茜酒代(あかね さかしろ)は無職である。
茜酒代は定住所がない。
茜酒代は日々戦っている。
「そら、持ってけ」
人程もある袋が荷台から投げ落とされた。
それを担ぎ上げ、頭を下げた。貴重な厚く目の細かい化学繊維の布地が僅かなりの気遣いであった。
歩き出した。
別れにあるべき言葉は無い。
彼がしたのは命懸けの仕事で、もう視線すら寄越さない他人は頼んだ側。だが両者は
特に、この劣悪極まる世界状況では。
夜、崩落した建築物の内に彼はいた。
黙々と手元をいじる、その顔は口元を引き締めたまだ若い男性だった。
身を清めたのは一体いつかと尋ねたくなる薄汚れた男だ。
ふと手が止まり、何かを火に翳して眺めやる。
それは肉塊の様でもあり、所々覗く直線的な輝きは機械部品の様でもあった。
厳しく見定め、やがて何かしらの納得がいったのか、また作業に戻った。
一日に一言も無い。それが当たり前だ。
大きく一歩。
そして
行き過ぎる風圧が髪を嬲った。
慣性に任せる。
遅れ付いて来た質量が頭上を経由する半円軌道を描いた。
軽い手応えと大きな結果。
実に良い当たり方だ。
巨大な物体が崩折れていた。
一見して蠍型の機動兵器に見えるそれは、実のところつい先程まで元気に活動していた生物である。
いや、少し間違いがあった。
まだ元気に活動している。
全く損なわれずに活動している。
形としては多くを欠損し
なぜならば、この巨体の本性は群体だから。
群れの形が崩れただけ。
今まさに腑分けを続ける男によって、一時動きを止めただけだった。
定められた容器を渡し、人の頭ほどの包みを受け取る。
互いに顔は見ない。
隠しもしないが見ようともしない。
今日明日も覚束無い互いを覚えるなど無駄でしかないから。
次へ向けて歩く。
幾月も歩く事もある。
瓦礫の隙間に潜り込み、夜を明かす。
これが彼の日常の、繰り返されるほぼ全てだ。
振り下ろして。
ぐちゃり
とても、とても、やわらかい。
初めての柔らかさだった。
たぶん自分と似た、でもずっと数の多い哺乳類が
こうじゃない筈だ。
こんな感触じゃない筈だ。
これは、違う。
彼の日常の繰り返されるほぼ全て、だった。
書くべし書くべし書くべし。