ブラック・ブレット〜紅の斬撃〜   作:阿良良木歴

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つかの間の休息

防衛省からの依頼を受けた翌日。休日で昼過ぎまで惰眠を貪ろうとしていた蓮華を、携帯のけたたましい着信音が攻めたてた。のそのそとした動作で携帯を手に取り、目を閉じたまま電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『俺だ。付き合え』

 

「は?」

 

むさ苦しい男の声は、蓮華の眠っていた脳が覚醒するには十分な一言だった。

 

 

* * *

 

 

「付き合えってそう言う事かよ……」

 

「ほかにどんな意味があんだよ」

 

「愛の告白」

 

「ぶった斬るぞテメェ!」

 

デパートの壁際に設けられた木製のベンチに蓮華と将監は座っていた。朝の電話で一方的に時間と場所を言い渡され、急いで着替えて部屋を飛び出したのが30分前。言われた場所に行くと将監と夏世がすでにいて、説明もないまま現在にいたる。

 

「つか、なんでおもちゃ売り場?」

 

「夏世がなんたらガールズのグッズが欲しいんだと」

 

「お前1人でいいだろ」

 

「俺が付き添いでいたら変だろ」

 

「むしろオレが来たら犯罪の匂いがしてきそうだが?」

 

「……」

 

子供のおもちゃ売り場の側に筋骨隆々の大男が2人。その異様な光景に、周りの買物客がひそひそと何かを話ているのが嫌でも目に入り蓮華は深い溜息を零す。

 

「普通に夏世と2人で買い物するのが恥ずかしいって言えないのかねぇ」

 

「……マジでぶった斬るぞ」

 

「そういうのは自分の得物を持ってる時にいいな」

 

「けっ!」

 

今日、将監のトレードマークとも言えるバスターソードはその背に無い。将監にしては珍しく、今日は完全なオフの日らしい。その証拠にいつもの格好ではなく、革ジャンに黒のデニムといった出で立ちだった。

 

「にしてもお前、変わったな」

 

「変えた本人が言う台詞かよ」

 

「人の心はそんなに変わんねぇよ。変われたのは、お前が心のどこかで現状を否定してたからだろ?」

 

「……うるせぇよ」

 

一言だけ呟き、将監は立ち上がる。蓮華に言われた言葉すべてが事実だったのか、逃げる様に歩き出す。

 

「どこ行くんだよ?」

 

「便所だ」

 

「早く戻れよ?」

 

「へいへい」

 

手をひらひらさせながら、将監が去った。残された蓮華は退屈そうに虚空を見つめる。ぼーっとしていると正面から夏世が小さい紙袋を抱えて出てきた。

 

「お疲れさん。欲しいもんは手に入ったか?」

 

「はい。私は将監さんと蓮華さんにも一緒に見て貰いたかったのですが」

 

「オレらみたいのがおもちゃ売り場に入れんよ」

 

「そんなことないと思いますが……。そう言えば、将監さんはどこへ?」

 

「トイレだとよ。そのうち戻ってくんだろ」

 

「そうですか。なら少し休憩します」

 

夏世は蓮華の隣に腰掛ける。足をぷらぷらさせている夏世を見ながら、蓮華は考える。千寿夏世、モデル・ドルフィンのイニシエーター、将監の相棒。将監と夏世に会ったのは一年前。最初は喧嘩を売られ、返り討ちにした。次に会った時、夏世に人を殺させようとしていたのを見て頭に血が上り、オレが殴りかかった。何度かそんなことを繰り返し、将監の本心を聞きオレの本心を打ち明けてから、オレたちはいつの間にか友達みたいな関係になっていた。将監はそう言うと強く否定するが、ただの照れ隠しに似たものだ。

 

「蓮華さん」

 

「ん?どーした?」

 

「ありがとうございます。付き合っていただいて」

 

「気にすんな。どうせ昼過ぎまで寝てる気だったんだ。むしろ予定ができてよかったよ」

 

「それだけではなくて、将監さんと仲良くしてくれてるのもです。将監さんは、勘違いされやすい人ですから」

 

「……どっちが年上かわかんねぇな」

 

「将監さんは子供みたいですから」

 

クスクスと笑う夏世につられ、蓮華も笑う。和やかな空気の中、夏世の後ろに音も無く将監が現れ手に持った物を夏世の首に当てる。

 

「ひゃあ!?」

 

「誰が子供だって?あぁ!?」

 

「しょ、将監さん......それは、えっと......」

 

「ったく。ほらよ」

 

「あぅ!?」

 

将監が夏世の顔に手に持っていた物ーー缶ジュースを押し付ける。もう一方の手に持っている缶コーヒーを蓮華に投げる。片手でキャッチし、蓮華は礼を言う。

 

「サンキュー。気が利くじゃん」

 

