ブラック・ブレット〜紅の斬撃〜   作:阿良良木歴

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微睡みの記憶

『……値、平均より……』『ーーも限界に』『このままでは、……』

 

音が、遠く聞こえる。世界の色彩を奪われ、モノクロのボヤけた風景がオレの目に入ってくる。朧気なオレの意識では自分の身に何が起きたのかすら思い出せない。

 

それでもオレの心が、本能がただ一つのことを叫んでいた。

 

『やあ、君が死にかけの少年だね?』

 

何かが動いてるとしか認識出来ない視界に、人影が一つ増え問いかけた。その声だけ鮮明に聞こえたのは偶然か、それとも本能的に気づいたのか、それはわからない。

 

『単刀直入に聞こう』

 

ただそれでも、

 

『君は生きたいかい?』

 

『……いぎ…………だいッ!!』

 

オレはただ生きたかった。かすれた声で叫び、口から血を吐こうと。無様で醜かろうと。

 

ーー化け物に、成り下がるとしても。

 

 

***

 

 

「……ッ。あ、がぁ!」

 

不意に意識が覚醒した蓮華は、上体を起こそうとして全身を駆け巡る激痛に襲われた。体を起こすのを諦め目線だけで自分の状況を確認する。

 

清潔感あふれる白い部屋、カーテンで仕切られ出入口が見えないが病院の一室である事は容易に想像出来た。そこで徐々に記憶が戻ってくる。思い出し、立ち上がろうとする蓮華に痛みがぶり返し声を上げずに悶絶する。

 

「おはよう蓮華君、随分とお寝坊さんだね」

 

「室戸先生、か」

 

シャァと開かれたカーテンの向こう側から白衣の女性が現れる。病人の様に白い肌と伸び放題の髪、蓮華がよく知る室戸菫の姿がそこにあった。だが、いつものにやついた表情は無く険しい顔で蓮華を見つめていた。

 

「随分と重傷だったね。運ばれるのがもう少し遅かったら危なかっただろう。バンダナの大男と一緒にいた少女に感謝するといい」

 

「そうっすか、将監と夏世ちゃんが……」

 

「それと、献身的な君の恋人にもね」

 

「は?」

 

困惑する蓮華の上から掛け布団を剥ぎ取ると白銀の輝きが目に飛び込んだ。

 

「なっ!しろ!?」

 

「この子にも感謝することだ。意識の無い君を一生懸命看病していた」

 

ずっと寝ていなかったんだよ、と菫の言葉に動揺を隠しきれない蓮華は震える手でしろの頭を撫でる。無垢な寝顔は鉄壁の無表情だったが、少しずつ緩んでいった。その表情に癒されたのか、蓮華は上半身を起こし体の状態を確認する。少し痛みは走るが、五体満足、視覚聴覚嗅覚触覚どれも正常に働いていた。そして、回転し始めた頭に先程の菫の言葉が引っ掛かる。

 

「室戸先生、寝坊ってまさか!」

 

「……君の想像通りさ。蛭子影胤を追って、民警は全員未踏査領域に行っている」

 

「クソッタレ!オレも今すぐ行かねぇと!!」

 

「そんなボロボロの体で何が出来る?大人しく寝てるという選択肢は無いのかい?」

 

「こんなの怪我のうちにも入らない。それは先生が一番よく知ってるだろ?」

 

「……これ以上血を流したら蓮華君、君が危ない」

 

「……オレがどうなろうと、問題ない。だが蓮太郎は違う。木更や延珠ちゃん、悲しむ奴が多い。将監だってそうだ。夏世ちゃんとせっかく打ち解けたのに死に別れなんて悲しすぎる」

 

だから行くよ、と言葉を残し病室から蓮華は姿を消した。その後ろ姿を見つめながら、菫は静かに溜め息を零す。

 

「育った環境が環境だけに、自分の価値を低く見積もるのはしょうがない。……けれど」

 

--ここに少なくとも1人、君のことを思っている者がいることに気づいてあげるべきだ--。

 

その言葉を落とした菫は、ベッドで眠る少女をただ見つめる。先程までの緩んだ表情は無く、悲痛そうに顔を歪める少女に。

 

 

***

 

 

「やっぱり来たね、蓮華君」

 

「梓、どうしてここに?」

 

病院の出入口、そこで大きなボストンバックと共に佇む梓の姿に蓮華は驚いたような表情をしていた。

 

「どうしてじゃないでしょ!大怪我したって聞いて御見舞に来てたの!!蓮華君は寝てて知らないだろうけどね」

 

「そう、か。珍しい事もあるもんだな、梓が御見舞だなんて。昔じゃ考えられないな」

 

「昔の話なんて……しないでよ」

 

「あ、おう。悪い」

 

つい零れた言葉に梓の顔に影が差す。少し重くなった空気に、しかしのんびりしてはいられない蓮華は梓の横を通り過ぎる。

 

「じゃあオレちょっと行ってくる」

 

「待って蓮華君!これ」

 

そう言って蓮華の背中に梓が傍らのボストンバックを差し出す。ガチャガチャと音を立てる中身に蓮華は大きく目を見開く。

 

「蓮華君の事だから、きっと行くと思ってた。だから私からの餞別」

 

「……ありがとう」

 

蓮華はここまで自分の行動が読まれるなんて、と苦笑いしながらボストンバックを受け取る。が、梓は俯いたままボストンバックの肩紐を掴んだまま離さない。

 

「梓……?」

 

「約束して。絶対、無事に戻ってくるって」

 

「……ああ、約束だ」

 

表情は見えなくとも、震える梓の声で心情が痛い程伝わってくる。それを感じてもなお、蓮華は行くことをやめず頭をポンポンと叩き病院から出ていった。少し遅れて、啜り泣く声が聞こえる。声が漏れぬよう、必死に押さえ込んだ泣き声が。

 

 

***

 

 

『……ないで、バケモノ!!』

 

母の叫びが、胸に刺さる。

 

『出ていけ!×××など家の子ではない!!』

 

父の冷たい目が、胸を裂く。

 

『死ね!人類の敵が!!』

 

町の人が投げた石で胸の中の大事な何かが、砕けた。

 

でも、

 

『ただいまっと』

 

あの人の言葉が、大事な何かの破片を集め、

 

『飯出来たぞ~。ほら食おうぜ』

 

あの人との時間が、破片を繋ぎ合わせ、

 

『んじゃ寝るか、ほれ早く来い』

 

あの人との触れ合いで、破片が治って、

 

『おやすみ、しろ』

 

あの人が名前を呼ぶだけで、胸の中がポカポカする何かで満たされた。

 

その温もりが、遠くなる。

 

目を覚ます。

 

あの人は、ボロボロになっていたあの人はここに居ない。

 

窓から飛び出す、あの人を追うために。

 

追わないと、掴んでいないと、どこか遠くへ行ってしまいそうな。そんな気がした。

 

 




投稿遅れてすみません!
失踪せず投稿をするので暖かい目で見てください。

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