インフィニット・ストラトス~紅の双剣(スカーレッドツインズ)~   作:Kyontyu

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第1話

血桜

 

 これは、一体どういう事なのだろうか。

 山野辺タツヤ改め鱗咲桜花はIS学園の闘技場、もとい演習場で血桜を纏い刀身がピンク色の刀『桜刀花弁』を構えているのだが、相手が何故か異様な殺気を孕んでいるような気がしてならない。

 まぁ、なんでこういう状況になったのかというと、この次元に転送されて早々、入学試験なるものが存在しているようでその試験を受けに来たのだが、それがこれだ。『本校職員との模擬戦闘』である。先ほどからずっと戦闘の様子を見ていたが、強すぎる。生徒が弱すぎるのかもしれないが、圧倒的な実力で相手を倒していく様は正に鬼神。見ている方も恐怖を覚えるくらいだ。しかもそれが目の前にいて、剣を構えている。

 ……正直、生きている心地がしない。

 桜花はマニュピレーターの中にある操縦桿に力を込めた。

 相手は確実に手練、勝負は一瞬で決まる。

「来ないんですか?」

 桜花はそう訊ねた。

「ああ、これは模擬戦闘だ。勝敗を着けるのが目的ではない。あくまで生徒の技量を測るためのものだ。だから思う存分かかって来い」

「では……」

 桜花は全神経を目の前に集中させる。フー、と息を長く吐いて大きく一歩踏み出した。

 

~数時間前~

「アジン」

 桜花となったタツヤは側にあった病衣のような服を着ながら、この船――アジンに話しかけた。

『はい、なんでしょうか?』

 アジンの声は男性のようでもなく、女性のようでもない中性的な声を発した。そして桜花は着替えを終えて、先ほどまで横たわっていたベッドに腰掛けた。

「この世界の地球にも『高校』というものがあったのか?」

『おや……知らなかったのですか?』

「あぁ。単語とどういう所だという事はさっき瞬接(ブリンク)して短期記憶として『思い出した』から、知ったんだが、あまり細かいことまでは知らないんだ」

『……確かに百ミレニアム以上前には存在していたようですね。教え方もそうですが……何もかも原始的だ』

 桜花は頷いた。

「そうか、ありがとう」

『どういたしまして』

 桜花が立ち上がろうとするとアジンが話し掛けて来た。

『それはそうと、彼女はあなたに気があるようですよ』

 立ち上がろうとした桜花は思わず上を向いて首を傾げた。

「彼女?」

『ここで彼女といったらアリスしかいないでしょう』

 アジンは当然といったような口調でそう言った。

「そうかもしれないが……アリスは『女神』だぞ?」

『ええ、ですが『女神』たちは人間と同じように感情があり、恋をするのです』

「……まぁ、その事はまた後で話せばいい。今は任務に集中したい」

『分かりました。では、お気を付けて』

 桜花は立ち上がり、「ああ、ありがとう」と言った。

 

「行きます!」

 桜花は『花弁』を構えて跳び出し、突きを放つ体勢を保ったまま、相手の目の前で右足で急制動をかけた。そしてそのまま自分の身体を回転させて背中を逆袈裟掛けに斬り付ける。しかし相手は左手にもう一本の刀を出現させ、逆手で持ってそれを防いだ。刀と刀がぶつかり、火花を散らしながら甲高い音を発した。

「……止められた……ッ!?」

 桜花は驚愕じみた声でそう言った。

「なかなかいい攻撃だが、作戦が表情に出ている」

「えっ……!」

 そう言った後、相手は『花弁』を弾き、両手の刀で二回斬り付けた。それによって桜花のシールドエネルギーは減少した。

(分かってたけどこいつ、ただものじゃあない。っていうか、表情から作戦読み取るなんてチートだろ)

 桜花は再び斬り付けるも、全て弾かれてしまう。

「ふんッ!」

そしてついに業を煮やした桜花は力任せに横薙ぎを放った。また弾かれる……と桜花が思った瞬間、弾こうとした相手の刀の当った部分から上がスッパリ切断されて大空を舞った。