「ま、迷惑料みてぇなもんだ」

 

「そーかい」

 

ぱきゅ、と軽快な音を立て缶コーヒーのプルタブを開ける。夏世も缶ジュースをあけ、ちびちびと飲みながら将監を睨む。

 

「......もう少し優しく渡してください」

 

「わりぃな。俺子供らしいからな」

 

「そうやって拗ねるところが子供だと......あうぅぅ!」

 

「口が減らねぇな?」

 

「ご、ごふぇんなふぁい」

 

夏世の頬をつねり怒った様子の将監だが、バンダナで

隠された口元は少しだけ綻んでいた。その光景を眺めていた蓮華は、一言。

 

「なんか、カップルがイチャイチャしてるみてぇだな」

 

「テメェは黙れ!!」

 

「冷やかさないでください!」

 

「強く否定しちゃって。余計あやしいな〜」

 

「テメェ......やっぱいつか殺す!」

 

「蓮華さん。私でも怒りますよ?」

 

「おー怖い怖い」

 

飄々とした態度変えず、蓮華は立ち上がる。将監は本当にイラついているみたいだが、夏世の頬はうっすら赤く染まっていた。

 

(本当に優しくなったんだな......よかった)

 

一年前に比べ、将監の夏世への対応は全く違うものになっていた。それに本当に優しくなっていなくては、夏世だってあそこまで心をひらくことは無いだろう。

なんとなくうれしくなった蓮華の顔が緩む。

 

「そんじゃあ、そろそろ飯にすっか」

 

「もうそんな時間か」

 

「私、オムライスが食べたいです」

 

「それだとファミレスか」

 

「とりあえずここから出ようぜ」

 

「そうしましょう」

 

全員の意見が一致し、エレベーターのある方へ歩き出す。蓮華は今日は何を食べようかぼんやりと考えながら歩いていたため、横から出てきた人に気付かずぶつかってしまった。

 

「っと。すみません......って?」

 

「いえ、こちらこそ......あれ?」

 

「おい、早くしろ......あぁ?」

 

「うん?」

 

「おや?」

 

蓮華がぶつかったのは、延珠に手を引かれた蓮太郎だった。なんとも言えない微妙な空気が蓮華たちに漂う中、延珠と夏世は仲間意識を芽生えさせ硬い握手を交わしていた。

 

 

* * *

 

 

「なんだ、蓮太郎もその天誅ガールズのグッズを買いに来てたのか」

 

「そういう蓮華こそ、なんで将監と一緒に買いに来てるんだよ」

 

「いや何。夏世に頼まれて買いに行くことになったんだが、依頼の事もあるってんで将監も無理矢理連れてきたんだよ」

 

「けっ!そう言う事だ」

 

商店街近くのファミレスの一角、そこに蓮華たちは陣取っていた。男3人に幼女2人、異様な光景にまたもや陰口を叩かれながらも、あえて無視しながら蓮華は蓮太郎に説明していた。ちなみに、蓮太郎への説明は将監の体裁を守る為の嘘で、貸し1つで手を打っていた。

 

「妾は敵か味方か天誅ブラックのニヒルさがーー」

 

「私はやはり天誅レッドがーー」

 

そんな蓮華たちを余所に、延珠と夏世は天誅ガールズの話題に花を咲かせていた。天誅ガールズはテレビアニメらしく、蓮華は知らなかったが小学生の間で大人気らしい。

 

(しろもこういうの興味あんのかな......って)

 

「ああ!!」

 

「うぉ!?ど、どうした。急に大きい声出して?」

 

「い、いや。なんでもねぇ......」

 

(し、しまった。しろのぶんの飯用意すんの忘れてた......)

 

朝急いで来てしまった為に、そこまで意識が回らなかったのだろう。蓮華は後悔するも、家に買い置きの菓子パンやおにぎりが大量にあることを思い出し、大丈夫だろうと気を取り直す。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

蓮華が落ち着いたところで、営業スマイルを浮かべたウェイトレスが来た。各々が注文を述べる。

 

「ステーキセット、ライス大盛り」

 

「オムライスをお願いします」

 

「日替わりランチで」

 

「妾はお子様ランチを頼む!」

 

「オレはハンバーグセットで」

 

「......おなじ」

 

「かしこまりました。ご注文を確認します。

 

ステーキセット、ライス大盛りがお一つ。オムライスがお一つ。

日替わりランチがお一つ。お子様ランチがお一つ。

ハンバーグセットがお二つでよろしいでしょうか?」

 

「はい、お願いします」

 

「かしこまりました。では、少々お待ちください」

 

ウェイトレスが去ってから、一息ついた蓮華が周りを見る。と、何故か不審そうな目で全員が蓮華を見ていた。

 

「な、なんだよ。オレの顔になんかついてるか?」

 

