嫌な予感を感じさせる出会いがあったものの、遅れて来た警察から報酬を貰い現場をあとにした。その足で夕飯の買い出しをし、家に着く頃には8時を回っていた。木造二階建、築50年はいっていそうなボロいアパートが蓮華を出迎える。
「ただいま〜」
「……おか」
「わりぃな、すぐに飯作るよ」
「……おなか……ぺこ」
四畳半程度の小さな茶の間で、蓮華を迎えるのは輝く様な銀髪と翠の瞳の少女だった。少女ーーしろは蓮華に引き取られる形で住んでいた。というのも、しろは3文字以上の言葉を間を置かずに話すことが出来ないのだ。その為、1度預けたたいようの家でも意思の疎通がままならず、何故かフィーリングで話せる蓮華の下に戻ってきたのだ。それから蓮華は甲斐甲斐しくしろの世話をした。その結果、くすんだ色の髪は本来の光沢を取り戻し、感情を抑えることが自在に出来るようになった為、瞳は赤くならなくなった。
「今日なんか変わったことあったか?」
「……ない」
「そっか。じゃあ今日は何やってたんだ?」
「……すいみ……」
「また寝てたのかよ。せっかく本とか勉強道具置いてんだから勉強しようぜ?」
「やだ」
「ここだけ即答!?」
蓮華はできる限り話しかけ、3文字以上でも言葉を発することが出来るように訓練していた。しろも少しは気にしているのか、四文字以上の言葉を選ぶようにしていた。ただまあ、成果はイマイチだったが。
「ほらよ。今日は肉じゃがだ」
「……いただ…………きます」
「いただきます」
ちぐはぐな挨拶とともに、夕飯をつつき始める。つけっぱなしのテレビから垂れ流されるニュースを聞きながら、無言で夕飯を食べ進める。しろも未だに慣れない箸に悪戦苦闘しながら、着実に食べていた。……人参を弾き出しているが。
「おいこら」
「……」
「無言で睨んでもダメだ。野菜食え!」
「……じゃが…………食う」
「人参も食え。つーか、ホントはサラダだって出してぇんだぞ?それをお前が拒否するから、こうやって味付け変えて出してーー」
「……れんげ…………うざい」
「ちょ!?しろ!どこでそんな汚い言葉を覚えた!?」
「……れんげ……きらい」
「んなっ!?」
まるで母親の様に小言を言う蓮華に対し、しろは言うだけ言って満足したのかそっぽ向いて食事を再開する。一方しろの嫌い発言に多大なショックを受けたのか、蓮華は固まったまま動かなくなった。蓮華が活動を再開したのは、しろが食べ終わった頃だった。
「はぁ〜……」
溜息をこぼしながら、皿を洗う。その背中からはなんとも言えない哀愁が漂っていた。普通は幼女に嫌いと言われて落ち込むことがおかしいのだけれど。
「れんげ……どした?」
「いや、どうもしてねーし。落ち込んでねーし」
「……くび…………ほほ」
「え?ああ」
音もなく蓮華の後ろに近づいていたしろに焦って返事を返したが、しろの目は傷口に目を向けていた。あの二人組からつけられた傷はカサブタになっていたのだが、いつの間にか剥がれて血が滴っていた。
「今日仕事で草むらに突っ込んだから、そん時についたんだろ」
「……」
蓮華は当然の様に嘘をついた。しろに余計な心配をさせたくないからだ。しろも疑う事無く無言で蓮華を見つめる。
「……れんげ……すわる」
「ん?おお、いいぞ」
皿洗いが終わる頃、しろが唐突に命令する。蓮華はすぐに水に濡れた手を拭き、ドカッとしろの前に胡座をかいて座った。しろはテコテコと蓮華に近づき、
「……(ぺろ)」
「へぅったぁ!?」
抱きつきに蓮華の頬を舐めた。突然の感触に変な声を上げ、しろから距離をとった。
「な、なにすんだ!?」
「?……きず……なめる」
「それじゃ治んねぇよ?!」
「……なおる」
「いやだから!」
「なおる」
「……」
「……」
「はぁ〜。わかったよ。お願いします」
「……にげる…………だめ」
「はいはい」
観念した蓮華は元の位置に戻り、しろに身をゆだねる。しろはまだ蓮華を疑っているらしく、両手で蓮華の頭を押え、ゆっくりと舌を這わせる。ピチャピチャと音を立て、しろの舌が蓮華の頬と首を濡らす。なんとも言えない感触と音に身を固くしながら、蓮華は必死に耐えていた。
「……ん。……おわり」
「ど、どうもでした」
やっとしろに開放された蓮華は、げっそりと疲れ果てた顔になっていた。そんな蓮華の様子を知ってか知らずか、しろは無表情のまま首を傾げていた。
「……れんげ…………ふろ」
「……そろそろ1人で入んない?」
「むり」
「こういう時だけ返事早いなこんちくしょう!じゃあせめて、1人で寝るようにーー」
「やだ」
「ですよね〜!」
結局、しろと風呂に入り一緒の布団で寝る蓮華だった。
* * *
「仕事の依頼?国からの?」
「そうだよ。東京エリアの民警はほとんど呼ばれてるみたい」
「そりゃ大層な依頼だな」
ぼやきながら電車の外に目を向ける。梓から連絡を受けたのが昼。そこから移動している最中だった。なんでも緊急の要請だったらしく、梓もミワ女の制服姿のまま隣にちょこんと座っている。そのまま何事も無いまま目的地に到着した。案内役に連れられ、馬鹿みたいに広い部屋に通された。蓮華達は遅い方だったらしく、空席は数える程度しか無かった。なんのけなしに空席に目を向けると『天童民間警備会社』の文字が飛び込んできた。
「なるほどね。こりゃ東京エリア全部の民警呼ばれてるわ」
「それ、木更の前で言っちゃダメだよ?」
「わかってるよ」
梓は蓮華に釘を刺し、『陸奥民間警備会社』と書かれたプレートの席に座った。蓮華はその後ろの壁に寄りかかり、ぼーっと部屋を眺めていた。社長連中はこれからの依頼内容を気にしているのかソワソワしている。一方でプロモーターは他の奴に舐められたくないのか敵意混じりの視線を撒き散らしていた。
(同じ民警同士で争うなんてアホらし)
興味を失った蓮華は静かに目を閉じた。
* * *
ゴッ!!