 桜花は「コレはキタ!」と言わんばかりに目を輝かせながら次から次へと斬撃を放つ。相手はこちらからの斬撃を冷静にいなしながら攻撃のチャンスをうかがっているが、もはや作戦とは言えないこの攻撃に困惑しているのか、少しずつ後退していった。そしてついに相手の刀がぶれた。桜花はその瞬間を逃さず、鋭い突きを放った。刀は『花弁』に串刺しにされた状態のまま空中に制止した。

 そして試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。

「はぁ~、なんとか勝ったか……」

 桜花は緊張から解放されるように項垂れて、大きく息を吐いた。

 この戦闘の勝利条件である「相手の武装を全て破壊する」という条件を満たしたので何とか勝つことができたが、実戦だったら……と考えると少し寒気がする。

「模擬戦とはいえ、私に勝ったことは、正直誇っていいぞ」

 すると相手の女性がそう言いながら手を差し伸べた。

「あ、どうも……」

 桜花はその手を握り返した。マニュピレーター越しでもこの人の力強さがなんとなくわかる気がした。

「私はここの教員の織斑千冬だ」

「あ、鱗咲桜花と申します……」

 そして千冬は握っていた手を離し、腕を組んだ。

「そうか、では桜花、単刀直入に訊くが、そのIS、どこで手に入れた」

「え?」

「どこで手に入れた?」

「え、え~と~」

 桜花は目を泳がせるが、千冬はさらに詰め寄る。

「どこなんだ?」

「え、エデン・エレクトロニクス……」

 その瞬間、桜花は夥しい量の冷や汗を流し始めた。

「エデン・エレクトロニクス? 聞いた事がない会社だな……」

「ま、まぁできたばかりの会社なんで……」

「そうか、分かった。もうすぐ入学式だ。準備しておけ」

 それだけ言って千冬は去って行った。

 

 そして桜花は再び大きな溜息をついたのだった。

 

 かつて木星が『あった』場所にそれは存在している。

 ガラスの結晶のようなもので形作られた球形の『それ』は惑星サイズの超大型サーバーで、その名を『エデン』という。中心には微小特異点を送り込まれて太陽化されたフォボスが輝いていた。そこには百億の量子化された精神が格納されており、各々が仮想現実(VR)で普通の日常生活を送っている。

 そしてそのシステムの中枢にはこの世界の最初の女神がいた。

 可視化されたシステムは広い庭園のような場所で、その中心にあるテーブルにはペールヴァヤが腰かけており、その膝の上にはマリアが座っていた。

 ペールヴァヤは若く見えるが、それでいて老けているようでもあった。彼女のルージュの唇は色も形もチェリーのようで完璧だ。栗色の長い髪もそよ風になびいて幻想的な雰囲気を醸し出している。それに対してマリアは子供のように無邪気に笑いながら足をブラブラさせていた。マリアの白い短めの髪も同じように風でなびいていた。

 ペールヴァヤは膝の上に座っているマリアの髪を撫でながら口を開いた。

「あらあら、マリアは甘えんぼさんなのね」

「うふふふ、だってママの所が一番落ち着くんだもん」

「私の子供の中でもこんなに私に甘えるのはあなただけよ。マリア」

 するとその時、浮遊するディスプレイがペールヴァヤの目の前に現れ、不精髭を生やした男の顔が大写しにされた。

『ペールヴァヤ、お楽しみの途中申し訳ないが、少し時間をくれないだろうか?』

 ペールヴァヤは少し溜息をついてから「いいわ。少し待っていて」と、言った。

「ママ、行っちゃうの?」

 マリアは不安げな顔をしてそう言った。

「分かってちょうだい。私は今から大事な話をしなきゃならないの」

 ペールヴァヤはペールヴァヤはそう言ってマリアを膝の上から降ろし、立ち上がった。

「気をつけてね」

 立ち上がったペールヴァヤはマリアの方を見てにっこり微笑んだ後、その場に掻き消えるようにして姿を消した。

 美しい庭園にはぽつんとたたずむ一人の少女のみが残された。




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