「いや、ついてるとかじゃなくてさ」

 

「じゃあなんだよ?」

 

「あー、えっと。......隣の子誰?」

 

「え?」

 

「......やほ」

 

隣に目を向けた蓮華は、白髪にアイスブルーの瞳を持つ少女が隣にいることに気がついた。そこにいるのが当然の様に座り、蓮華のコップの水をちびちび飲んでいた。

 

「......しろ、なんでいんの?」

 

「めし......ない」

 

「冷蔵庫に菓子パンとかおにぎりあったろ?」

 

「......にく............いい」

 

ガクッと肩を落とし、蓮華は頭を抱える。しろの心配をしなくていいものの、しろに鍵を持たせて無いため部屋の防犯状況がすこぶる心配になっていた。

 

「オレのとこまでよく来れたな」

 

「......匂い......」

 

「なるほどな。で、どっから出た?」

 

「......窓」

 

「鍵は?」

 

「......?」

 

「ノーロック......」

 

テーブルに額を当てながら、蓮華は愚痴る様に言葉を落とす。貴重品の類は金庫に入れ厳重に保管しているが、無防備な状況は心地いいものではない。

 

「おい、そいつ誰だ?お前、イニシエーター無しのソロじゃねぇのか?」

 

将監が訝しげに蓮華に問いかける。一年という短い付き合いではあるが、密度の濃いやり取りをしてきた将監にとっては蓮華にイニシエーターがいることは有り得ないと思えることだった。

 

「ああ、ちゃうちゃう。こいつはーー」

 

「......よめ」

 

「ーーだよ。......って!何言ってんの!?」

 

「......つま?」

 

「そういう意味じゃねぇ!」

 

「............ふうふ?」

 

「オレもくくりの中に入れろってことでもねぇー!!」

 

荒い息をつく蓮華に、冷たい視線が突き刺さる。視線の主は、延珠を除いた全員だった。何故か延珠は目をキラキラさせていた。

 

「テメェ、やっぱロリコンだったか」

 

「蓮華さん......いえ、今度から紅さんと呼びます」

 

「蓮太郎!やはり妾たちの年頃しか愛せない者がいるではないか!!」

 

「蓮華と俺を一緒の趣味にすんな!」

 

「よーし、テメェらオモテでろ!地獄を見せてやる!!」

 

半ギレ状態の蓮華にドン引きした蓮太郎たちだった。そんな空気もお構いなしに、しろは足をパタパタさせながら上機嫌でハンバーグを待つのだった。

 

 

* * *

 

 

「ふーん、つまりただの居候か」

 

「やっと理解してくれたか......」

 

運ばれて来た料理によってクールダウンすることが出来た蓮華は、出会いから今までの経緯についてこと細かく説明した。そのかいあって、蓮華への誤解は解けたようだった。

 

「あぁ〜飯食った気がしねぇ......」

 

「けっ。自業自得だ」

 

「どこにもオレ悪いとこなくね!?」

 

「まあ、誤解はよくあることだよな!」

 

何故か同情的な蓮太郎に諭され、食後に注文したコーヒーをすする。延珠と夏世はデザートのパフェを幸せそうに頬張っていた。蓮太郎の懐事情が気になるが、あえて黙ることを決めた蓮華だった。と、蓮華の袖をクイクイと引っ張り始めたしろ。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「......よる............ちゅう」

 

「ああ、はいはい。せっかちだな、全く」

 

蓮華としろの会話の内容を要約すると、

『夕飯は中華料理が食べたい』

『了解。にしても昼飯食ってすぐに夜飯の話とか気が早いな』

となる。ちなみに、和食は『わふ』洋食は細く別れ『いた(イタリアン)』『ふれ(フレンチ)』等になっており、フィーリングだけでわかる蓮華は的確に識別していた。が、初めて聞く者にとっては勘違いされて、

 

「......やっぱロリコンだろ」

 

「不潔です......」

 

「蓮太郎。アレはキスの方なのか?それとも愛のお注射の方なのか?」

 

「お前はもう黙っとけ。ただ......キスの方だと信じたい」

 

結果、誤解は深まってしまう。

 

「ご、誤解だぁー!」

 

「……♪」

 

蓮華は悲痛な叫びと共に、しろの三文字制限の説明を始める。そんな蓮華を尻目に、今日の夕飯が決まったしろは機嫌良く水を飲む。

 

ちぐはぐな面子の穏やかな午後が過ぎる。

 

 




またもや更新が遅れてしまい申し訳ございません。

今回はオリスト強めとなっております。その為、原作からのキャラ崩壊が大きかったりします。苦手な方もおられるでしょうが、ご了承ください。

作者的に、原作キャラのこんな日常風景があったらなぁ〜と妄想や願望で書きました。

それではまた次回。

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