く覚えている。

 そして桜花の番が回ってくる。

「あー、私の名前は鱗咲桜花です。趣味は……」

 そこまで考えた所で思考が停止した。そういえば趣味といえばこの世界には無い物ばかりだった。(例えば量子サーフィン、大量の情報に流されるというのは中々気持ちがいい。)そこで最終手段を発動させた。

「……無いっす。はい」

 終わった。確実に自分に対しての評価はだだ下がりだ。この先どうやってこの学園生活を送ればいいのだろうか……

 そんなこんなで自己紹介が終了し、授業が開始された。最初の授業はISの基本的な事についてだった。瞬接(ブリンク)して事前に知ってはいたが、かなりのオーバーテクノロジーのようだ。だが、技術的にはまだまだ未熟なようだ。バススロットについても自分の世界の量子の教科書で習う基本的なことだった。しかし、まぁ、久しぶりに受ける授業も楽しいし、そういう意味では前の世界よりここは天国だ。

 しかし3時限目、事件は起きた。

「3時限目は……体育か……よし、おめえら校庭10周だ。ほらさっさと走れ」

……訂正しよう、地獄かもしれない。

 

 どうやら私のこの身体(アバター)に課せられた身体的上限はやや低めに設定されているらしく、しかもどうやらこの上限はオーバーライド出来ないようだ。髪に垂れた汗が目にしみる。もう肺がはちきれそうだ。

(アジン、この身体(アバター)へのルート・アクセス権限は?)

 桜花は待機状態になっている『血桜』の左足のアンクレット――アジン=血桜のカートゥーン・モデルのようなものだ――に向かって量子念話(キュプト)した。

(今のキミにはそんな権限ないよ。桜花)

 今度の声は少し大人びた女性のような声だった。アジンはその時その時の気分で自分の声を変えるのだ。

 しかし、参った。あと五週もしなければならないのにもう体力の限界が来てしまいそうだ。

(頑張ってね。私は数個の数学ゴースト達と問題を解くのに忙しいんだから)

 何の問題だかは言わなかったが、きっと相当厄介なものなのだろう。

 しかしこの状態を何とかして欲しい。

 

 桜花はそう切に願うのだった。


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