「んあ?」
何かが激しくぶつかり合う音で蓮華は目を覚ました。音のした方を見ると、蓮太郎とバスターソードを背負った大柄な男が睨みあっていた。
「なんだよ、ただの挨拶じゃねぇか?」
「グッ!!」
蓮太郎の手が腰の拳銃に伸びた。険悪な空気が漂う。が、蓮華はその空気をあえて無視し話しかける。
「よ!蓮太郎に将監じゃねぇか。おっひさ〜」
「な!?蓮華!!いたのかよ」
「ちっ、テメェか」
「二人ともその反応はねぇだろ。将監なんて舌打ちとかあかんぜ?」
「テメェなんかには舌打ちで十分だ」
「嫌われてんね〜」
へらへらと笑いながら場の空気を緩和させる。他人の争いに興味はないが、知人の小競り合いは見過ごせないらしい。
「つか蓮太郎、頭突き食らった程度で熱くなんなよ」
「いや、あんな音のする頭突き食らって、頭に血が上んない方がおかしいだろ」
「頭突きだけに?」
「はっ倒すぞ!」
「将監も将監で、一々ケンカ吹っかける癖なんとかしろよ」
「うるせぇ。どうやってようが俺の勝手だろ」
「そのしわ寄せがオレにくんだよ」
「知るか」
不機嫌そうに眉根を寄せる将監。そんな将監に呆れた様に蓮華は溜息をついた。
「オレにケンカ吹っかけて負けたの忘れたの?」
「うるせぇ!次殺る時は負けねぇ!!」
その言葉に周りがざわついた。伊熊将監・千寿夏世のペアのIP序列は1584位。世界に幾千の民警がいる中でも上位に位置し、なおかつ将監が前衛として戦う事も有名だった。そんな相手に野試合だったとしても勝利を収めた蓮華は何者なのか。様々な憶測が飛び交う中、将監がしびれを切らした。
「洒落せぇ!なんなら今ここであんときの借り、返してやるよ!!」
「おもしれぇ!どれくらい強くなったか、オレが見てやるよ!!」
将監は背中のバスターソードに手をかけ、蓮華はボクシングの構えを取る。一触即発の空気の中、二人の咎める声が上がる。
「止めないか将監!」
「蓮華君!やめなさい!」
「三ケ島さん!」
「梓!邪魔すんなよ!!」
「私の言う事が聞けないのなら、即刻この部屋から退室してもらうぞ」
「蓮華君もだよ!」
「ちっ、へいへい」
「……わぁったよ」
二人の声で白けたのか、蓮華と将監は大人しく構えをとく。不満は顔ににじみ出てはいるが。
「命拾いしたな?」
「こっちのセリフだっての」
最後に憎まれ口をたたきあい、元の位置に戻っていく。その光景を眺めることしか出来なかった蓮太郎はただ呆然と立ち尽くしていた。
「これが上位ランカー同士の争いよ、里見君」
「木更さん……」
「君ももっとIP序列が上だったら、空気にならずにすんだかもね〜」
「ぐぅ!」
最後に蓮太郎を皮肉って、木更も席に着いた。蓮太郎も何も言い返せず、すごすごと壁に身を寄せた。場の空気が収まってきた頃、部屋の扉が開き男が1人入ってきた。
「空席が1か……」
蓮華は『大瀬コーポレーション』と書かれた席にチラリと視線を向け、また前に戻す。
「これから依頼内容の説明をするが、1度聞いたら辞退は許されない。辞退するという者は退室してくれ」
この言葉にあたりがざわつく。依頼内容はとても重要でデリケートな内容だと、蓮華は予測した。部屋のざわめきが収まる。退室した者は0だった。
「……よろしい。それでは依頼内容の説明を始める」
そう言うと、男の後ろのスクリーンに映像が映し出される。そこに現れたのは、
「ごきげんよう、皆さん」
「おいおい、マジかよ……」
東京エリアの統治者、聖天子その人だった。
更新遅くなって申し訳ありません。
やっと原作沿いになってきたんじゃないかなと思っています
それではまた次回。